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エピローグ
雪生の現実
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「雪生ちゃん、結婚おめでとう。凄く綺麗」
「ありがとうございます、原さん、皆さん……座ったままで失礼しますね」
ついに迎えた挙式の当日――ウェディングドレスに身を包んだ雪生は、控え室に来た原たちの相手をしていた。美土里の親族や貴江、紅子にはもう、氷雨と共に挨拶を済ませてある。
意外にも広宮家の親類たちから、偏見の目で見られることはなかった。それは美土里と義父となった宗一の力によるものが大きい。後ろ盾を得た、と言えばいいのだろうか。美土里の母にもありがたいことに気に入られ、安堵感と喜びだけが雪生にはある。
「とっても似合ってますよ、そのウェディングドレス。いいな~、結婚したぁい」
もう一度謝辞を述べ、鏡に映る自分の姿を見てみた。
Aラインのビスチェ形のドレスは、サテンオーガンジーとエンブロイダリーレースをふんだんに使っており、腰辺りに光るのは銀色のビジュー。黒髪はシンプルな夜会巻きにしてある。婚約指輪は右手の薬指に移動済みだ。
「社長と雪生ちゃん、絶対結婚するって思ってたんだよねー」
「ど、どうしてそう思ったんですか?」
「社長、雪生ちゃんのこと離しそうになかったから」
原の含み笑いにスタッフたちが一同にうなずくものだから、驚いた。
「気付かなかったのは都さんだけってことですよ~」
「そ、そうですね……私だけ、気づいてなかったのかもしれません」
真殿の言葉に、しかし内心で考えてみる。
美土里にちょっかいを出されたり、弁当をねだられたりすることは仕事をはじめてすぐにままあった。そういえば、飲みに誘われたこともあったような気がする。
そのときはまだ店に入ったばかりだったし、美土里への複雑な感情をひた隠しにすることに精一杯だったから、彼からの好意に気付くのが遅れたのも無理はないだろう。
それに、と紅茶をストローで飲みながら思う。スタッフに話してはいないが、やはり家の事情というものがあった。美土里へ好意なんて抱いてはいけない、見ているだけでいい。そんな本心があったのも事実だ。
――気持ちが止められなくなったのは、あのアロマのおかげかも。
アロマをもらったときから、美土里を夢に見るようになった。淫らな夢に翻弄され、いつの間にかこんなにも愛情を抱くようになってしまった。それでも、アロマのせい、ではなくアロマのおかげ、と思えるようになったのは、気持ちが通じ合っていることがわかったからだ。
どこまでも広がる海のような愛情で、美土里は自分を包んでくれている。時折嵐みたいにぶつけられる気持ちが激しくなるけれど、その波に揺られ、喜ぶ自分が確かにいた。
――こんなに幸せでいいのかな。
今もどこか夢心地だが、確かに現実だ。窓から入りこむ陽射し、皆の談笑と笑顔、それらがリアルに五感を刺激してくる。
「雪生ちゃん、結婚したら仕事はどうするの? 辞めちゃう?」
不意にそんなことを聞かれ、雪生は笑みを深めた。
「妊娠するまでは続けていくと二人で決めました。私も仕事、好きですし」
「あー……それならすぐに辞める可能性も捨てきれないかぁ」
「は、原さんっ」
原の言葉に、皆が小さく笑い声をこぼした。
「でも、マッサージはだめだよ。雪生ちゃんならもう知ってると思うけど」
「ええ、勉強しました」
アロマの中には妊娠中、悪影響を及ぼすものも存在する。アロマの勉強を続けている雪生には、その知識がちゃんとあった。マッサージができなくなるのは残念だが、仕事を続けられる喜びの方が大きい。
「雪生、入るよ」
紅茶をテーブルに置いたとき、ドアが数回叩かれた。
入ってきたのは美土里だ。白いタキシードに、いつものオールバックの髪。金髪は陽に輝き、格好もあってかより艶めいて見える。
「お、片割れの登場ですか」
「いや結婚するのは僕と雪生であってだね、原くん」
「結婚式は花嫁が主役ですよ、社長」
「まあ、それは否定しないけど。その主役をいじめたりしてないだろうね」
「なんでうちらがいじめるんですか。ねえ、雪生ちゃん」
「はい。大丈夫ですよ。皆さんには祝福のお言葉ばかりいただきました」
美土里に向かってふんわりと微笑む。あー、とこぼして美土里が天を仰ぐものだから、雪生はきょとんとした。
「僕の奥さんになった人が可愛くて綺麗すぎる……」
「うわっ、社長の惚気だ」
「空調効いてるのに、これ以上暑くしないでくれますぅ?」
