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14話 イスバルトと迷宮

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 おれたちはイスバルトを連れて6階層にやって来た。もちろん目的地は昨日の隠し部屋だ。あそこ以上にいい稼ぎ場所を知らないからな。昨日の罠が発動するかわからないが……

 隠し部屋に着くとクルルには絵画魔術の準備をしといてもらい、ミィを戦闘にティナちゃん、イスバルト、クルル、おれの順番で並んで宝箱を開ける。中身は空っぽだった。が、罠はちゃんと発動してくれたみたいでウルフ達が大量に隠し部屋への通路に集まっていた。

「おいおい、これはヤバイぞ。どっか逃げ道はねぇのか?」

 イスバルトは顔を真っ青にして周りをキョロキョロと見渡している。当然隠し部屋で通路をこじ開けて入ったのだ。そこしか入り口はない。

「クルル、発動だ」

 おれはタイミングを見計らってウルフ達の多くが通路に入った瞬間に言う。
 クルルの魔術は昨日の炎とはうってかわり今日は雷を纏った虎だった。それが通路に向かって駆けて行き、虎に当たったウルフは黒焦げになっていく。直接当たらなかっても近くにいるだけで感電してしまい、動けなくなってるウルフもいる。

「ティナちゃん、イスバルト、動けなくなってるウルフを任せた!」

「わかった」
「了解」

 ティナちゃんは相変わらず高速で切りまくってる。さっきまで顔が青かったイスバルトも安全だとわかると痺れてるウルフをどんどん切っていく。相変わらずすることのないおれは魔石集めだ。





「まさかこんな方法があるとはな。今までの迷宮討伐の中で1番楽だったぜ」

 大量に魔石が手に入ったことでホクホクのイスバルトだ。動けないウルフを切るだけなので子どもでもできるだろう。

「じゃあ、今日は7層の探索をしようか?」

 おれが今日の方針を決める。昨日で6層の探索が終わったのだ。なら次の階層に行くべきだろう。

 7層の探索も問題なく進む。いるのは6層と同じウルフなのだ。強さは7層のほうが強いが……ただウルフより早くティナちゃんが動けるようになってからティナちゃんが雷神のダガーで麻痺させる。数が多ければおれかクルルの魔術で数を減らしてあとはティナちゃんに任せる。攻撃はミィが受け止める。それで何とかなっていた。

 先程の戦闘のおかげでイスバルトとの連携もだいぶよくなった。ティナちゃんが麻痺させたウルフをイスバルトがトドメを刺す。いいとこ取りな気もするが俺やクルルではトドメを刺せないので案外役に立ってる。(おれは攻撃が範囲魔術でないと当てられないし、クルルの魔術は絵画の分だけだし有限だ。1日5回使えたらいいほうだ。)

 本日7階層のウルフを20匹倒したところで昼食にする。おれが結界を張り、魔法の袋からイリナさんのサンドイッチを出す。今日は特別にイスバルトの分も頼んでいたのでそれをイスバルトに渡してやる。

「うめーっ。やっぱ女将さんのメシは最高だー!!」

 確かにイリナさんのサンドイッチはとても美味しいが、イスバルトの満面の笑みでサンドイッチを頬張ってるとこを見るとなんだか負けた気になる。

「そういえばなんでイスバルトさんはうちの宿から泊まるところを変えたの?」

 ティナちゃんがズバッと言いにくいことを聞く。イスバルトも頭を掻きながら言う。

「実は一回金が足りなくなってな。その分はなんとか返したけど、それ以来行き辛くなってな」

 凄くしょうもない理由だった。

「そんなのお母さん気にしてないし、またうちの宿来てよ。もうお金の心配はないんだよね?」

「ああ、もう大丈夫だ。それに今日稼ぎのコツを見せて貰ったしな。優のおかげだ。ありがとな」

 イスバルトがお礼を言ってくる。なんだか鳥肌がたつなぁ。

「何気持ち悪いこと言ってるんだ。お前ならここは唐突に服を脱ぎ出すとこじゃないのか?」

「お前の中の俺は一体どういうやつなんだ!?」

 実は結構喋りやすいし、気安いので一緒にいても疲れないいいやつだが、そんなのいうとこいつのことだから調子にのると思うので絶対言わないが……

「こんなに冗談を言うお兄さんって始めて見ました」

「お兄ちゃんって男の人の知り合いってグリルさんくらいしかいなかったし」

「そういえば優さん、グリルさんに対しても結構きつい口調だよね。知り合いの男の人にはこうなるのかな?」

 そこ、ヒソヒソやってるみたいだけど全部聞こえてるから……

「そうかそうか、俺は優の親友になれたのか」

 そこ、調子に乗りすぎたぞ。





 昼の休憩も終わり、おれたちはまた7階層を回る。4人でも楽だったのに5人になると余計楽に回れた。この階層には隠し部屋はないみたいなので一通り見終わり、地図が完成した時点で今日は終わりにしようとしたが、これからイスバルトとまた回るかもしれないので、イスバルトを連れて最短で10階層のボスを倒すことにする。

