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腹がいっぱいになると無性に眠くなってくるのは抗えない人の本能だろう。
その例に漏れず、たくさん食べた俺も次第に眠気が襲い始める。
「有場さん、大丈夫ですか? よろしければお膝をお貸ししましょうか?」
莉愛が自分の膝をポンポンと叩いてくる。
「いや、大丈夫だ。このくらい……」
目元を押さえて眠気を払おうとする。
するとそんな時に莉愛が俺の頭を自分の膝に押し付けてくる。
「朝早くから起きられていたのですから無理しないでください」
莉愛の膝は程よく柔らかく、寝心地としてはいい感じで次第に瞼が重くなっていく……。
このまま眠ってしまうのも気持ちよさそうだ……。
じゃない!
さすがに今の女子高生に膝枕されているという状況は人目が気になる――。
なんとか瞼を開けるとやはり周りの人からニヤニヤとされたり悔しそうに口を噛みしめていたりいろんな反応を向けられていた。
そしてその中の一人が大家さんだった。
たまたま通りがかっただけだろうけど、まるでおもちゃを見つけたような目つきでニヤニヤと微笑んでいた。
「もうそんな仲になったんですね。時間の問題とは思ってましたけど……」
「……そんなことある訳ないじゃないですか」
目を細め、何言ってるんだと睨みつける。
「膝枕されてる状態でそんなことを言っても説得力がないですよ」
それを聞いて莉愛が顔を真っ赤にして頬に手を当てていた。
俺は頭をあげると大きく溜め息を吐く。
「これは莉愛が早起きした俺をねぎらってくれたからで……」
「……まぁ、そういうことにしておきますよ。それで二人はお花見ですか?」
あまり信用してもらえてないが、いつまでも言い合っていては話が進まなさそうだったのでちょうどいい。
「そうですよ。せっかくですからお弁当を食べていきませんか? 少し作りすぎて余ってしまいましたので……」
莉愛が弁当を差し出す。俺たち二人で食べていたが、それでも半分も減っていない。
「えっ、これって伊勢海老!? うそっ、イクラまで……。これっておせち料理?」
「ち、違いますよ。ただのお花見のお弁当です!」
「そうなんだ。もちろんいただきますよ、というか食べさせてください。お願いします」
頭を下げてくる大家さんに俺たちは苦笑を浮かべる。
「もちろんいいですよ。有場さんも大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
「やったー、じゃあ、おじゃましまーす」
許可が出た瞬間に席に着く大家さん。ワクワクと口からよだれを流していた。
ただ、それを慌てて拭うと照れた笑みを浮かべていた。
「どうぞ、お皿とお箸です」
「ありがとうね。それじゃあいただきます!」
手を合わせると凄い勢いで料理を食べていってくれる。
その様子を俺たちは苦笑しながら眺めていた。
◇
気がつくとあっという間に重箱の中は空になっていた。
「美味しかった……。凄く高級な料理だったね。あっ、片付けは私も手伝いますよ」
大家さんが満足そうに片付けを手伝っていた。
「特に普段と変わらない食材を使ってるんですけどね……」
莉愛は苦笑を浮かべながら大家さんから皿と箸を受け取っていた。
それを聞いて、不思議そうな顔を浮かべた大家さんは俺に近づいてきて小声で聞いてくる。
「もしかしてあの子ってお金持ち?」
そうか、大家さんは莉愛が神楽坂グループの娘ってことを知らないのか。これは下手に伝えない方がいいのかな?
