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第一話
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「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突如響いた叫び声。4月1日、月曜日。時刻は夜8時をすぎたところである。発生源は家賃4万円、間取り2DKのボロアパートの一室だった。
洗っていた食器をシンクに置き、手についた泡を落として水気をふき取ってから、部屋へと足を運ぶ。立てつけの悪いドアに手をかけ、ゆっくりとそれを引きながら中の様子を覗き込んだ。
窓際に置かれたパソコンデスクと、そこに伏せている男が一人。つきっぱなしのモニターの画面には血塗られた文字で【DEAD】の文字が浮かんでいた。
丸くなっている背中へ、ひっそりと近付く。2m程度の距離を詰め後ろまで来たが、何の反応もないところを見るとどうやら気づいていないらしい。
ここからどうしようかと、視線だけで周りを見れば、床に転がった赤いラベルのペットボトルが目についた。そっと手に取り、キャップ側を持ち、その腕を高めに上げる。
「は!?」
パコン、という間抜けな音と少しだけズレて響いた声。何事かと後ろを向いた男と目が合った。驚きに不機嫌が混ざったような表情が、みるみるうちに焦りへ塗り替えられていく。
未だ赤文字の浮かぶパソコンの画面に視線だけを移し、それをまたゆっくりと目の前の男へ戻す。
「ゲーム、負けたんだの?」
「…負けた。」
「悔しかった?」
「っ、最後の一人!あいつ抜いたら1位だったんだって!」
よほど悔しかったのだろう、男が勝敗を決した一瞬を語り始める。要約すると「強い銃を手に入れ、勝ちは決まったと余裕ぶっこいていたら撃ち負けた」ということらしい。なんとも情けない話だけれど、本人も自覚していたらしい。自分に腹を立てているようだった。
しかし、怒っていようが負けようが、それは全くと言って問題ではない。少なからず、今の私には。
真顔のまま、頷き一つ返すことなく男を見ていれば、件のシーンを熱弁し終わったところで落ち着いたのかまた目があった。気まずそうな男と、笑顔の私。お互い無言の時間が過ぎていく。
「凛ちゃん…?怒った…?」
耐えられなかったのか、先に口を開いたのは意外にも相手の方だった。
「今、何時?」
「あー…、8時10分」
「そう。今日は月曜日、そして夜、さらに8時すぎ。…それを踏まえて、私に何か言うことは?」
「叫んでごめんなさい。」
「もう一声、」
「叫んでごめんなさい、もうしません。」
「はい、よろしい。」
貼り付けていた真顔をほどけば、男は分かりやすく安堵の息を吐く。来た道を戻ろうとする頃には、ゲーム画面を切り替えて再挑戦しようとしている様子に呆れを通り越してため息すらでない。
ひとまず反省の言葉は貰えたので、そのまま部屋を出てドアを閉めた。
さて、放置したままの洗い物をして、シャワーを浴びて、読みかけの本を読みながら早めに寝よう。なんて、上機嫌に考えていた私は、すっかり忘れていた。あの男が、良くも悪くも切り替えが早いということを。
ーーーダダンッ、ダンッ!!