奥さんになった人と言われれば、自然と頬も紅潮する。午前中に美土里が婚姻届を持ち、役所に提出してくれていたので、雪生たちはすでに入籍済みなのだ。
同居や式などの準備を、三ヶ月半程度でよくやれたな、と自分でも思う。おかげでマリッジブルーにはならなかったけれど。それも全部、美土里のサポートがあってのことだ。お互いに支え合いながら、仕事と共に準備を進めていけたことに喜びしかない。
「さて、雪生と話したいことがあるから、皆はそろそろ会場の方に行ってくれるかい」
「はーい、お邪魔しましたー」
原や真殿たち、スタッフが笑顔で退室していく。残った雪生を座らせたまま、美土里が開いていた扉を閉めた。美土里が近付き、取った雪生の右手にキスを落としてくる。
「本当に綺麗だよ、雪生」
「は、恥ずかしいです、美土里さん。美土里さんも……格好いいです、とても」
「嬉しいな。お色直しも楽しみなんだよね」
「私の和服姿、顔合わせの時に見たじゃありませんか」
「また見たい。洋装も素敵だけど、和装がとてもよく似合ってるよ、雪生には。もちろんどんな姿の君もいい」
控え室に指へ口付けする音が響く。唇の柔らかさと熱は、恥ずかしさより甘い疼きを雪生にもたらした。だが、残った理性が静止の言葉を選ばせる。
「美土里さん……人、来ちゃいますから……」
「夫が妻に優しくしてるだけのことだろう? とは言え、これ以上はハネムーンにお預けするか」
「は、はい。楽しみです、バリ。海外へははじめて行くから余計に」
手を外されて、扇情的に微笑まれたものだから少し、はにかんだ。
雪生と美土里は、結婚式のあと一週間ちょっとの休みを取っている。四泊六日で、バリへのハネムーンを予定しているのだ。マッサージの本場ということ、また、夕陽が綺麗だということが雪生の好奇心をくすぐった。
「マッサージは僕たちを結びつけてくれたものだからね。アロマも、だけど」
「どちらも大事なものです、私にとっては」
マッサージとアロマ、両方が二人を繋げてくれたことがありがたかった。
「そろそろ時間か。……行こう、雪生」
「はい、美土里さん」
ためらわず、差し出された手をとって立ち上がる。
柔らかい夕暮れが、愛おしい夫の手が、ありとあらゆるものが自分を祝福してくれている気がする。心臓の音が大きい。これは現実なのだと知らしめるように。
静かに歩き出す。扉の向こうにある、これから二人で歩む人生へと。
【完】
「ありがとうございます、原さん、皆さん……座ったままで失礼しますね」
ついに迎えた挙式の当日――ウェディングドレスに身を包んだ雪生は、控え室に来た原たちの相手をしていた。美土里の親族や貴江、紅子にはもう、氷雨と共に挨拶を済ませてある。
意外にも広宮家の親類たちから、偏見の目で見られることはなかった。それは美土里と義父となった宗一の力によるものが大きい。後ろ盾を得た、と言えばいいのだろうか。美土里の母にもありがたいことに気に入られ、安堵感と喜びだけが雪生にはある。
「とっても似合ってますよ、そのウェディングドレス。いいな~、結婚したぁい」
もう一度謝辞を述べ、鏡に映る自分の姿を見てみた。
Aラインのビスチェ形のドレスは、サテンオーガンジーとエンブロイダリーレースをふんだんに使っており、腰辺りに光るのは銀色のビジュー。黒髪はシンプルな夜会巻きにしてある。婚約指輪は右手の薬指に移動済みだ。
「社長と雪生ちゃん、絶対結婚するって思ってたんだよねー」
「ど、どうしてそう思ったんですか?」
「社長、雪生ちゃんのこと離しそうになかったから」
原の含み笑いにスタッフたちが一同にうなずくものだから、驚いた。
「気付かなかったのは都さんだけってことですよ~」
「そ、そうですね……私だけ、気づいてなかったのかもしれません」
真殿の言葉に、しかし内心で考えてみる。
美土里にちょっかいを出されたり、弁当をねだられたりすることは仕事をはじめてすぐにままあった。そういえば、飲みに誘われたこともあったような気がする。
そのときはまだ店に入ったばかりだったし、美土里への複雑な感情をひた隠しにすることに精一杯だったから、彼からの好意に気付くのが遅れたのも無理はないだろう。
それに、と紅茶をストローで飲みながら思う。スタッフに話してはいないが、やはり家の事情というものがあった。美土里へ好意なんて抱いてはいけない、見ているだけでいい。そんな本心があったのも事実だ。
――気持ちが止められなくなったのは、あのアロマのおかげかも。
アロマをもらったときから、美土里を夢に見るようになった。淫らな夢に翻弄され、いつの間にかこんなにも愛情を抱くようになってしまった。それでも、アロマのせい、ではなくアロマのおかげ、と思えるようになったのは、気持ちが通じ合っていることがわかったからだ。
