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十一月二日(水)返歌
しおりを挟む『ありがとう』。
確かにそう聞こえた。
白井はゆっくりと両手をあげて、
フクの顔を、優しく覆った。
白い髪。黒いシミ。
痩せ衰えた木肌のような皮膚。窪んだ目。
白井は、小さな老婆を両腕で抱きしめた。
目の前に溢れ出るもので何も見えなくなる。
それでも。
見えなくなった先にフクは生きている。
ちゃんと存在しているではないか。
この八十年。
自分のことも、家族も、過去も、夢も全部忘れてしまったのに、
麻人が帰って来るのを待っていたのだ。
「フクさん……どうしても、あなたに伝えたいことがあるんです」
歌のカラクリに気づいた時から、何度も読んで暗唱した大伯父麻人の歌。
たくさん遺された歌の中から、残された自分が選び抜いたもの。
白井は、フクを抱きしめたまま再び耳元に口を寄せた。
――僕の、声じゃなきゃダメだったんですね。
「入り乱る」
フクの身体がヒクンと動いた。
「投じた石の」
小さな鼓動が聞こえる。
「しぶき跡」
白井はさらに腕に力を込めた。
「消えゆく日々は」
――それは、永遠に。
「満ちたりており」
愛し、君――。
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