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魔王倒してニートになろう

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「えーと、つまり『ケイオスの印』がなくなっちゃったってわけ?なんで?」

ラフレシアが半分怒りながらニャンコのクロスに聞いた。

「詳しくはわかりません。大賢者さまからの念波でたった今そう伝えられただけですから」

さっきクロスが道端に立ち止まって、「えー?」とか「それじゃどうするんですか」とかひとりで叫んでいたけど、あれは大賢者からの思念波かなんかを受けていたんだな。ぼくは事情を知っている、というより原因はぼくだから驚かないけど、いきなり聞かされたラフレシアはすっごく驚いたみたいだ。

「それじゃ大賢者はこれからどうしろって言ってきたの?まさか『ケイオスの印は』なくなりました。おまえたちはもうお払い箱です、とか言うつもりなの?ありえないわ!そんな勝手なこと許されないでしょ!」

命の掛かっているラフレシアが怒るのも当たり前だ。それならさっさとラフレシアを助けてくれればいいのに。

「お払い箱なんて…そんなことはありません。だいいち印は消えたって魔王アラキスがいます。やつが存在する限り、印はまたどこへでも現れます」

それは嫌な流れの話になっていく気がした。本来ニートであるぼくとしては、基本楽な方、楽な方に話の展開が進むのを望んでいるわけだが、魔王がまだいるとか、印がどうたらなんて展開が真反対すぎるんだよね。

「じゃあ大賢者はなんて言ってきたのよ」
「それは、まあとても言いにくいことなんですが…」
「何よそれ!」

ラフレシアとニャンコが睨み合った。まあニャンコがなんて大賢者に言われたか想像に難くない。ニャンコはこれまでぼくらと旅をして、ぼくらの危機や苦労を知っているだけに、きっと大賢者の言葉を簡単にぼくらに伝えられず困っているんだね。

「まあそこまでにしてあげなよ。ニャンコも困ってるし」
「ちょっとデリア!あんたさっきからずっと黙っていたけど、あんただってこんな仕打ち、おかしいと思うでしょ!それとも何とも思わないの!?」

はいはい、理不尽なのはわかります。だいたいニートにこんなことさせて、絶対いいわけありません。でもラフレシア、きみの病気を治すため、きみの命を救うためなんですから、ぼくはぼくの理想とその現実に向けての行動を現在休止させているんです。

「大賢者は魔王を倒せと言ってきたんだろ?ニャンコ」
「ちょっとデリア!なに言ってんの!?」
「ラフレシアは落ち着いて。よく考えてごらん。いくら『ケイオスの印』を消したって、魔王をどうにかしなきゃ何にもならないんだよ。大賢者は、すべての印を消したら、きっと魔王が何かしてくると予想していたんだ。そしてそれは予想通り、ぼくらを狙ってきた。まあ、直接に物理攻撃じゃなくて精神攻撃みたいだったけど、そいつのおかげで魔王の居所がわかった…違う?ニャンコ」

驚いた顔をニャンコはした。そしてうなだれた。

「察しがいいな…アホだと思っていたきさまが」
「アホは余計だろ」
「しかしきさまの言う通りだ。たしかに大賢者さまはそう言っておられる。しかしわたしは…恐ろしい魔王のところに、おまえたちを行かせることが…」

なんだかいいやつなんだな、ニャンコは。まあぼくもこれからどうなるのかわからないけど、ここで決めないと前には進めないってことだね。

「ぼくは魔王を倒しに行く。決めた!」
「いいの?それってあたしのためなんでしょ?」
「ラフレシア、もちろんきみのためだけど、ぼくのためでもある。ぼくは行く。行って魔王を倒し、ぼくはニートになる!」
「デリア…」

うん、決まった!ぼくカッコいいー。

「最低…」
「うん、ご主人さまサイテー」
「パパカッコいいー」

ミローネとネクロがブツブツ言っている。リヴァちゃんだけいい評価だが、まあ仕方ない。いまのところ、ニートが何かわかってるのはあのふたりだけだからな。

「うむ。ニートが何だか知らないが、魔王を倒したならば、そのニートとなるのを応援しよう」

ニャンコが胸を張ってそう言ってくれたけど、それはちょっと恐縮する。

「いや、あまり応援されてなるもんじゃないんですよ、それ」
「デリアは故郷に帰ってあたしの領地ともども、領地経営するのよね。もしかしたら国なんか建国しちゃったりして!そうしたらあたしは王妃よ!すっごい高価なドレスをメチャクチャたくさんしつらえられるわ!」

すでに亡国の予感が…。いやいやそんな大変そうなこと、誰がやるもんか。ニートなめるな。

「いやそれはニートとちがう…」
「さすがデリアどの、夢が大きいですな」
「いやニャンコそれはニートとは真逆の…」
「クロスです。わたしの名前は」
「もうどうでもいいやん」

何なのこいつら?バカなの?

「そうと決まればすぐ出発した方がいい。また魔王が『ケイオスの印』を作り、世界にばらまく前に」
「わかったわ!あたしも気合い入れるわ!デリアが立派な王になれるように、さあ、魔王を倒しに行きましょう!」
「ならねーつってんだろ!」

誰も聞いていなかった。ニャンコを先頭に『馬』は勢いよく馬車を牽き出し、ラフレシアは馭者台のぼくのとなりでニコニコしている。ミローネはまたビスケスを食べだし、リヴァちゃんは昼寝をし出した。驚いたことに、ネクロが馬車の後部に立ち、あの鎧姿の亡者やアンデッドたちを指揮しているのだ。まだいたんかあいつら。あの男爵の谷底に置いてきたんじゃないのか?

「なあマスターよ」
「なんだよネクロ」
「アンデッドたちが少し増えた。このあたり、よっぽどひどいことが起きたか、戦争があったようだ。もといたやつに引きつけられて、ぞろぞろついてくる」
「そんなもん拾ってきちゃダメだって言ったでしょ!自然に帰してあげなさい!」
「そうなるといろいろ困る」
「困る?ぼくは困らないね」
「いやいいんだが、あいつらが迷ってここらの町や村を襲うだけで」

おいおいそれはダメじゃないか。

「何とか無力化して野に返せないの?」
「無理だ。いったん死霊として具現化してしまったなら、魂を昇天させない限り現世にとどまって人を襲う」

ぼくは厄介なやつを召喚してしまったことにすごく後悔した。でもこいつは凄くぼくに優しいし、とってもいいやつだからな。どうしたもんだろう。

「痛しかゆしというところだな、ご主人」
「お前が言うな。人の頭んなか見るな。しかし放ってもおけないか。しかたない、どこかの町でまた鎧を買って着せよう。まあなんかの役に立つかもしれないしね。それまでちゃんとしつけとけよ」
「わかった。礼を言う。これであいつらもきっと浮かばれる」

ネクロはやっぱり優しい死霊使いネクロマンサーなんだな。



こうしてぼくらは魔王を倒すべく、新たな旅に出るのだった。えーと、とりあえずどこかの町に行かないと、食料が…ミローネのやつがみんな食べちゃったみたいだ。バカヤロウ。


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