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締めパフェと夜の札幌

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 夜の色を濃くしたすすきのは、思ったよりも寒くない。
 行き交う人々の熱がその場に溜まって暖めているような気がする。
 
 セクシーなウサギの格好をしたお姉さんや、スーツ姿の金髪のお兄さん。
 夜らしい人々が、街を歩いていた。

「締めパフェどこにしようかなぁ」
「そんなにあるんですか」
「見た目が可愛いとこ、おしゃれなとこ、あとはお酒って恵はだめだね」

 想像しながら指折り数えるシロさんの横で、体が震えた。
 暖かく感じてはいたけど、さすがに立ち止まると寒さが体に染みてくる。

「どこがいい?」
「さすがにそれは、わかんないですよ」
「一番人気のところは多分混んでるからなぁ。あ、キャラメル好き?」

 キャラメル。
 好き、かもしれない。
 お菓子を買うってなった時に、一番に手に取るのはヨーグルトキャラメルだ。
 キャラメルというよりも甘酸っぱいものが、好きなのかも。

 いちごミルクとか、オレンジジュースとか、ヨーグルトとか。ちょっと酸っぱくて甘い味。

「甘酸っぱいのが好きです」
「甘酸っぱいのなら、あそこだな。決まり! 狸小路の方いくよ」

 シロさんの後ろをついて歩きながら、人混みに飲まれないようにする。
 気を抜けば、巻き込まれて違う方向に行ってしまいそうだ。

 お昼に来た狸小路も、夜になると雰囲気がまるっきりと変わる。
 お昼に乗ったノリアも、様々な色で彩られて一際存在を主張していた。

 アーケード街を通り抜けて、ぐんぐんとシロさんは進んでいく。
 途中、シャッターが降りてる店の前でギターを弾きながら歌を歌ってる人やイラストを描いてる人。
 ダンスを踊ってる人とすれ違った。
 皆一様に、楽しそうな顔だ。

「初めて見ました」
「あぁ、立ち止まればよかった?」
「いえ、びっくりしただけです」

 自分の特技をみんなに見せてお金をもらう。
 得意があるって羨ましい。
 私には何もないのに。

「あぁいうのやってみたいの?」
「何もできないので」
「やりたいわけじゃないなら別にいいじゃない」

 シロさんは気持ち良いくらい、バッサリと私のウジウジを切り捨てる。
 やりたいわけではない。
 すごいなとは思うし、かっこいいとは思う。
 でも、私自身が歌やダンスがやりたい、とは思わない。

「そうですね」

 シロさんの手を掴んで握りしめる。
 やりたいわけじゃないならいいじゃない。
 そんなあっさりとした言葉なのに、とても嬉しい。
 やりたいことがわからないけど、別にやりたくないことが得意じゃなくてもいいんだ。

 そんな事実が飛び跳ねそうになるくらい、私を喜ばせた。

「変な子」
「ふふふ、シロさんは何が得意ですか?」
「食べることね」

 私も食べることは得意かもしれない。
 ラーメン一杯で足りないわけじゃないけど、まだまだ食べられる。

 シロさんとの共通点と、やっと見つけた私の得意なことに、ますます気分が良くなる。
 足が軽くなって、ついスキップみたいにふわふわしてしまう。

 私の探し方が間違っていたのかもしれない。
 シロさんの手に掛かれば、私の知らない私が続々と出てくる。

「酔っ払ってるみたい」
「酔っ払ってないですよ、未成年ですもんギリギリ」
「わかってるわよ」

 豚骨の匂いがツンッと鼻に刺さって顔を上げれば、ラーメン屋さんが目の前にあった。
 ラーメン屋さんで締めパフェ……?

「ここじゃないわよ」

 私の心の中を覗いたように、シロさんが答えて握った手を引っ張っていく。

 やっぱりシロさんは優しいと思う。
 見ず知らずのはずの私に、こんなに良くしてくれるんだもん。

 ラーメン屋さんの横を通り抜けて、細い道を進んでいけば、シロさんは突き当たりを急に曲がる。
 パフェと書かれた暖簾の掛かるお店が目の前に現れた。
 ソフトクリームの電飾が淡い光を出しながら、私たちを誘っている。

 お店の中に入れば、むわっとした空気にぶつかる。
 外の気温との高低差で、むせそうになった。
 乾いた咳をしてるうちに、シロさんと共に席に案内される。

 店内にはカウンター席と、ソファ席が数席用意されていて、お客さんで賑わっている。
 各席毎に、イスの種類は変わっていておしゃれなお店だった。
 奇跡的に私とシロさんで満員になったみたいだ。

 温かいおしぼりで手を拭いながらメニューを見れば、手書きのイラストと毛筆でメニューが書き出されていた。
 
 梅? ピスタチオ?
 
