木曽義仲の覇業・私巴は只の側女です。

水源

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治承3年(1179年)

戦乱の拡大・野木宮合戦と下野・武蔵制圧

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  8月末土佐では実母兄頼朝の挙兵の知らせ受けた平家により、源希義に合力の疑いがあるとして平家により希義の追討令が出されました。

 希義は土豪の夜須行宗を頼ろうとするのですが、事前に察知され、奇襲を受けて年越山で討ち取られました。

 希義の師僧であった土佐国の琳猷上人は、平家の目を恐れて葬儀もされずうち捨てられていた希義の死体を引き取って供養したということです。

 同じく8月、石橋山の戦いの直後、甲斐源氏は甲斐一国を占領下におき、旗揚げしたあと甲斐の国境の波志田山において、甲斐源氏の安田義定らと駿河目代橘遠茂らが交戦し甲斐勢が駿河勢を打ち破りました。

 また東国以外でも反平氏勢力の動向は活発となっており、河内源氏のかつての本拠地だった河内石川の源義基・義兼父子、美濃の土岐氏、近江の佐々木氏、山本義経、熊野の湛増、伊予の河野氏、肥後の菊池隆直、阿蘇惟安、木原盛実らのほか、北陸の在庁官人など、多くの勢力による挙兵により平家は困難な対応を迫られました。

  一方伊豆では頼朝に従って目代を殺害した者たち、すなわち北条、宇佐美、工藤の館が大庭、伊藤の軍により包囲され、残された一族の男たちはもはやこれまでと館に火をかけ自害して果てました。

 熱海の伊豆山にいた北条政子とその娘大姫も捕らえられますが、政子は女人を討つのは忍びなしと彼女は出家させられ尼寺へと送り込まれました。

「源氏の御曹司と実家の北条氏という、神輿と実働部隊を失った以上彼女にできることはそう多くないでしょうし、これで問題ないでしょうか……」

 少しばかり不安がなくもないのですが、伊豆・相模の頼朝派の豪族はぼぼ壊滅しましたし、頼朝の妻を担ぎ出しても彼女は源氏の血筋ではないですから、特にメリットもありませんしね。

 そして、その娘である数えで3歳になる大姫の処遇をどうするか決めようとされた時に私は名乗り出ました。

「よろしければその娘は私に手で養育させていただきたいが如何か」

 大庭景親が私を不思議そうに眺めてから言いました

「ふむ、謀反を越したものの娘を養育したいとは何か考えがあるのか」

「いえ、私には子供がおりませんので……。
 叶うことならその可愛らしい姫を我が娘としてそだてたいとおもった次第です。
 特に二心は御座いませんし、この幼さですし息子ならばともかく娘では特に影響もないかとおもったのですが」

