37 / 40
聖痣の姫と偽りの騎士
決着
しおりを挟む
矢を使い切ったヒメノは弓を投げ捨てると鉈を引き抜いて間合いを図る。
トゥルースの攻撃で最も警戒すべきは先程矢を爆壁で防いだ爆ぜる剣だろうが、そもそも今のヒメノの腕力と技量では覇断でも当たれば即死だろう。
「安心したまえ。今のはキミには使わないよ」
「必要ないってことでしょうね」
「いいや……アレを使ったら加減をしてもキミの体がミンチになる。それでサンスティグマが失われてしまうのは私も好ましくない」
(ボクを生け捕りにするつもりなら今のうちに決着をつけないと)
「しかし……絶対に殺さないとは約束出来ないなあ!」
剣に精気をこめたトゥルースが上段に構えてヒメノに迫る。
彼の狙いはヒメノの手足。
サンスティグマが刻まれている右腕を切り落とせればそれで良し、足を切って動きを封じられれば連れて行くだけ。
先ずは機動力を削ぐ足首狙いに切り落とされた剣をヒメノはタイミングよく飛んでかわした。
空を切る横薙ぎに振るわれた剣先は足元を通り過ぎたところでピタリと静止し、1秒にも満たない呼吸を置いてから地面に対して垂直方向に登る。
これは近衛騎士団式剣気術の技の一つ「曲角」と言い、刀身にこめた精気で剣の動きを自在に曲げる奇剣を実現した。
(とりあえず左腕)
ヒメノは空中にいてこのままでは左腕が体と別れる。
足払いをジャンプでかわされた時点でヒメノはトゥルースの狙い通りに動かされていた。
「はぁっ!」
対するヒメノは鉈の刃先を左腕に向けると、上から腕を押し当てて登り来る剣をガードする。
このまま押し切られれば剣の振るう軌道の先にある脇の下から腕が切り落とされるので、ここはヒメノも渾身の力をこめた。
(思いのほかあの鉈は頑丈だな。曲角では切れぬか)
金属と精気がぶつかり合う音が部屋に響く。
衝撃を受けた左腕に走る激痛をこらえてヒメノは顔を歪ませたが鉈は刃こぼれもない。
逆にトゥルースの振るった両刃の剣が刃こぼれしたほどだ。
(激突の瞬間に感じた手応え……ボクが怯まなければ……)
「今の曲角を防ぐとは……その鉈は予想以上の業物のようだな」
「元々は父が愛用していた品だよ。お世辞でも褒めてくれるのなら父も喜ぶ」
「死人が喜んだところでどうにもならんさ。次は覇断で行くぞ。キミにはこの意味がわかるか? ヒメノ」
ヒメノは痛みで左腕が動かせない様子。
次の攻撃を覇断で行うという宣言はさっきのように防ごうとしても無駄だというサインなのはヒメノも理解していた。
精気を剣に纏わせて斬撃を強化する覇断という剣気術は近衛騎士団では基本にして最大の奥義とされている。
その理由は極めれば柔をも断ち切る一撃必殺の威力にあった。
トゥルースの騎士としての評価は見切りや虚仮落としといった柔の技を不得手とする反面で覇断に代表される剛の技を得意とするというもの。
これらは複数の痣を持つことにより操れる精気のキャパシティが多いことに起因したインチキのようなものだがそれでも実力は本物である。
そんな彼が振るう覇断はチャチな防御など防御の上から断ち切る極まった豪剣。
避けようにも一度振るわれればそれも困難。
「どうやらわかっているようだが、実際にはその想像の数倍は上だと言っておこう。では行くぞ!」
剣を縦に構えたトゥルースはそのまま足に精気をこめて床を踏み抜く勢いで駆け出す。
一撃にかけるトゥルースはヒメノが反撃しようともお構いなし。
多少の攻撃など土の痣によって強化された肉体には通用しないし、そのまま相手の刃物ごと断ち切れば勝負はつくからだ。
普通の騎士ではなかなか出来ない痣持ちという利点を活かした猪突猛進。
瞬く間にヒメノはトゥルースの間合いに捉えられた。
振り下ろす瞬間など目視できない。
拳と肘と肩が動いた瞬間に剣は加速を開始しており、捉えられたということは切られたのと同義であろう。
(手応えあり)
振り切った剣が肉を裂き、骨を断ち、重力に従って抜けるように落ちていく。
その感触にトゥルースは勝利を確定した。
「あれ?」
だが直後にバランスを崩したトゥルースは違和感を覚えた。
力が抜けていく感覚。
握力が入らない。
足腰が踏みしめられない。
