君よ、土中の夢を詠え

ヒロヤ

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十月二十九日(土)秘められていたこと

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 藤石の事務所から自室に戻った白井は、風呂から上がると、しばらく仏壇の前でボンヤリしていた。先日、宇佐見が持ってきた残りの缶チューハイを飲みながら、テーブルにフクと大伯父麻人の歌、そして、母親が残した一筆箋を並べた。

 ――短歌か。

 文芸に興味があるわけではないが、短歌が五七五七七で構成されるくらいは知っている。並んだ言葉から風景を思い浮かべる程度ならできるが、歌の解釈や真意を汲むところまでくるとお手上げだった。

 白井は、フクの詠んだ呪文のような平仮名だらけの歌を手に取った。文字数は三十一文字なので、これでも短歌なのだろう。

【いとくるままわるねいろよいつまでもちよにつつけやどくろはゆめむ】

「とりあえず、五七五で分けてみたら良いのか」

 白井はノートに歌を書き写してみた。


 いとくるま
 まわるねいろよ
 いつまでも
 ちよにつつけや
 どくろはゆめむ


 ――まわる、か。

 これなら容易に漢字が充てられそうだ。

「回っているんだから……これは、【糸車】かな」

 白井は思いつくまま漢字を並べた。

「糸車、回る音色よ、いつまでも、千代に続けや……」

 思わずペンを持つ手が止まった。

「ど、髑髏……?」

 急に縁起の悪い歌になってしまった。しかし、それ以外の漢字が思い浮かばない。

 ――。

 この歌は、フクが詠んだものだ。麻人を想って詠んだ歌に、なぜ髑髏などと――。

「あぁ、そうか」

 フクは不治の病に侵されていたのだ。自分の死を予感していたとしたら、こういった言葉が浮かぶのもおかしくはない。

 それにしても、もう少し可愛らしい言葉はなかったものか。

「天使とか、天国とか」

 思わず苦笑いが出てしまう。自分のセンスの方がよっぽど興ざめだ。

 白井はもう一首の歌も、ノートに書き写してみた。


 こがらしよ
 のこりひたやせ
 こほるまで
 ひばしらあげるは
 いはわかみぞ


「木枯らしよ、残り火絶やせ、凍るまで、火柱あげるは……あ、違う」

 文字を数え間違えた。

 四句目の最後『は』を移動させる。

 その時、三句目と四句目の初めの文字が『こひ』という風に並んでいることに気づいた。
 偶然とはいえ、暗くて怖い歌の中に『恋』が見つかって良かったなどと白井は安心した。

 ――こひ。

 じっと、平仮名の歌を見つめる。

 ――待てよ。

 初句とその次の句の頭文字は『この』となっている。

 ――このこひ。

 ――この、恋、は。

 白井は、最初に書き写した髑髏の歌も読み返した。


「い、ま、い、ち、ど」

 ――。


 まさか。
 まさか。

 両肩から背中が一気に震えるのがわかった。

「これ……全部、暗号が隠れている……」

 白井は、フクと麻人大伯父がやり取りをした歌も、夢中になって書き写した。中には、恋愛要素のない暗号もあったが、二人の仲睦まじい様子が見て取れた。

 二人だけの、秘密のやり取り。

「フクさん……」

 白井は無意識に、母親が書き残した一筆箋を手にしていた。

 部屋の隅に置かれた仏壇の中、母親が穏やかに微笑んでいる。

「母さん……!」


 きさらぎの
 みゆきにまどう
 こけいしの
 いろはかわらじ
 しんとはるまつ


「きみこいし」


 ―― 君 恋し。




 二人にしかわからない真実を知ることは叶わない。
 麻人とフクは、許された関係じゃなかったのかもしれない。
 だからこそ、こうして秘めた想いが互いを強く結びつけていたのだ。

 麻人大伯父がフクに宛てたものと思われる歌の紙を取り出した。

 ――。

「大伯父さん……」

 涙が溢れそうになる。

 しかし、白井は懸命にこらえた。

 それが許されるのは、たった一人だけだ。


 この言葉を――届けたい。


 白井は一晩中、紙の山に埋もれながら手当たり次第の歌を書き写した。
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