「ここのボスはウルフリーダーだったぞ。イスバルトは倒したことあるか?」

「流石にねーよ。ウルフでもいっぱいいっぱいなんだぞ」

「じゃあアドバイスだ。ティナちゃんが速攻で麻痺らせてくれるからそれから動け!おれたちでは動きを捉えられん」

 凄く単純な作戦だ。ティナちゃんが麻痺らせるまでミィの後ろに隠れて過ごすだけだ。いつも通りといえばいつも通りだ。一応ティナちゃんが攻撃を受ければおれがすぐに回復出来るように常に準備してるが……



 ボス部屋に着き、中を覗くといたのは毛並みが燃えるような赤色をしたウルフリーダーだ。普通のウルフリーダーは黒なので変異種だ。ボスの変異種なんているのか。これは作戦を変える必要があるかもしれない。一旦みんなを下がらせて作戦を立て直すことにする。





 ボス部屋入り口付近に集まりなおした。

「おい、イスバルト。お前はあの変異種のウルフリーダーは見たことあるか?」

「あるわけねぇだろ。ウルフリーダーも今回が初めてだぞ」

「使えんやつだな。まぁいいや。今回の相手は変異種だ。おれとティナちゃんとミィはよく分かってるが、あれは普通の敵じゃない。多分トドメを刺せるのはおれだけだろう」

 クルルのほうはもう高威力の絵画は使い切ってしまっている。なので今回はもしもの時のために魔導銃を持たせることにする。

「クルル、もしおれたちが危なそうなら遠慮なく撃ってくれ」

「わかったよ、お兄さん」

 クルルもしっかりやる気になる。絵画を使い切ってしまったのでもう足手まといになると思っていたのだろう。こういう時の魔導銃だしな。


 次はミィだ。多分今のミィの防御力なら数発しか耐えられないだろう。しかし、ミィの方を見ると決意に満ちた表情をしていた。確かに今までの変異種の時もなにもできなかった悔しさがあるのだろう。ならば言えること一つだけだ。

「ミィはおれの側にいてもらう。多分ミィでも耐えて数発が限度だ。それはここぞという時に使わしてもらう。おれの声に耳を傾けてといてくれ」

「頑張るよ、優さん」

 ミィも両手に握りこぶしを作って頑張るアピールをしている。ミィにはもっと能力を上げた上でこういう戦闘をさせたかった。


 その次はティナちゃんだ。ティナちゃんにはいつも通り頑張ってもらうしかないだろう。ただ、ただでさえ素早いウルフリーダーの変異種だ。ティナちゃんより速い可能性がある。それだけ頭においといてもらう必要がある。

「ティナちゃんはいつも通りウルフリーダーに攻撃してくれ。ただ、相手はティナちゃんより速い可能性がある。そこに注意してくれ。攻撃するときはいつもより慎重にな」

「わかったよ、お兄ちゃん」

 こういう時のティナちゃんは本当に頼りになる。

「あと、そうだ。相手の色が赤色だったから火属性の攻撃をするかもしれない。ティナちゃん、例の切り札も使う準備もしといてね」

「いつでも大丈夫って言ってるよ」

 そういいながらティナちゃんは腕のブレスレットを撫でている。

「あとはイスバルトだな」

「おう。俺はどうしたらいい?」

 正直今回彼がいてくれてよかった。なんだかんだで頼りになるやつだ。

「お前はティナちゃんを守ってくれ。イスバルトじゃウルフリーダーとティナちゃんの攻防についていけないことはわかっている。でも、一撃でいい。ティナちゃんの命が危ない攻撃が来たときは頼む。お前にしか頼めないんだ」

 イスバルトは驚いた顔をしている。いつもの様に茶化してくると思っていたのだろう。今回はあの変異種だ。おれにはそこまでの余裕はないだろう。

「ああ、任せろ」


「最後におれだが、ウルフリーダーには徹底的に範囲魔術を叩き込む。そしてトドメで落雷魔術を使用する。あとは常に攻撃された瞬間に回復していく。それぐらいしかできないな。だからみんなの力を貸して欲しい」

 みんながおれを見つめてくる。掛け声でも待ってるのだろうか?