 想像していたパフェからはちょっと離れた食材に驚く。
 私の顔を見て、シロさんがくすくすと笑う。

「その顔が見たかったのよ」
「梅、梅っておいしいんですか」
「おいしいわよ、梅にする?」

 梅も捨てがたいけど、ピスタチオも気になる。
 悩んでる私に、シロさんが悪魔の囁きをした。

「両方食べる?」
「さすがに食べ過ぎです!」
「冗談よ。片方は私が食べるから一口食べれば」
「いいんですか」
「二人で来る醍醐味よ」

 シロさんの提案に頷く。
 今日初めてすんなりとメニューを選べたことに気づいて、心の中でびっくりした。
 
 どれにしよう、とは思ったけど、それはどちらも気になるからだった。
 自分で選べなくて悩んだのじゃなくて、どちらも選びたくて悩んだ。

 シロさんが毎回聞いてくれるからか、少しずつ私は変化してるのかもしれない。
 他の人にとっては当たり前のことかもしれないけど、私にとっては大きいことだった。

  届いたパフェはカラフルで、SNSで映えそうな見た目だ。
 どうやって食べようか思案していれば、シロさんは躊躇なくざくっとスプーンを差し込む。
 思い切りの良さに、悩んでたことがバカらしく思えてきて私もスプーンを突っ込む。

「はい、あーん」

 自分のパフェにスプーンを差し込むと同時に、口元にシロさんのスプーンが近づけられていた。
 パクッと口に含めば、梅が甘酸っぱい。
 豆の香ばしさもあるし、おいしいけど不思議な味だ。

「ちょうだい?」

 スプーンを私の口に突っ込んだまま、手を離してシロさんはあーんと口を開けて待ち構える。
 私もどうやらしなきゃいけない流れらしい。
 ザクっと掬ったスプーンからキャラメルがこぼれ落ちそうになっている。

「はい、どうぞ」

 口に運べば、ヒナのように口を動かして頬に手を当てた。

「おいしいね、塩キャラメル!」
「はい、あ、スプーン」
「そのままそっち使って。そのほうがいいでしょ」

 賢い! 言いかけて、シロさんが年上のお姉さんなことを思い出してやめた。
 シロクマの見た目をして、きゅるんっとした行動ばかり取るからついつい年下、同い年くらいの感覚になってしまう。
 だからこそ、こんなに親しい気持ちで二人で出かけられるのかもしれないけど。

 自分のパフェを口に運べば、塩キャラメルアイスの塩味ととろりとした食感が口の中でとろける。
 しょっぱ甘くておいしい。

 つい緩んだ口元も隠さずに口に運ぶ。

「甘いもの好きなのね」

 シロさんのと言う言葉に、たまらなく嬉しくなる。
 好きだ。甘いものがたしかに好きだ。
 初めて食べたのは、記憶にないし、お母さんもお姉ちゃんも甘いものが好きだったから。
 私の家のお菓子といえば、甘いものばかりだった。

 アーモンドチョコレート。
 クリスマスのバターケーキ。
 誕生日のショートケーキ。
 試験お疲れ様のアイスクリーム。

 あの時は、お母さんかお姉ちゃんが好きだったから買ってきてるのかと思っていた。
 でも、お母さんは私が好きだと思っていたから買ってきてくれていたのかもしれない。

 いつも勝手に選んで、なんて思っていた。
 お姉ちゃんが好きだったチョコレートアイス。
 私は、チョコレートアイスが少し苦手なのに。
 いちご味の方がいいのに、と恨めしく思っていた。
 
 でも、言えばヒステリックになると思って黙っていた。
 それに、お姉ちゃんがチョコレートを選ぶから残り物でいちご味になってると思われていたのかも。、

「手止まってるけど、梅のほうが良かった?」

 お姉ちゃんはいつもチョコレートアイスを選んでいたけど……
 私と二人でこっそりアイスを食べる時は、ソーダ味のシャリシャリとしたアイスばかりだった。
 本当は、何が好きだったんだろう。

