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治承3年(1179年)
さらなる戦乱拡大・富士川の合戦と相模・遠江・常陸制圧
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野木宮合戦のあと始末も終わった10月関東の主な豪族は以下のようになりました。
上野=義仲制圧下
下野=義仲制圧下
北常陸=佐竹氏
南常陸=常陸平氏の大掾氏、有名なのは多気義幹(たけよしもと)
下総=千葉常胤
上総=上総広常
安房=安西景益、逃亡した三浦氏
武蔵=義仲制圧下
相模=大庭景親
伊豆=伊東氏
大雑把には関東の北西部はだいたい制圧できたと考えていいでしょう。
さて、信濃、上野、下野、武蔵を勢力下においた私たちは依田城にて次なる行動を評定していました。
まず上座に構えた義仲様が周りに聞きました。
「さて、関東でも最も豊かな武蔵、上野、下野の平定はなった。
次はどのように動くべきか聞こう」
それに対し兼平兄上がまず口を開きました。
「そろそろ平家の追討軍が送り込まれる頃でありましょう。
甲斐の武田が討たれれば信濃へ平家が攻め込んでくることは必定。
甲斐の武田へ援軍を派遣してはいかがと」
義仲様は頷きました。
「うむ、だが甲斐に直接派遣しては武田は木曽に甲斐を乗っ取られるのではと思われぬであろうか。
我ら木曽ほど甲斐武田は結束が高くないようであるし三浦や新田と婚姻関係にあるものもおる」
そこに兼光兄上が言葉を続けました。
「ならば、我々は平家の軍が甲斐に向かい駿河に入ったあたりで遠江を落とし平家の後背をついてはいかがかと」
義仲様は再び頷きました。
「うむ、我らが甲斐に乗り込むよりもそのほうが良かろうな。
では我らは平家の武田追討軍が駿河に入ったら遠江を落とし平家を後背より攻撃する」
「はっ」
そこへ私が口を挟みます。
「それではそれとともに下総と常陸より兵を起こし常陸の国を制圧したいとおもいますがいかがでしょうか?
今の状態では志田義広様も動きづらいかと」
義仲様が私の言葉にうなずきました
「ふむ、たしかに叔父上の志田荘は周りを佐竹や常陸平氏に囲まれておって、いつせめられるかわからぬというのだな?」
「はい、義広様の安全も鑑みて常陸は早めに制圧したほうが良いかと」
義仲様は頷きました。
「ふむ、では信濃と上野の者は遠江で平家と戦い、下野と武蔵の者は常陸を制圧するということで良いか」
「はい、それでよろしいかと」
義仲様は立ち上がって下知を下しました。
「では皆の者そのように準備をせよ。
巴此度は我らとともに平家と戦ってもらうぞ」
「かしこまりました、義仲様」
遠江方面は義仲様が陣頭指揮を取り、常陸方面の指揮は範頼と志田義広が取ることになりました。
「では、範頼、叔父上、よろしく頼む」
「わかった、私たちは地勢にも詳しい、任せておいてくれ」
そう範頼が答え、更に義広が
「常陸は我が庭のようなものだ、任せておけ」
と付け加えました。
若い範頼を熟達した義広がカバーするといったところですね。
畠山などの秩父党の戦力もありますし、こちらは大丈夫でしょう。
「むしろ、そっちが打ち破られては困るぞ」
そういう義広に義仲様は
「任せておけ、俺たちの強さを平氏共に見せつけてくれる」
義仲様の言葉に私の兄たちは深く頷きました。
「木曽の軍兵の強さを思い知らせてやりましょうぞ」
義仲様は頷いて言葉を続けました。
「よし、では出陣だ」
「おおー!」
甲斐武田の追討軍の総大将は平維盛、副将が平忠度及び平知度、参謀は藤原忠清。
彼らは9月22日に福原を出立し、京に入っても総大将の維盛と参謀役の藤原忠清が出立に吉日を選ぶ選ばぬで悶着があり、京を発したのは9月29日になってしまった。
清盛の重盛に対しての嫌がらせでもあると思われる維盛率いる追討軍は進軍しながら諸国ので兵をかき集め、なんとか4000の兵を確保したが、所詮は寄せ集めであり、養和の大飢饉で兵糧の調達に苦しんでいたため、士気は非常に低かったのです。