「これに勝っておれたちの強さを証明するぞ。さぁ行こう」

「おう」
「了解」
「はい」
「わかったよ」

 四人とも違う掛け声だったがヤル気は準備伝わってきた。さぁ行こうか。



 準備が完了した時点でウルフリーダーに対しておれが魔術を放つ。風のストームカッターだ。それをウルフリーダーは容易にかわしてきた。しかし、それを読んでいたティナちゃんがウルフリーダーを斬りつけようとした時にウルフリーダーはやはり体に炎を纏ってきた。ティナちゃんは思わず少し下がることになる。

「やっぱり炎を使ってきたよ、お兄ちゃん。あれ使うね」

「わかった。思う存分暴れてくれ」

 長引けばこちらが不利になるだけなので最初から全力でいってもらう。やるのはティナちゃんの精霊魔法。どうやらブレスレットに宿っていたらしい精霊と心を通わした時に使えるようになったみたいだ。しかも、やどっている精霊は水の精霊。今回のウルフリーダーには相性が抜群だ。

「ウィンディ、お願い」

 おれには見えないがティナちゃんがそう頼むと強力な水の魔術がウルフリーダーを襲う。それをウルフリーダーは軽々かわしているが段々と逃げ場がなくなっていってる。そして、部屋の角部分に追い込んだ所で今日1番強力な水の魔術を浴びせる。これは攻撃用ではなく足止めの攻撃みたいで水圧で相手を動けなくする魔術みたいだ。
 その水で相手が纏っていた炎が消えたのでティナちゃんが攻撃出来るようになる。そして、ウルフリーダーが動けない隙にティナちゃんが2回斬りつける。麻痺にはならなかったがこの調子でいけば……

 しかし、ウルフリーダーもやられっぱなしではなかった。息を大きく吸い込む。まさか……

「ティナちゃん、避けろ!!」

 ウルフリーダーは息を吸い込み終わるとティナちゃんと水流が重なるタイミングで火炎弾を吐き出した。
 おれの声に反応したティナちゃんはかろうじて擦りながらだが躱すことに成功した。おれは慌てて回復魔術をティナちゃんにかける。

「ティナちゃん、大丈夫!?」

「まだ……大丈夫……」

 ティナちゃんは顔をしかめながらウルフリーダーを警戒している。ウルフリーダーのほうは先程の精霊魔術で体に炎を纏えなくなっているようだった。しかし、ウルフリーダーもティナちゃんを睨みつけていた。
 一瞬の硬直のあと、ウルフリーダーとティナちゃんはほぼ同時に動き出す。ウルフリーダーの攻撃を必死にかわして反撃するティナちゃんだが、その攻撃もウルフリーダーには届かない。
 お互い決定打がないまま1分ほどたっただろうか。今のままいくと敏捷以外のステータスが低いティナちゃんのほうが明らかに不利だ。

「イスバルト、お前はあっちの壁側に移動してくれ」

 おれが指差したのはおれたちから少し離れたところだ。

「お前はなんとか一撃だけ……一撃だけ耐えてくれ!」

 おれの作戦を理解したのかイスバルトは頷き、急いで壁側に移動してくれる。

 そして完全に移動が終わり、イスバルトがしっかり盾を構えたところを確認する。

「ティナちゃん、イスバルトの後ろに……!」

 おれの声にさっと反応してくれるティナちゃん。すぐにイスバルトの後ろに行く。
 するとウルフリーダーはティナちゃんを追いかけていく。本能的に自分のスピードに対抗出来るのはティナちゃんだけと分かっているのだろう。最初から執拗にティナちゃんばかりを狙っていたのもそういうことだろう。

 ドゴッ!

 盾で防いだとは考えにくいような音が聞こえ、イスバルトが後ろに吹き飛ばされる。
 その瞬間におれは光魔術と風魔術の合成魔術、風で匂いを飛ばし、光の屈折で姿を消す隠蔽魔術をつかいイスバルトとティナちゃんの姿を消す。
 一瞬ウルフリーダーは怯み、周りを見渡して、盾を構えているミィとイスバルトを勘違いする。ウルフリーダーは再び突進を仕掛けてくる。しかしミィは踏ん張った。そして、盾の後ろに隠れていたクルルが魔導銃を放つ。おれほどの威力はなかったがウルフリーダーの片足に直撃し、傷を負わせた。それと同時におれが発動した落雷魔術(厳密にいうとビームみたいに横向きで発動しているので違うが)を使う。片足を怪我しスピードの半減したウルフリーダーはこの落雷魔術を躱しきれずにバチバチっという音と共に落雷に飲み込まれていった。


