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世界の果てで

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真っ黒な渦に飲み込まれたところまでは覚えていた。あとは記憶がない。ていうか、真っ暗でここがどこかさえわからない。冷たく滑らかな硬い石の床に、ぼくは倒れていたのだ。

「てててて…みんな、いるかい?」
「デリア?どこにいるの?」

ラフレシアの声だ。どうやら無事らしい。

「あー、なんだか真っ暗で何にも見えないわね」
「あれ?ミローネもいるんだ」
「ちょっと何その言い方?ってなによ、って!」
「デリア無事か」
「ネクロか、よかった。リヴァちゃんは?」
「ここにいる。目を回したようだ」

ああよかった。みんないるようだ。あれ?ニャンコの声がしない?あいつはいないのか?それにシスチアちゃんもいない。

「ここどこかしら?」
「とりあえずみんな集まってくれないか?こう暗くちゃだれがどこにいるかわかんないから」

みんながぼくの声で集まってきた。

「ちょっと!変なとこ触んないでよ!」
「ぼくじゃないぞ」
「精霊のあたしでも見えない暗闇なんて、驚いたわね」
「精霊魔法で明かりとか出せないの?」
「さっきからやってるんだけど、全然無理」

どうなっているんだろう?精霊の力が封じられているのだろうか?リヴァちゃんが起きてれば、ちょっと火でも噴いてもらうんだけどな。

「マスター、これは暗闇じゃないぞ。黒い霧だ」
「黒い霧?」

ネクロがたまげたことを言った。真っ黒な霧?それって真っ黒なガスの中にいるってことか?

「この霧は魔法や精霊の力を吸収してしまうのだ。おそらく何かの防御陣か何かだろう」
「ネクロも力を使えないのか?」
「ここにはあたしが呼べる死霊がいない。恐ろしく無機質なところだな」

これは困った。ぼくたちはずっとこんなところにいなくちゃならないのかな?っていうか、この黒い霧ってやつを吸い込んでて平気なのか?

「デリア…あたし、怖い…」

ラフレシアがおびえてそう言った。いや、ぼくだって怖いんです。

「ほ、ほ、ほ、…よく来たのう」
「だれ?」

急に霧が晴れてきた。そこは大きな広間のようだった。それも宮殿のように立派なところのようだ。

「どこにいる!」
「そう急くな。もうすぐ見えて来るわい」

しだいに霧が消えて来ると、広間の隅々まで見渡せるようになっていった。広間の奥に真っ赤な絨毯が敷かれていて、そこに、立派な椅子に座った老人が見えた。

「あ、あんただれ?」
「これはこれはみなさん初めまして。わしはグリドール・シニウスと申すものじゃ」
「えーと…それって、ニャンコの言っていた大賢者?」
「まあ、そうだの。人はそう呼ぶな」
「あんたが…」

この老人がぼくたちに『ケイオスの印』を破壊しろと言ってきたやつか。そしてラフレシアの魔素病を治せる人だと。

「お願いします!このラフレシアの魔素病を治してください!」
「いきなりだな」
「そのために苦労してきたんです!」
「まあそれは感謝しておる。わしひとりでは大変だったのでな。とにかく悪しき印を破壊してくれたこと、礼を言う。そして生体転生の秘術の準備もできておる。そのためにおぬしらをここへ呼んだんじゃ」
「え?それって…ここはもしかして…」
「その通り。世界の果て、じゃ」
「うそ」

えらい所に連れてこられた。世界の果てなんて、いったいどんなところなんだ?それはきっと恐ろしい所なんだろうな。絶対想像したくないな。

「そんな絶望に満ちた顔をするな。そうひどい所じゃないぞ。ていうか普通の景色じゃよ」
「そうなんだ…びっくりした」
「まあ半分は、じゃがな」
「半分?」
「ああ。あとは空間がスッパリ途切れておるから、おまえたちも気をつけるんじゃぞ。手なんか突っ込んだらすっ飛ばされてしまうからな。いくらわしでもなくした腕は生やせんからな」
「誰がそんなところに腕なんか突っ込むか!」

