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十話 対策会議
しおりを挟むカエデがキラキラのノートを取り出して、机の上に広げる。
そのノートには、タイトルがすでに書き込まれていた。
目を凝らしてみれば、「旅人が生きるためには」と書いてある。
「じゃあ全員が揃いましたので、第一回、旅人救出会議を始めます」
こほん、とわざとらしく咳き込んでから、カエデが全員の顔を見回した。
そんな会議が始まることは、誰も知らなかったようだ。
みんな驚いた顔で、カエデを見つめている。
「言ったでしょ、私たち四人ならなんとかできるかもしれないって」
「だから、会議?」
「そういうこと!」
ぱちんっと手を叩いて、カエデが音を立てる。
ノートに丸っこい文字で書き始めた言葉は「どうするか」という問いだった。
「まず、夢香ちゃん」
「はい」
「思い出せるだけ、思い出して欲しいんだけど……どういう状況だった? 旅人は、辛かったら聞かなくても良いよ」
「いや、俺の話なのに、聞かないって選択肢はないだろ」
机の上に身を乗り出して、旅人がノートを覗き込む。
私は、思い出せるように脳みそを必死で動かして、言葉を探す。
「えっと、まず日にちが毎回一緒で……夏休みの終わる一日前」
「八月三十日、ってことね」
カラフルなペンを筆箱から取り出して、大きく日付を書きだす。
日付を見ただけで、心臓がバクバクしてきた。
「夢香ちゃんも辛かったら、休み休みやろう。まだ期間はあるってことだもんね、一年ないくらい」
「大丈夫」
こくんとうなずいて、記憶の限り言葉にする。
旅人がぎゅうっと強く右手を握ってくれるから、大丈夫な気がしてた。
むしろ、その真実を突きつけることが、残酷な気がして怖い。
「時間は正確にはわからないけど、夕方ごろ。夕日が差し込んでた。で、サラリーマンとか小学生が帰り道を歩いてたから、多分六時とか?」
「小学生が帰ろうとしてたってことはそれくらいだろうな」
スマホでぽちぽちと何かを打ってから、双見くんが顔を上げる。
「八月の日の入りもそれくらいだから、合ってると思う」
「で、事故に遭うの?」
「それは……毎回違うの。交通事故もあったし、階段から落ちてもあった。熱が出てっていうのも……」
「原因は毎回違うのか」
事故だけであれば、道を変えれば良いと思った。
道を変えても、道路じゃないところにしても、会わないことにしても、結末だけは変わらない。
「原因はどうにもできないかぁ……」
カエデが、ノートに書き込みながらつぶやく。
どうにかできる案なんて、思い浮かびそうになくて、喉がぎゅうっと締まる。
首を横にブンブン振ってから、旅人の様子をうかがう。
旅人はいたって冷静そうな顔をしているから、どう思ってるかわからなかった。
「夢香ちゃんは、何回もそんなことを繰り返してたんだね」
「知りたくなかったよね……」
「ううん! 言ってくれたからこうやってどうにかできるかも、って考えられるんだから! 絶対なんとかして見せよう。私たちが立ち会ったことは、ないの?」
「うん……二人を巻き込みたくなかったから」
「そっか」
カエデがうーん、うーんっとうなずきながらノートに絵を描く。
味のある旅人と私と、カエデと双見くんが四人で並んでる絵が出来上がっていく。
「じゃあさ、私たち四人で過ごすって言うのはどう?」
「それは……イヤだ」
「巻き込まれないかもしれないじゃん」
絶対に無いとは言えないから、二人を巻き込むのはイヤだ。
それで旅人が助けられた結果、二人のどちらかがと考えるだけで、体が芯から冷えていく。
「俺もそれはイヤ」
旅人が口を開いたかと思えば、ぷんっとそっぽを向く。
いつもの旅人らしくなくて、不安になってきた。