 姉妹なのに、お姉ちゃんの好きな味も私はわからない。

「恵?」
「あ、シロさんはどっちの方がおいしかったですか?」

 交換してくれようとしてるのか、シロさんのパフェもあまり進んでいないように見える。
 さっきの私の一口分とシロさんの一口分くらい。
 ラーメンの時も、スープカレーの時もそうだった。
 シロさんはいちいち私の反応を窺ってから食べ始めていた。

「私は、こっちかな」
「よかったです、私もこっちの方が好きだったので」

 お互い好きな方を頼んでいたことに安堵しながら、微笑んでみる。
 シロさんの口元も少し緩んでるように見えた。
 きっと、シロさんも本心から梅の味の方が好みだったのだろう。

 どうして、こんなたった二日の知り合いに良くしようとしてくれるんだろう。
 シロさんの心の内側を聞いてみたくなった。

「なんで私にそんなに気を遣ってくれるんですか」

 聞きたくなってすぐに出た言葉は、あまりにも取り繕わない素直すぎる言葉だった。
 失敗したかな、とシロさんの顔を見れば、むふっと唇を膨らませている。

「妹みたいだから」
「妹いるんですか」
「そう、いっつも頑張り屋さんで可愛いのよ」

 心の底から思っている。
 そんな優しい目で、私を見ていた。
 シロさんは、恥ずかしくなったのか頬を赤く染めながら、パフェを一口食べて「おいしー」なんて感嘆の言葉を口にして誤魔化している。
 耳も、少し赤くなってるように見えた。

「いいお姉ちゃんですね」
「くそ生意気だし、ぶん殴ってやりたいと思ったこともあるけどね。要領よく、私が受け取れなかった愛情を受け取ってて憎らしいと思ったこともある」
「でも、可愛いんですか」

 お姉ちゃんから見た私はどんな妹だったんだろう。
 かわいい?
 都合のいい時だけ甘えてきて鬱陶しい?
 憎らしい?

 想像して、少しだけ悲しくなった。
 会ってくれてないことが、それを真実だと肯定しているみたいで。

「憎いは、愛しいの裏返しよ」
「よく言いますけど……」
「愛しいから憎いし羨ましいのよ」
「そういうもんですか」

 なかなかに難しい言葉に、頭がこんがらがりそうだった。
 キャラメルのチップスをぱりんっと噛み砕いて誤魔化す。
 私がお姉ちゃんばかりずるいと思っていたのは、好きだからこそだ。

 ひどい、ずるい、私を置いて出ていって。
 という思いは、最初だけだった。
 後からじわじわと迫り来るのは、「寂しい」。
 家に居たって、私が落ち込んでいる時以外、ろくに会話も交わさなかったくせに。

 それでも悲しいことがあればお姉ちゃんの部屋に潜り込んで、ソファで寝かせてもらった。
 ベッドは絶対に譲ってくれなかったのは、ひどい姉だと今でも思う。
 勝手に忍び込んでるくせに言えることじゃないけど。

 お姉ちゃんと話さなくなった明確なきっかけは、何一つない。
 私はいつだって、おくっついて回っていたし、二番煎じを演じていた。
 私にとっての理想の人間は、お姉ちゃんだった。

 スプーンをパフェに沈み込ませれば、底には甘いプリンが隠されていた。
 嬉しいサプライズについ、にやけてしまう。
 プリンを口いっぱいに詰め込んで、完食。

 心の中で色々考えていたのを、シロさんは察していたようだ。
 机に頬杖をついて、黙ったまま私が食べ終わるのを待ってくれていた。

「お姉ちゃん、もしかしたら旅行とかも好きだったのかもしれませんね」
「どうして?」
「一人暮らしだから満喫してるのかもと思って」

 返事もなかなか来ないし、私が来てるというのにあってくれないのは遠いところにいるからかも。
 これは私の希望的観測だけど。
 会いたくないと思われてるとは、想像したくない。
 
 それに、お姉ちゃんのスマホを前にこっそり覗き込んだときは、旅してる人の動画を見ていた。
 だから、一人暮らしになって、自由に旅行とかを楽しんでるのかもしれない。
 親は……そんな暇があればという人だったから。