彼らは10月13日にやっと駿河国へ入りました。
この頃にはすでに兵は2000もいるかどうか程度まで減っていました。
一方10月17日に武田信義は維盛に挑戦状を送りつけ、「かねてよりお目にかかりたいと思っていましたが、幸い宣旨の使者として来られたので、こちらから参上したいのですが路が遠く険しいのでここはお互い浮島ヶ原で待ち合わせましょう」という不敵な内容に侍大将の藤原忠清が激怒し、使者は斬らない兵法は私合戦に置いての事で、官軍には適用されないとして使者2人の首を斬ったそうです。
10月18日に相模の大庭景親は1000の兵を率いて駿河の維盛の軍に合流し、翌日の10月19日に伊豆の伊東祐親・祐清父子の500の兵も合流しました。
10月20日、甲斐源氏の兵は富士川の東岸に進み、平家方はその西岸に布陣しました。
兵糧の欠乏によりかなり指揮の低下していた平家方でしたが、大庭と伊藤の増援と食料の援助によりそれなりに士気は持ち直していました。
その後ろから遠江を制圧した我々木曽の軍4000が襲いかかりました。
「此度の戦はなるべく殺すな、将は可能なかぎり生け捕りとせよ」
「はっ」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
我々の上げるときの声に、水鳥が羽ばたきながら飛び立ち、慌てふためいた、平家方は大混乱に陥ったのです。
平家方は恐慌状態に陥った自軍の混乱を収拾できず、忠清は撤退を進言し、総大将の維盛もこれに同意し、撤退しようとしましたがもはや平家方は総崩れになって散り散りに逃げ出したのです。
退路を断たれた平家方は平維盛、平忠度、平知度、藤原忠清、そして平氏方に加わった大庭と伊東も生け捕りとなりました。
「彼らは捕虜だが丁寧に持てなすようにせよ」
義仲様はそう諸将に告げました。
同じ頃すでに常陸を制圧していた武蔵の軍は大庭出撃して手薄になった相模平野も攻略していました。
下野の軍は下総の千葉常胤に迫り、兵数の差と所領の安堵などの書状により我々に下ったのです。
これで関東の独立勢力は上総と安房を残すのみとなりました。
一方、甲斐の武田は駿河に続いて伊豆を制圧しました。
しかし、これが木曽と武田の諍いの始まりになるのです。
上野=義仲制圧下
下野=義仲制圧下
北常陸=佐竹氏
南常陸=常陸平氏の大掾氏、有名なのは多気義幹(たけよしもと)
下総=千葉常胤
上総=上総広常
安房=安西景益、逃亡した三浦氏
武蔵=義仲制圧下
相模=大庭景親
伊豆=伊東氏
大雑把には関東の北西部はだいたい制圧できたと考えていいでしょう。
さて、信濃、上野、下野、武蔵を勢力下においた私たちは依田城にて次なる行動を評定していました。
まず上座に構えた義仲様が周りに聞きました。
「さて、関東でも最も豊かな武蔵、上野、下野の平定はなった。
次はどのように動くべきか聞こう」
それに対し兼平兄上がまず口を開きました。
「そろそろ平家の追討軍が送り込まれる頃でありましょう。
甲斐の武田が討たれれば信濃へ平家が攻め込んでくることは必定。
甲斐の武田へ援軍を派遣してはいかがと」
義仲様は頷きました。
「うむ、だが甲斐に直接派遣しては武田は木曽に甲斐を乗っ取られるのではと思われぬであろうか。
我ら木曽ほど甲斐武田は結束が高くないようであるし三浦や新田と婚姻関係にあるものもおる」
そこに兼光兄上が言葉を続けました。
「ならば、我々は平家の軍が甲斐に向かい駿河に入ったあたりで遠江を落とし平家の後背をついてはいかがかと」
義仲様は再び頷きました。
「うむ、我らが甲斐に乗り込むよりもそのほうが良かろうな。
では我らは平家の武田追討軍が駿河に入ったら遠江を落とし平家を後背より攻撃する」
「はっ」
そこへ私が口を挟みます。
「それではそれとともに下総と常陸より兵を起こし常陸の国を制圧したいとおもいますがいかがでしょうか?