右手をぎゅっと握れば、同じくらいの強さで握り返される。
私の目を覗き込んで、旅人が安心させるように微笑む。
「交通事故は、相手によるから助かる見込みが少ないかもしれないな」
双見くんの言葉にうなずく。
私もそう思ったから、できる限りその時間は道路から離れた場所にいるようにしてきた。
「会うのは絶対だとして、じゃあ外はダメだね」
カエデが外と書いて、上から大きいバツマークを被せる。
屋内で、被害が少なさそうな場所。
「ってかもう良いだろ」
旅人が止めるように、口を挟んだ。
少し投げやりな言い方に、不安だったのだろうかと焦りを感じる。
「とりあえず、先延ばしで楽しい話しようぜ」
「そうだね!」
旅人を不安にさせたくなくて、私も同意すれば渋々とカエデがノートを閉じた。
そのノートを私に渡してから、カエデと双見くんが冬休みの話を始める。
受け取ったノートをどうしていいかわからなくて、旅人と繋いでる右手を離そうとする。
旅人は、離せないように強く握りしめてきた。
「旅人?」
「あ、ごめん」
声を掛ければ、パッと離される。
カバンにしまい込んでから、旅人の目を覗き込む。
不安な気持ちが、瞳の中で揺れてる気がした。
「二人はどうするの?」
「なにが?」
「クリスマス! この後のカップルのイベントといえば、クリスマスでしょ」
不意にカエデに話を振られて、顔を見ればキラキラとした目で私に問いかける。
クリスマス……
いつもだったら二人で、クリスマスパーティーをしていたけど、今回はどうしようか。
旅人に尋ねようと、顔を見ればぎゅっと唇を閉じている。
「旅人、大丈夫? 調子悪そうだから帰ろう?」
「え、旅人調子悪かったの? ごめん、こんな話したからだよね」
「違う、大丈夫」
「大丈夫じゃなさそうだから、ね、とりあえず帰ろう!」
立ち上がって、旅人の手を引っ張ればあっさりと立ち上がる。
カエデと双見くんに、「ごめんね」とだけ言って空き教室を出る。
旅人は抵抗することもなく、とぼとぼと着いてきた。
静かになった校舎は、二人の歩く音だけが響く。
玄関で靴を履き替えれば、旅人が後ろからぎゅうっと抱きついてきた。
「怖くなっちゃったの?」
「違う……」
「じゃあ、どうしたの?」
振り返って、抱きしめ返す。
赤ちゃんみたいに甘えてくる旅人が珍しくて、少しびっくりした。
今まで見たことのない、旅人の行動に困惑してる。
「夢香はケガしてないの?」
「してないよ? ほら」
腕を広げて全身大丈夫だよ、と見せる。
もう一度、旅人に強く抱きしめられる。
「今じゃなくて」
「事故の時ってこと?」
「そう」
「ごめんね、私は……いつも怖くて、ただ立ち尽くしてたから……」
ケガは、一回もしてない。
ただ、呆然と立って、旅人が痛がってるのを毎回見ていた。
やっぱり、悪い子なんだと思う。
助けられるかもしれないのは、私だけなのに、怖くて私はいつも何もできなかった。
「夢香が無事なことの方が俺は大事だよ」
消え入りそうな声で、耳元で旅人が口にする。
でも、私もカエデたちも旅人に生きてて欲しいから考えてるのに。
「でも、旅人に生きててほしいんだよ」
「うん、わかってる。俺も努力はするし、手伝う。でも、夢香にケガはしてほしくない。ちょっと不安になっちゃっただけ、ごめんね」
とんとんっと背中を叩いて、旅人を安心させるように微笑む。
「大丈夫! 二人とも無事な方法を考えようね」
「おう」
旅人は落ち着いたのか、私を抱きしめていた腕を緩めて靴を履き替える。
そしてすぐに私の右手を取って、絡めた。
「クリスマスは、どうしたい?」
「デートしたい」
「パーティーいつもしてたんだっけ?」
私と繋いでる手と反対の手で、スマホを操作して「やったことリスト」を開いて確認しながら声に出す。
「じゃあ、イルミネーション見に行こうぜ」