「い、いえ、そんなことは……」
「本当に?」
大家さんが顔を近づけてジト目で見てくる。
「本当ですよ……多分……」
俺は内心冷や汗を流しながらも平心を装って答える。
「うん、わかった。そういうことにしておきますね。それじゃあ私たちも片付けを手伝いましょう」
莉愛が一人で片付けをしてくれていたので、俺も慌てて片付けに参加する。
ゴミを捨てにいき、シートを丸める。
◇
そして、大きく手を振って帰っていく大家さんを見送った後、莉愛と二人で家に帰っていく。
その帰り道、莉愛がぽつりと呟いていた。
「本当に大家さんと仲良しなんですね。私、お邪魔なのかと思いましたよ」
まだそんなことを気にしていたのか。
「……そんなことないぞ。大家さんとは前に部屋を借りてただけの仲だし、それに俺に恋人はいないからな……」
自分で言って悲しくなる。でも事実だから仕方ないだろう。
でも、莉愛はまだ顔を伏せたままだった。
「分かってます。分かってはいるんですけど、なんだか胸のあたりがもやもやとするんですよ……。いつか有場さんが私の側から離れて行ってしまうのでは……って考えると――」
莉愛が自分の胸に手を当てながら答えてくる。
その表情は今にも泣きそうで……、そんな莉愛を見ると放っておけなくなる。
周囲の目がないかを見てから俺は莉愛の頭を抱き寄せる。
「あっ……」
思わず声を漏らしてくる莉愛。
でも、そのまま力を抜いて俺の方に顔を埋めてくる。
そんな莉愛に対して、俺はなるべく優しい言葉をかける。
「大丈夫だ、俺はここにいるからな」
「……約束ですよ」
俺の言葉を聞いて莉愛は嬉しそうに上目遣いを見せてくる。
そして、俺から離れると嬉しそうににっこりと微笑んでくれた。
でも、またすぐに顔を伏せてくる。
「でも、明日から学校が始まっちゃいますから有場さんと会う時間が減ってしまいますね」
「仕方ないだろう。莉愛は学生なんだからな」
「そう……ですよね。早く卒業したいです……」
莉愛が悲しそうな表情を見せてくる。
「あっ、でも、家に帰ってきたら有場さんがいますもんね。お出迎えして貰うのもそれはそれで……」
妄想に耽り、莉愛がにやついていた。
普通逆だろ……。
莉愛の今の様子を見て俺は思わず笑みをこぼす。
「ははっ……」
まさか莉愛が俺と一緒にいられることをここまで大切に思ってくれていたなんて。
そういえば今まで誰かにここまで必要とされることがなかったな……。
まるで消耗品のような扱いを受けてきたわけだし……。
しかし、俺が笑ったことを莉愛はお気に召さなかったようで頬を膨らませる。
「むーっ、なんで笑うんですかー! 良いじゃないですか、もう一週間ほども一緒にいるんですから一緒にいたいって思っても――」
「悪い悪い、そこまで慕ってくれているとはな。なんだか新鮮な気持ちだったんだ」
「えぇ、私は命を救って貰ったときから有場さんを慕ってますよ」
臆することなくまっすぐ目を見て言ってくる。
それを見て、言葉に詰まった俺は莉愛の頭を軽く撫でていた。
「また子供扱いしてますね……。いいですよ、すぐに有場さんと並ぶほどりっぱな大人の女性になって見せますから」
「あぁ、期待してるよ」
頭を撫でられることを嫌がっているのかと思ったが、結局莉愛は嬉しそうにはにかんでいた。
やっぱりまだまだ子供っぽいところもあるな。
いざという時は俺が守れるようにしないとな。
俺自身も莉愛からは色々と助けて貰ったわけだしな。
あと、今の生活も……まぁ金のこととか色々常識が外れていることもあるが、悪くないものだからな。
「あっ……そうだ、忘れるところでした。私が学校に行ってる間、有場さんも何か買い物に行ったりしますよね? いくらかお金を渡しておきますね」
莉愛が鞄から何かを出そうとしてくる。財布だろうか?
「いやいや、俺は貯金もあるわけだから――」
「いえ、有場さんにお金を使わせるなんて出来ないですよ。それに有場さんは会社の従業員ってことになってますから受け取って貰えないと困ります」
なるほど、一応働いている扱いだもんな。やってることはただ遊んでいるだけにしか見えないが……。
それなら受け取らない方が悪そうだな。
それに莉愛の財布から出るくらいだとそこまで多くなさそうだ。
俺は安心して頷くと莉愛は笑みをこぼす。
そして、莉愛は鞄からスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めていた。
……えっ、スマホ!?
金と言ったから財布だと思ったのにどういう――。
少し嫌な予感がよぎり、俺は冷や汗をかきながら莉愛の行動を見守っていた。
「権蔵さん、以前話していたお金の件ですけど、準備できていますか? ……わかりました。では、すぐに伺わせていただきます」
権蔵……知らない名前の人だけど、どういう立場の人間かはわかる。
莉愛の……神楽坂の金を管理している人なのだろう。
莉愛が電話を終えるが、そのときには俺の顔が真っ青になっていた。
わざわざ準備しないといけないほどの金……、まさかな。
家に着くまで俺は引きつった笑みを浮かべるしか出来なかった。
◇
莉愛と二人、館に戻ってくると応接間へとやってきた。
ここは基本的に客と応対をする部屋で、俺が入ることはほとんどなかった。
部屋の大きさは十畳くらいだろうか?
この館にある部屋にしては控えめな広さだった。
まぁ、この館にある応接間はここだけではなく数カ所あるし、その中でもこの場所は一番小さい部屋になっていた。
部屋の内装は豪華な刺繍が入った絨毯の上に柔らかそうな二人がけのソファーが向かい合うように置かれ、その中央に重厚な木のテーブルが置かれていた。
壁には何枚もの絵画が飾られているが、俺にはその価値は全くわからない。
そして、俺たちと向かい合うように執事の男が控えていた。
「お待ちしておりました、莉愛様」
「ありがとうございます、権蔵さん。こちらがそうですね」
「えぇ、言われた通りの額が入っています」
莉愛は権蔵と呼ばれた執事からアタッシュケースを受け取っていた。
「有場さん、これをどうぞ。好きに使ってくださいね。あっ、足りなかったら言ってください。その分も渡しますから……」
莉愛がアタッシュケースを開くとその中から莉愛は帯が付いてる一万円一束を取り出し、渡してくる。
さすがに俺は開いた口が塞がらなかった。
「えっと……、これは?」
「私がいないときにもお金を使うと思うんですよ。だからそこから使ってください」
いやいや、これだけあれば優に数ヶ月生活することが出来る。
そんなものをポッと渡されて使ってくださいと言われてもな……。
俺はため息を吐きながら答える。
「さすがにこの額は多すぎる……。もう少し減らしてくれ……」
「でも……、何かあったときに困りますよ。だから貰ってくれませんか?」
おかしい。なんで俺が頼まれているんだ?
でも莉愛も不安に思って渡してくれているのだから受け取っておくのは悪い気がしなかった。
それに使わなかったら取っておけばいいだけだもんな。
少し考えたあとに俺は首を縦に振った。
「あぁ、わかった。ありがたく受け取らせてもらう」
「はいっ、ありがとうございます」
改めて莉愛から一束……百万円を受け取ると彼女は嬉しそうに微笑んでくれる。
でも、俺は内心冷や汗が流れていた。
これほどの大金、どうしよう……。
ここまで高い金額を一度に受け取ることがなかったため、手が少し震えていた。
「遠慮なんてしないでくださいね。明日も渡す準備をしてありますので」
「いやいや、これ以上俺を困らせないでくれ!」
まさかお金のことで困る日が来るなんて思わなかった。
とにかくしばらくはこの金を大事にとっておいていざって時に使わせて貰おう。
「では、私は明日の準備をしてきますので先に部屋へ戻りますね」
笑みをこぼしながら莉愛は部屋へと戻っていった。
それを苦笑しながら見送り、俺自身部屋に戻ろうとすると執事の権蔵が声をかけてくる。
「有場様、ちょっとだけお話をよろしいでしょうか?」
突然のことに一瞬驚き、後ろを振り向く。
「あっ、はい。えっと、権蔵さん……ですね。大丈夫です」
「そういえば自己紹介もまだでしたね。私はこの館で執事長をさせて貰っています遠山権蔵といいます」
遠山が頭を下げてくるので俺もつられるように下げてしまう。
「えっと、それで話とは?」
「実は、あんな楽しそうな莉愛様は初めてで……」
感慨深い表情を見せる遠山。ただ、俺の方は首を傾げていた。
……? 別に莉愛はいつもあんな感じだよな?
「勇吾様も私たちも有場様にはとっても感謝しておりまして、そのお礼だけ言いたかったのですよ。本当にありがとうございます」
「俺は特に何もしていないですよ?」
「いえ、有場様のおかげですよ。だからこの館で不自由なことがあったらいつでも言ってください。いつでも力をお貸ししますので」
最後まで理由はわからなかったけど、なぜか俺はこの館の人たちにも感謝されているようだった。
もしかして、莉愛の命を助けたから?
