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翌朝、莉愛が学校へ行こうとしていた。
ただ、出て行く前に恥ずかしそうに頬を染めながら言ってくる。
「あの……行く前に少しだけギュッとしてもらっていいですか?」
そのまま俺の方に体を寄せてくるので、本当に軽く抱き寄せてあげる。
それを数秒間した後、莉愛から離れる。
彼女は「あっ……」と寂しそうな声を上げる。
「あまり長いことすると遅刻するだろう?」
「うっ……、そうでした……。では、有場さん、いってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
手を振って莉愛を見送る。
それにしても学校に行くときもリムジンなんだな……。
俺だったらあんな目立つ移動、絶対に嫌だが……。
そう思って後ろを振り向くと使用人達がニヤニヤと微笑んでいた。
「朝からラブラブですね」
「莉愛様も本当に楽しそうでした……」
「結婚が待ち遠しいです……」
好き勝手に言ってるのでそれは無視して、まずは自分の部屋へと向かう。
そして、部屋で寝転がって時間を潰そうとするが、五分と持たなかった。
ダメだな。何もしないというのは落ち着かないな。
思えば莉愛がいた時は何かしらやろうと考えてくれていたんだな。
莉愛に感謝をしつつ、部屋を出て行く。
◇
館を見て回ると綺麗に掃除されてはいるものの壁際とか細かいところは少しだけ埃が溜まっていたりした。
こういったところがよく注意されるんだよな……。
どうせすることもないんだからと細かいところの掃除をしていく。
すると突然遠山から声をかけられる。
「有場様!? 一体何をされているのですか?」
「何って汚れてたところがあったから掃除を……」
その瞬間に床に頭をつけそうなほど、必死に謝られてしまう。
「申し訳ありません! 私の教育不足でした。有場様にお手を煩わせてしまうなんて……」
「いえ、俺が掃除しようとしただけで……。遠山さんのせいじゃないですよ」
「なんと寛大なお言葉……。汚れの方はすぐに掃除をさせていただきます。またなにかお気づきになりましたらすぐに仰ってください」
逆に迷惑をかけてしまったか……。
「もっと俺だけにしか出来ないようなことを探さないとな」
とは言ってもこの館内では何もなさそうだ。
それなら外へ散歩にでも行ってみるか。
まだこの周りも詳しく知らないし、それに帰りにでも莉愛を迎えに行ったら喜んでくれるかもしれない。
よし、それなら早速館の外を見に行ってみるか。
◇
館の外へとやってくる。
ただ、それだけで少し息が上がってしまう。
この館、無駄に広いからな……。
館周りをぐるっと回るだけで一時間はかかりそうだ。
とりあえず近所に何があるのかを覚えることを目標に近くの散歩を行う。
館を時計回りで見て回っているので、右手には壁のようにそそり立つ塀しか見えない。
これだけ高いとまずよじ登ることも出来ないだろう。
そして、左手には普通の住宅街のようできれいな家が建ち並んでいた。
こんな中にある莉愛の家は明らかに浮いているように思えた。
ただ住宅街の方も俺が以前住んでいたアパートよりも優に広いところばかりだった。
おそらく高級住宅街と呼ばれるようなところなのだろう。
こんなところを一人歩いていると不審者に思われないだろうか?
なんだか急に心配になってくる。
もし誰かに声をかけたらそれだけで事案になったりするのじゃないだろうか?
と、とりあえず莉愛が悲しむようなことだけはしないでおこう。
そう決意したそのときにすぐ近くから声をかけられる。
「……お兄ちゃん。ちょっといいかな?」
「どうかしたの……か?」
振り向いたその先にいたのはかなり小柄な少女だった。
頭に白いベレー帽をかぶり、髪はウェーブがかった茶色、幼さを残す童顔。
それを見た瞬間に俺は一瞬冷や汗を流した。
先ほど考えていた事案……の言葉が脳裏によぎる。
ただ、その少女は莉愛と同じ制服を着ていた。
……制服?
もしかして、この子は莉愛と同じ女子高生?
