【R18】二重の執愛〜花枯らしの歌姫と呪われた王〜【完結】

双真満月

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第三幕:守る意志

3-3:恐れの中での決意

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 夜更けになっても本館の方が騒がしく、シュトリカはなかなか寝付けなかった。多分、貴族たちが揃って酒盛りでもしているのだろう。

 角灯の明かりの下、湯浴みを終え、寝間着のまま本を読んでいた。夜更かししていることをサミーが咎めてきたが、まだ起きていたい、というわがままを聞いてもらったのだ。

 図書室から借りた本の中、神々の加護と呪いについて書かれた書籍が特に気になった。難しい文字は辞書で引きながら、少しずつ読み解いていく。

「フェレネの加護は女にだけ……呪いは男にだけ……」

 それは、軍神ゾーレのものとは真逆だ。ゾーレの加護は男にだけ、呪いは女にかかる。二柱の神の加護や呪いは多岐に渡る、ともあった。例えが書かれている。だがその中に、花枯(はなが)らしのことは一言も出ていない。

 落胆しながらも読み進めていくと、フェレネの加護には命を守る、呪いには狂い死に、というものがあってぞっとした。エンファニオにかけられたものは、二重の人格を持つ呪いだ。もしかすればまじなの目的は、直接殺すことではないのかもしれない。

「だとすれば……なんなのかな……戦争?」

 ピンときた。戦争を引き起こすため、すなわち主流派を貶めるための呪いだと思えば、エンファニオにかけられた呪いの説明がつきそうだ。だとするとポラートの何者かより、今いる反主流派、貴族側の方が怪しく思えてくる。

「もし、残り二日間で呪いがまた出るようなことになったら……身内が怪しい、かも」

 カイルヴェン伯爵のことを思い出し、背伸びした。考えすぎて少し、頭が痛い。

 どこか寂しげだった背中がまだ、忘れられない。荒々しいがまっすぐな気性を持つ伯爵は、フェレネの神殿によく来ていた、とエンファニオも言っていた。正々堂々だ、とも。そんな風に言われる伯爵が、呪いなんて手を使うだろうか、判断に迷う。

 自分はカイルヴェン伯爵のことをよく知らない。しかしコルが言っていた。愛した女性をポラート軍に殺された、ということを。ポラートを恨むには充分すぎる理由だ。

 サミーに聞いてみておけばよかったかな、と今更後悔する。その他の貴族についても聞きたかった。しかし、呪いは『封じられた』と思っているサミーやディーンに聞けば、逆に怪しまれてしまうだろう。

「……明日、またコルに聞いてみようかな」

 呟いて苦笑し、シュトリカは背筋を正した。

 自分が考えることなんて、ディーンならばとうに思いつく事案ばかりのはずだ。犯人捜しは他の人に任せた方がいい――そう思うのに、どうしても気になる。

 本に目線を落とした。まだ、半分も読み終えていない。この先、自分の能力について書かれているかもしれないと思うと、続きを読み進めたくなる。だが、月は昇り、大分経った。今日はこのくらいでいいだろう。そう思い、立ち上がる。

 同時に扉が数回、控えめに叩かれた。サミーだと思い、静かに扉を開けたのだが――

「へ、陛下……?」
「こんばんは、シュトリカ。サミーが来る前に中へ入れてくれるかな?」

 暗闇の中、角灯を持って立っていたのは、正装したままのエンファニオだった。思わず後ろを振り返り、ペクを見た。ペクは暴れたり、鳴く様子もなく、鳥籠の中で静かに眠っている。どうやらアーベではないようだ。

「ど、どうぞ……」

 部屋の外を見渡し、誰もいないことを確認して招き入れる。エンファニオはどこか疲れた様子でソファに腰かけた。水差しからコップに水を入れ、手渡すと、一気に飲み干してしまう。椅子にあった肩掛けを羽織って、シュトリカはエンファニオの横へと腰かけた。