 さすが変異種のウルフリーダー、あの落雷魔術を受けてもまだ息があった。息も絶え絶えだがなんとか起き上がり、息を吸い込み始めてる。
 しかし、それよりも前にティナちゃんが先に雷神のダガーからクリアカッターに持ち替え、首元に斬りかかっていた。ティナちゃんの筋力じゃ一撃では倒しきれなかったが、落雷を受けたウルフリーダーは麻痺しており、動くことはできなかったので、そこからは一方的な蹂躙だった。最後は首を落とされたウルフリーダーだったが、消滅するときに魔石の他に両手剣を一つ落としていった。
 なんとか勝てたぞ。そう思いおれたちはボス部屋で寝転がるのだった。





 今回は運がよかった。あのウルフリーダーにまともに動きで対応出来るのがティナちゃんだけだったのだから他の人を狙われたら終わりだったかもしれない。

おれはみんなに回復魔術をかけて回っていた。んっ?イスバルトに回復魔術をかけた時に何か違和感があった。そして全員にかけ終わるとみんなに向けて礼を言う。

「みんな、本当によくやってくれた。おかげで助かった。ありがとう」

「今日はパーティーだね」

 ミィが呑気そうにそう言ってるがいいかも知れない。

「それもいいかも知れないな。じゃあ早速帰るか」

 少し休んだおかげで動けるようになったおれたちは転移魔術陣にのり、地上へと帰ってきた。

 街への道程は2時間もかかるので、疲れた今の身体じゃ酷かと思っていたが、ウルフリーダーを倒した興奮が冷めないままだったので、皆テンションが高く笑いながら帰っていたら結構すぐに帰ってこれた。





 パーティーを開く場所はティナちゃんオススメの酒場にすることにする。味は最高だし、イスバルトは酒を飲むみたいなのでこういうお店のほうがいいだろうと判断したからだ。

 そして料理を適当に頼み、みんなに飲み物が回るようにし、おれが乾杯の音頭をとる。

「今日はよくみんな無事に生還できたと思う。これからも今日みたいな困難が待ち受けているかもしれない。けどおれたちは必ず生き残るぞ! ではかんぱーい!」

「「「「かんぱーい」」」」

 それからというものティナちゃんが大皿できたクリームパスタを独り占めしたり……イスバルトがハメを外し過ぎて椅子から転げ落ちたり……実はミィはドワーフなのでお酒にすごく強かったり……クルルとの距離がだいぶ縮まったと思ったらイスバルトにからかわれさらに遠ざかったり……ティナちゃんがジュースと間違えてお酒を飲んだりと色々なことがあったが、楽しいパーティーも夜が更けてくると寝てしまう子(お酒を飲んだティナちゃん)が出てきたのでお開きとなる。ミィたちには先に宿に帰っていてもらい、おれはイスバルトと共にまだチビチビと飲んでいた。

「なぁイスバルト、お前はこれからどうするんだ?また一人に戻るのか?」

「ああ、そのつもりだ。お前のパーティ、ファミリーガーデンだったか。とても居心地がよかったよ。いつまでもいたいと思えるくらいにな」

「なら……」

「でも、俺にはやるべきことがあるんだ。それを果たすまではパーティには入るつもりはねーんだ」

 酒を傾けながらイスバルトは真面目に話している。ならおれはこれ以上イスバルトに口出しは出来ないだろう。おれは魔法の袋から赤いウルフリーダーが落とした両手剣を取り出す。

「今日の報酬だ。これはお前が持つべきだろう」

「お前、これって今日の報酬額の半分以上の値段だぞ」

 酒場に来る前に魔石と剣の鑑定をしてもらっていたのだ。魔石で金貨2枚銀貨16枚、剣のほうは金貨2枚銀貨50枚といった値段だったが、剣の方は売らないでとっておいたのだ。

「魔剣ダークフレイムソード、お前らしくていいじゃないか!?」

 こいつは地球にいたら絶対厨二病になっていたタイプだからな。

「受け取れねーよ。そんな大事なもの。お前たちで使うべきだろ?あいつらはお前の大事な家族なんだろ?」

「だからだよ。イスバルト、お前が何を果たしたいのかは聞く気もないし知りたくもない。だが、お前は今日確かにおれたちの家族だった。しっかりティナちゃんを守ってくれた。ならおれから言えるのは一つだ。
 早くそのやるべきことを終わらして戻ってこい!!それまでおれたちのパーティの空きは空けといてやる」

 パーティは最大6人まで組めるのだ。それ以上だとボス部屋に全員で入れない等のことが起こる。

「やれやれ、お前には敵わないな。これを渡すってことはおれがどういうことをしようとしてるのかある程度の検討がついてるんだろう?」

「ああ、必ずお前は強敵と戦わなければならない。その剣なら闇と炎属性を吸収出来る能力がある。それはお前の使命に役に立つだろう?な、獣人族のイスバルト」
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