1 / 2
第一話
しおりを挟む
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突如響いた叫び声。4月1日、月曜日。時刻は夜8時をすぎたところである。発生源は家賃4万円、間取り2DKのボロアパートの一室だった。
洗っていた食器をシンクに置き、手についた泡を落として水気をふき取ってから、部屋へと足を運ぶ。立てつけの悪いドアに手をかけ、ゆっくりとそれを引きながら中の様子を覗き込んだ。
窓際に置かれたパソコンデスクと、そこに伏せている男が一人。つきっぱなしのモニターの画面には血塗られた文字で【DEAD】の文字が浮かんでいた。
丸くなっている背中へ、ひっそりと近付く。2m程度の距離を詰め後ろまで来たが、何の反応もないところを見るとどうやら気づいていないらしい。
ここからどうしようかと、視線だけで周りを見れば、床に転がった赤いラベルのペットボトルが目についた。そっと手に取り、キャップ側を持ち、その腕を高めに上げる。
「は!?」
パコン、という間抜けな音と少しだけズレて響いた声。何事かと後ろを向いた男と目が合った。驚きに不機嫌が混ざったような表情が、みるみるうちに焦りへ塗り替えられていく。
未だ赤文字の浮かぶパソコンの画面に視線だけを移し、それをまたゆっくりと目の前の男へ戻す。
「ゲーム、負けたんだの?」
「…負けた。」
「悔しかった?」
「っ、最後の一人!あいつ抜いたら1位だったんだって!」
よほど悔しかったのだろう、男が勝敗を決した一瞬を語り始める。要約すると「強い銃を手に入れ、勝ちは決まったと余裕ぶっこいていたら撃ち負けた」ということらしい。なんとも情けない話だけれど、本人も自覚していたらしい。自分に腹を立てているようだった。
しかし、怒っていようが負けようが、それは全くと言って問題ではない。少なからず、今の私には。
真顔のまま、頷き一つ返すことなく男を見ていれば、件のシーンを熱弁し終わったところで落ち着いたのかまた目があった。気まずそうな男と、笑顔の私。お互い無言の時間が過ぎていく。
「凛ちゃん…?怒った…?」
耐えられなかったのか、先に口を開いたのは意外にも相手の方だった。
「今、何時?」
「あー…、8時10分」
「そう。今日は月曜日、そして夜、さらに8時すぎ。…それを踏まえて、私に何か言うことは?」
「叫んでごめんなさい。」
「もう一声、」
「叫んでごめんなさい、もうしません。」
「はい、よろしい。」
貼り付けていた真顔をほどけば、男は分かりやすく安堵の息を吐く。来た道を戻ろうとする頃には、ゲーム画面を切り替えて再挑戦しようとしている様子に呆れを通り越してため息すらでない。
ひとまず反省の言葉は貰えたので、そのまま部屋を出てドアを閉めた。
さて、放置したままの洗い物をして、シャワーを浴びて、読みかけの本を読みながら早めに寝よう。なんて、上機嫌に考えていた私は、すっかり忘れていた。あの男が、良くも悪くも切り替えが早いということを。
ーーーダダンッ、ダンッ!!