いやいや……、たまたま同じ服を着ていただけだ。そんなことあるはずないだろう。
自分の考えを否定していると少女が言葉を発する。
「お兄ちゃん、ここから聖ミリス学園へ行く方法ってわかるかな?」
「や、やっぱり聖ミリス学園の生徒なのか!?」
さすがに容姿と合わなすぎて驚きを隠しきれなかった。
「それでお兄ちゃん、聖ミリス学園までの行き方ってわかる?」
「うーん、さすがに行き方までは莉愛に聞いてなかったからな……。スマホで調べたらなんとかなるか?」
「莉愛ちゃん!? お兄ちゃん、莉愛ちゃんを知ってるの!?」
あっ……、もしかしてこれって言ったら駄目なことだったか?
でも、莉愛からは口止めされているわけではないし……。
「まぁ、知り合い……だな。それで君も?」
「私はね、神薙伊緒っていうの。それでね、莉愛ちゃんの一番のお友達なんだよ」
えへへーっと嬉しそうに微笑む伊緒。
なんだか元気そうな少女だなという印象を受ける。
「でも、それならどうして学園の行き方がわからないんだ?」
「私、春休みの間にこの辺りに引っ越してきたの。わかると思ったんだけど、なんだか似たようなところをぐるぐる回ってるような気がして……」
なるほど、それなら道に迷っても仕方なさそうだ。
周りが同じところに見える原因は莉愛の家……だろうな。
ただの壁にしか見えないものが遙か遠くまであるわけだし……。
でも、莉愛の友達ならこのまま放っておく訳にはいかないな。
「よし、それならスマホで場所を調べてみるか」
「お兄ちゃん、スマホを持ってるんだ。私は家に置いてきたから……。お願いしていいかな?」
伊緒が俺のスマホを覗き込んでくる中、マップを開いて聖ミリス学園の位置を調べる。
「ここからだと意外と遠いな……」
学園はここから俺の足で歩いても一時間はかかりそうな位置にあった。歩いてだと昼を過ぎてしまいそうだな。
「もしかして、学校に間に合わないかな?」
「いや、走って行けばなんとかなる」
さすがに初日から友達とあんまり会えないってなると莉愛がかわいそうだもんな。
「でも、道がわからないから――」
「大丈夫だ。今のを見て大体の位置はわかった。俺が先行して走ってやるから」
不安げに聞き返してくる伊緒。
ただ、俺が頷いたのを見て安心した様子だった。
「伊緒は学園まで走れるな?」
「うん、大丈夫……だと思う」
「よし、いくぞ」
「うんっ……」
伊緒が頷くのを見ると俺たちはまっすぐに聖ミリス学園まで走って行った。
◇
「お兄ちゃん、どうして私にこんなによくしてくれるの?」
走りながら道中で伊緒が不思議そうに聞いてくる。
その表情にはどこか余裕があるように見えた。
「だって、伊緒は莉愛の友達なんだろう? 友達がいないと莉愛が悲しむと思ってな……」
「そっか……。うん、今の莉愛ちゃんだって悲しむよね……」
……? 伊緒の言い方は何か含みを持たせたものだった。
もしかすると遠山が言っていたのもこのことなのだろうか?
「今の莉愛……ってどういうことだ?」
「お兄ちゃんは知らないの? 昔は莉愛ちゃんも楽しそうにしたり、悲しそうにしたり、いろんな表情がある子……だったんだよ。でもお母さんが亡くなってからその寂しさで表情を閉ざすようになっちゃったんだよ……」
あれっ? 今も普通にいろんな表情を向けてくれているが?
