異世界建築家

空野進

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古く悪臭のする召使いの館(4)

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「つまり、嬉しさのあまり二人で抱き合ったら、今度はそれが恥ずかしくなって泣き出してしまったと……」


 バルドールに事情を説明し、ようやく理解してもらえた。バルドールの言葉に首を何度も縦に降ると、彼は研吾の前に行き、頭を地面につけて謝る。


「すまない、ケンゴ! 俺の勘違いだった! どんな罰でも受けるから許してくれ!」


 いきなり頭を下げられたことであわてだす研吾だが、何か閃いたようでそのままバルドールの肩を軽く叩く。


「そのことはいいよ。ただ、バルドールが気にするならそれを仕事で返してくれ!」


 バルドールが顔を上げた時、研吾は笑顔を見せていた。


「ということは遂に——」
「あぁ、図面はほぼ完成したよ。あとは詳細を書くけど、明日から始められると思う」
「よし、わかった。いつも以上に動いてやるよ」


 バルドールがやる気を見せる。これはいい流れだろう。順調な流れに研吾が微笑みかけてきたので、ミルファーも恥ずかしがりながらも微笑み返す。



 翌日の早朝、召使いの館にはここに住む全ての召使いが集まっていた。すでに完成までの間、宿屋へと移り住んでもらっていたが、今日が建物の解体ということもあってそれを見に来ていた。

 さすがに長年住み慣れた館ということもあって、バルドールによって壊されていく建物にどこか哀愁漂う表情を向けるミルファー。

 彼女以外にも召使いの人達はどこか悲しみを持った目で解体されていく館を眺めていた。
 一枚一枚はがされていく居間の壁材。相当大きな木材で出来ているようでバルドールも外すのに戸惑っているようだった。


「バルドールさん、手伝いましょうか?」


 魔法の準備を始めるミルファー。しかし、それを研吾が制止する。


「いや、ミルファーはまだ休んでて。あれを魔法で壊すのはマズいから」


 何でなのか理由はわからないが研吾には何か考えがあってのことだろう。素直にそれを聞き入れるとバルドールの手によって壊されていく館をただただ眺めていた。
 そして、全ての解体が終わった後、残されたのは幾度となく増築される前の、奴隷時代からあった石の柱だけであった。



「何もなくなりましたね」


 召使いのうちの一人がポツリと呟く。確かに柱しかないとそう思っても仕方ないだろう。


「それじゃあ俺は建物の位置を地面に書いていくからミルファーはその位置に基礎を頼むよ」
「わかりました」


 研吾が地面に印を残せる魔光ペン(魔力を帯びた粉を使うことによってどんなところでも文字が書ける)を使い基礎の位置を書き出していく。

 ミルファーはその位置に水をかけていく。そして、全ての場所にかけ終わると地面に手をついて魔法を使い始める。

 地中の固硬石を集め、水と混ぜる事で基礎を生み出す。よくしてる事だ。ただ、いつもと大きさが違うからか基礎の発生速度が遅い。ジワジワとせり上がってくるのを顔を歪め、滴る落ちる汗をその肌に感じながらも更に魔力を込めていく。



 そして、ようやく基礎が出来上がる頃、ミルファーの顔色は悪く今にも倒れそうになっていた。


「大丈夫? ちょっと顔色が悪いよ」


 研吾が心配そうに近づいてきてくれる。


「だ、大丈夫です……」


 息を荒げながら何とか答える。しかし、それが余計に研吾を心配させたようだった。
 ゆっくりと研吾が近づいてきてミルファーの体を触ったかと思うと、そのまま体を持ち上げてしまった。


「え……、えぇぇぇ……!?」


 突然の出来事にミルファーは驚き慌てふためく。

「ちょっと、ミルファー。暴れたら危ないよ!」


 研吾はしっかりと手を回してミルファーを背中に担ぎ落とさないように気をつける。
 困惑しながらも魔力の使いすぎで碌に動けないミルファーはされるがまま研吾にギュッとしがみついて、その背中に身をまかせる。

 するとどこか落ち着く気持ちになり、次第にまぶたが重くなりそのまま眠りについてしまった。



 次の日から本格的に建物の建築に取り掛かろうとした研吾だが、ある問題点が出てくる。


「すみません、まだ魔力が完全に戻ってなくて……」


 昨日の基礎を一人でやったのは相当無茶だったようだ。まだミルファーの魔力は完全に戻っておらず、顔色もあまりよくはなかった。


「いや、俺が無茶をさせたせいだからね。気にしなくていいよ」


 研吾は優しい言葉をかけてくれる。


「しかし、そうなるとミルファーが回復するまで工事に取りかかれないな」
「すみません……」


 バルドールは思った事を呟いただけなのだろうが、それがミルファーの胸にグサリとくる。もう少し自分に魔力の才能があればこんな事にはならなかったのに……。
 落ち込みかけた時に研吾が肩を叩いてくれる。