「どうしてここに……転移の術、ではないですよね? 探知の術が貼られてますから」
「歩きでこちらに来たんだよ。ああ、ディーンには言ってあるから安心してくれていい」
「でも、早く寝ないと明日に響いちゃいますよ、陛下」
「エンファニオ」
「……はい?」
「二人きりのときは、そう呼ぶこと」

 微笑みながら言われて目が瞬いた。それから温室での口付けを思い出し、頬が熱くなる。笑みを深めたエンファニオが、膝に置いた自分の手をとり、軽く握ってきた。

「やはり、どうしても君の歌が聞きたくてね。君が起きているかは賭けだったけれど」
「う、歌がないとお辛いですか? やっぱり、花枯はながらしの力がないとだめでしょうか……」
「いや、やつは眠っているよ。私が君の歌を、勝手に聞きたがっているんだ」
「そうですか……よかった……」

 エンファニオの言葉に安堵する。アーベは大人しくしてくれている。自分との約束を守ってくれているという事実にも胸を撫で下ろした。

「疲れているかな。一曲、お願いしたいのだけれど」
「大丈夫です、陛下」
「エンファニオ、だよ。シュトリカ。さあ、名前を呼んでみて」
「……エ、エンファニオ様」

 うん、とどこか嬉しそうに笑うエンファニオに、照れてはにかむ。名前を呼ぶと、余計胸が脈打つ。ただの記号がこれほどまで胸をときめかせるなんて、今まで知らなかった。

 自分の手を取ったまま、エンファニオは静かに立ち上がる。誘われるようにして自分も、また。エンファニオが向かったのは寝台で、一瞬鼓動が激しくなった。

「他のものにわからないよう、明け方には帰る。それまでここを貸してくれるかな」
「はい……それで疲れがとれるなら、わたしは構いません」

 少しでもエンファニオの心の疲れを拭ってあげたい――そう思い、靴を脱いで寝台へと横たわる彼の側に座った。だが、エンファニオによって腕を引っ張られ、胸の上に頭を乗せる形となってしまう。

「エ、エンファニオ様っ」
「静かに。サミーが来たら怖いことになるからね。大きい声は出さないように」

 髪を優しく撫でられ、小さな悲鳴を慌てて飲みこんだ。歌うなら、確かにこの距離なら小声で聞かせることも可能だが、心臓の高鳴りが激しい。甘い手つきに、体中が痺れる。

「子守歌は知っているかい。優しい歌が、今は聞きたい気分なんだ」
「母に昔、教えてもらったものがいくつかあります……それなら歌えます」

 体を駆け巡る感覚を抑えこみ、頬を胸板に預けて口を開いた。花の名前がたくさん出てくる柔らかな旋律を、エンファニオにだけ捧げるように。

「……シュトリカはポラートやこの国を憎んでいるかな」
「え……?」
「ご母堂が亡くなったのは、ポラートとの戦のせいなのだろう?」

 ささやかれる質問に歌をやめ、エンファニオの服を軽く握った。

「母は、流行病で亡くなったんです。そのときはポラートにいて……戦が激しくなる前に、わたしは雑技団に拾われたんです。それからはほとんどベルカスターにいました。母が死んだのは、戦のせいじゃないですよ。何も、憎んではいません」
「……そう」

 カイルヴェン伯爵に何か言われたのだろうか。呟くエンファニオの返事は短く、重い。それを機に沈黙が降りる。また、安らげるような曲を歌った。せめてこのひとときだけ、何もかもを忘れてもらえるように。

 二曲、三曲と続けていくと、いつの間にか、自分の髪を撫でていた手が止まっていることに気付く。上目遣いで確認すると、エンファニオは微かな寝息を立てていた。呪い、すなわちアーベの気配もあるが、出てくる様子は微塵もなかった。

「……お休みなさい、エンファニオ様」

 そっと頭から手を外しても、エンファニオは目覚めることはない。大分疲れていたのだろう。起こさぬように立ち上がり、ソファの方へと向かう。喉が渇いて水差しを見ると、中身は空になっていた。