 その言葉を聞いた彼らは私をかわいそうな人を見る目になりました。

 この時代私ぐらいの年齢で子供がいないということは……まあそういうことです。

 旦那が夜に通ってこないか不妊の石女と思われているのでしょう。

 ……まあ、当たらずとも遠からずではありますが。

「そうか、ならば実の娘として可愛がるがよかろう」

 私は頭を下げました。

「ありがとうございます、どこに出してもおかしくない立派な娘として養育したいと思います」

「う、うむ、程々にな?」

 何か勘違いされているようです。

 私は別にこの女の子を私のような女武者に育てる気はないのですが……まあ私の周りも信濃の女武者だらけですし勘違いされても仕方はありませんか。

「では私は畠山殿のところへ戻らせていただきます」

「うむ、達者でな」

 こうして私たちは武蔵の畠山のところへ戻ることにしました。

 畠山の屋敷に戻った私は重忠から感謝の言葉をかけられました。

「巴御前、今回の合力に感謝する」

「いえ、こちらこそ主君の親の敵が取れましたし」

 敵を討てた朝顔が私の言葉に続けて言いました。

「私たちの敵討ちも、やっとなりました。
 ありがとうございます」

 重忠は笑いながら答えました。

「いやいや、今後我々は木曽に協力するが、もし大庭と敵対するときは渋谷一族はこちらにつくように話しておくのでよろしく頼む」

 私は頷きました

「はい、では私は義仲様のもとへ戻ります」

「うむ、達者でな」

「ええ、そちらこそ」

 そして私たちは依田城へ戻ったのです。

「義仲様只今戻りました」

 義仲様が私をいたわるように声をかけてくさいました

「うむ、ご苦労、畠山とともに頼朝や長田を討ったそうだな」

「はい、伊豆及び相模の頼朝に従うものもほぼ討滅したかと」

「これで父も安らかに眠れることであろう。
 よくやったぞ、ところでその幼子はなんだ?」

 私は連れてきていた大姫を紹介しました。

「頼朝と妻政子の間の娘の大姫でございます。
 大庭殿に掛け合い我が娘として育てさせていただくことになりました。
 なにゆえ私にはは子供がおりませぬゆえ」

 その言葉に義仲様は少し顔をひきつらせました。

「そ、そうかならば巴が面倒を見るが良い」

「は、ありがとうございます」

 とは言え実際には育児の経験もなければ、その時間もない私にこのこを直接育てることはできません。

 私は木曽の屋敷に向かいました。

「只今、小百合、今戻りましたよ」

「おやおや、巴様この屋敷にお戻りになるとは何かございましたか?」

「ええ、小百合にこの女の子を育ててほしいの」

「この姫をですか?」

 小百合も結婚してもう幾人かの子供を産んでいます。

 その中にはこの大姫と同じくらいの女の子もいますし、乳母になってもらうには一番信用ができる人物ですからね。

「ええ、お願いできますか?」

「はあ、構いませぬが、私でよろしいのですか?」

「私が一番信頼してる人ですから」

「では、その子の養育、私が承ります」

「ありがとう小百合、あわただしくて申し訳ないけど私はお城に戻るね。
 たまに戻ってきて顔を見に来るから」

 その言葉に小百合は頭を下げました。

「かしこまりました、巴様もお気をつけて」

 こうして問題は一つ片付きました。

 私はお城に戻ったのです。

 さて、信濃に続いて上野を平定し、畠山の参入により武蔵北西部の秩父地方も影響下とした私たちは9月のはじめに依田城にて次なる行動を評定していました。

 まず上座に構えた義仲様が周りに聞きました。

「さて、信濃に引き続き上野の平定はなった。
 次はどのように動くべきか聞こう」

 それに対し兼平兄上がまず口を開きました。

「甲斐の武田が駿河目代橘遠茂を打ち破ったことはすでに福原の清盛のもとにもたらされ、平清盛は追討軍を甲斐へ派遣することを決定いたしたようであります。
 しかしながら、追討軍の編成は遅々として進まず未だ京を出立はしておらぬようです」

「うむ、そのようだな」

「また、越後の城太郎資永は「甲斐、信濃の領国に於いては他人を交えず一身にて義仲を攻撃すべくの由申請せしむ。」

「北陸道へ出てくる義仲は城資永が討伐する」と京へ伝えており
 と城資永は我々を単独で討伐するつもりのようです」

「ふむ、では城太郎資永が動くのはいつか?」

「越後や出羽は雪深き土地ゆえ動くとしても来年の春かと」

「今年は動かぬか?」

「おそらくは」

 下手な時期に動くと雪で身動きが取れなくなる可能性がありますからね。

 城氏は桓武平氏維茂流で、越後平氏と呼ばれました。

 越後国と出羽南部を支配しており、この当時資永はその棟梁として、保元の乱においても惣領家の平清盛に従い活躍して、都で検非違使を努めていたこともあり、北国における有力豪族の筆頭として、同族の清盛らの信頼は厚かったのです。

 彼は越後だけでなく、会津四郡や出羽南部にも勢力を持っています。

 しかし、このあたりから兵を呼び寄せるとなると2ヶ月はかかるためその頃には11月です。

 多くの兵を集めても雪に閉じ込められては意味がありません。

「ではいかがするか」

 私は口を開きました。

「先ずは武蔵や下野、房総半島の豪族へ使者を派遣し、約定書を発行し参陣するよう求めましょう。
 木曽に加わればよし、加わらぬものは討つしかございません」

「ふむ、良かろう。
 先ずは使者を送り我のもとに帰参するものをはっきりさせるとしよう」

「は、ありがとうございます」

  しかし、比企、小山、千葉あたりは義朝や頼朝の乳兄弟でもありおそらく難しいでしょうね。

 使者を各地へ送ってみた所、北武蔵の熊谷、西武蔵の村山党、秩父党の豊島、葛西、江戸、小山田および武蔵の足立遠元と河越重頼の室が比企尼の次女であった比企能員は従ったものの小山朝政は従わず、小山は源範頼を総大将として木曽との対立姿勢を鮮明にしました。