「そうね、北海道は観光名所いっぱいあるからね」

 スマホを開いてアプリにおいしかったパフェの名前を書き込もうとすれば、メッセージがまた二件表示されている。
 一件は返事もしていないのにお母さんからだった。

【お姉ちゃんと一緒にいるのね。落ち着いたら帰ってきて、来年のことを話しましょう】

 お姉ちゃんと一緒にいるだなんて言っていないのに。
 北海道に居ることがもうバレたのか。
 そう思いながら、もう一件を開けばお姉ちゃんからの返信だった。

【お母さんには誤魔化しておいたから。しばらく北海道旅行でも楽しめば? あとお父さんが旅行代として振り込んでくれたらしいよ。次のおすすめは小樽かなぁ】

 お父さんからのメッセージは、家を出たあの日から一度もない。
 お金を出しておけばいいと思ってるのだろうか。
 少し落ち着き始めた胸のざわめきがまた、大きくなっていく。
 私はどうでもいい存在だと、言われてるみたいで悲しくなって来た。

 勝手に家を飛び出してきたくせに、心配してくれというのはおこがましいだろうか。
 でも、親なんだから……
 お姉ちゃんと比べられるのが嫌で、干渉しないでと思っていたくせに。
 いざこうなると、心配してくれ、だなんて。

 自分で考えていて、自己嫌悪に陥る。
 おいしいパフェのおかげで、やっと幸せな気持ちになれたのに。
 首をブンブンと振って、嫌な気持ちを吹き飛ばす。

「帰ろっか」
「今日もいいんですか」
「そのつもりだったけど、ホテル取る? 今からだと高いけど」

 お父さんがいくら振り込んでくれたかは、確認してないからわからない。
 でも、しばらくとお姉ちゃんが書いてるからにはそれなりのお金は出してくれたんだと思う。
 バイトをしていたとはいえ、悠々自適に北海道観光をできるだけの財産はない。

 貯めてきたバイト代は、精々数日の観光費用にしかならないと思う。
 高いホテルに泊まってしまうと、の話だけど。

「恵が嫌なら、ホテル探してあげるけど」
「全然嫌じゃないです」
「じゃあ、帰ろ」

 ごちそうさまでした、と店員さんに挨拶をしてから外へ出る。
 近隣のお店のお酒を飲んでる人たちの楽しそうな声が外にまで漏れ聞こえていた。

「中島公園あたりまで歩くか」

 決まりごとのようにシロさんが口にするから、頷いて歩き出す。
 中島公園あたりがどこらへんかまず、わからないけど。

 夕方になっても人混みがまばらになることはなく、すすきのは賑わっていた。
 すれ違う人たちはみんな目的地があるかのように、まっすぐ灯へと向かって入っていく。
 お酒はそんなに楽しいものなんだろうか。

 私にはわからないけど、自由でいいなと思った。
 選べていいなとも。

 初めて、自分自身ですんなり選べたばかりだと言うのに。
 私の心は次は何を選ぼうかとドキドキしている。
 家族のことには、一旦心に蓋をして。

 すれ違う人にぶつかりそうになっていれば、シロさんが私の手を掴んで引っ張って助けてくれる。
 面倒見の良さに、妹の存在が気になって来た。

「シロさんは妹さんとよく会ってるの?」
「まったく。あんまり話す姉妹でもないし」
「えーもったいない」

 かわいい妹だと思ってるなら伝えてあげればいいのに、と言いかけて唇をつぐむ。
 お姉ちゃんにもし、私が言われたところできっと「何言ってんだこいつ」って反応しかできない。
 シロさんの妹がどんな子かはわからないけど、かわいいと言われても変な感情でモヤモヤするに違いない。

「恵は?」
「私もほぼ会ってないです、会話もないですし」
「なんで?」
「なんででしょう」

 さっきも考えていたけど、よくわからない。
 首を捻って、冷えた空気を吸い込む。
 空を見上げれば、電飾の看板が星と一緒に輝いている。
 
「そんなに、嫌いだった?」

 シロさんが言いづらそうに、か細い声で問いかける。
 ズキっと胸が痛む。
 最初にシロさんに私はお姉ちゃんが嫌いで好きだと言った。
 そのことを覚えていたのだろう。
 シロさんも、嫌われていると思っているのかもしれない。

