【R15】お金で買われてほどかれて~社長と事務員のじれ甘婚約~【完結】

双真満月

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エピローグ

雪生の現実

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雪生ゆきなちゃん、結婚おめでとう。凄く綺麗」
「ありがとうございます、原さん、皆さん……座ったままで失礼しますね」

 ついに迎えた挙式の当日――ウェディングドレスに身を包んだ雪生は、控え室に来た原たちの相手をしていた。美土里みどりの親族や貴江たかえ紅子べにこにはもう、氷雨ひさめと共に挨拶を済ませてある。

 意外にも広宮ひろみや家の親類たちから、偏見の目で見られることはなかった。それは美土里と義父となった宗一そういちの力によるものが大きい。後ろ盾を得た、と言えばいいのだろうか。美土里の母にもありがたいことに気に入られ、安堵感と喜びだけが雪生にはある。

「とっても似合ってますよ、そのウェディングドレス。いいな~、結婚したぁい」

 もう一度謝辞を述べ、鏡に映る自分の姿を見てみた。

 Aラインのビスチェ形のドレスは、サテンオーガンジーとエンブロイダリーレースをふんだんに使っており、腰辺りに光るのは銀色のビジュー。黒髪はシンプルな夜会巻きにしてある。婚約指輪は右手の薬指に移動済みだ。

「社長と雪生ちゃん、絶対結婚するって思ってたんだよねー」
「ど、どうしてそう思ったんですか?」
「社長、雪生ちゃんのこと離しそうになかったから」

 原の含み笑いにスタッフたちが一同にうなずくものだから、驚いた。

「気付かなかったのはみやこさんだけってことですよ~」
「そ、そうですね……私だけ、気づいてなかったのかもしれません」

 真殿まどのの言葉に、しかし内心で考えてみる。

 美土里にちょっかいを出されたり、弁当をねだられたりすることは仕事をはじめてすぐにままあった。そういえば、飲みに誘われたこともあったような気がする。

 そのときはまだ店に入ったばかりだったし、美土里への複雑な感情をひた隠しにすることに精一杯だったから、彼からの好意に気付くのが遅れたのも無理はないだろう。

 それに、と紅茶をストローで飲みながら思う。スタッフに話してはいないが、やはり家の事情というものがあった。美土里へ好意なんて抱いてはいけない、見ているだけでいい。そんな本心があったのも事実だ。

 ――気持ちが止められなくなったのは、あのアロマのおかげかも。

 アロマをもらったときから、美土里を夢に見るようになった。淫らな夢に翻弄され、いつの間にかこんなにも愛情を抱くようになってしまった。それでも、アロマのせい、ではなくアロマのおかげ、と思えるようになったのは、気持ちが通じ合っていることがわかったからだ。

 どこまでも広がる海のような愛情で、美土里は自分を包んでくれている。時折嵐みたいにぶつけられる気持ちが激しくなるけれど、その波に揺られ、喜ぶ自分が確かにいた。

 ――こんなに幸せでいいのかな。

 今もどこか夢心地だが、確かに現実だ。窓から入りこむ陽射し、皆の談笑と笑顔、それらがリアルに五感を刺激してくる。

「雪生ちゃん、結婚したら仕事はどうするの? 辞めちゃう?」

 不意にそんなことを聞かれ、雪生は笑みを深めた。

「妊娠するまでは続けていくと二人で決めました。私も仕事、好きですし」
「あー……それならすぐに辞める可能性も捨てきれないかぁ」
「は、原さんっ」

 原の言葉に、皆が小さく笑い声をこぼした。

「でも、マッサージはだめだよ。雪生ちゃんならもう知ってると思うけど」
「ええ、勉強しました」

 アロマの中には妊娠中、悪影響を及ぼすものも存在する。アロマの勉強を続けている雪生には、その知識がちゃんとあった。マッサージができなくなるのは残念だが、仕事を続けられる喜びの方が大きい。

「雪生、入るよ」

 紅茶をテーブルに置いたとき、ドアが数回叩かれた。

 入ってきたのは美土里だ。白いタキシードに、いつものオールバックの髪。金髪は陽に輝き、格好もあってかより艶めいて見える。

「お、片割れの登場ですか」
「いや結婚するのは僕と雪生であってだね、原くん」
「結婚式は花嫁が主役ですよ、社長」
「まあ、それは否定しないけど。その主役をいじめたりしてないだろうね」
「なんでうちらがいじめるんですか。ねえ、雪生ちゃん」
「はい。大丈夫ですよ。皆さんには祝福のお言葉ばかりいただきました」

 美土里に向かってふんわりと微笑む。あー、とこぼして美土里が天を仰ぐものだから、雪生はきょとんとした。

「僕の奥さんになった人が可愛くて綺麗すぎる……」
「うわっ、社長の惚気だ」
「空調効いてるのに、これ以上暑くしないでくれますぅ?」

 奥さんになった人と言われれば、自然と頬も紅潮する。午前中に美土里が婚姻届を持ち、役所に提出してくれていたので、雪生たちはすでに入籍済みなのだ。

 同居や式などの準備を、三ヶ月半程度でよくやれたな、と自分でも思う。おかげでマリッジブルーにはならなかったけれど。それも全部、美土里のサポートがあってのことだ。お互いに支え合いながら、仕事と共に準備を進めていけたことに喜びしかない。

「さて、雪生と話したいことがあるから、皆はそろそろ会場の方に行ってくれるかい」
「はーい、お邪魔しましたー」

 原や真殿たち、スタッフが笑顔で退室していく。残った雪生を座らせたまま、美土里が開いていた扉を閉めた。美土里が近付き、取った雪生の右手にキスを落としてくる。

「本当に綺麗だよ、雪生」
「は、恥ずかしいです、美土里さん。美土里さんも……格好いいです、とても」
「嬉しいな。お色直しも楽しみなんだよね」
「私の和服姿、顔合わせの時に見たじゃありませんか」
「また見たい。洋装も素敵だけど、和装がとてもよく似合ってるよ、雪生には。もちろんどんな姿の君もいい」

 控え室に指へ口付けする音が響く。唇の柔らかさと熱は、恥ずかしさより甘い疼きを雪生にもたらした。だが、残った理性が静止の言葉を選ばせる。

「美土里さん……人、来ちゃいますから……」
「夫が妻に優しくしてるだけのことだろう? とは言え、これ以上はハネムーンにお預けするか」
「は、はい。楽しみです、バリ。海外へははじめて行くから余計に」

 手を外されて、扇情的に微笑まれたものだから少し、はにかんだ。

 雪生と美土里は、結婚式のあと一週間ちょっとの休みを取っている。四泊六日で、バリへのハネムーンを予定しているのだ。マッサージの本場ということ、また、夕陽が綺麗だということが雪生の好奇心をくすぐった。

「マッサージは僕たちを結びつけてくれたものだからね。アロマも、だけど」
「どちらも大事なものです、私にとっては」

 マッサージとアロマ、両方が二人を繋げてくれたことがありがたかった。

「そろそろ時間か。……行こう、雪生」
「はい、美土里さん」

 ためらわず、差し出された手をとって立ち上がる。

 柔らかい夕暮れが、愛おしい夫の手が、ありとあらゆるものが自分を祝福してくれている気がする。心臓の音が大きい。これは現実なのだと知らしめるように。

 静かに歩き出す。扉の向こうにある、これから二人で歩む人生へと。



                     【完】
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