どうやらやっぱり恐ろしい所らしい。まったく、空間が途切れてるなんて異常なところ、どう考えてもおかしすぎるだろ。

「まあこの宮殿を出なけりゃ問題はない」
「わかったから、早くその何とかの秘術ってやつを頼みます」
「わかっておる。せっかちさんじゃのう」

それでもなんだか希望が見えてきた。いやー、こんなにあっさりとラフレシアの病気が治るなんて、苦労のかいがあった。

「それじゃあお嬢さん、あんたは別室に」
「わかったわ。じゃあデリア…行ってくるわ」
「気をつけてね」
「うん」

ひとりになるのは心細いんだろう。不安そうなラフレシアの顔がぼくの胸を締め付ける。

「ねえ、大賢者さま」
「なんじゃな」
「ニャンコ、じゃなかったクロスはどこ?」
「ク、クロスか…あやつはお使いに行かせた」
「お使い?どこへ?」
「そ、それはちょっと遠い所じゃ」
「ふーん…」

大賢者はラフレシアの手をつかむと急ぎ足で大広間から出ようとした。

「ねえ大賢者さま?」
「今度はなんじゃ?」

めんどくさそうに立ち止まる大賢者に向かってぼくは剣を突き出した。すんでのところで大賢者はそれをかわしたが、大賢者の服の裾が大きく切れた。

「なっ!なにをしおる!」
「おまえ、誰なんだ?」
「な、なにをいうておる!わしは…」
「大賢者なものか!それならなんでぼくの鎧が発動してるんだ?このデガリスの鎧はおまえがくれたんじゃないのか?それにこのアーザスの剣がおまえの服を斬ったのだっておかしいだろ!」
「ちっ、小賢しいやつだな」
「正体は…おまえ、悪魔か!」
「ざーんねん!わたしはそんなちんけなものじゃないんだよ!いいか小僧…よく聞け!わたしこそ魔王アラキスだ!」

マジか!いやなんてことだ!どうやらぼくらはまんまと魔王アラキスに拉致られてしまったようだ。こいつはえらいことだ。きっとぼくらは殺されてしまうだろう。くそー、ゴーレムくんもいないし、どうすりゃいいんだよ!

「ちょっと!離しなさいよ!」

ラフレシアが魔王の手を振り払おうとしてもがいている。

「レフレシアをどうするつもりだ!」
「わたしの邪魔を散々してくれたのはこの娘のためなんだろう?ならわかるだろう…こいつがいなけりゃもうおまえはしゃしゃり出なくて済むってことさ」

魔王はニタリと笑っていった。笑うとかなり不気味だ。

「そんなことをしたら絶対許さない!」
「ほほう、どうするね」

どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。ぼくはバカだ。そうすりゃこんなひどいことにはならなかったんだ。とんでもない苦労は何のためだったんだ。ああどうして…。

「ラフレシアの手を放せ」
「どうするんだと、聞いていたんだが」

呆れたように魔王が言った。そういう顔すんなよ。ぼくだって本当に呆れているんだから。

「やることはやった。もうお前なんて怖くない」
「何を言っている!小賢しいハッタリは見苦しいぞ、小僧」
「ハッタリじゃないさ。そんなのは力のないやつのすることだ。ぼくには力があるんだ」
「なにを馬鹿な…。おまえにどんな力があるというのだ」

