【R15】お金で買われてほどかれて~社長と事務員のじれ甘婚約~【完結】

双真満月

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1.命令するものされるもの

1-4.好き、嫌い、好き?

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 裸体に紙製の下着をつけ、ガウンを羽織った雪生ゆきながバスルームから出ると、いつの間にかほとんどの電気は消えていた。サイドテーブルの明かりだけがまぶしい。ベストを脱ぎ、白いシャツとスラックスだけの姿になった美土里みどりと目が合う。

「準備ができたようだね。ガウンを脱いで、ベッドにうつ伏せになってくれるかな」
「は、はい」

 美土里の顔は真面目そのもので、薄暗い室内ということもあってか別人に見える。ここまできて躊躇している暇も余裕も、雪生にはなかった。

 ベッドの正面側に周り、後ろを向いてガウンを床に落としたとき、美土里が手にしたバスタオルを肩にかけてくれた。胸を見られたくなくて、礼も言わずうつ伏せに寝そべる。身を預けたベッドの心地は丁度いい。

「普通は足の裏からやるけど、それはまた今度。ふくらはぎからやっていくよ」
「お、お願いします」

 オイルを手に垂らし、馴染ませ暖める美土里の姿すら、恥ずかしくて見られなかった。

 触られた、と思った瞬間、手のひらで揉まれるように一気に膝裏近くまで擦られる。痛みはほとんど感じない。かといって緩くもない。抜群のさじ加減につい、吐息が漏れた。

「痛くない?」
「いえ、全く……大丈夫です。いい香りですね。ジャスミンですか?」
「うん。他にも色々配合してあるよ。オイルはホホバ」

 片足を丁寧に、滑らせるように揉まれて、疲れが解きほぐされていくようだ。ジャスミンの香りも程よく、自然と体から力が抜けていく。ベッドの上、足下に美土里がいるというのに、驚くほどリラックスしていた。そうさせる技術を美土里は持っていた。

(凄い……原さんたちも、こんな感じでやってるのかな)

 鎖骨付近に敷かれた枕が、弛緩した体の重みで少し、潰れる。

「マッサージのコツはね、相手の様子をよく見ること。痛がってないか、緩すぎないか、言ってくれるお客さんはいるけど、そうじゃないタイプもいるから。観察が大事だよ」
「はい……」

 やはり接客業は大変そうだ。事務ばかりやってきた自分にできるか、少し不安になる。

「また緊張してる。リラックスして」
「ひゃっ」

 つ、と指だけでふくらはぎの横をなぞられて、奇妙な声が出た。くすぐったさの中に、何か奇妙な感覚がある。むずむずした、なんとも形容しがたい感触が。

(夢の中の感じと……似てる、かも……)

 そう、どこか似ている。悪夢の中で感じる、心地よい不思議な感覚と。全身を弄られ、凝りをほぐされている中にも、美土里の手の熱さが奇妙な感触をもたらしてやまない。

(ま、真面目にコツ、覚えなきゃ)

 いやらしい夢を思い出し、頬が赤くなる。この明かり程度なら美土里には見えていないだろう。それでも堅苦しい顔を作り直し、マッサージのやり方を頭に叩きこむ。その緊張が伝わったのだろうか、太股を弄る美土里が小さな笑い声を上げた。

「今は頭で考えなくていいよ。とりあえずの流れを覚えればいいから」
「わ、わかりました……普段は足裏、からやるんですよね?」
「足の裏は、お客さんにするかどうか尋ねた方がいい。くすぐったがりの人もいるし、何よりツボが集中している場所だからね。下手に施術すると揉み返しが来る」
「そうなんですね。ツボの勉強もしなくちゃ……」
みやこくん。どうしてそんなにマッサージ、勉強したいんだい?」
「え、っと。は、原さん方の中で欠員が出たら、代わりに出られるかなと思いまして」

 小さな嘘をついた。まさか美土里と離れたときのため、とは口が裂けても言えない。

「都くんは嘘が下手だな」
「え?」
「保険だろう? いつか僕が君を手放したときに役立つから、そう考えてるんじゃあないのかい」

 どうして、と内心を見抜かれ、うろたえながら体を横たえた。タオルで手を拭く美土里が自分を見下ろしている。怖いくらいの無表情があった。いつもの笑顔や腑抜けたような顔ではない。今まで感じたことのない威圧感、それが今の美土里から発せられている。