何かを連続して叩く音が響く。先ほどまでのやり取りは無駄だったらしい。かといって、もう一度同じ話をしても結局は止まらないのは分かりきっているのだ。
人間、だれしも突然ゴリラの真似がしたくなることもある。ということにして、ため息と共にキッチンへと向かった。
「なんであんなのと付き合ってるだろう。」
交際5年目にして、不意に零れた呟きの答えを返してくれる人はいない。
ーーーーーー
(その後)
「凜ちゃん…さっき…」
「あれ?ゴリラの真似してたんじゃないの?…まさか、」
「っ!そう!ゴリラの真似練習してた!」
「今こそ練習の成果を!3.2.1.はいっ」
「え、ちょ、ごめん。嘘です。凜ちゃん許して…、あ、明日は外にご飯食べに行こう。」
「んー、わたくし凜ちゃんは、お寿司が食べたい気分だなー。」
「…マジ?」
END
突如響いた叫び声。4月1日、月曜日。時刻は夜8時をすぎたところである。発生源は家賃4万円、間取り2DKのボロアパートの一室だった。
洗っていた食器をシンクに置き、手についた泡を落として水気をふき取ってから、部屋へと足を運ぶ。立てつけの悪いドアに手をかけ、ゆっくりとそれを引きながら中の様子を覗き込んだ。
窓際に置かれたパソコンデスクと、そこに伏せている男が一人。つきっぱなしのモニターの画面には血塗られた文字で【DEAD】の文字が浮かんでいた。
丸くなっている背中へ、ひっそりと近付く。2m程度の距離を詰め後ろまで来たが、何の反応もないところを見るとどうやら気づいていないらしい。
ここからどうしようかと、視線だけで周りを見れば、床に転がった赤いラベルのペットボトルが目についた。そっと手に取り、キャップ側を持ち、その腕を高めに上げる。
「は!?」
パコン、という間抜けな音と少しだけズレて響いた声。何事かと後ろを向いた男と目が合った。驚きに不機嫌が混ざったような表情が、みるみるうちに焦りへ塗り替えられていく。
未だ赤文字の浮かぶパソコンの画面に視線だけを移し、それをまたゆっくりと目の前の男へ戻す。
「ゲーム、負けたんだの?」
「…負けた。」
「悔しかった?」
「っ、最後の一人!あいつ抜いたら1位だったんだって!」
よほど悔しかったのだろう、男が勝敗を決した一瞬を語り始める。要約すると「強い銃を手に入れ、勝ちは決まったと余裕ぶっこいていたら撃ち負けた」ということらしい。なんとも情けない話だけれど、本人も自覚していたらしい。自分に腹を立てているようだった。
しかし、怒っていようが負けようが、それは全くと言って問題ではない。少なからず、今の私には。
真顔のまま、頷き一つ返すことなく男を見ていれば、件のシーンを熱弁し終わったところで落ち着いたのかまた目があった。気まずそうな男と、笑顔の私。お互い無言の時間が過ぎていく。
「凛ちゃん…?怒った…?」
耐えられなかったのか、先に口を開いたのは意外にも相手の方だった。
「今、何時?」
「あー…、8時10分」
「そう。今日は月曜日、そして夜、さらに8時すぎ。…それを踏まえて、私に何か言うことは?」
「叫んでごめんなさい。」
「もう一声、」
「叫んでごめんなさい、もうしません。」
「はい、よろしい。」
貼り付けていた真顔をほどけば、男は分かりやすく安堵の息を吐く。来た道を戻ろうとする頃には、ゲーム画面を切り替えて再挑戦しようとしている様子に呆れを通り越してため息すらでない。
ひとまず反省の言葉は貰えたので、そのまま部屋を出てドアを閉めた。
さて、放置したままの洗い物をして、シャワーを浴びて、読みかけの本を読みながら早めに寝よう。なんて、上機嫌に考えていた私は、すっかり忘れていた。あの男が、良くも悪くも切り替えが早いということを。
ーーーダダンッ、ダンッ!!
何かを連続して叩く音が響く。先ほどまでのやり取りは無駄だったらしい。かといって、もう一度同じ話をしても結局は止まらないのは分かりきっているのだ。
人間、だれしも突然ゴリラの真似がしたくなることもある。ということにして、ため息と共にキッチンへと向かった。
「なんであんなのと付き合ってるだろう。」
交際5年目にして、不意に零れた呟きの答えを返してくれる人はいない。
ーーーーーー
(その後)
「凜ちゃん…さっき…」
「あれ?ゴリラの真似してたんじゃないの?…まさか、」
「っ!そう!ゴリラの真似練習してた!」
「今こそ練習の成果を!3.2.1.はいっ」
「え、ちょ、ごめん。嘘です。凜ちゃん許して…、あ、明日は外にご飯食べに行こう。」
「んー、わたくし凜ちゃんは、お寿司が食べたい気分だなー。」
「…マジ?」
END
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
妹に幸せになって欲しくて結婚相手を譲りました。
しあ
恋愛
「貴女は、真心からこの男子を夫とすることを願いますか」
神父様の問いに、新婦はハッキリと答える。
「いいえ、願いません!私は彼と妹が結婚することを望みます!」
妹と婚約者が恋仲だと気付いたので、妹大好きな姉は婚約者を結婚式で譲ることに!
100%善意の行動だが、妹と婚約者の反応はーーー。
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる