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第ニ話
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華の金曜日。同僚たちは恋人とデートだったり、仲のいい友人との食事だったりと各々楽しむ予定を立てているらしい。いつもより忙しい曜日にも関わらず、定時で上がれたのは一重にみな共通の目標があったからこそだろう。
そんな事情でもれなく定時上がりをした私は、現在コンビニにいる。手に持ったカゴの中にはジャーキー、さけるチーズ、ポテトチップス、あとはお昼に女性社員の間で話題になっていた新発売チーズケーキ。
ジャンルにばらつきはあるものの、気になるものは食べてみたいのだ。いつも以上に仕事を頑張ったご褒美ということで許してほしい。
「んー…、」
思わず唸ってしまったが、それには訳がある。週末に欠かせないもの、お酒である。とはいえ、酒豪ではない。むしろ弱い部類の人間だと自負している。さて、問題はそこだ。飲めてチューハイ1缶。対して気になっているお酒が3種類もあるのだから零れる唸り声もだんだんと低くなっていく。
しかし、悩んでいても飲める量は決まっている。最終的に、一番気になっていた白桃風味のものを手に取り、レジまで進む。通り道にあったアイスコーナーから安いラクトアイスもこっそりカゴに入れたのは無意識だった。
コンビニから家までは5分足らず。一人暮らしをして早2年、暗い部屋へ帰るのも慣れてしまった。通り道すべての電気をつけながら進み、購入したものをしまうべき場所に一度収めたら、ワンルームの片隅にあるパソコンを起動させる。ファンが静かに回りだしたのを確認して、服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、最低限のスキンケアを施す。
つまみ類と、お酒を両手に向かったのはパソコンの前。邪魔にならない場所に手に持ったものを置いて、ロックを解除すれば、見慣れたデスクトップ画面に、通話ソフトが自動で起動される。
ジャーキーを開けて一枚を加えながら、すでにオンラインになっている人物へとチャットを送る。向こうも準備はできているらしい。ヘッドセットをつけ、マイクを起動して通話ボタンを押せば、数コールの後に男の声が聞こえる。
「もしもし?お疲れ様。」
「おー、お疲れ。今日早かったな?」
「みんな用事があるから早く帰りたいってなってね。」
「そういうことか。まあ、お前も早く帰れたならよかったじゃん。」
「そうねー。さて、今日は何やる?なんでもいいよ。」
「んー、放置してたやつあったじゃん。イベントあるらしいから久々に高難易度のクエストいきたい。」
「おっけー、起動しまーす。」
会話をしながらMMOのショートカットをダブルクリックすれば、タイトル画面が表示される。始めた当時は毎日のように見ていたそれも、久々に見ると懐かしさに代わる。
サーバーを選択して、いくつか制作したアバターの中から一番使いやすいものを選んで進めば、あとはゲームの世界を楽しむだけ。
「クエスト、俺が選んでもいい?」
「んー。まかへう。」
「なんか食ってんだろ、お前。」
「これはジャーキー。あとチーズもあるよ、ポテチも。」
「デブかよ」
「失礼な。こんなにキュートなのに。」
「アバターは可愛いけどな。」
「はいはい、どうせ週末にジャーキー食いながらゲームしてる寂しいOLですよ。」
「ごめんて、拗ねんな。ほら、さっさと行こうなー。」
選択されていたのは、全盛期によく一緒に回していたクエストだった。なんだかんだ敵の種類や弱点なんかも覚えているもので、案外サクサク終わっていく。若干ズレがあった連携も、3週目をこなす頃には、ゲームとは全く関係ない話をしていたほど息が合っていた。
「なんかいいね、久々だと新鮮な感じで楽しい。」
「ほんと、久々にやるのいいな。あー、もう日付変わるし、俺そろそろ寝るわ。」
「あれ?土曜日なのに仕事?」
相手からの発言で、初めて時計を見る。確かにあと10分で日付は変わるが、明日は土曜日。自分は休みだし、彼も同じだったはずだ。だからこそ、今日は夜通しやるつもりでいたのだが。
「いや、仕事じゃない。けど、大事な用があってさ。」
「なんだー、夜通しやろうと張り切ってたのに。」
用事があるなら仕方がない。内容はわからないが、ゲームをしていて遅刻しました。なんて理由は情けないことこの上ない。
「まあ、明日一緒にやればいいじゃん。10時にはそっちの駅着くから。」
「そうね、明日また…、は?ちょっと待って。こっちに10時?」
彼の言葉をどうにも理解できずフリーズしていれば、その原因となった本人は楽しそうにクスクスと笑っている。
「だから、明日朝一でそっち帰る。外デートでも、家デートでも付き合うから、やりたいこと考えておいて。」
「…ゲームセンター行きたい。ほしいキャラのぬいぐるみがある。」
「あはは、了解。ただし、駅まで迎えに来ることな。」
「絶対行く。お土産よろしくね。」
「はいはい、んじゃ、お休み。また明日。」
「うん、おやすみー。」
お互いに挨拶をしたところで、通話が切断される。まだ現実味がないまま、後ろを振り返って、そして思った。
さすがに片付けないとマズイ。
脱ぎ散らかした服を拾って洗濯機に突っ込み、6時間後にアラームをセットする。近所の人には申し訳ないが、送料一番に洗濯機を回して掃除機をかけさせてもらおう。
せっかくの休日にはありえない早起きにすらも幸せを感じながら、ベッドに体を沈めた。
ーーーーーー
「…走ってきた?」
「ちょっとねっ…準備に、はぁ…、手間取って。」
「でもちゃんと可愛い服は着てきたわけだ。」