「イルミネーション?」
「そう、駅前の広場のところでめっちゃでかいツリーにイルミネーションするの。あとプレゼント交換も」
旅人が思いつく限り、クリスマスデートっぽいことを挙げていく。
左手で次々と「やりたいことリスト」を更新しながら。
私はただ、うんうんとうなずきながら、旅人の提案を聞いていた。
「夢香はしたいことないの?」
「旅人の提案が全部良いから、今は思いつかないや。でも、パーティーはしたい」
おばさんの作った美味しいグラタンを思い出しながら、言葉にすれば旅人は「もちろん」とうなずいた。
旅人の家のクリスマスパーティーは、私が思う一番幸せな家族の形をしている。
だから、いつも旅人の家でパーティーをするのが大好きだった。
「母さんにも、その時ちゃんと、もう一回紹介するよ」
「うん、浴衣着せて貰ったから一回会ってるけどね」
「おう」
スマホにあらかた打ち込み終わった旅人が、スマホをしまって。
私の手を確かめるように、指を絡め直す。
「色々考えるのもいいけど、俺とのデートもしてよ?」
「当たり前だよ!」
「いっぱい幸せな時間を過ごして、思い出つくろうな」
まるで、最後のお別れの準備をしてるみたいな言い方が引っかかった。
でも、純粋に思ってくれて言ってるのかもしれないから聞けない。
「うん!」
* * *
お父さんが仕事に復帰してからも、家の雰囲気は明るいままだった。
クリスマス当日のことを言い出せないうちに、どんどんクリスマスが近づいてくる。
夕飯を食べながら、お父さんに目配せをする。
「あの、クリスマスなんだけど」
「今年もケーキを予約してるわよ」
お母さんが、そう言うからちょっと罪悪感が湧いた。
クリスマス当日は旅人と過ごさせて欲しい、と口に出すことが憚られる。
もごもごと口の中で言い訳を考えては、うまく声に出せない。
お父さんが察したように、「母さん」と声をかけた。
「クリスマスイブでいいんじゃないか? 今年は」
「どうして? イブも当日も家族で過ごすのが普通でしょう?」
「そうかもしれないが……久しぶりに休みも取れたから、当日は二人でデートでもいいんじゃないか?」
わざとらしく、こほんっと咳き込みながらお父さんがお母さんに問いかける。
私の方が恥ずかしくなって、ますます口篭ってしまう。
「デートなんて、そんな……」
「私! 友だちと約束があるから、二人で過ごしてきなよ」
満更でもなさそうなお母さんに、口を挟む。
今なら許してもらえる気がした。
気のせいだったみたいだけど……
どんどんお母さんの顔が、怖くなっていく。
「友だち……?」
「クリスマスくらい、友だちと過ごしたい」
「そんなの普通じゃない!」
「お母さんの普通じゃないって何? 私が友だちと過ごすのもダメってこと?」
ケンカしたかったわけじゃない。
お母さんとぶつかり合って良いことなんて何一つない。
だって、一つ言えば、百の文句が返ってくるんだから。
「友だちと過ごすのがダメって言ってるんじゃないの!」
「すぐに、なんでもかんでもダメダメ言わないでよ。私にだって私の人生があるの。お母さんがなんて言おうと、クリスマス当日は私友だちと過ごすから」
箸を叩きつけたい気持ちを抑えて、そっとテーブルに置く。
さっき「反抗期なの?」ってお母さんは言っていたけど、反抗期なんかじゃない。
今までだって、ずっと私が我慢すれば良いと思って黙ってきただけだ。
でも、言わないと伝わらない。
言わなかったら私の願いは、一生叶わない。
だったら、お母さんになんと言われようとも、私は今一番叶えたい私のワガママを押し通す。
だって、お母さんの「普通じゃない」も、ただのワガママだ。
今まで私はお母さんの望む通りの良い子で居ようと頑張ってきたけど、満足することなんてないでしょう?