首をかしげながら話に耳を傾けるが、ちょうど良いところで学園へ着いてしまう。
「ありがとう、お兄ちゃん。ここまで来れば……」
学園に着いた瞬間に鐘の音が鳴ってしまう。
「あっ……、終わっちゃった……」
「えっ? まだ昼だぞ?」
「今日は昼までなの」
なるほど……。
ということはもうすぐ莉愛が帰ってくるのか。
それならここで待っておくか。
「伊緒はどうする? 俺はここで莉愛を待とうと思うが……」
「私も莉愛ちゃんに会ってから帰るよ」
まぁせっかくここまで来たんだもんな。
俺たちはジッと門の側で莉愛を待っていた。
◇
莉愛が一人で学園から出てくる。
その表情はどこか寂しそうなものだった。
これ以上そんな莉愛は見ていられなかったので俺は手を振りながら莉愛を呼ぶ。
「おーい、莉愛ー!」
「有場さん、迎えに来てくれたのですか!?」
莉愛が嬉しそうに俺に近付いてくる。
ただ、そのときに隣にいた伊緒に気づく。
「えっ、伊緒……ちゃん? どうして有場さんと一緒に?」
「あぁ、伊緒が道に迷ってたから一緒に来たんだ」
「すごかったよ。お兄ちゃんのおかげでここまで来られたんだから」
伊緒が全身を使ってすごさをアピールする。
すると莉愛が驚いた表情で伊緒に近付く。
「い、伊緒ちゃんと一緒に登校……。わ、私だってまだなのに……」
「えっ、り、莉愛ちゃん?」
伊緒が不思議そうな表情で莉愛を見る。
まぁ、今の莉愛の反応だと困ってしまうよな。
「困っていたから一緒に来ただけだ。別に何か他意があったわけでもないぞ」
「そ、それでも……、有場さんが他の子と一緒にいるのは……、その……あんまり嬉しくなくて……」
両手の指を絡ませてもぞもぞと動かしながら、真っ赤な顔で恥ずかしそうに顔を伏せる莉愛。
そんな二人の世界を伊緒が割って入る。
「ちょ、ちょっと待って! り、莉愛ちゃん……、もしかして、表情が……!?」
「うん、もう大丈夫。有場さんのおかげで元気になったよ。伊緒ちゃんも心配をかけてごめんね」
はにかんで見せると伊緒は少し涙を流しながら、莉愛に飛びついていた。
「よかった……、よかったよー……」
「もう、伊緒ちゃんは……。大げさだよ……」
伊緒を抱きしめた莉愛が彼女の涙を拭う。
すると伊緒が嬉しそうに涙目ながらはにかんでみせる。
そして、落ち着きを取り戻したあとで俺の方を向いて真剣な表情を見せる。
「お兄ちゃん、莉愛ちゃんを救ってくれてありがとうございます。これからも莉愛ちゃんをよろしくお願いします」
大きく頭を下げてくる伊緒。
ただ、顔を上げると何か疑問に思ったようで首をかしげていた。
「あれっ? でもさっきお兄ちゃん、莉愛ちゃんとはただの知り合いだって言ってたけど?」
「えっと、それは――」
さすがに今の関係をごまかそうとした……とは言いにくくて慌ててしまう。
しかし、莉愛は屈託のない笑みで答える。
「私が有場さんを養っているんですよ」
その言葉を聞いた瞬間に伊緒の表情が固まっていた。
まぁ、そうなるよな……。
俺が苦笑を浮かべていると伊緒がサッと莉愛の体を引き寄せる。
「ダメだよ、莉愛ちゃん。危ないよ!」
うん、それが普通の反応だと思うぞ……。
ただ、莉愛の反応は違った。ムッとした様子で声を荒げる。
「そんなことないよ。だって、有場さんは私の命の恩人なのですから……」
「えっ、どういうこと?」
声を漏らす伊緒。どういうことかわからずに聞き返していた。
そこで初めて俺が莉愛の命を助けて、代わりに俺を神楽坂グループの会社員として、莉愛と過ごしていることを説明する。
すると、伊緒は顔を青ざめて謝ってくる。
「ごめんなさい。冷静に考えたら有場さんがおかしい人じゃないことくらいわかるのに……。だって、莉愛ちゃんの表情を取り戻してくれた人……だもんね」
なるほどな。ようやく俺も全て理解した。
さすがにいきなり養うって言われて、しかも莉愛の親から公認が出てるなんておかしいと思ったんだ。
でも、順序立てて考えたら納得がいった。
元々莉愛は母親を亡くした時からあまり表情を変えなくなった。
でも、俺が事故から助けたときに表情が戻った。
(悲しんでくれたのかな? あとは突然助けられたことで一目惚れ……というのも今の莉愛を見ていたら考えられそうだ)
莉愛の表情が戻ったことを喜んだ使用人達が俺を歓迎してくれて、莉愛の父親が俺のヒモ生活を許可した……と。
今まで何をしても治すことが出来なかった……とかの付加価値が付けば十分に考えられそうだ。
子供のためなら何でもするって親は幾らでもいるからな。
大企業の代表である莉愛の親なら俺一人くらい養うのは容易だろう。
俺はとんでもないことをしちゃったんじゃないか?
莉愛の顔を見ると彼女はにっこりと微笑みかけてくる。
「それじゃあ帰りましょうか?」
莉愛は何も気にした様子もなく手を掴んでくる。
その際にまるでいたずらをした子供のようにちょろっと舌を出していた。
ただ、出て行く前に恥ずかしそうに頬を染めながら言ってくる。
「あの……行く前に少しだけギュッとしてもらっていいですか?」
そのまま俺の方に体を寄せてくるので、本当に軽く抱き寄せてあげる。
それを数秒間した後、莉愛から離れる。
彼女は「あっ……」と寂しそうな声を上げる。
「あまり長いことすると遅刻するだろう?」
「うっ……、そうでした……。では、有場さん、いってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
手を振って莉愛を見送る。
それにしても学校に行くときもリムジンなんだな……。
俺だったらあんな目立つ移動、絶対に嫌だが……。
そう思って後ろを振り向くと使用人達がニヤニヤと微笑んでいた。
「朝からラブラブですね」
「莉愛様も本当に楽しそうでした……」
「結婚が待ち遠しいです……」
好き勝手に言ってるのでそれは無視して、まずは自分の部屋へと向かう。
そして、部屋で寝転がって時間を潰そうとするが、五分と持たなかった。
ダメだな。何もしないというのは落ち着かないな。
思えば莉愛がいた時は何かしらやろうと考えてくれていたんだな。
莉愛に感謝をしつつ、部屋を出て行く。
◇
館を見て回ると綺麗に掃除されてはいるものの壁際とか細かいところは少しだけ埃が溜まっていたりした。
こういったところがよく注意されるんだよな……。
どうせすることもないんだからと細かいところの掃除をしていく。
すると突然遠山から声をかけられる。
「有場様!? 一体何をされているのですか?」
「何って汚れてたところがあったから掃除を……」
その瞬間に床に頭をつけそうなほど、必死に謝られてしまう。
「申し訳ありません! 私の教育不足でした。有場様にお手を煩わせてしまうなんて……」
「いえ、俺が掃除しようとしただけで……。遠山さんのせいじゃないですよ」
「なんと寛大なお言葉……。汚れの方はすぐに掃除をさせていただきます。またなにかお気づきになりましたらすぐに仰ってください」
逆に迷惑をかけてしまったか……。
「もっと俺だけにしか出来ないようなことを探さないとな」
とは言ってもこの館内では何もなさそうだ。
それなら外へ散歩にでも行ってみるか。
まだこの周りも詳しく知らないし、それに帰りにでも莉愛を迎えに行ったら喜んでくれるかもしれない。
よし、それなら早速館の外を見に行ってみるか。
◇
館の外へとやってくる。
ただ、それだけで少し息が上がってしまう。
この館、無駄に広いからな……。
館周りをぐるっと回るだけで一時間はかかりそうだ。
とりあえず近所に何があるのかを覚えることを目標に近くの散歩を行う。
館を時計回りで見て回っているので、右手には壁のようにそそり立つ塀しか見えない。
これだけ高いとまずよじ登ることも出来ないだろう。
そして、左手には普通の住宅街のようできれいな家が建ち並んでいた。
こんな中にある莉愛の家は明らかに浮いているように思えた。
ただ住宅街の方も俺が以前住んでいたアパートよりも優に広いところばかりだった。
おそらく高級住宅街と呼ばれるようなところなのだろう。
こんなところを一人歩いていると不審者に思われないだろうか?
なんだか急に心配になってくる。
もし誰かに声をかけたらそれだけで事案になったりするのじゃないだろうか?
と、とりあえず莉愛が悲しむようなことだけはしないでおこう。
そう決意したそのときにすぐ近くから声をかけられる。
「……お兄ちゃん。ちょっといいかな?」
「どうかしたの……か?」
振り向いたその先にいたのはかなり小柄な少女だった。
頭に白いベレー帽をかぶり、髪はウェーブがかった茶色、幼さを残す童顔。
それを見た瞬間に俺は一瞬冷や汗を流した。
先ほど考えていた事案……の言葉が脳裏によぎる。
ただ、その少女は莉愛と同じ制服を着ていた。
……制服?
もしかして、この子は莉愛と同じ女子高生?
いやいや……、たまたま同じ服を着ていただけだ。そんなことあるはずないだろう。
自分の考えを否定していると少女が言葉を発する。
「お兄ちゃん、ここから聖ミリス学園へ行く方法ってわかるかな?」
「や、やっぱり聖ミリス学園の生徒なのか!?」
さすがに容姿と合わなすぎて驚きを隠しきれなかった。
「それでお兄ちゃん、聖ミリス学園までの行き方ってわかる?」
「うーん、さすがに行き方までは莉愛に聞いてなかったからな……。スマホで調べたらなんとかなるか?」
「莉愛ちゃん!? お兄ちゃん、莉愛ちゃんを知ってるの!?」
あっ……、もしかしてこれって言ったら駄目なことだったか?
でも、莉愛からは口止めされているわけではないし……。
「まぁ、知り合い……だな。それで君も?」
「私はね、神薙伊緒っていうの。それでね、莉愛ちゃんの一番のお友達なんだよ」
えへへーっと嬉しそうに微笑む伊緒。
なんだか元気そうな少女だなという印象を受ける。
「でも、それならどうして学園の行き方がわからないんだ?」
「私、春休みの間にこの辺りに引っ越してきたの。わかると思ったんだけど、なんだか似たようなところをぐるぐる回ってるような気がして……」
なるほど、それなら道に迷っても仕方なさそうだ。
周りが同じところに見える原因は莉愛の家……だろうな。
ただの壁にしか見えないものが遙か遠くまであるわけだし……。
でも、莉愛の友達ならこのまま放っておく訳にはいかないな。
「よし、それならスマホで場所を調べてみるか」
「お兄ちゃん、スマホを持ってるんだ。私は家に置いてきたから……。お願いしていいかな?」
伊緒が俺のスマホを覗き込んでくる中、マップを開いて聖ミリス学園の位置を調べる。
「ここからだと意外と遠いな……」
学園はここから俺の足で歩いても一時間はかかりそうな位置にあった。歩いてだと昼を過ぎてしまいそうだな。
「もしかして、学校に間に合わないかな?」
「いや、走って行けばなんとかなる」
さすがに初日から友達とあんまり会えないってなると莉愛がかわいそうだもんな。
「でも、道がわからないから――」
「大丈夫だ。今のを見て大体の位置はわかった。俺が先行して走ってやるから」
不安げに聞き返してくる伊緒。
ただ、俺が頷いたのを見て安心した様子だった。
「伊緒は学園まで走れるな?」
「うん、大丈夫……だと思う」
「よし、いくぞ」
「うんっ……」
伊緒が頷くのを見ると俺たちはまっすぐに聖ミリス学園まで走って行った。
◇
「お兄ちゃん、どうして私にこんなによくしてくれるの?」
走りながら道中で伊緒が不思議そうに聞いてくる。
その表情にはどこか余裕があるように見えた。
「だって、伊緒は莉愛の友達なんだろう? 友達がいないと莉愛が悲しむと思ってな……」
「そっか……。うん、今の莉愛ちゃんだって悲しむよね……」
……? 伊緒の言い方は何か含みを持たせたものだった。
もしかすると遠山が言っていたのもこのことなのだろうか?
「今の莉愛……ってどういうことだ?」
「お兄ちゃんは知らないの? 昔は莉愛ちゃんも楽しそうにしたり、悲しそうにしたり、いろんな表情がある子……だったんだよ。でもお母さんが亡くなってからその寂しさで表情を閉ざすようになっちゃったんだよ……」
あれっ? 今も普通にいろんな表情を向けてくれているが?
