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1.悪人になる!
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今世での目標は決めたのだが、すぐに別の問題が出てくる。
――自分の名前すらわからない状況、打開する方法はあるのか?
どのように動くかを考えるにしても、自分の名前や立場かわからないことには動きようがなかった。
ただ、これはすぐに解消されることになる。
コンコンッ。
「っ!?」
扉がノックされ、思わず声にならない声を上げてしまう。
「ゆ、ユーリ様……いえ、ユーリ王子、お食事をお持ちしました……。中に入ってもよろしいでしゅか……?」
若い女性の声が聞こえる。
おそらくは使用人、と予測をする。
――それにしてはあまりにもオドオドしすぎだろう。最後なんて盛大に噛んでいたし。
ユーリは思わず苦笑を浮かべる。ただ、それと同時に色々とわかったこともある。
まず、名前はユーリ。そして、身分は王子。
この部屋の様子からユーリはそれなりに高い地位だと思っていた。
ただ、国のトップの息子というのはさすがに嬉しい誤算だった。
ユーリは笑みをこぼす。
王子という立場は悪人を目指す上ではもってこいだ。
金も地位も権力もある。
何でも自分の思うままなのだ。
「入れ!」
「は、はい……」
返事をするとゆっくり扉が開き、給仕服を着たメイドが中へ入ってくる。
ただ、その少女は緊張からか、少し涙目で顔を真っ赤に染めていた。
◇
平民出身のメイドであるミーア・エルネストはまだ日も昇らぬうちから仕事を始めていた。
むしろ、日の昇らぬ深夜帯が彼女の労働時間だった。
本来なら平民のメイドが王子の世話をすることなんてないのだが、深夜帯は特別だった。
そもそも王子の世話をするメイドは貴族出身の娘が担うことになっている。
それは礼儀作法の学習的意味合いもあるが、何より大きいのは王子に見初められること……。つまり、玉の輿を狙ってユーリの側にいるのだ。
ただ、ユーリを含め、皆が眠りについている時間は貴族の娘たちも働く意味がない。
そんな時間帯にユーリの側に控えているのが平民出身のメイド、ミーアだった。
亜麻色の長い髪。水色の垂れ目気味の瞳。綺麗というよりはどこか幼さを見せる可愛い顔立ち。
ただ、服の上からでも強調する豊満な体つき。
そんなミーアはユーリの朝食を取りに厨房へとやってきた。
ユーリはなぜか食堂ではなく自分の部屋で食事を取る。
だからこそ、その料理を部屋まで運ぶのはミーアの仕事だった。
「あいよ、今日の料理もできたぞ!」
「あ、ありがとうございます……」
料理長から料理を受け取る。
いつも通り、朝からかなり多い数の料理がワゴンに置かれている。
ユーリはこの中から気分で食べたいだけ料理を食べる。
ただ、その大半を残してしまうのだ。
それに料理長はあまり良い思いを抱いていなかった。
料理を運ぶミーアの後ろでポツリと呟いているのを聞き逃さなかった。
「今年は不作であまり作物が取れなくて、値段がいつもより高騰してるのに、ユーリ王子は相変わらず贅沢三昧ですね。このまま値段が上がり続けるなら貧しい人は食事すら取れなくなるかもしれないのに……」
その料理長の呟きはミーアにとっても人ごとではなかった。
ミーア自身が働いているのも、自分の家族が食べていくために金が必要だったからだ。
王城での給金は他所よりも高い。
心労はかかるけど、それでもミーアには頑張るだけの理由があったのだ。
だからこそ、ユーリのわがままにもミーアはしっかりと対応していた。
全ては給金をもらうために。
◇
料理を運んできたミーアを見たユーリの評価は。
――鈍くさそうだな。
結構辛辣なものだった。
これがまだお人好しだった頃のユーリなら『可愛らしい子だな。仲良くなれるといいな』くらいに思っていただろうが、今の彼は人を信じることができなかった。
そうなると、外見の印象しか持たなかった。
どこかぼんやりとした表情と童顔、オドオドした様子と慣れない手つき、あとはさっき盛大に噛んでいたことからそう判断していた。