体が崩れていく。
「ヨシ!」
トゥルースには聞こえない下の部屋でガクリンが叫んでから倒れていた。
トゥルースがヒメノを間合いに捉えた瞬間、剣を振り抜いたガクリンが飛ばす虚仮落としが彼を捉える。
床越しに飛来した精気の刃に真下から体の内側を断たれたトゥルースは体が麻痺していた。
だがこれだけではトゥルースの土の痣で強化された体には通用しないハズ。
その答えはトゥルースの握る剣にある。
(出来た。不安もあったけれどガクリンの虚仮落としが間に合ったおかげかな)
トゥルースの覇断に対してヒメノの方でも空と水の両方の特性を組み合わせた楓で鉈を強化して横薙ぎに振り抜いていた。
先程曲角を受けた際につけた剣の刃こぼれ。
トゥルースは鉈の質の良さと曲角では威力不足だったことで打ち負けた結果だと思っていたわけだが、実際には刃同士の激突を支えようとして添えた左腕にかかる負荷が激痛となり、その痛みでヒメノの精気が乱れたことが原因である。
これを自覚するヒメノはもし精気と刃筋を乱さずに振り抜くことができれば、トゥルースの剣を両断できる手応えを得ていた。
それでも失敗すれば死ぬ状況で試すのは度胸の範疇を超えている。
しかも精気のパスで合図を送るガクリンの援護攻撃も通用する確信なし。
一度命のやり取りをすると決めたヒメノは気が狂っているとさえ言えた。
だが、だからこそ、ヒメノのサンスティグマは大きな力を発揮した。
入墨とはいえ本来の持ち主が空と同時に精気を振り絞り、しかも床一枚下には現在の持ち主もいる。
結果、ヒメノの楓はトゥルースの覇断よりも勝る切れ味を生み出した。
振り抜かれて両断されたことで剣の先はヒメノの後ろに飛んでいく。
鉈は刃が短いため傷そのものは浅いが水の痣の影響で振り抜くとともに飛ばされた精気の刃はトゥルースの心臓を捉えて土の痣による肉体強化を無効化した。
そこにガクリンの虚仮落としが直撃したのだから堪えようもない。
(どうなっている?)
切ったつもりが切られているのだから困惑もさもありなん。
事態を把握できないままトゥルースは床に伏した。
トゥルースの攻撃で最も警戒すべきは先程矢を爆壁で防いだ爆ぜる剣だろうが、そもそも今のヒメノの腕力と技量では覇断でも当たれば即死だろう。
「安心したまえ。今のはキミには使わないよ」
「必要ないってことでしょうね」
「いいや……アレを使ったら加減をしてもキミの体がミンチになる。それでサンスティグマが失われてしまうのは私も好ましくない」
(ボクを生け捕りにするつもりなら今のうちに決着をつけないと)
「しかし……絶対に殺さないとは約束出来ないなあ!」
剣に精気をこめたトゥルースが上段に構えてヒメノに迫る。
彼の狙いはヒメノの手足。
サンスティグマが刻まれている右腕を切り落とせればそれで良し、足を切って動きを封じられれば連れて行くだけ。
先ずは機動力を削ぐ足首狙いに切り落とされた剣をヒメノはタイミングよく飛んでかわした。
空を切る横薙ぎに振るわれた剣先は足元を通り過ぎたところでピタリと静止し、1秒にも満たない呼吸を置いてから地面に対して垂直方向に登る。
これは近衛騎士団式剣気術の技の一つ「曲角」と言い、刀身にこめた精気で剣の動きを自在に曲げる奇剣を実現した。
(とりあえず左腕)
ヒメノは空中にいてこのままでは左腕が体と別れる。
足払いをジャンプでかわされた時点でヒメノはトゥルースの狙い通りに動かされていた。
「はぁっ!」
対するヒメノは鉈の刃先を左腕に向けると、上から腕を押し当てて登り来る剣をガードする。
このまま押し切られれば剣の振るう軌道の先にある脇の下から腕が切り落とされるので、ここはヒメノも渾身の力をこめた。
(思いのほかあの鉈は頑丈だな。曲角では切れぬか)
金属と精気がぶつかり合う音が部屋に響く。
衝撃を受けた左腕に走る激痛をこらえてヒメノは顔を歪ませたが鉈は刃こぼれもない。
逆にトゥルースの振るった両刃の剣が刃こぼれしたほどだ。
(激突の瞬間に感じた手応え……ボクが怯まなければ……)
「今の曲角を防ぐとは……その鉈は予想以上の業物のようだな」
「元々は父が愛用していた品だよ。お世辞でも褒めてくれるのなら父も喜ぶ」