 角灯と水差しを持ち、周囲を確認して室内から出た。水を汲むため、台所へ行こうと思ったのだ。

 廊下はひっそりと静まっている。見回り担当のコルも、もう寝ている頃だろう。

 一面張りの硝子窓から月が見えた。遠くの本館からはまだ、騒ぎ声が聞こえてくる。月明かりを身に浴びたくて、角灯の蝋燭を吹き消した。一気に闇が辺りを包むも、怖さは感じない。台所へと続く通路を一人、高揚した気分で進んでいった、そのときだ。

「シュトリカ――」

 小さく、ごく僅かな話し声の中に自分の名前を聞き取って、足が止まった。

 ディーンの声だ。角灯のものと思しき明かりが、曲がり角をほんの少し照らしている。立ち尽くして、それから我に返った。足音と気配をできるだけ殺し、慎重に角に近付く。曲がり角を覗くと、ディーンのマントが見えた。話している相手は、わからない。

「花枯らし――陛下、呪い――防ぐ……」

 端々の単語に息を呑んだ。ディーンは誰かと、エンファニオと自分について話している。そのことを理解した瞬間、恐ろしい予感が頭の中によぎり、昂ぶっていた気持ちが吹き飛んだ。ディーンが裏切り者ではないかという、最悪の予感で。

 相手は誰だろう。反主流派の貴族か、それともポラートの間者と内通しているのか――わからない。いや、まだそう判断するのは早いだろう。もしかしたら、サミーと会話をしているのかもしれないのだから。

 話している相手さえ見えればいいのだが、ここからではディーンのマントしか覗けないし、話し声も細々としすぎている。

 わざわざこの離れに来て話すなんて、と思い、そこではっとした。多分、ディーンはエンファニオを迎えに来たのだろう。だとすると、ここにいるのはまずい。すぐに部屋に戻らなければ。

 音を立てないようにすぐ、角から離れた。足裏が汚れるのも構わず靴を脱ぎ、もどかしい気持ちを堪えてその場から立ち去る。もっと話を聞いていたかったが、話を立ち聞きしていることに気付かれては大変だ。

 すぐさま部屋に戻った。追っ手は来ない。室内にはエンファニオの僅かな寝息が規則的に聞こえていたが、それより心臓の脈が耳鳴りのようにうるさかった。

 角灯に火をつけ直し、机に座る。靴を履き、いかにも本を読んでいるふりをした。栞を挟んだ部分を開き、ようやく一息ついた、その直後だ。扉がまた、控えめに叩かれたのは。

 動揺を抑えるため、一つ、深呼吸をした。角灯を持ち直し、扉へと向かう。音を立てぬよう扉を開けると、そこにはやはり、ディーンがいた。

「こ、こんばんは、ディーンさん」

 ディーンは答えない。眠いのか、それとも機嫌が悪いのか、目の焦点が定まっていない。

「ディーンさん?」
「……うむ。夜分申し訳ない。陛下が来ておられるはずだが」
「は、はい……さっき寝ついたところなんです」

 小さく頭を振り、いつもの厳めしい顔を作ったディーンへ、エンファニオが見えるように扉をより開いた。緊張していることがわからないように、手の震えを必死で抑えて。

「あの様子では目覚めぬな……」
「わ、わたし、まだ起きてます。明け方くらいまで。陛下を起こそうかと……」
「いや、夜更かしは体に毒であろう。また、迎えに来る。コルが起きる頃ならば、転移の術も使えるようになっているはず。そなたも早く、眠りにつくがいい」
「……わかりました。そうしますね」

 うなずくと、ディーンは踵を返し、玄関の方へと歩いて行った。それを見送り、扉を閉める。一気に体から力が抜け、扉を背に尻をついた。なんとかごまかせた――と安堵して。

 しばらくうずくまるようにしていたが、角灯の火を消し、寝台へと向かう。窓から射しこむ月光に照らされて、エンファニオの端正な顔が浮き彫りになっていた。頬に彼岸花の紋様はなく、うなされている様子もない。

「……エンファニオ様。わたしがあなたをお守りします」

 自分にできることは少ないけれど。そう内心でつけ加え、静かに寝台の端へ滑りこむ。エンファニオの安心しきった寝顔に見惚れながら、心の中で一人、決意を固めた。
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