そして、そんなユーリの予想は当たることになる。
ミーアが料理をテーブルに置いていくのだが、その途中で丈の長いスカートを踏んでしまい、顔から地面に突っ込んでいた。
パリンッ。
「ふぐっ……。あっ、も、申し訳ございません。すぐに片付けますので」
赤くなった鼻頭を撫でたあと、大慌てでミーアは割ってしまった皿を片付けていく。
そして、再び食事の準備をしていた。
そんな様子をぼんやりと眺めていたユーリは、ふと気になったことを呟いていた。
「この部屋で食うんだな……」
普通なら食堂とかがあるのじゃないか、とユーリは思う。
すると、慌てて皿を置いていたミーアの動きが止まる。
「えっと、いつもお部屋で召し上がるのでお持ちしたのですけど、もしかして今日は食堂で食べるつもりでしたか?」
――あぁ、普段はこうやって部屋で食っていたのか。わざわざ運ばせるなんて贅沢なやつだな。
白パン数種類、野菜のスープ、サラダ、フライドポテト、魚のマリネ、焼いたベーコン、肉のステーキ、カットされた果物。
どう見ても一人前に思えないその料理を置いたあと、ミーアがテーブルの側に控えていた。
食事が終わるまで部屋から出て行かない様子だった。
――かなり多いが、さすがに食うしかないか。
席に着くとユーリは恐る恐る、食べやすいフライドポテトに手を伸ばす。
まだほのかに暖かいそれをゆっくりと口へ近づける。
口に入れた瞬間にサクッと心地よい音を鳴らす。
その瞬間に思わず目から涙が出てしまう。
「……うまい」
前世のユーリは命を落とす前、畑を奪われ、食べるものがなくなって、地面に生えている雑草くらいしか食べるものがなかった。
だからか、単純なフライドポテトですら感動を覚えてしまった。
――いや、それもあるが、これは料理人がよりこの料理の味が引き立つように手を加えてくれたからか。
手の込んだ料理、というよりはユーリにも作れそうなほど簡単なものではあるが、それでも全く手が止まらない。
そして、気がついたときにはフライドポテトを全て平らげていた。
その瞬間にユーリは声を上げていた。
「料理長を呼べ!」
◇
ミーアが慌てた様子で部屋を飛び出していった。
そして、白い調理服を着たおじさんを引き連れて戻ってくる。
「ユーリ王子、料理長を連れてきました」
「私の料理はお口に合いませんでしたか?」
料理長はフライドポテト以外残された料理を見て、目を細めていた。
しかし、ユーリが言いたいことはそんなことではなかった。
「このポテト、何か特別な素材で作ったのか?」
「いえ、こちらのフライドポテトの原料は市場でも普通に売ってるアルマーズ国産のポテトになります。日持ちもしますし、平民の方でも気軽に食べる食材になります。高級なものではないので、お口に合わなかったでしょうか?」
――なるほど、普通に売っているのか。
思わず感動させられたこの料理をユーリは気に入った。
元々悪人として自由に、好きなときに好きなことをして、常に好物を食べていくような生活をすると決めていた。
確かにこのポテトは安いかもしれないが、それでも逃す手はなかった。
「よし、それならこのポテトを買い占めろ!」
料理長はぽっかりと口を開けていた。
そして、聞き違えたのかと思って確認をしてくる。
「あ、あの、申し訳ありません。仰る意味がよくわからないのですが、このフライドポテトをもう一度作ればよろしいのでしょうか?」
「いや、違う。いつでもこの料理が好きなだけ作れるように、このアルマーズ産のポテトを買い占めろ! 一つ残らず全部だ!」
「そ、そんなことをしたら貧民層の方々が困ってしまいます」
「ポテトがないなら代わりにパンを食えばいい! だからすぐに買い占めろ! 向こう十年は食べていけるほどの量を、だ!」
その言葉は以前、ユーリを騙した悪人が言っていた言葉だった。
『飯がないなら、代わりに肉でも食えば良い』
どちらもそのときのユーリには手に届かなかったもので、悔しさで歯痒い思いをしていた。
それと同時にそのセリフは悪人っぽいと感じていたユーリは、今回その言葉をなぞってみることにした。