今の状態では志田義広様も動きづらいかと」
義仲様が私の言葉にうなずきました
「ふむ、たしかに叔父上の志田荘は周りを佐竹や常陸平氏に囲まれておって、いつせめられるかわからぬというのだな?」
「はい、義広様の安全も鑑みて常陸は早めに制圧したほうが良いかと」
義仲様は頷きました。
「ふむ、では信濃と上野の者は遠江で平家と戦い、下野と武蔵の者は常陸を制圧するということで良いか」
「はい、それでよろしいかと」
義仲様は立ち上がって下知を下しました。
「では皆の者そのように準備をせよ。
巴此度は我らとともに平家と戦ってもらうぞ」
「かしこまりました、義仲様」
遠江方面は義仲様が陣頭指揮を取り、常陸方面の指揮は範頼と志田義広が取ることになりました。
「では、範頼、叔父上、よろしく頼む」
「わかった、私たちは地勢にも詳しい、任せておいてくれ」
そう範頼が答え、更に義広が
「常陸は我が庭のようなものだ、任せておけ」
と付け加えました。
若い範頼を熟達した義広がカバーするといったところですね。
畠山などの秩父党の戦力もありますし、こちらは大丈夫でしょう。
「むしろ、そっちが打ち破られては困るぞ」
そういう義広に義仲様は
「任せておけ、俺たちの強さを平氏共に見せつけてくれる」
義仲様の言葉に私の兄たちは深く頷きました。
「木曽の軍兵の強さを思い知らせてやりましょうぞ」
義仲様は頷いて言葉を続けました。
「よし、では出陣だ」
「おおー!」
甲斐武田の追討軍の総大将は平維盛、副将が平忠度及び平知度、参謀は藤原忠清。
彼らは9月22日に福原を出立し、京に入っても総大将の維盛と参謀役の藤原忠清が出立に吉日を選ぶ選ばぬで悶着があり、京を発したのは9月29日になってしまった。
清盛の重盛に対しての嫌がらせでもあると思われる維盛率いる追討軍は進軍しながら諸国ので兵をかき集め、なんとか4000の兵を確保したが、所詮は寄せ集めであり、養和の大飢饉で兵糧の調達に苦しんでいたため、士気は非常に低かったのです。
彼らは10月13日にやっと駿河国へ入りました。
この頃にはすでに兵は2000もいるかどうか程度まで減っていました。
一方10月17日に武田信義は維盛に挑戦状を送りつけ、「かねてよりお目にかかりたいと思っていましたが、幸い宣旨の使者として来られたので、こちらから参上したいのですが路が遠く険しいのでここはお互い浮島ヶ原で待ち合わせましょう」という不敵な内容に侍大将の藤原忠清が激怒し、使者は斬らない兵法は私合戦に置いての事で、官軍には適用されないとして使者2人の首を斬ったそうです。
10月18日に相模の大庭景親は1000の兵を率いて駿河の維盛の軍に合流し、翌日の10月19日に伊豆の伊東祐親・祐清父子の500の兵も合流しました。
10月20日、甲斐源氏の兵は富士川の東岸に進み、平家方はその西岸に布陣しました。
兵糧の欠乏によりかなり指揮の低下していた平家方でしたが、大庭と伊藤の増援と食料の援助によりそれなりに士気は持ち直していました。
その後ろから遠江を制圧した我々木曽の軍4000が襲いかかりました。
「此度の戦はなるべく殺すな、将は可能なかぎり生け捕りとせよ」
「はっ」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
我々の上げるときの声に、水鳥が羽ばたきながら飛び立ち、慌てふためいた、平家方は大混乱に陥ったのです。
平家方は恐慌状態に陥った自軍の混乱を収拾できず、忠清は撤退を進言し、総大将の維盛もこれに同意し、撤退しようとしましたがもはや平家方は総崩れになって散り散りに逃げ出したのです。
退路を断たれた平家方は平維盛、平忠度、平知度、藤原忠清、そして平氏方に加わった大庭と伊東も生け捕りとなりました。
「彼らは捕虜だが丁寧に持てなすようにせよ」
義仲様はそう諸将に告げました。
同じ頃すでに常陸を制圧していた武蔵の軍は大庭出撃して手薄になった相模平野も攻略していました。
下野の軍は下総の千葉常胤に迫り、兵数の差と所領の安堵などの書状により我々に下ったのです。
これで関東の独立勢力は上総と安房を残すのみとなりました。
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