どこまでも広がる海のような愛情で、美土里は自分を包んでくれている。時折嵐みたいにぶつけられる気持ちが激しくなるけれど、その波に揺られ、喜ぶ自分が確かにいた。
――こんなに幸せでいいのかな。
今もどこか夢心地だが、確かに現実だ。窓から入りこむ陽射し、皆の談笑と笑顔、それらがリアルに五感を刺激してくる。
「雪生ちゃん、結婚したら仕事はどうするの? 辞めちゃう?」
不意にそんなことを聞かれ、雪生は笑みを深めた。
「妊娠するまでは続けていくと二人で決めました。私も仕事、好きですし」
「あー……それならすぐに辞める可能性も捨てきれないかぁ」
「は、原さんっ」
原の言葉に、皆が小さく笑い声をこぼした。
「でも、マッサージはだめだよ。雪生ちゃんならもう知ってると思うけど」
「ええ、勉強しました」
アロマの中には妊娠中、悪影響を及ぼすものも存在する。アロマの勉強を続けている雪生には、その知識がちゃんとあった。マッサージができなくなるのは残念だが、仕事を続けられる喜びの方が大きい。
「雪生、入るよ」
紅茶をテーブルに置いたとき、ドアが数回叩かれた。
入ってきたのは美土里だ。白いタキシードに、いつものオールバックの髪。金髪は陽に輝き、格好もあってかより艶めいて見える。
「お、片割れの登場ですか」
「いや結婚するのは僕と雪生であってだね、原くん」
「結婚式は花嫁が主役ですよ、社長」
「まあ、それは否定しないけど。その主役をいじめたりしてないだろうね」
「なんでうちらがいじめるんですか。ねえ、雪生ちゃん」
「はい。大丈夫ですよ。皆さんには祝福のお言葉ばかりいただきました」
美土里に向かってふんわりと微笑む。あー、とこぼして美土里が天を仰ぐものだから、雪生はきょとんとした。
「僕の奥さんになった人が可愛くて綺麗すぎる……」
「うわっ、社長の惚気だ」
「空調効いてるのに、これ以上暑くしないでくれますぅ?」
奥さんになった人と言われれば、自然と頬も紅潮する。午前中に美土里が婚姻届を持ち、役所に提出してくれていたので、雪生たちはすでに入籍済みなのだ。
同居や式などの準備を、三ヶ月半程度でよくやれたな、と自分でも思う。おかげでマリッジブルーにはならなかったけれど。それも全部、美土里のサポートがあってのことだ。お互いに支え合いながら、仕事と共に準備を進めていけたことに喜びしかない。
「さて、雪生と話したいことがあるから、皆はそろそろ会場の方に行ってくれるかい」
「はーい、お邪魔しましたー」
原や真殿たち、スタッフが笑顔で退室していく。残った雪生を座らせたまま、美土里が開いていた扉を閉めた。美土里が近付き、取った雪生の右手にキスを落としてくる。
「本当に綺麗だよ、雪生」
「は、恥ずかしいです、美土里さん。美土里さんも……格好いいです、とても」
「嬉しいな。お色直しも楽しみなんだよね」
「私の和服姿、顔合わせの時に見たじゃありませんか」
「また見たい。洋装も素敵だけど、和装がとてもよく似合ってるよ、雪生には。もちろんどんな姿の君もいい」
控え室に指へ口付けする音が響く。唇の柔らかさと熱は、恥ずかしさより甘い疼きを雪生にもたらした。だが、残った理性が静止の言葉を選ばせる。
「美土里さん……人、来ちゃいますから……」
「夫が妻に優しくしてるだけのことだろう? とは言え、これ以上はハネムーンにお預けするか」
「は、はい。楽しみです、バリ。海外へははじめて行くから余計に」
手を外されて、扇情的に微笑まれたものだから少し、はにかんだ。
雪生と美土里は、結婚式のあと一週間ちょっとの休みを取っている。四泊六日で、バリへのハネムーンを予定しているのだ。マッサージの本場ということ、また、夕陽が綺麗だということが雪生の好奇心をくすぐった。
「マッサージは僕たちを結びつけてくれたものだからね。アロマも、だけど」
「どちらも大事なものです、私にとっては」
マッサージとアロマ、両方が二人を繋げてくれたことがありがたかった。
「そろそろ時間か。……行こう、雪生」
「はい、美土里さん」
ためらわず、差し出された手をとって立ち上がる。
柔らかい夕暮れが、愛おしい夫の手が、ありとあらゆるものが自分を祝福してくれている気がする。心臓の音が大きい。これは現実なのだと知らしめるように。
静かに歩き出す。扉の向こうにある、これから二人で歩む人生へと。
【完】
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