もちろん『パンを食えばいい』の部分に意味はない。たまたま白パンが目に留まったから使っただけだ。
ただ、料理長は深読みをした上でため息交じりに頷いていた。
「はぁ……、かしこまりました。では、すぐに行かせていただきます」
料理長は急ぎで部屋を飛び出していった。
◇
厨房に戻ってきた料理長は買い出し担当にポテトを買い溜めるように指示を出していた。それとは別にパンも持たせて。
「これも王子の指示……ですもんね。全く、王子のわがままにも困ったものです。前から強引なところはありますが、今日の王子は一段とわがままでした。向こう十年分もポテトを買い溜めしてどうするのでしょうか。いくら日持ちするとはいえ、アルマーズ産のポテトだともって一年ほどですが。まぁ、代わりにパンを売るおかげで貧困層の暴動は起こらないでしょうけど」
ユーリの意図を図りかねて疑問に思う料理長。
わがままなら『代わりにパンを食えばいい』なんて言わないだろう。
何か深い理由があるのでは、と料理長はユーリの思惑(だと思う)通りにパンの売却も含めて行動を起こす。
パンは日持ちギリギリのもので、値段はポテトと同等かそれ以下に。
すると、普段パンを食することのできない人たちも購入することができ、暴動どころか感謝すらされていた。
――なるほど、これがユーリ様の考えでしたか。
食料が行き渡っていなくて、まともなものを食べられない人がいるから、しっかりとしたパンを配る。
ポテトしか食べられない人からしたら感謝しか浮かばないだろう。
ただ、無料で配ると反発する貴族もいる。
貧民にそんな施しなんて無用だ、と。
しかし、今回のことはユーリのわがまま。
更に金を取っている。貴族たちからは何も言えないだろう。
ユーリは食糧問題について真剣に考えてくれている。
料理長の中でユーリの評価は日に日に上がっていった。
ただ、料理長が真にユーリの考え(実際は何も考えていない)に気づくのは、ポテトの日持ちギリギリの一年後だった。
そして、それが王国を襲う大飢饉を未然に防ぎ、そのことがきっかけで王国中に英雄、ユーリの存在を知らしめることになるのだが、そのことに料理長はおろか、ユーリ本人すら気づいていなかった。
――自分の名前すらわからない状況、打開する方法はあるのか?
どのように動くかを考えるにしても、自分の名前や立場かわからないことには動きようがなかった。
ただ、これはすぐに解消されることになる。
コンコンッ。
「っ!?」
扉がノックされ、思わず声にならない声を上げてしまう。
「ゆ、ユーリ様……いえ、ユーリ王子、お食事をお持ちしました……。中に入ってもよろしいでしゅか……?」
若い女性の声が聞こえる。
おそらくは使用人、と予測をする。
――それにしてはあまりにもオドオドしすぎだろう。最後なんて盛大に噛んでいたし。
ユーリは思わず苦笑を浮かべる。ただ、それと同時に色々とわかったこともある。
まず、名前はユーリ。そして、身分は王子。
この部屋の様子からユーリはそれなりに高い地位だと思っていた。
ただ、国のトップの息子というのはさすがに嬉しい誤算だった。
ユーリは笑みをこぼす。
王子という立場は悪人を目指す上ではもってこいだ。
金も地位も権力もある。
何でも自分の思うままなのだ。
「入れ!」
「は、はい……」
返事をするとゆっくり扉が開き、給仕服を着たメイドが中へ入ってくる。
ただ、その少女は緊張からか、少し涙目で顔を真っ赤に染めていた。
◇
平民出身のメイドであるミーア・エルネストはまだ日も昇らぬうちから仕事を始めていた。
むしろ、日の昇らぬ深夜帯が彼女の労働時間だった。
本来なら平民のメイドが王子の世話をすることなんてないのだが、深夜帯は特別だった。
そもそも王子の世話をするメイドは貴族出身の娘が担うことになっている。
それは礼儀作法の学習的意味合いもあるが、何より大きいのは王子に見初められること……。つまり、玉の輿を狙ってユーリの側にいるのだ。
ただ、ユーリを含め、皆が眠りについている時間は貴族の娘たちも働く意味がない。
そんな時間帯にユーリの側に控えているのが平民出身のメイド、ミーアだった。
亜麻色の長い髪。水色の垂れ目気味の瞳。綺麗というよりはどこか幼さを見せる可愛い顔立ち。
ただ、服の上からでも強調する豊満な体つき。
そんなミーアはユーリの朝食を取りに厨房へとやってきた。
ユーリはなぜか食堂ではなく自分の部屋で食事を取る。
だからこそ、その料理を部屋まで運ぶのはミーアの仕事だった。
「あいよ、今日の料理もできたぞ!」
「あ、ありがとうございます……」
料理長から料理を受け取る。
いつも通り、朝からかなり多い数の料理がワゴンに置かれている。
ユーリはこの中から気分で食べたいだけ料理を食べる。
ただ、その大半を残してしまうのだ。
それに料理長はあまり良い思いを抱いていなかった。
料理を運ぶミーアの後ろでポツリと呟いているのを聞き逃さなかった。
「今年は不作であまり作物が取れなくて、値段がいつもより高騰してるのに、ユーリ王子は相変わらず贅沢三昧ですね。このまま値段が上がり続けるなら貧しい人は食事すら取れなくなるかもしれないのに……」
その料理長の呟きはミーアにとっても人ごとではなかった。
ミーア自身が働いているのも、自分の家族が食べていくために金が必要だったからだ。
王城での給金は他所よりも高い。
心労はかかるけど、それでもミーアには頑張るだけの理由があったのだ。
だからこそ、ユーリのわがままにもミーアはしっかりと対応していた。
全ては給金をもらうために。
◇
料理を運んできたミーアを見たユーリの評価は。
――鈍くさそうだな。
結構辛辣なものだった。
これがまだお人好しだった頃のユーリなら『可愛らしい子だな。仲良くなれるといいな』くらいに思っていただろうが、今の彼は人を信じることができなかった。
そうなると、外見の印象しか持たなかった。
どこかぼんやりとした表情と童顔、オドオドした様子と慣れない手つき、あとはさっき盛大に噛んでいたことからそう判断していた。
そして、そんなユーリの予想は当たることになる。
ミーアが料理をテーブルに置いていくのだが、その途中で丈の長いスカートを踏んでしまい、顔から地面に突っ込んでいた。
パリンッ。
「ふぐっ……。あっ、も、申し訳ございません。すぐに片付けますので」
赤くなった鼻頭を撫でたあと、大慌てでミーアは割ってしまった皿を片付けていく。
そして、再び食事の準備をしていた。
そんな様子をぼんやりと眺めていたユーリは、ふと気になったことを呟いていた。
「この部屋で食うんだな……」
普通なら食堂とかがあるのじゃないか、とユーリは思う。
すると、慌てて皿を置いていたミーアの動きが止まる。
「えっと、いつもお部屋で召し上がるのでお持ちしたのですけど、もしかして今日は食堂で食べるつもりでしたか?」
――あぁ、普段はこうやって部屋で食っていたのか。わざわざ運ばせるなんて贅沢なやつだな。
白パン数種類、野菜のスープ、サラダ、フライドポテト、魚のマリネ、焼いたベーコン、肉のステーキ、カットされた果物。
どう見ても一人前に思えないその料理を置いたあと、ミーアがテーブルの側に控えていた。
食事が終わるまで部屋から出て行かない様子だった。
――かなり多いが、さすがに食うしかないか。
席に着くとユーリは恐る恐る、食べやすいフライドポテトに手を伸ばす。
まだほのかに暖かいそれをゆっくりと口へ近づける。
口に入れた瞬間にサクッと心地よい音を鳴らす。
その瞬間に思わず目から涙が出てしまう。
「……うまい」
前世のユーリは命を落とす前、畑を奪われ、食べるものがなくなって、地面に生えている雑草くらいしか食べるものがなかった。
だからか、単純なフライドポテトですら感動を覚えてしまった。
――いや、それもあるが、これは料理人がよりこの料理の味が引き立つように手を加えてくれたからか。
手の込んだ料理、というよりはユーリにも作れそうなほど簡単なものではあるが、それでも全く手が止まらない。
そして、気がついたときにはフライドポテトを全て平らげていた。
その瞬間にユーリは声を上げていた。
「料理長を呼べ!」
◇
ミーアが慌てた様子で部屋を飛び出していった。
そして、白い調理服を着たおじさんを引き連れて戻ってくる。
「ユーリ王子、料理長を連れてきました」
