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九話 脱・疫病神

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 旅人とカエデたちとバイバイをして、クラスの入り口で立ち止まる。
 昨日は上村さんと、少しだけ仲良くなれた。
 今日はクラスでうまくやっていけるだろうか。

 全て諦めて一人で殻に篭っていた。
 でも、クラスで友だちができたら、それはそれで嬉しい。
 上村さんなら、特に仲良くできるような気がする。

 あの疫病神と前に言ってた子とも……うまく仲良くできたら嬉しい。

 前だったら、私は諦めてしまっていたかもしれない。
 でも、旅人のあの言葉が胸の中に深く突き刺さってる。

 だって、自己中心的と言われても、言わないと叶わないもの。
 望まないとそうは、ならない。

 ぎゅうっとお腹に力を込めて、扉を開いた。
 じいっとクラスの目が、私に突き刺さる感覚がする。   
 かすかに足が震えて、恐怖が頭を支配した。

 ごくんっと飲み込んだツバが喉の奥に、詰まる。
 ばしんっと背中に衝撃を感じて聞こえてきた声は、上村さんのものだった。

「おはよ~! 唯野さん」
「おはよう上村さん」

 私を睨んでる視線を感じ取って、上村さんから目線を移す。
 クラスの中を探せば、疫病神と私を呼んだ子だった。

 ぎゅうっと胸を押さえて、まっすぐその子を見据える。
 どうせなら、仲良くなりたい。
 私は、疫病神と呼ばれても、憧れていたから。
 前をまっすぐ見て、なんでも自由に言える強さに。

「おはよう、浅賀さん」
「おはよー、唯野さん」

 パチリっと視線がぶつかり合って、火花が散った気がした。
 笑顔で自分を武装して、近づく。
 手をゆっくり出して、握手を求めればやわらかい白い手が触れた。

 私たちのやりとりにクラス中が、シーンと静まり返って注目してる。
 居心地の悪さを感じながらも、他に目を向けないように浅賀さんをまっすぐ見つめた。

「この前は、不快にさせてごめんね。でも、私は浅賀さんと仲良くなりたいんだ」

 言葉にした。できた。

 怖かったけど、言えた。

 胸の中で旅人に感謝しながら、浅賀さんの顔を見れば、驚いた顔でパクパクと口を開けていた。
 今日もまつ毛がきゅるんと上がっていて、目の周りがラメで彩られている。

「今日もメイクかわいいね」
「何急に、キャラ変?」
「ううん、ずっと思ってたの! 浅賀さんかっこいいなって」

 スラスラと、口から素直に言葉が出てくる。
 ずっと思ってたことだから当たり前だ。
 怖くて臆病だったから、私は傷ついたふりをして避けていたけど。
 ずっと、かっこいいな、って憧れていた。

「こわ」

 ぽつり、と返された言葉にちくんっと胸は痛んだけど、浅賀さんの表情は満更でもなさそうだった。
 私には、視線を合わせてくれない。
 それでも、浅賀さんの耳がほんのり赤く染め上げられている。

「浅賀さんって意外にかわいいんだねぇ~」

 茶化すように私たちの間に入ったのは、上村さんだった。
 ケタケタと笑いながら、浅賀さんと私を見比べている。

「なんか二人とも意外だったなぁ、唯野さんも急にどうしちゃったの?」
「願い事は強く願えば叶うって教えてもらったから」

 旅人に。

 つい笑ってしまえば、クラスメイトたちがザワザワと騒がしく戻っていく。
 ケンカが始まるとでも思っていたのだろうか。
 私たちの様子をうかがう人はいなくなっていた。

「唯野さん、意外に面白いじゃん。ね、浅賀さんもそう思わない?」
「変な人だとは、思う」
「ちょっと変わってはいるのかも、自覚はあるよ」

 普通じゃない自覚はある。
 だって、旅人が死ぬ運命なのを知っていて、打開する策を練ることは出来なかった。
 それひ、みんなに告げて助けを求める勇気も、私には無いままだ。
 今回はたまたま、口が滑った、だけ。

 普通の人だったら、きっと、好きな人を助けるために奔走しただろう。
 私にはそんな力も勇気もなかった。
 今回だって、旅人の言葉のおかげでやっと頑張れるんだもん。
 弱いし、普通じゃない。

「でも、嫌いじゃない。天成くんと仲良いのは気に食わないけど」
「やっぱり? そんな気がしてた。でも疫病神とか言われるのは傷つくからやめてね」
「なにそれ、そんなこと言ったことないじゃん。会話だって同じクラスになって半年近くしたことなかったんだから」