「死人が喜んだところでどうにもならんさ。次は覇断で行くぞ。キミにはこの意味がわかるか? ヒメノ」
ヒメノは痛みで左腕が動かせない様子。
次の攻撃を覇断で行うという宣言はさっきのように防ごうとしても無駄だというサインなのはヒメノも理解していた。
精気を剣に纏わせて斬撃を強化する覇断という剣気術は近衛騎士団では基本にして最大の奥義とされている。
その理由は極めれば柔をも断ち切る一撃必殺の威力にあった。
トゥルースの騎士としての評価は見切りや虚仮落としといった柔の技を不得手とする反面で覇断に代表される剛の技を得意とするというもの。
これらは複数の痣を持つことにより操れる精気のキャパシティが多いことに起因したインチキのようなものだがそれでも実力は本物である。
そんな彼が振るう覇断はチャチな防御など防御の上から断ち切る極まった豪剣。
避けようにも一度振るわれればそれも困難。
「どうやらわかっているようだが、実際にはその想像の数倍は上だと言っておこう。では行くぞ!」
剣を縦に構えたトゥルースはそのまま足に精気をこめて床を踏み抜く勢いで駆け出す。
一撃にかけるトゥルースはヒメノが反撃しようともお構いなし。
多少の攻撃など土の痣によって強化された肉体には通用しないし、そのまま相手の刃物ごと断ち切れば勝負はつくからだ。
普通の騎士ではなかなか出来ない痣持ちという利点を活かした猪突猛進。
瞬く間にヒメノはトゥルースの間合いに捉えられた。
振り下ろす瞬間など目視できない。
拳と肘と肩が動いた瞬間に剣は加速を開始しており、捉えられたということは切られたのと同義であろう。
(手応えあり)
振り切った剣が肉を裂き、骨を断ち、重力に従って抜けるように落ちていく。
その感触にトゥルースは勝利を確定した。
「あれ?」
だが直後にバランスを崩したトゥルースは違和感を覚えた。
力が抜けていく感覚。
握力が入らない。
足腰が踏みしめられない。
体が崩れていく。
「ヨシ!」
トゥルースには聞こえない下の部屋でガクリンが叫んでから倒れていた。
トゥルースがヒメノを間合いに捉えた瞬間、剣を振り抜いたガクリンが飛ばす虚仮落としが彼を捉える。
床越しに飛来した精気の刃に真下から体の内側を断たれたトゥルースは体が麻痺していた。
だがこれだけではトゥルースの土の痣で強化された体には通用しないハズ。
その答えはトゥルースの握る剣にある。
(出来た。不安もあったけれどガクリンの虚仮落としが間に合ったおかげかな)
トゥルースの覇断に対してヒメノの方でも空と水の両方の特性を組み合わせた楓で鉈を強化して横薙ぎに振り抜いていた。
先程曲角を受けた際につけた剣の刃こぼれ。
トゥルースは鉈の質の良さと曲角では威力不足だったことで打ち負けた結果だと思っていたわけだが、実際には刃同士の激突を支えようとして添えた左腕にかかる負荷が激痛となり、その痛みでヒメノの精気が乱れたことが原因である。
これを自覚するヒメノはもし精気と刃筋を乱さずに振り抜くことができれば、トゥルースの剣を両断できる手応えを得ていた。
それでも失敗すれば死ぬ状況で試すのは度胸の範疇を超えている。
しかも精気のパスで合図を送るガクリンの援護攻撃も通用する確信なし。
一度命のやり取りをすると決めたヒメノは気が狂っているとさえ言えた。
だが、だからこそ、ヒメノのサンスティグマは大きな力を発揮した。
入墨とはいえ本来の持ち主が空と同時に精気を振り絞り、しかも床一枚下には現在の持ち主もいる。
結果、ヒメノの楓はトゥルースの覇断よりも勝る切れ味を生み出した。
振り抜かれて両断されたことで剣の先はヒメノの後ろに飛んでいく。
鉈は刃が短いため傷そのものは浅いが水の痣の影響で振り抜くとともに飛ばされた精気の刃はトゥルースの心臓を捉えて土の痣による肉体強化を無効化した。
そこにガクリンの虚仮落としが直撃したのだから堪えようもない。
(どうなっている?)
切ったつもりが切られているのだから困惑もさもありなん。
事態を把握できないままトゥルースは床に伏した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる