その男、モブにつき 〜警戒されない一般人は最高の暗殺者でした〜

7.

　家に戻ってくるとチルが興味深そうに家の中を探っていた。


「カイさん、この家すごいですね……」
「まぁ碌に掃除もしていないからな」


　最低限の整理はしているものの埃は溜まり、ゴミも少し溜まっていた。


「うぅ……、やる気が出ますね」
「まぁほどほどに頑張ってくれ。あとはチルの部屋だが適当に空いてるところを使ってくれ」
「えっ、部屋も使って良いのですか？」
「あぁ、もちろんだ。後は極力普通の生活をしてくれ。逆におかしい態度を取られると俺の仕事もやりにくくなる」
「暗殺者……なんですよね？　私の依頼を受けてくださった……」
「まぁな。ただ、もちろん他言無用だぞ。それを守れないのなら……」
「も、もちろんですよ。私を助けてくれた人なんですから、その人が困るようなことはしません！」


　はっきり言い切ってくるチル。
　どうやらその言葉に嘘偽りはないようだった。


「それならいいが……」
「それよりもカイさん、どうやってSランク冒険者のマーグを倒せたのですか？もしかして、カイさんにはとんでもない能力が……？」
「いや、俺はただの一般人モブだ。そんな特別な力はないぞ」
「……そういうことですね。わかりました」


　チルが理解してくれたようで一度頷く。
　ただ、少し間があったのだけは気になるところだ。

（まぁ、何かあればその時はその時か……。チルくらいじゃ大ごとにもならないだろうし……）


「それで家事の方は大丈夫そうか？」
「はい、私に任せておいてください！」
「それじゃあよろしく頼むな。俺は明日の朝からまた出かけるからな」
「はい、おやすみなさい」


　チルが部屋を出て行った後、カイは誘惑ハニートラップの排除方法を考えていた。

（やはりいつも通り殺すのが早いか？いや、奴を殺しても新しい暗殺者が来るだけか。それならば今回に限り味方になってもらうのが得策かもしれないな。よし――）

　◇

　翌朝、美味しそうな匂いが鼻をくすぐってくる。
　どうしてこんな匂いが？
　不思議に思ったカイがゆっくり目を開ける。

　それでも匂いは無くならなかった。
　つまり、これは夢ではないようだ。
　でも、どうしてこんな匂いがするんだ？

　首を傾げたカイは体を起こすと、片手にナイフを持ち、怪しげな匂いがする方へ近づいていく。

　誰か怪しいやつがいるのかもしれないとゆっくり台所へと近付いていく。
　すると鼻歌交じりにチルが料理を作っていた。


「なんだ、チルか……」
「あっ、カイさん。おはようございます……」
「あぁ、おはよう。それよりも朝飯を作っていたんだな」


　いつもと違う光景に驚いてしまったが、確かにチルには俺の身の回りを世話するように言ってあった。


「えへへっ、少し早起きしてしまいましたので。カイさんも食べますよね？」
「あぁ、いただくよ」


　席に着くとチルが食事を出してくれる。
　それを二人で食べた後、プラークの店まで送り届ける。


「別に一人で行けますよ？」
「いや、今は少しやっかいな状況だからな」


　カイを狙うためにまずチルを狙ってくる……と言う可能性も考えられる。
　だからこそ、しばらくはチルと一緒に行動をするべきだろう。


「でも、カイさん、逆に目立ってないですか？」


　チルと二人で歩いていると周りから注目を集めてしまう。


「おや、カイくん。今日はやけに可愛い子を連れているんだな。もしかして恋人かい？」


　すぐ近くのお店からニヤけたおじさんが声をかけてくる。
　するとチルも顔を赤く染めていた。


「いや、恋人とかそういったものじゃないぞ？」
「それじゃあ妹か？　でも、今まであったことがない子だけど？」
「しばらくうちで面倒を見ることになった知り合いだ」
「……面倒を見るっていい年をしたカイくんがその子をか？　……本当に恋人じゃないのか？」
「違う」


　どうしてもおじさんはカイ達のことを恋人同士にしたいようだった。
　ただ、カイ自身にはその気はないのでそのまま会話の途中に歩き出す。
　これもいつものことだったので特に気にしない。
　ただチルは不安そうに尋ねてくる。


「大丈夫だったのですか？　あのおじさん、まだ何か話したそうにしていましたよ？」
「あぁ。あいつはいつも話が長いからな。付き合っていたら日が暮れるぞ」
「まさかそんなことが……」
「一度……な」


　カイが遠い目をするとチルが大げさに驚いていた。

　そして、プラークの店の前までたどり着く。
　そのまま中に入ろうとしたのだが、中からはプラークの他に別の気配を感じた。


「ちょっと待て」
「どうかしたのですか？」
「あぁ、少し問題が起こったかもしれない」


　チラッと窓から中をうかがう。
　すると中の部屋にはプラークと誘惑ハニートラップの姿があった。