 言葉にしてから、浅賀さんの反応を見て気づく。
 あぁ、そうか疫病神と呼ばれたのは、旅人がいなくなってからだった。
 今回は、まだ、そう思われていないんだ。

 浅賀さんからの言葉に返事もせずに、一人で考え込む。
 言われた理由は、全然思い出せない。

 何回も繰り返してる真実が、ぼやけてる。
 人間の脳みそなんてそんなもんなんだろうけど……。

「唯野さん、聞いてる?」
「あ、ごめん、考え事してた」
「天成くんとは、どういう関係なの?」

 どうしても気になるところはそこらしい。
 浅賀さんは旅人を好きだから、当たり前なのかもしれないけど。
 嘘をつくという選択肢は絶対に選びたくなくて、答えを言うのをためらった。

 それでも、素直に打ち明けようとスカートの裾を握りしめた。

「付き合ってるよ」

 認めた言葉を口にする。
 目の前の浅賀さんは、すぐに謝り始める。
 
「やっぱり、見込みないってわかってたけど、なんか悔しくて! 意地悪して、ごめん」

 浅賀さんは瞳に涙を溜めて、うつむく。
 最後の言葉は、途切れ途切れで掠れて聞こえにくかった。

「ううん、全然! 私だって、好きな人となんでこんな子が! って思ったら、イヤなこと言っちゃいそうだし」

 私と浅賀さんのやりとりに、ぷっと吹き出したのは上村さんだった。

「やっぱり唯野さんってへ~ん! 普通そんなこと言わなくない? おもしろっ」
「え?」
「そうだよ、普通は私だって言っちゃうなんてこう言う時言わないよ」

 上村さんも浅賀さんも顔を見合わせてくすくす笑い合ってる。
 二人を笑わせられたなら、変で普通じゃなくてもいいかもしれない。

「なんか、嫌いだったけど。嫌いになれなくなっちゃった。天成くんの件は諦めてないけど、精々奪われないように気をつけて」
「浅賀さんがライバルだと、ちょっと不安だな」
「嫌味っぽーい! やっぱ、面白いよ、夢香」

 急な名前呼びに、胸がどくんっと一際大きく脈打つ。
 友だちとして認められた感じがして、ドキドキしてる。

「これからよろしくね、クラスメイトになって、今更かもだけど」
「うん! もちろん、仲良くしてくれたら嬉しい。えっと浅賀ちゃん?」
「まさかと思うけどさ……」

 浅賀ちゃんの言葉の続きはわかった。
 上村さんも、少し呆れた顔で私を見てる。
 先に謝りの言葉を口にした。

「ごめん! 下の名前、わかんない、です」
「なんかそんな気がしたわ、ナルミ」
「ナルミちゃん」
「忘れないでよー?」
「え、ちなみに私の名前はわかる~?」

 ナルミちゃん、ナルミちゃん、と忘れないように何度も口の中で反芻する。
 マイちゃんが自分のことを指さして、ワクワクと言葉を待っていた。

「マイちゃん」
「よかった~! 忘れられてたらどうしようかと。夢ちゃんってよぼ」
「なんか、上村さんの方が仲良さそうなのちょっと気に入らないんだけど? 今は私と夢香が仲良くなった良いシーンじゃない?」
「え、なにそれ~! 私の方が先に夢ちゃんと仲良くなったんですけど?」

 言い合いを始めた二人に、くすくすと笑って名前を呼ぶ。
 まさか、クラスに友だちができると思わなかった。
 ただ、勇気を出して思っていたことを伝えただけなのに。

「マイちゃん、ナルミちゃん、よろしく!」
「はいはい、なんか夢香って思ったより犬っぽい」
「あ、わかる~! 最初はもっと絡みにくい子だと思ってたけど不思議ちゃんなだけだったし~」
「ね、私もマイって呼ぶわ、あんたのこと」
「ナルミちゃんってガラじゃないから、ナルちゃんでいい?」

 マイちゃんがナルミちゃんの肩に手を回して、ニヤニヤとしてる。
 からかって遊んでる気がするけど、楽しそうだから口は挟まない。

「好きにしな、あーあ! 緊張して損した! もっと文句でも言われるかと思ったわ」
「ね~! 私もケンカになるかと思ってヒヤヒヤしてたわ~」
「マイは関係ないでしょ」
「いや~クラスではこう、ね、揉めたくないじゃん?」

 二人とも胸を撫で下ろしたそぶりをして、笑い合っている。
 ケンカなんか始まるわけないじゃん、と言いたくなった。
 でも、殻に篭って、クラスで何も言わなかった私の性格なんて誰も知らない。

 不安になっても仕方ないし、それは私のせいだったなと思って口をつぐむ。
 二人のやりとりを横目に、授業の準備を始める。
 すると、二人のスマホが目の前に突き出された。