 他人だからと気軽に言った言葉で、シロさんを不安にさせてしまっていたのかも。

「嫌いですけど、好きですよ」
「一人だけおいて逃げたから?」
「多分ですけど」

 逃げたことに怒っていたのは、寂しかったから。
 今ならきちんと、言語化できる。
 お姉ちゃんだけずるいも思ったのは、いなくなることが寂しかったからもある。

 私だって逃げる選択肢を選べたことに気づいたから、言葉になっていくのかもしれない。

「寂しかったんです。好きだったので。会話もなくても、お姉ちゃんみたいになりたいって憧れはあったし。悲しい時はいつも、うんうん聞いてくれたんですよ。バカにされもしましたけど」
「そう」
「偉そうなのも、きっとお姉ちゃんは自分で選んで自分でやってきたから自信があったんでしょうね。私には偉そうに見えたけど、あれは、私が持ってない自信の現れが……羨ましかったのかも」

 お姉ちゃんは自信を自分で身につけた。
 だから、私のことをバカだと思っていたのかも。
 
 私は、お母さんの言いなりで、お姉ちゃんの二番煎じを演じていたから。
 自分自身なんて、今探しても私はそんなに多くはない。
 だから、羨ましくて僻んで、歪んでお姉ちゃんを見ていたんだ。

「シロさんは嫌われてたら怖いですか?」
「何をしたって自分のことを嫌う人間っているんだって、って誤魔化してるけど。嫌われるのは怖いわよ」

 一人で立って、選んでるように見えるシロさんでも怖いんだ。
 ちょっと意外だった。
 怖いものなんて何もないように見える。
 お姉ちゃんと一緒で自信に満ち溢れた人に見えたから。

「人間、誰だって怖いことはあるのよ」
「誰に嫌われても、家族に嫌われるのは怖い、ですか?」
「家族に、っていうより妹には好かれていたいわね」
「なんでですか」
「かわいい妹だからよ! お姉ちゃんとしての矜持じゃないけど、妹のことは好きだから好かれていたい、なんてね!」

 すすきのの街をいつのまにか抜けていたようだ。
 札幌の街の中心部だというのに、広い公園に入っていた。
 ところどころに溶けかけの雪が積もっている。

 俯き、下を見つめていたシロさんが顔を上げる。
 空を見上げてから、私に空を指さした。

「星がキレイよ、見てみなさい!」

 言い方がいちいち偉そうなのに、嫌な気分にならない。
 その理由はシロクマの見た目もあるけど、優しさを知ったからだろうか。

 空を見上げれば、星が輝いて光っている。
 さっきまでは、電飾の看板でよくは見えなかった。
 今は、いつも家から見上げる星空よりも輝いてる星が多い気さえする。
 はぁっと吐き出した息が白く煙って、空へ登っていく。

「キレイですね」
「下ばっかり見てたら、キレイなもの見逃すわよ」
「下も時々見ないとつまずきますよ」

 言い返せば、シロさんは驚いた顔をしてから私の頬を両手で包み込む。

「やっぱり妹のくせに生意気だわ!」
「妹っていうのは、だいたい生意気なものです」
「あぁいえば、こういうわね!」

 気軽なやりとりが楽しくなってきて、ついつい生意気に言い返してしまう。
 でも、シロさんも怒ってる感じは全くしない。
 むしろ、ちょっと口元から緩んでいる。
 妹さんと私を重ねてるのかもしれない。

「明日、大学に連れて行ってくれませんか」
「春休み中だから、人はほとんどいないと思うけど」
「少しでも見てみたいんです。お姉ちゃんが居る場所」
「そう、いいわよ。大学見たら、そのあとはどうするの?」

 今後の北海道観光の話だろう。
 どうするかはまだ自分で決められそうにないから、お姉ちゃんが送ってきてくれた観光おすすめリストを頼りにしていこうと思う。
 その間にお父さんお母さんへの言いたいことは、自分の中でまとめよう。

 自分が選びたいと思える未来も考える。
 すぐには思いつかないだろうし、きっと考えられないけど。
 今日一日だけで、好きなものを一つ選べるようになったんだから。
 少しは、自分で選んだお姉ちゃんに近づけるはず。

「小樽でも行こうかなと」
「じゃあ私もしばらくご一緒しようかな」
「来てくれるんですか」
「だって、恵一人だと可哀想だし?」
「お姉ちゃんっていうのは、だいたい偉そうですね!」

 ぷんっとして唇を尖らせれば、巻いていたマフラーを首元に巻いてくれる。
 シロさんの体温が私になじんで、寒かった体が少しだけ温まる。

「先に生まれてるからお姉ちゃんなのよ」
「先に生まれただけで、偉いとは言えませんけどね」
「あーもう! 本当にあぁいえばこういうわね!」
「楽しそうですよ」
「楽しいわよ!」