 小山朝政の父は武蔵国の太田氏で、八田宗綱の息女で源頼朝の乳母である寒河尼を娶っていましたからね。

「では我らは小山を討つ。
 異論のあるものはいるか」

「いえ御座いません」

「よしならば出陣だ」

「おおー!」

 この時の木曽軍は約8000に兵の動員が可能でしたがや遠江や越後からの敵の侵入に備え半分の4000の兵で小山を討つために軍を出撃させました。

 私は義仲様に許可を得て志田義広に使者を送り、こちらの兵に対応して後を動かしてもらうように文を送り、源範頼のもとには密使をおくり、合戦の最中に内応すれば、敵対したことの罪は問わぬとの文を送りました。

「まあ、内応しないで最後まで抵抗するようなら斬りますけどね」

 信濃の守りは信濃の主な豪族で行いますが、義仲様と私の部隊は小山攻めに加わります。

 義仲様は総大将として、私は娘子軍や輜重兵の小荷駄なども率いる関係でありました。

「それにしても巴の先見性には驚かされる」

 義仲様が私に言いました。

「全ては義仲様のためでございます」

「うむ、ありがたいことだ。
 そなた側がそばに居てくれることを嬉しく思うぞ」

「ありがたき次第でございます」

 小山討伐の軍は秩父党の豪族が主な戦力として組み込まれ、常陸からは志田義広が足利俊綱・忠綱父子を誘い軍に加え東から進んできました。

 一方、範頼を名目上の総大将と掲げた下河辺行平と弟の下河辺政義、結城朝光、小山朝政、その弟の長沼宗政と従兄弟関政平、足利俊綱の異母弟・足利有綱とその子・佐野基綱、浅沼広綱、木村信綱、太田行朝、八田知家、下妻淸氏、小野寺道綱、小栗重成、宇都宮信房、鎌田爲成、湊川景澄らなどが集っていました。

 その兵力はおおよそ2000、対するこちらは4000。

 小山朝政の軍は野木神社に陣を敷き、戦いは、神社とその西にある堀を中心に行われました。

 逆茂木により陣地を構築した小山軍はなかなか崩れません。

「ふむ、敵ながらよく持ちこたえておる」

 小山以下の2000は倍の兵に包囲されながらも、よく持ちこたえておりました。

 ですが、後背より志田義広と足利俊綱・忠綱の兵2000が加わったときに、敵の中で同士討ちが始まりました、どうやら一番後ろにいた範頼が内応し小山軍に攻めかかったようです。

 前後から挟撃され更には範頼が裏切ったことで小山軍の士気は乱れ、南北に逃亡する兵が続出し、下河辺行平、下河辺政義、結城朝光、小山朝政、長沼宗政、足利有綱、佐野基綱、八田知家などが小山の主な武将が討ち取られ合戦は集結しました。

 そして内応した源範頼が連れてこられました。

「私は木曽殿の文に応じて行動したまで、このように捕虜として扱われるいわれはないと思うがいかに?」

 義仲様はその言葉に応じて縄をとかせました。

「失礼致した、範頼どの。
 われとともに戦うならばここにとどまられよ。
 その気がなければどこへなりとも向かわれるが良い」

 範頼はしばらく考えましたがやがて

「これも何かの縁であろう、私もともに戦うとしようぞ」

 義仲様はにやりと笑い

「おう、これからよろしく頼むぜ!」

 と、範頼に言いました。

 この戦いにより下野に大きな勢力を持った小山の一族は滅び、足利氏がその後を継ぐことになります。

 私たちは信濃(長野県)、上野(群馬県)、下野(栃木県)、武蔵(東京都と埼玉県)をほぼ傘下に入れ、常陸(茨城県)の南側にも足がかりを作ることに成功しました。

 そして下野の豪族である那須資隆とその息子である十郎為隆と那須与一宗隆が木曽の軍へ参加したのです。
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