「なに?」
「なに、じゃないでしょ連絡先」
「そうそう~教えてよ」

 スマホ上で開かれていたのはメッセージアプリで、私も慌ててスマホを取り出す。
 外から見ていたのか、旅人からのメッセージの通知が来ていた。

「友だちできて、よかった……ね?」

 私の画面を見たナルミちゃんが、口に出して読み上げるからスマホを慌てて隠したけど遅かった。

「過保護かよ!」
「やば~! そんなタイプなの天成くん」
「あ、いや、これは!」
「ってか見てたってこと、こわっ。え、大丈夫?」

 先ほどまで旅人を好きだと言ってた口が、「こわっ」と呟く。
 たった一つの物事で、変わるほどの想いだったんだろうか。

 と、ナルミちゃんの顔を見れば、羨ましさが篭った目をしていた。
 言葉だけじゃ、わからないものなんだなとやっと気づく。

「心配性なんだよね、あ、QRコード読み込むね」

 二人のQRコードを読み込んで、友だち欄に追加されたのを確認する。
 私の人生の中で、新しくできた友だち。
 嬉しくてつい何度も指でなぞれば、二人からスタンプが届いた。

「まぁ、メッセくれたら返信するし。夢香のこと面白いと思ってるから、仲良くしよう、ね。天成くんのことは置いておいて」
「もちろん! 嬉しい。旅人たち以外の初めての友だち……」

 言葉にしてから、あっと口を押さえる。
 可哀想な目で、二人にじとっと見られた。

「夢ちゃんって……」
「言わないで! わかってるから……!」
「損な性格してんね、面白いのに夢香」
「二人だって今日までまともにお話したこと、なかったでしょう?」
「たしかに~!」

 ポンポンっと私の肩を叩いて、ナルミちゃんもマイちゃんも自分の席に戻っていく。
 自分でも、もったいないことをしてきたなと今更後悔してる。
 もっと早くに勇気を出して二人に声を掛けていたら、仲良くなれていたかもしれない。

 今までの私の居場所は、本当は旅人たちの中だけじゃなかったかもしれない。
 私が一歩踏み出すだけで……
 未来は変わっていた。

*   *   *

 放課後の空き教室は、外の帰る生徒たちのざわめきが反響していつもだったら寂しい気持ちになる。
 けど、今日は嬉しい報告をみんなにしようと、ワクワクと待っていた。

 一番最初に来たのは、双見くんだった。

「おう……」
「あ、おつかれさま?」
「なんではてな、なんだよ」
「お疲れ様!」

 双見くんと二人きりになったことはなくて、ドギマギしてしまう。
 いつもだったら同じクラスのカエデと、一緒に来るのに。
 考えていることが伝わったのか、双見くんはカバンを置きながら私の方を見る。

「掃除当番」
「あ、そうだったんだ」
「俺は、他の人生でもあんまり関わらなかった感じ?」

 双見くんがどかっとイスに座りながら、ミルクティーを取り出して一口飲み干す。
 関わらなかったわけではないけど、二人きりというのはあまり無かった。
 常に私たちの間にはカエデか、旅人がいたから。

「ううん、友だちだったよ」
「そう」

 それっきり何も言わずにスマホを触りだす。
 ずっと聞きたかったことを、口にしてみる。

「双見くんは、私のことどう思ってる?」
「へ?」

 スマホから顔を上げた双見くんはすごい間抜けな顔をして、口をぽかーんと開けていた。
 ぷっと吹き出してしまいそうになって、口を閉じる。

 カエデはいつも私に優しいし、旅人は言わずもがな。
 よくこんな私のことを好きと言ってくれる。

 旅人のおかげでカエデや、双見くんと一緒に過ごしていたけど。
 双見くん自身は私のことをどう思ってるんだろうって、ずっと気になってた。

「んー、今は普通に面白いやつだなって思ってる」
「そっか」
「聞きたいのは、そういうことじゃないんだろ?」
「そうだけど、でも関わってるの少ないから……あんまり私のことわかってないでしょ?」
「そうだな」

 聞くタイミングを間違えたと私自身わかってる。
 双見くんは、私のこと邪魔だなって思ってるんじゃないかと被害妄想気味に考えていたのは……
 何回も悪夢を繰り返した時の私だ。

 今現在の私とは、違う。
 だから、双見くんの私への印象もきっと違う。
 今日の朝のマイちゃん、ナルミちゃんと話してわかっていたけど。

 友だちが増えたからこそ、欲張りになってるのかもしれない。

 どうせだったら、親友のカエデの彼氏である双見くんとも仲良くなりたかった。

「まぁ、嫌いじゃないよ、夢香のこと」
「カエデとの時間、取っちゃってるよ」
「そんな小さいことに嫉妬しねーよ。俺とカエデもう長い付き合いなんだぜ?」

 知ってるよ。
 中学から付き合ってて、もう四年目になること。

「でも、ほら、二人の時間をこうやって奪っちゃってる罪悪感はある」
「夢香のこと嫌いじゃねーけど。カエデが楽しそうだから良いと思ってるよ」
「ふふふ、それならよかった」

 うんうんとうなずきながら、誤魔化すようにお茶を一口飲む。
 照れくさくって、あまり真顔で居られなかった。

「カエデがさ、なんでか夢香のこと気になるみたいなんだ」
「そう、なんでか私もわからないけど。いつもそうなの。カエデは私を気にかけてくれる」
「でも、最近の夢香は良いと思うよ。よく笑うし、よく話すし」

 意外な言葉に、今度は私がポカーンとする番だった。
「よく笑うし、よく話す」か。
 今までの私は、そんなに仏頂面だっただろうか。

「いや、今までの夢香ってこう、よく見てたわけじゃねーけどさ。壁を作って関わらないでください! みたいな顔してたから」

 自分自身でも、今日やっとそのことに気づけた。
 でも、周りの人はもっと感じ取っていたんだね。
 私が殻に閉じこもっていたことに。

「自分だけが辛いと思ってたの」
「繰り返す悪夢とかのことか?」
「うん、それだけじゃないけど。なんでこんなに繰り返さなくちゃいけないの、って本当は思ってたから」

 言葉にしたら、思い出して涙があふれてきた。
 私ばっかり、私だけ、なんで、ってずっと思ってた。
 私の代わりに他の人が不幸になれば良いとも。

「性格悪いよね、私悪い子なんだよね」
「それが、悪い子とは言い切れないんじゃねーの? 誰でもそうじゃね? 自分に悪いことは起こってほしくないし……」
「でも、人を呪うような真似」
「それだけ、ギリギリだったんだろ。実際に誰かを傷つけたならまだしも」

 私のせいで不幸になった人はたくさんいるよ、と言い返しそうになって辞めた。
 だって、私が本当に疫病神か。
 私のせいで、旅人が死んでるかなんてわからない。
 あの時カエデが「本当に夢香ちゃんのせいなの?」って言ってくれた時に、思った。

 本当に私のせいなんだろうか? って。

 私のせいなのかもしれないけど、確証なんてない。
 わからないことで自分自身を責めて、殻に篭ったところで何にもならない。
 だから、私のせいじゃないかもしれない、なんて今は無責任に信じてる。

「もし、夢香のせいだったとしても、わざと悪意を持って誰かに何かをしてるわけじゃないんだろ」
「うん、誰かを傷つけたいなんて思ってないよ。むしろ、できれば、誰も傷ついて欲しくないと思ってる」
「じゃあいいんじゃない」

 突き放すような言葉なのに、嬉しくなってしまうのは……認められた気がするからだろうか。
 双見くんの不器用な優しさだと思う。
 私を気遣って、言ってるのもあるだろうけど。

 でも、そんな一言が嬉しくてたまらなかった。

「それに、ここにいる時点で仲間だし?」
「そうだね、仲間だもんね」

 双見くんが、私をどう思ってるかずっと疑問に思ってたけど。
 そういえば、双見くんはいつだってそう言ってくれていた。
「仲間だから、辛くなったらすぐ言え」って、旅人が死んだあとも私のことを心配して連絡をくれていた。

「双見くんって優しいよね」
「優しいタイプだと自負してるよ、一応」
「めちゃくちゃ優しい! さすがカエデの選んだ人だなぁって感じ」

 二人でそんな話をしてるうちに、扉の向こうから視線を感じて振り返る。
 旅人がこっそりとこちらを見てるふりをしていた。

「何してるの?」
「いやー良い感じの話をしてたから?」
「早く入って来いよ、カエデも」

 私が気づいていなかっただけで、カエデも旅人の後ろからこっそり覗き込んでいた。

「なんか良い感じだったし、褒めてくれてたから?」
「恥ずかしいじゃん!」
「夢香ちゃんそんなこと思ってたんだな、って思って。ふふふ」

 笑いながらカエデが教室に入ってきて、双見くんの横のイスに座る。
 旅人は当たり前のように、私の横にイスを置いて私の右手を握りしめた。

「夢香が最近楽しそうで俺は嬉しいよ」
「旅人のおかげだけどね」
「あー! 惚気だ!」
「もう、やめてよカエデ」

 くすくすと四人で笑い合えば、この時間が一生続く気がする。
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