 怒ったような口調のくせに、声が弾んでる。
 頬に手を当てれば、いつのまにか冷え切っていたようで感覚が鈍くなっていた。
 赤く染まってるだろう頬を擦る。
 だから、マフラーを私に譲ってくれたのかと気づく。

 やっぱりお姉ちゃんというものは、とことん甘いらしい。
 シロさんもお姉ちゃんも偉そうなくせに、とろとろに私を溶かそうとする。

 だから、好きなんだと思う。
 私は甘ったれだから、甘やかされたくてしょうがないんだ。
 猫みたいだな、って思ったこともあるけど、可愛げはどこかに忘れてきたから自分では言わない。

「恵には、北海道来て良かったなって思わせるんだから」
「なんですかそれ」
「せっかくこんな遠い北の大地まで来てくれたんだからね」

 冷たい風の中を歩いているうちに中島公園を通り抜けそうになった。
 後一歩のところでシロさんは、ピタリと立ち止まる。
 公園の中は静かな空気で、木々が風に揺らされて粉雪を舞い落としていた。

「少し休んでく? って言っても寒いか」
「ですね、キレイですけど」

 風が吹く度に、寒さが体に染み込む気がした。
 ぶるっと体を震わせて、自分自身を抱きしめる。
 ちょっぴり、早く帰りたいなという思いが湧いてきた。
 他人の家なのに、帰りたいと思うのは不思議な感覚だ。

「じゃあ、幌平橋からのっちゃお」
「平岸まで歩く気だったんですか」
「まさか、歩けなくないけどめちゃくちゃしんどいよ!」

 幌平橋がどこらへんにあるかはわからないけど、地下鉄に乗ってる時に目にした駅名な気がする。
 だから、幌平橋から乗ればそのまま、平岸に帰れると思う。
 自分で言うのもなんだけど、記憶力はいい方だ。
 たった二回乗っただけの地下鉄の駅名を覚えてるくらいだもん。

「幌平橋は、もうちょっと行ったところだから、頑張って」
「はーい」
「それともお姉ちゃんが背負ってあげようか?」

 シロさんがパッと手を広げて、背中を私に見せつける。
 さすがに、シロさんの背中に乗る勇気はない。
 私よりも身長が小さくて、潰してしまいそうだし。
 なのに、シロさんは手を広げたまま、待っている。

「シロさん、子供じゃないんで私」
「高校生なんて子供よ」
「もう、卒業してますし」
「言い方変えるわ。十八歳は子供」
「どうしても子供扱いしたいんですね!」
「子供だもの」

 ちょっぴり悔しくなって、道もわからないのにシロさんを追い抜いて歩き進める。
 子供なのはわかってる。
 だから、家出なんてしたし、シロさんがいなければすぐに家に帰らなくちゃいけなかった。

 お姉ちゃんも家に居ないし、お姉ちゃんの住所すら間違っていなし。

「明日は大学かぁ……」
「嫌なんですか」
「嫌ってわけじゃないけど、恥ずかしいみたいな」
「恥ずかしい?」

 自分の大学を私に見られるのが恥ずかしい?
 理由を考えてみたけど、答えにはたどり着けそうにない。
 シロさんの言葉を待ってみたけど、シロさんは続きを口にしない。
 でも、恥ずかしいって出てくる理由が私は気になる。

「なんで、恥ずかしいんですか」

 問い掛ければ、シロさんはイタズラっぽく笑って答えないまま走り出す。
 大学で恥ずかしい理由……私を友達や先生に見せるのが恥ずかしい?
 まさか、ただの他人なのに。

「答えてくださいよ!」
 
 答えないまま、シロさんはとたとたっと走り去っていく。
 息を切らしながら追いかければ、地下鉄の看板を見つけた。

「はい到着」
「答えてくれないんですか」
「まぁ、後々ね」

 はぁはぁと息を荒げて腰に手を当てるシロさん。
 私も膝に手をついて息を整えた。
 
「後々ってなんですか!」
「帰るよ!」

 私の質問に答えないまま、私の手を引いて、シロさんは地下鉄の駅へと潜り込んでいく。
 他に恥ずかしい理由があるとすれば、なんだろうか。
 好きな人がいる、とか?
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