いや、それだけじゃない気がする。
もしかして、莉愛に何かあったのか?
不思議に思いながら俺は一人部屋で考え込んでしまうのだった。
その例に漏れず、たくさん食べた俺も次第に眠気が襲い始める。
「有場さん、大丈夫ですか? よろしければお膝をお貸ししましょうか?」
莉愛が自分の膝をポンポンと叩いてくる。
「いや、大丈夫だ。このくらい……」
目元を押さえて眠気を払おうとする。
するとそんな時に莉愛が俺の頭を自分の膝に押し付けてくる。
「朝早くから起きられていたのですから無理しないでください」
莉愛の膝は程よく柔らかく、寝心地としてはいい感じで次第に瞼が重くなっていく……。
このまま眠ってしまうのも気持ちよさそうだ……。
じゃない!
さすがに今の女子高生に膝枕されているという状況は人目が気になる――。
なんとか瞼を開けるとやはり周りの人からニヤニヤとされたり悔しそうに口を噛みしめていたりいろんな反応を向けられていた。
そしてその中の一人が大家さんだった。
たまたま通りがかっただけだろうけど、まるでおもちゃを見つけたような目つきでニヤニヤと微笑んでいた。
「もうそんな仲になったんですね。時間の問題とは思ってましたけど……」
「……そんなことある訳ないじゃないですか」
目を細め、何言ってるんだと睨みつける。
「膝枕されてる状態でそんなことを言っても説得力がないですよ」
それを聞いて莉愛が顔を真っ赤にして頬に手を当てていた。
俺は頭をあげると大きく溜め息を吐く。
「これは莉愛が早起きした俺をねぎらってくれたからで……」
「……まぁ、そういうことにしておきますよ。それで二人はお花見ですか?」
あまり信用してもらえてないが、いつまでも言い合っていては話が進まなさそうだったのでちょうどいい。
「そうですよ。せっかくですからお弁当を食べていきませんか? 少し作りすぎて余ってしまいましたので……」
莉愛が弁当を差し出す。俺たち二人で食べていたが、それでも半分も減っていない。
「えっ、これって伊勢海老!? うそっ、イクラまで……。これっておせち料理?」
「ち、違いますよ。ただのお花見のお弁当です!」
「そうなんだ。もちろんいただきますよ、というか食べさせてください。お願いします」
頭を下げてくる大家さんに俺たちは苦笑を浮かべる。
「もちろんいいですよ。有場さんも大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
「やったー、じゃあ、おじゃましまーす」
許可が出た瞬間に席に着く大家さん。ワクワクと口からよだれを流していた。
ただ、それを慌てて拭うと照れた笑みを浮かべていた。
「どうぞ、お皿とお箸です」
「ありがとうね。それじゃあいただきます!」
手を合わせると凄い勢いで料理を食べていってくれる。
その様子を俺たちは苦笑しながら眺めていた。
◇
気がつくとあっという間に重箱の中は空になっていた。
「美味しかった……。凄く高級な料理だったね。あっ、片付けは私も手伝いますよ」
大家さんが満足そうに片付けを手伝っていた。
「特に普段と変わらない食材を使ってるんですけどね……」
莉愛は苦笑を浮かべながら大家さんから皿と箸を受け取っていた。
それを聞いて、不思議そうな顔を浮かべた大家さんは俺に近づいてきて小声で聞いてくる。
「もしかしてあの子ってお金持ち?」
そうか、大家さんは莉愛が神楽坂グループの娘ってことを知らないのか。これは下手に伝えない方がいいのかな?