「私の料理はお口に合いませんでしたか?」
料理長はフライドポテト以外残された料理を見て、目を細めていた。
しかし、ユーリが言いたいことはそんなことではなかった。
「このポテト、何か特別な素材で作ったのか?」
「いえ、こちらのフライドポテトの原料は市場でも普通に売ってるアルマーズ国産のポテトになります。日持ちもしますし、平民の方でも気軽に食べる食材になります。高級なものではないので、お口に合わなかったでしょうか?」
――なるほど、普通に売っているのか。
思わず感動させられたこの料理をユーリは気に入った。
元々悪人として自由に、好きなときに好きなことをして、常に好物を食べていくような生活をすると決めていた。
確かにこのポテトは安いかもしれないが、それでも逃す手はなかった。
「よし、それならこのポテトを買い占めろ!」
料理長はぽっかりと口を開けていた。
そして、聞き違えたのかと思って確認をしてくる。
「あ、あの、申し訳ありません。仰る意味がよくわからないのですが、このフライドポテトをもう一度作ればよろしいのでしょうか?」
「いや、違う。いつでもこの料理が好きなだけ作れるように、このアルマーズ産のポテトを買い占めろ! 一つ残らず全部だ!」
「そ、そんなことをしたら貧民層の方々が困ってしまいます」
「ポテトがないなら代わりにパンを食えばいい! だからすぐに買い占めろ! 向こう十年は食べていけるほどの量を、だ!」
その言葉は以前、ユーリを騙した悪人が言っていた言葉だった。
『飯がないなら、代わりに肉でも食えば良い』
どちらもそのときのユーリには手に届かなかったもので、悔しさで歯痒い思いをしていた。
それと同時にそのセリフは悪人っぽいと感じていたユーリは、今回その言葉をなぞってみることにした。
もちろん『パンを食えばいい』の部分に意味はない。たまたま白パンが目に留まったから使っただけだ。
ただ、料理長は深読みをした上でため息交じりに頷いていた。
「はぁ……、かしこまりました。では、すぐに行かせていただきます」
料理長は急ぎで部屋を飛び出していった。
◇
厨房に戻ってきた料理長は買い出し担当にポテトを買い溜めるように指示を出していた。それとは別にパンも持たせて。
「これも王子の指示……ですもんね。全く、王子のわがままにも困ったものです。前から強引なところはありますが、今日の王子は一段とわがままでした。向こう十年分もポテトを買い溜めしてどうするのでしょうか。いくら日持ちするとはいえ、アルマーズ産のポテトだともって一年ほどですが。まぁ、代わりにパンを売るおかげで貧困層の暴動は起こらないでしょうけど」
ユーリの意図を図りかねて疑問に思う料理長。
わがままなら『代わりにパンを食えばいい』なんて言わないだろう。
何か深い理由があるのでは、と料理長はユーリの思惑(だと思う)通りにパンの売却も含めて行動を起こす。
パンは日持ちギリギリのもので、値段はポテトと同等かそれ以下に。
すると、普段パンを食することのできない人たちも購入することができ、暴動どころか感謝すらされていた。
――なるほど、これがユーリ様の考えでしたか。
食料が行き渡っていなくて、まともなものを食べられない人がいるから、しっかりとしたパンを配る。
ポテトしか食べられない人からしたら感謝しか浮かばないだろう。
ただ、無料で配ると反発する貴族もいる。
貧民にそんな施しなんて無用だ、と。
しかし、今回のことはユーリのわがまま。
更に金を取っている。貴族たちからは何も言えないだろう。
ユーリは食糧問題について真剣に考えてくれている。
料理長の中でユーリの評価は日に日に上がっていった。
ただ、料理長が真にユーリの考え(実際は何も考えていない)に気づくのは、ポテトの日持ちギリギリの一年後だった。
そして、それが王国を襲う大飢饉を未然に防ぎ、そのことがきっかけで王国中に英雄、ユーリの存在を知らしめることになるのだが、そのことに料理長はおろか、ユーリ本人すら気づいていなかった。
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