「リアルもかわいいでしょ。」
「はいはい、かわいいかわいい。」
「絶対適当でしょ。」
「怒るなって、ちゃんとぬいぐるみ取るから。」
「取れたら許す。」
END
そんな事情でもれなく定時上がりをした私は、現在コンビニにいる。手に持ったカゴの中にはジャーキー、さけるチーズ、ポテトチップス、あとはお昼に女性社員の間で話題になっていた新発売チーズケーキ。
ジャンルにばらつきはあるものの、気になるものは食べてみたいのだ。いつも以上に仕事を頑張ったご褒美ということで許してほしい。
「んー…、」
思わず唸ってしまったが、それには訳がある。週末に欠かせないもの、お酒である。とはいえ、酒豪ではない。むしろ弱い部類の人間だと自負している。さて、問題はそこだ。飲めてチューハイ1缶。対して気になっているお酒が3種類もあるのだから零れる唸り声もだんだんと低くなっていく。
しかし、悩んでいても飲める量は決まっている。最終的に、一番気になっていた白桃風味のものを手に取り、レジまで進む。通り道にあったアイスコーナーから安いラクトアイスもこっそりカゴに入れたのは無意識だった。
コンビニから家までは5分足らず。一人暮らしをして早2年、暗い部屋へ帰るのも慣れてしまった。通り道すべての電気をつけながら進み、購入したものをしまうべき場所に一度収めたら、ワンルームの片隅にあるパソコンを起動させる。ファンが静かに回りだしたのを確認して、服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、最低限のスキンケアを施す。
つまみ類と、お酒を両手に向かったのはパソコンの前。邪魔にならない場所に手に持ったものを置いて、ロックを解除すれば、見慣れたデスクトップ画面に、通話ソフトが自動で起動される。
ジャーキーを開けて一枚を加えながら、すでにオンラインになっている人物へとチャットを送る。向こうも準備はできているらしい。ヘッドセットをつけ、マイクを起動して通話ボタンを押せば、数コールの後に男の声が聞こえる。
「もしもし?お疲れ様。」
「おー、お疲れ。今日早かったな?」
「みんな用事があるから早く帰りたいってなってね。」
「そういうことか。まあ、お前も早く帰れたならよかったじゃん。」
「そうねー。さて、今日は何やる?なんでもいいよ。」
「んー、放置してたやつあったじゃん。イベントあるらしいから久々に高難易度のクエストいきたい。」
「おっけー、起動しまーす。」
会話をしながらMMOのショートカットをダブルクリックすれば、タイトル画面が表示される。始めた当時は毎日のように見ていたそれも、久々に見ると懐かしさに代わる。
サーバーを選択して、いくつか制作したアバターの中から一番使いやすいものを選んで進めば、あとはゲームの世界を楽しむだけ。
「クエスト、俺が選んでもいい?」
「んー。まかへう。」
「なんか食ってんだろ、お前。」
「これはジャーキー。あとチーズもあるよ、ポテチも。」
「デブかよ」
「失礼な。こんなにキュートなのに。」
「アバターは可愛いけどな。」
「はいはい、どうせ週末にジャーキー食いながらゲームしてる寂しいOLですよ。」
「ごめんて、拗ねんな。ほら、さっさと行こうなー。」
選択されていたのは、全盛期によく一緒に回していたクエストだった。なんだかんだ敵の種類や弱点なんかも覚えているもので、案外サクサク終わっていく。若干ズレがあった連携も、3週目をこなす頃には、ゲームとは全く関係ない話をしていたほど息が合っていた。
「なんかいいね、久々だと新鮮な感じで楽しい。」
「ほんと、久々にやるのいいな。あー、もう日付変わるし、俺そろそろ寝るわ。」
「あれ?土曜日なのに仕事?」
相手からの発言で、初めて時計を見る。確かにあと10分で日付は変わるが、明日は土曜日。自分は休みだし、彼も同じだったはずだ。だからこそ、今日は夜通しやるつもりでいたのだが。
「いや、仕事じゃない。けど、大事な用があってさ。」
「なんだー、夜通しやろうと張り切ってたのに。」
用事があるなら仕方がない。内容はわからないが、ゲームをしていて遅刻しました。なんて理由は情けないことこの上ない。
「まあ、明日一緒にやればいいじゃん。10時にはそっちの駅着くから。」
「そうね、明日また…、は?ちょっと待って。こっちに10時?」
彼の言葉をどうにも理解できずフリーズしていれば、その原因となった本人は楽しそうにクスクスと笑っている。
「だから、明日朝一でそっち帰る。外デートでも、家デートでも付き合うから、やりたいこと考えておいて。」
「…ゲームセンター行きたい。ほしいキャラのぬいぐるみがある。」
「あはは、了解。ただし、駅まで迎えに来ることな。」
「絶対行く。お土産よろしくね。」
「はいはい、んじゃ、お休み。また明日。」
「うん、おやすみー。」
お互いに挨拶をしたところで、通話が切断される。まだ現実味がないまま、後ろを振り返って、そして思った。
さすがに片付けないとマズイ。
脱ぎ散らかした服を拾って洗濯機に突っ込み、6時間後にアラームをセットする。近所の人には申し訳ないが、送料一番に洗濯機を回して掃除機をかけさせてもらおう。
せっかくの休日にはありえない早起きにすらも幸せを感じながら、ベッドに体を沈めた。
ーーーーーー
「…走ってきた?」
「ちょっとねっ…準備に、はぁ…、手間取って。」
「でもちゃんと可愛い服は着てきたわけだ。」
「リアルもかわいいでしょ。」
「はいはい、かわいいかわいい。」
「絶対適当でしょ。」
「怒るなって、ちゃんとぬいぐるみ取るから。」
「取れたら許す。」
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