「い、いえ、そんなことは……」
「本当に?」
大家さんが顔を近づけてジト目で見てくる。
「本当ですよ……多分……」
俺は内心冷や汗を流しながらも平心を装って答える。
「うん、わかった。そういうことにしておきますね。それじゃあ私たちも片付けを手伝いましょう」
莉愛が一人で片付けをしてくれていたので、俺も慌てて片付けに参加する。
ゴミを捨てにいき、シートを丸める。
◇
そして、大きく手を振って帰っていく大家さんを見送った後、莉愛と二人で家に帰っていく。
その帰り道、莉愛がぽつりと呟いていた。
「本当に大家さんと仲良しなんですね。私、お邪魔なのかと思いましたよ」
まだそんなことを気にしていたのか。
「……そんなことないぞ。大家さんとは前に部屋を借りてただけの仲だし、それに俺に恋人はいないからな……」
自分で言って悲しくなる。でも事実だから仕方ないだろう。
でも、莉愛はまだ顔を伏せたままだった。
「分かってます。分かってはいるんですけど、なんだか胸のあたりがもやもやとするんですよ……。いつか有場さんが私の側から離れて行ってしまうのでは……って考えると――」
莉愛が自分の胸に手を当てながら答えてくる。
その表情は今にも泣きそうで……、そんな莉愛を見ると放っておけなくなる。
周囲の目がないかを見てから俺は莉愛の頭を抱き寄せる。
「あっ……」
思わず声を漏らしてくる莉愛。
でも、そのまま力を抜いて俺の方に顔を埋めてくる。
そんな莉愛に対して、俺はなるべく優しい言葉をかける。
「大丈夫だ、俺はここにいるからな」
「……約束ですよ」
俺の言葉を聞いて莉愛は嬉しそうに上目遣いを見せてくる。
そして、俺から離れると嬉しそうににっこりと微笑んでくれた。
でも、またすぐに顔を伏せてくる。
「でも、明日から学校が始まっちゃいますから有場さんと会う時間が減ってしまいますね」
「仕方ないだろう。莉愛は学生なんだからな」
「そう……ですよね。早く卒業したいです……」
莉愛が悲しそうな表情を見せてくる。
「あっ、でも、家に帰ってきたら有場さんがいますもんね。お出迎えして貰うのもそれはそれで……」
妄想に耽り、莉愛がにやついていた。
普通逆だろ……。
莉愛の今の様子を見て俺は思わず笑みをこぼす。
「ははっ……」
まさか莉愛が俺と一緒にいられることをここまで大切に思ってくれていたなんて。
そういえば今まで誰かにここまで必要とされることがなかったな……。
まるで消耗品のような扱いを受けてきたわけだし……。
しかし、俺が笑ったことを莉愛はお気に召さなかったようで頬を膨らませる。
「むーっ、なんで笑うんですかー! 良いじゃないですか、もう一週間ほども一緒にいるんですから一緒にいたいって思っても――」
「悪い悪い、そこまで慕ってくれているとはな。なんだか新鮮な気持ちだったんだ」
「えぇ、私は命を救って貰ったときから有場さんを慕ってますよ」
臆することなくまっすぐ目を見て言ってくる。
それを見て、言葉に詰まった俺は莉愛の頭を軽く撫でていた。
「また子供扱いしてますね……。いいですよ、すぐに有場さんと並ぶほどりっぱな大人の女性になって見せますから」
「あぁ、期待してるよ」
頭を撫でられることを嫌がっているのかと思ったが、結局莉愛は嬉しそうにはにかんでいた。
やっぱりまだまだ子供っぽいところもあるな。
いざという時は俺が守れるようにしないとな。
俺自身も莉愛からは色々と助けて貰ったわけだしな。
あと、今の生活も……まぁ金のこととか色々常識が外れていることもあるが、悪くないものだからな。
「あっ……そうだ、忘れるところでした。私が学校に行ってる間、有場さんも何か買い物に行ったりしますよね? いくらかお金を渡しておきますね」
莉愛が鞄から何かを出そうとしてくる。財布だろうか?
「いやいや、俺は貯金もあるわけだから――」
「いえ、有場さんにお金を使わせるなんて出来ないですよ。それに有場さんは会社の従業員ってことになってますから受け取って貰えないと困ります」
なるほど、一応働いている扱いだもんな。やってることはただ遊んでいるだけにしか見えないが……。
それなら受け取らない方が悪そうだな。
それに莉愛の財布から出るくらいだとそこまで多くなさそうだ。
俺は安心して頷くと莉愛は笑みをこぼす。
そして、莉愛は鞄からスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めていた。
……えっ、スマホ!?