首をかしげながら話に耳を傾けるが、ちょうど良いところで学園へ着いてしまう。
「ありがとう、お兄ちゃん。ここまで来れば……」
学園に着いた瞬間に鐘の音が鳴ってしまう。
「あっ……、終わっちゃった……」
「えっ? まだ昼だぞ?」
「今日は昼までなの」
なるほど……。
ということはもうすぐ莉愛が帰ってくるのか。
それならここで待っておくか。
「伊緒はどうする? 俺はここで莉愛を待とうと思うが……」
「私も莉愛ちゃんに会ってから帰るよ」
まぁせっかくここまで来たんだもんな。
俺たちはジッと門の側で莉愛を待っていた。
◇
莉愛が一人で学園から出てくる。
その表情はどこか寂しそうなものだった。
これ以上そんな莉愛は見ていられなかったので俺は手を振りながら莉愛を呼ぶ。
「おーい、莉愛ー!」
「有場さん、迎えに来てくれたのですか!?」
莉愛が嬉しそうに俺に近付いてくる。
ただ、そのときに隣にいた伊緒に気づく。
「えっ、伊緒……ちゃん? どうして有場さんと一緒に?」
「あぁ、伊緒が道に迷ってたから一緒に来たんだ」
「すごかったよ。お兄ちゃんのおかげでここまで来られたんだから」
伊緒が全身を使ってすごさをアピールする。
すると莉愛が驚いた表情で伊緒に近付く。
「い、伊緒ちゃんと一緒に登校……。わ、私だってまだなのに……」
「えっ、り、莉愛ちゃん?」
伊緒が不思議そうな表情で莉愛を見る。
まぁ、今の莉愛の反応だと困ってしまうよな。
「困っていたから一緒に来ただけだ。別に何か他意があったわけでもないぞ」
「そ、それでも……、有場さんが他の子と一緒にいるのは……、その……あんまり嬉しくなくて……」
両手の指を絡ませてもぞもぞと動かしながら、真っ赤な顔で恥ずかしそうに顔を伏せる莉愛。
そんな二人の世界を伊緒が割って入る。
「ちょ、ちょっと待って! り、莉愛ちゃん……、もしかして、表情が……!?」
「うん、もう大丈夫。有場さんのおかげで元気になったよ。伊緒ちゃんも心配をかけてごめんね」
はにかんで見せると伊緒は少し涙を流しながら、莉愛に飛びついていた。
「よかった……、よかったよー……」
「もう、伊緒ちゃんは……。大げさだよ……」
伊緒を抱きしめた莉愛が彼女の涙を拭う。
すると伊緒が嬉しそうに涙目ながらはにかんでみせる。
そして、落ち着きを取り戻したあとで俺の方を向いて真剣な表情を見せる。
「お兄ちゃん、莉愛ちゃんを救ってくれてありがとうございます。これからも莉愛ちゃんをよろしくお願いします」
大きく頭を下げてくる伊緒。
ただ、顔を上げると何か疑問に思ったようで首をかしげていた。
「あれっ? でもさっきお兄ちゃん、莉愛ちゃんとはただの知り合いだって言ってたけど?」
「えっと、それは――」
さすがに今の関係をごまかそうとした……とは言いにくくて慌ててしまう。
しかし、莉愛は屈託のない笑みで答える。
「私が有場さんを養っているんですよ」
その言葉を聞いた瞬間に伊緒の表情が固まっていた。
まぁ、そうなるよな……。
俺が苦笑を浮かべていると伊緒がサッと莉愛の体を引き寄せる。
「ダメだよ、莉愛ちゃん。危ないよ!」
うん、それが普通の反応だと思うぞ……。
ただ、莉愛の反応は違った。ムッとした様子で声を荒げる。
「そんなことないよ。だって、有場さんは私の命の恩人なのですから……」
「えっ、どういうこと?」
声を漏らす伊緒。どういうことかわからずに聞き返していた。
そこで初めて俺が莉愛の命を助けて、代わりに俺を神楽坂グループの会社員として、莉愛と過ごしていることを説明する。
すると、伊緒は顔を青ざめて謝ってくる。
「ごめんなさい。冷静に考えたら有場さんがおかしい人じゃないことくらいわかるのに……。だって、莉愛ちゃんの表情を取り戻してくれた人……だもんね」
なるほどな。ようやく俺も全て理解した。
さすがにいきなり養うって言われて、しかも莉愛の親から公認が出てるなんておかしいと思ったんだ。
でも、順序立てて考えたら納得がいった。
元々莉愛は母親を亡くした時からあまり表情を変えなくなった。
でも、俺が事故から助けたときに表情が戻った。
(悲しんでくれたのかな? あとは突然助けられたことで一目惚れ……というのも今の莉愛を見ていたら考えられそうだ)
莉愛の表情が戻ったことを喜んだ使用人達が俺を歓迎してくれて、莉愛の父親が俺のヒモ生活を許可した……と。
今まで何をしても治すことが出来なかった……とかの付加価値が付けば十分に考えられそうだ。
子供のためなら何でもするって親は幾らでもいるからな。
大企業の代表である莉愛の親なら俺一人くらい養うのは容易だろう。
俺はとんでもないことをしちゃったんじゃないか?
莉愛の顔を見ると彼女はにっこりと微笑みかけてくる。
「それじゃあ帰りましょうか?」
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