いつまでも、どこまでも、果てしなく求め続けられる。
私の意思や、願いはどこにいくの?
それに今は、私はなによりも旅人のことを考えたい。
そんな思いを込めた言葉に、お父さんの方が先に口を開いた。
「もう高校生だ。それくらい、良いだろう」
「だって!」
「俺とのデートはイヤか?」
「そういうことじゃないのよ……」
「夢香も高校生だ、大丈夫だ。心配しなくても」
ただの友だちじゃなくて、彼氏なことは、まだ言えそうにないけど。
お父さんの変わりように、戸惑いの方が大きい。
今までだったら、何も言わなかったのに。
「お母さんの普通じゃなくても、私たちには普通だよ。友だちとクリスマスを過ごすなんていうのは!」
「悪いお友だちでもできたの? 前はそんなこと言うような子じゃ」
「お母さんは私のことが嫌い?」
「そんなこと言ってないじゃない」
嫌いじゃないよね、それだけは、信じてる。
でも、自分がやられてイヤだったことを、私に押し付けてることは気づいて欲しい。
私だって、一人の人間だし。
もう選べる年頃なんだよ。
諦めて、逃げていた私が言えることじゃないけど。
譲れないことは、きちんと口に出すって決めたから。
私が言えないのは私が弱いからだと思っていた。でも、違った。
諦めて、逃げるのが楽だから。
怖い思いと向き合えないから、言えなかっただけだった。
今は、きちんと今一番欲しいものがわかってる。
旅人との、クリスマスの時間が欲しい。
一分一秒が、私にとっては、大切でかけがえのない時間だから。
旅人を死なせないために、みんなが協力してくれているとは言え、そんな保証はない。
それでも、私は旅人を死なせないためにできることは全部したい。
楽しい時間が、この世に未練を作れば良いとさえ思ってる。
たとえ、事故にあったとしても。
たとえ、この世の淵を、彷徨っても。
戻ってきたいと思わせるだけの、思い出を、価値を、旅人の世界に、私は与えたい。
お母さんと、ケンカしたとしても。
「お母さん、ごめんね。私のこと思ってくれてるのはわかってる。でも、今回は譲れないから」
言い逃げは、カッコ悪いかもしれない。
それでも、ヒートアップして、言い争うだけでは意味がないから私はこの場から逃げ出す。
お母さんが少しでも、私の言葉を間に受けてくれるように祈って。
* * *
対策会議をカエデが開いてくれるたびに、旅人は不安そうな顔をする。
そのせいで、会議はなかなかうまく進まない。
良い対策案も浮かばず、あっという間に街は冬の景色に色づいていく。
約束のクリスマスはもう、すぐそこまで迫っていた。
「じゃあ、その日のデートはとりあえずショッピングモールで決定ってことで! そろそろ冬休み入っちゃうし、クリスマスの予定も決まった?」
カエデが話し合いをサッと切り上げて、クリスマスの話題へと変えた。
旅人はバッチリ、とうなずいてピースサインを作る。
「私たちもね、今年のクリスマスの予定決まったんだー! ね、琉助」
「おう」
今年のクリスマスプレゼントをどうしよう、と不安がってるカエデの相談に乗った日が懐かしい。
二人でお揃いのものは持ったことがなかったから……というカエデのことをこっそり双見くんに教えたら、喜んでいた。
今年のプレゼントはペアリングにすると、双見くんが言ってたのを思い出してチラリと双見くんの方を見る。
カエデの後ろで、しーっと人差し指を唇に当てていた。
こっそりとうなずいて微笑めば、旅人の手に頬を摘まれる。
耳元で旅人が、ささやいた。
「琉助相手でも嫉妬するからな」
嫉妬があまりにも可愛く見えて、くすくすと笑って旅人の頭を撫でる。
応援ありがとうございます!
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