「大丈夫。魔法を使わなくても準備する方法があるよ!」


 自信たっぷりに言ってくる。でも本当にそんな方法があるのだろうか? ミルファーは不安げな表情で研吾を見ていた。



 不安の気持ちをよそに研吾を連れて大森林までやってきた。


「ここはいつ見ても不気味な場所だね」


 研吾はバルドールの陰に隠れながら森の先へと進んでいく。


「そんなに不安がらなくてもここはまだ森の中でも浅い場所だ。それほど強い魔物は出てこないぞ」


 バルドールは苦笑気味にそう言うがそれでも研吾は恐る恐る進んでいた。


「何か出てもそこに携えている剣で切ればいいんだ。あのガリュー作の剣なんだからきっと切れ味抜群だぞ!」


 以前ガリューの家を直したときにもらった剣。刃の部分がギザギザになっている変わったものだがそれを研吾がわざわざ選んだ。何か理由が有るのだろう。


「いえ、これはそういった使い方をするものでは――」
「剣だぞ! 魔物を斬らないで一体何を斬るんだ?」


 同じことをミルファーも思っていた。しかし、研吾は不敵に笑みを浮かべるだけで何に使うのかは教えてくれなかった。



 そして、ちょうどいい大きさの木々が生えそろった場所にたどり着く。


「ここまで来ましたけど、どうするのですか? 私でも数本切るくらいならなんとか……」
「俺が殴り倒してやろうか?」


 バルドールが己の筋肉を見せながらそう提案してくる。しかし、研吾はそのどちらも首を横に振って否定してくる。


「いえ、ここでこれを使います」


 研吾は先ほどまで一斉説明してくれなかったギザギザの剣をここで初めて取り出す。そして、大木の根元に当てる。


「見ててくださいね」


 木に当てた剣を左右に動かしていく。

 ギコギコ……。

 軽やかな音色が辺りに響き渡る。そして、大木に少し傷跡がいく。それを研吾はしばらく続け……。


「はぁ……、はぁ……。思ったより切れないな」


 数十分繰り返したあと、研吾はその場に座り込んだ。剣は木の中枢辺りで止まっており、このまま続けていればそのうち切れる事はわかる。でも……。


「ケンゴ様、さすがにこのまま続けても時間がかかるだけじゃないでしょうか? ほら、この間にバルドールさんもいくつか集めてますし」


 研吾を待ちきれなくなったバルドールは辺りの木を拳で殴り始め、数回殴ると倒すことが出来たのでそれらを一か所に集めていた。


「……」


 まさか拳で倒れるとは思っていなかったのか、研吾はその様子を口を開けて驚いていた。


「でも、それ凄いですね。本当に木が切れてますから」


 さすがにバルドールの様子を見た研吾が可哀想だと思い、ミルファーはさりげなくフォローを入れる。
 しかし、自信たっぷりで来た研吾はミルファーの言葉が耳に入らなかった。



 しばらくするとさすがに研吾も諦めたようだった。


「今日はもう帰ろうか。やっぱりミルファーの魔法の方が効率がいいね」


 帰り際、研吾がそう呟いた。


「そうですよ。ですから何でも自分でしようとせずにもっと頼ってくださいね」


 ミルファーの顔に自然と笑みが浮かぶ。


「ミルファーがもっと砕けた言い方になったら考えるね」


 研吾は少し笑っていた。おそらく冗談で言ってきたのだろうけど——。


(少し言葉に甘えてもいいかな?)


 ミルファーはそう思いながら研吾に笑いかけた。


「そうですね。ケンゴさんが無茶しなくなったらそのときに考えるね」


 普段の言い方をした後、急に恥ずかしくなって宿の方へと駆け出していった。



 ミルファーの魔力が回復するといよいよ本格的に工事を再開させる。


「ミルファー、この図面でわかる? こんな感じになるようにお願いね」
「大丈夫ー。ちゃんとわかるよ」


 研吾の図面に書かれた通りに木材を切っていく。前の基礎の時とは違い、ほどほどで休憩を挟みながら……。


「ずいぶんと仲良くなったんだな」


 木材を運んで組み立てているバルドールが目を細め、邪推してくる。


「そ、そ、そんなんじょないよ!」
「そうだよ。ただ、ミルファーがいつまでも敬語だと堅苦しい感じがしてたから……」


 二人して慌てながら否定する。それを温かい目つきで見ていたバルドールはうんうんと頷いていた。


「いやいいんだ。ケンゴ、これからもミルファーを頼む」
「うん、もちろんだよ」
「ちょ、ちょっと、ケンゴさん?」


 ミルファーは恥ずかしくなって、熱を帯びた頬を手で押さえる。ただ、研吾の方はなんのことかよくわかっていないようだった。
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