金と言ったから財布だと思ったのにどういう――。
少し嫌な予感がよぎり、俺は冷や汗をかきながら莉愛の行動を見守っていた。
「権蔵さん、以前話していたお金の件ですけど、準備できていますか? ……わかりました。では、すぐに伺わせていただきます」
権蔵……知らない名前の人だけど、どういう立場の人間かはわかる。
莉愛の……神楽坂の金を管理している人なのだろう。
莉愛が電話を終えるが、そのときには俺の顔が真っ青になっていた。
わざわざ準備しないといけないほどの金……、まさかな。
家に着くまで俺は引きつった笑みを浮かべるしか出来なかった。
◇
莉愛と二人、館に戻ってくると応接間へとやってきた。
ここは基本的に客と応対をする部屋で、俺が入ることはほとんどなかった。
部屋の大きさは十畳くらいだろうか?
この館にある部屋にしては控えめな広さだった。
まぁ、この館にある応接間はここだけではなく数カ所あるし、その中でもこの場所は一番小さい部屋になっていた。
部屋の内装は豪華な刺繍が入った絨毯の上に柔らかそうな二人がけのソファーが向かい合うように置かれ、その中央に重厚な木のテーブルが置かれていた。
壁には何枚もの絵画が飾られているが、俺にはその価値は全くわからない。
そして、俺たちと向かい合うように執事の男が控えていた。
「お待ちしておりました、莉愛様」
「ありがとうございます、権蔵さん。こちらがそうですね」
「えぇ、言われた通りの額が入っています」
莉愛は権蔵と呼ばれた執事からアタッシュケースを受け取っていた。
「有場さん、これをどうぞ。好きに使ってくださいね。あっ、足りなかったら言ってください。その分も渡しますから……」
莉愛がアタッシュケースを開くとその中から莉愛は帯が付いてる一万円一束を取り出し、渡してくる。
さすがに俺は開いた口が塞がらなかった。
「えっと……、これは?」
「私がいないときにもお金を使うと思うんですよ。だからそこから使ってください」
いやいや、これだけあれば優に数ヶ月生活することが出来る。
そんなものをポッと渡されて使ってくださいと言われてもな……。
俺はため息を吐きながら答える。
「さすがにこの額は多すぎる……。もう少し減らしてくれ……」
「でも……、何かあったときに困りますよ。だから貰ってくれませんか?」
おかしい。なんで俺が頼まれているんだ?
でも莉愛も不安に思って渡してくれているのだから受け取っておくのは悪い気がしなかった。
それに使わなかったら取っておけばいいだけだもんな。
少し考えたあとに俺は首を縦に振った。
「あぁ、わかった。ありがたく受け取らせてもらう」
「はいっ、ありがとうございます」
改めて莉愛から一束……百万円を受け取ると彼女は嬉しそうに微笑んでくれる。
でも、俺は内心冷や汗が流れていた。
これほどの大金、どうしよう……。
ここまで高い金額を一度に受け取ることがなかったため、手が少し震えていた。
「遠慮なんてしないでくださいね。明日も渡す準備をしてありますので」
「いやいや、これ以上俺を困らせないでくれ!」
まさかお金のことで困る日が来るなんて思わなかった。
とにかくしばらくはこの金を大事にとっておいていざって時に使わせて貰おう。
「では、私は明日の準備をしてきますので先に部屋へ戻りますね」
笑みをこぼしながら莉愛は部屋へと戻っていった。
それを苦笑しながら見送り、俺自身部屋に戻ろうとすると執事の権蔵が声をかけてくる。
「有場様、ちょっとだけお話をよろしいでしょうか?」
突然のことに一瞬驚き、後ろを振り向く。
「あっ、はい。えっと、権蔵さん……ですね。大丈夫です」
「そういえば自己紹介もまだでしたね。私はこの館で執事長をさせて貰っています遠山権蔵といいます」
遠山が頭を下げてくるので俺もつられるように下げてしまう。
「えっと、それで話とは?」
「実は、あんな楽しそうな莉愛様は初めてで……」
感慨深い表情を見せる遠山。ただ、俺の方は首を傾げていた。
……? 別に莉愛はいつもあんな感じだよな?
「勇吾様も私たちも有場様にはとっても感謝しておりまして、そのお礼だけ言いたかったのですよ。本当にありがとうございます」
「俺は特に何もしていないですよ?」
「いえ、有場様のおかげですよ。だからこの館で不自由なことがあったらいつでも言ってください。いつでも力をお貸ししますので」
最後まで理由はわからなかったけど、なぜか俺はこの館の人たちにも感謝されているようだった。
もしかして、莉愛の命を助けたから?
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しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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