何かを連続して叩く音が響く。先ほどまでのやり取りは無駄だったらしい。かといって、もう一度同じ話をしても結局は止まらないのは分かりきっているのだ。
人間、だれしも突然ゴリラの真似がしたくなることもある。ということにして、ため息と共にキッチンへと向かった。
「なんであんなのと付き合ってるだろう。」
交際5年目にして、不意に零れた呟きの答えを返してくれる人はいない。
ーーーーーー
(その後)
「凜ちゃん…さっき…」
「あれ?ゴリラの真似してたんじゃないの?…まさか、」
「っ!そう!ゴリラの真似練習してた!」
「今こそ練習の成果を!3.2.1.はいっ」
「え、ちょ、ごめん。嘘です。凜ちゃん許して…、あ、明日は外にご飯食べに行こう。」
「んー、わたくし凜ちゃんは、お寿司が食べたい気分だなー。」
「…マジ?」
END
突如響いた叫び声。4月1日、月曜日。時刻は夜8時をすぎたところである。発生源は家賃4万円、間取り2DKのボロアパートの一室だった。
洗っていた食器をシンクに置き、手についた泡を落として水気をふき取ってから、部屋へと足を運ぶ。立てつけの悪いドアに手をかけ、ゆっくりとそれを引きながら中の様子を覗き込んだ。
窓際に置かれたパソコンデスクと、そこに伏せている男が一人。つきっぱなしのモニターの画面には血塗られた文字で【DEAD】の文字が浮かんでいた。
丸くなっている背中へ、ひっそりと近付く。2m程度の距離を詰め後ろまで来たが、何の反応もないところを見るとどうやら気づいていないらしい。
ここからどうしようかと、視線だけで周りを見れば、床に転がった赤いラベルのペットボトルが目についた。そっと手に取り、キャップ側を持ち、その腕を高めに上げる。
「は!?」
パコン、という間抜けな音と少しだけズレて響いた声。何事かと後ろを向いた男と目が合った。驚きに不機嫌が混ざったような表情が、みるみるうちに焦りへ塗り替えられていく。
未だ赤文字の浮かぶパソコンの画面に視線だけを移し、それをまたゆっくりと目の前の男へ戻す。
「ゲーム、負けたんだの?」
「…負けた。」
「悔しかった?」
「っ、最後の一人!あいつ抜いたら1位だったんだって!」
よほど悔しかったのだろう、男が勝敗を決した一瞬を語り始める。要約すると「強い銃を手に入れ、勝ちは決まったと余裕ぶっこいていたら撃ち負けた」ということらしい。なんとも情けない話だけれど、本人も自覚していたらしい。自分に腹を立てているようだった。
しかし、怒っていようが負けようが、それは全くと言って問題ではない。少なからず、今の私には。
真顔のまま、頷き一つ返すことなく男を見ていれば、件のシーンを熱弁し終わったところで落ち着いたのかまた目があった。気まずそうな男と、笑顔の私。お互い無言の時間が過ぎていく。
「凛ちゃん…?怒った…?」
耐えられなかったのか、先に口を開いたのは意外にも相手の方だった。
「今、何時?」
「あー…、8時10分」
「そう。今日は月曜日、そして夜、さらに8時すぎ。…それを踏まえて、私に何か言うことは?」
「叫んでごめんなさい。」
「もう一声、」
「叫んでごめんなさい、もうしません。」
「はい、よろしい。」
貼り付けていた真顔をほどけば、男は分かりやすく安堵の息を吐く。来た道を戻ろうとする頃には、ゲーム画面を切り替えて再挑戦しようとしている様子に呆れを通り越してため息すらでない。
ひとまず反省の言葉は貰えたので、そのまま部屋を出てドアを閉めた。
さて、放置したままの洗い物をして、シャワーを浴びて、読みかけの本を読みながら早めに寝よう。なんて、上機嫌に考えていた私は、すっかり忘れていた。あの男が、良くも悪くも切り替えが早いということを。
ーーーダダンッ、ダンッ!!
何かを連続して叩く音が響く。先ほどまでのやり取りは無駄だったらしい。かといって、もう一度同じ話をしても結局は止まらないのは分かりきっているのだ。
人間、だれしも突然ゴリラの真似がしたくなることもある。ということにして、ため息と共にキッチンへと向かった。
「なんであんなのと付き合ってるだろう。」
交際5年目にして、不意に零れた呟きの答えを返してくれる人はいない。
ーーーーーー
(その後)
「凜ちゃん…さっき…」
「あれ?ゴリラの真似してたんじゃないの?…まさか、」
「っ!そう!ゴリラの真似練習してた!」
「今こそ練習の成果を!3.2.1.はいっ」
「え、ちょ、ごめん。嘘です。凜ちゃん許して…、あ、明日は外にご飯食べに行こう。」
「んー、わたくし凜ちゃんは、お寿司が食べたい気分だなー。」
「…マジ?」
END
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