「君は僕の婚約者。そう言ったはずだけど」
「そ、それは……単なる嘘じゃないですか。ちょっとした間だけのことで……」
「覚悟、足りてなかったね。都くん」
「しゃちょ……きゃっ」

 横向きになった自分の腕を掴み、美土里が上乗りになってくる。顔がとても近い。ただでさえ異性とこんなに顔を近付けたことはないというのに、相手が美土里だと考えただけであの淫らな夢を想起し、心臓の鼓動が激しくなる。

「あ、あの、社長……」
「黙って」

 美土里は至極真面目に、いきなり雪生の額へ口付けを落としてきた。唇から伝わる熱は、夢の中と比べてよりリアルで、頭がパニックを起こす。額、瞼、頬と次々にキスをされ、困惑は深まるばかりだ。

「都くんは、僕が嫌い?」

 薄い暗闇の中、緑色の瞳が自分を射貫く。美土里の言葉、掴まれた肩から伝わる熱に、ただ顔が火照ってしまう。

 嫌いかどうか、よく考えたことはない。少なくとも嫌悪は抱いていないと思う。では、好きか。条件づきだが助けてもらったことに恩義は感じている。ときめいたことすらある。とりわけ、淫らな夢を見るたびに、切なさにも似た何かを感じていたのも事実だ。

 でも、それが好きなのかどうか、よくわからない。沈黙に耐えかね、怖々と唇を開く。

「嫌い……じゃないと思います。でも……こんなのは、おかしい気もします」

 都合のいい女になんて、なりたくはない。そんな思いが言葉を選ばせる。雪生の言葉に、美土里はどこか安堵したように肩を握る力を抜いた。

 逃げるなら今だろう。頭の中で響く警鐘に、しかし雪生は動けなかった。動かなかったのが正解かもしれない。なぜ突き飛ばさないのか、それすら不思議なのだけれど。

 自分でもわからない感情に支配される雪生をよそに、美土里が両頬を手のひらで包んでくる。とても、温かい。

「嫌われてなくてよかったよ。安心して。これ以上、変な真似はしないから。でも、一つだけお願いがあるんだ」
「お願い、ですか?」
「キス、させてほしい」
「……それ、十分変なことだと思うんですけど……」

 真っ赤になってうつむく。これは命令ではない。嫌だと言えばもしかすれば、美土里は大人しく引き下がってくれる可能性もあるだろう。だが、なぜか思い出すのはあのいやらしい夢ばかりで、心臓が高鳴ってしまう。

 それを払い落とすように、雪生はもう一度、別の意味で覚悟を決めた。

「キスしたら……満足しますか? マッサージ、ちゃんと教えてくれますか?」
「うん。それは約束だから」

 少なくとも美土里は、約束を違える人ではない。それをよく理解してしまっているから、小さくうなずいた。

 優しく、片手で頤を持ち上げられた。真摯な視線が自分を見つめている。視線から逃れるため、鼓動を抑えるように目を閉じた。瞼を閉じても、美土里の顔が近付いてくるのがわかる。

 それから、ゆっくりと唇が重なった。

 はじめてのキスの香りは、微かにアルコールの混じったものだった。

 長い、長い口付け。夢の中で教えられた通り、鼻で微かな息をする。唇が熱い。火がついたみたいに。

 後頭部を支えられ、角度を変えて続くキスは情熱的だ。夢の中で体験したこととはいえ、実際にするのはこれが初体験。なのになぜか心地よい。それは自分が、美土里を嫌っていないからなのかもしれないと、ぼんやりする頭の片隅で思った。

 嫌いじゃないから許したのか。少しばかり、自分にだって下心があるからなのではないか。そんな言葉ばかりが駆け巡る。でも、いくら考えても答えは出ない。

 惚ける頭のまま、唇が離れていくのを感じて目を開けた。美土里はそのまま唇を頬にずらし、首筋へと運んでいく。

「しゃ、社長?」
「キスは口にだけするものじゃないよ、都くん」

 不敵に笑む美土里はやはり、いつもとは別人のように見えてまた、頭が混乱する。

 ――結局その夜、夢の中と同じで体全体を唇で愛された。口に出すのも恥ずかしいところまで愛撫され、気をやったのは、一体どのくらいの時間が経ってのことだったろう。

 ふわふわした感覚の中、遠ざかる意識の中で「雪生」と呼ばれた気が、した。
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