そうさ…。ぼくは無能で無気力でダメなニートさ。でもこの力は本物さ。まあ多少ぶっ壊れスキルだけどね。

「さあ汚い手を放せ!」

ぼくは剣を振り下ろした。魔王の身体に剣が吸い込まれていくと、一瞬にして魔王は黒い霧になってしまった。剣の歯筋が黒い霧を切り裂いてやがてゆっくりと消えていく…。

「デリア!どうなってんのよ!」
「落ち着いて、レフレシア。そこから動かないで」
「え?」

何か視界がぼやける。宮殿全体が揺らいでいるのだ。ツルツルだった床もざらざらとした感触になり、まわりの景色がぼんやりと浮かび上がってきた。

「ここって…もといた場所じゃないの…」
「ラフレシア、気をつけて!きみの後ろは崖だよ」
「な、なんなのよ!どうなってんの!」

危ないところだった。あと少しでラフレシアは崖から落ちるところだった。けっこう高さがあるから、落ちたらきっと無事じゃすまない。

「あの霧は幻覚を見せる作用があったんだろうな」
「じゃあ今いた宮殿も?世界の果ても?」
「みんな魔王アラキスに見せられた幻覚さ」
「どうしてそんなこと…」
「わかんない」
「はあ?」

そんなことぼくにわかるわけないじゃないか。

「デリア!無事かっ」
「あ、ニャンコ」

クロスが走って来た。あいつも無事だったらしい。でもシスチアがいない。

「おまえたちは魔王アラキスが仕掛けた『ケイオスの印』に囚われたんだ。やつめ、こんなところに罠を張っているなんて。囚われたおまえたちを何とか救い出そうとしたんだが、あいつの恐ろしい力に阻まれ、どうすることもできなかった。よく無事に出られたな」
「まあ、何とかなったよ。このデガリスの鎧とアーザスの剣のおかげさ。それよりシスチアはどうした?」
「彼女はどこかに転移させられた。恐らく邪魔だと思われたんだろう」

なんてこった。それじゃ無事かどうかもわからないじゃないか!

「彼女を探さなくっちゃ!」
「あわてるな。彼女はきっと無事だ。大賢者さまに何か策があるはずだ」

そんなこと信用できるか。いままでだってさんざん危ない目にあってきたんだからな。

「疑り深い目でわたしを見るな。きっと大丈夫だ。それよりアーザスの剣などであの幻覚が敗れるものなのか?」
「まあきっと運がよかったんじゃないかな?」
「それだけではあるまい。もっと何か別の力が…そうか…リヴァイアサンか。小さくても終末竜の力なら魔王の罠も破れるか」
「あー、リヴァちゃん寝てたし」
「え?」

魔王はあの霧でリヴァちゃんだけを眠らせた。そしてラフレシアを崖から落とし、ぼくらを悲しみのどん底に放り込もうって腹だったんだ。ぼくがやけくそで使った、一日一回なんでも願いがかなうスキルが無かったら、危ないところだったんだ。

「デリア、助かったのはいいんだけど、いったいどうやったの?」
「さ、さあそれは…」

ラフレシア…それは秘密なんだよ。

「なにが秘密なのだ」
「教えろご主人」
「おまえら人の頭の中見るな」
「うーん、パパここどこ?」
「リヴァちゃん目が覚めた?」

まあまだまだ秘密だ。このスキルのことは。しっかし、あのやけくそで願った、世界中にある『ケイオスの印』を全部消す、ってやつで助かったなんて超幸運だった。まさか自分たちが『ケイオスの印』に囚われてたなんて知らなかったからなー。でもけっきょく魔王って何なんだ?どうして直接攻撃してこない?謎は深まるばかりだ。

「まあいいか。さあ、次だ次だ。ラフレシアを救う旅をはじめようぜ」
「なんか引っかかるわね。でもまあいいわ。あんたがあたしを助けてくれたってことは感謝してるし」
「感謝なんていいさ。友だちだろ?」
「友だち?はあ?」

いきなりラフレシアに殴られた。なんでだ?

「痛ってえな!もうわけわかんないよ」
「バーカ」
「なんか扱いひどくない?あーあ、早く次のところに行かないと、もうぼくボコボコにされちゃうな」
「ねえ、クロス。次の『ケイオスの印』ってどこにあるの?」

ラフレシアがニャンコにそう聞くんだけど、それを聞いたぼくは背中に大量の冷や汗を流しまくってしまった。

「次は…」

それはもうどこにもないんだけどね。ぼくが全部消しちゃったし。ってか、なんで最初からこれ使わなかったんだ?ほんとにぼくはバカだった。あーあ、もうなんかなー。


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