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第二部 第四章 双方の気持ち
双方の気持ち
「あの、嬉しいことがあってな。その……『抜く』というのがどういうことなのか、私にもついにわかったのだ」
玄奘のほくほくとした告白に、ほぉ、と反応に困りながら八戒と悟浄は顔を見合せた。
「男性の身体というのは、その、適宜抜いておくことが必要なのだと教えてもらって、抜いたのだが……その……気持ちの良いものだな……」
恥ずかしいのなら別に言わなくてもいいのだが、と悟浄は思うが、推しの玄奘が言いたいのであれば受け入れる。それがオタクの心得である。
ここは、新曲「Bite the Peach」のレコーディングスタジオである。アカペラグループであるジャニ西は四人の録音を合わせたときの微調整のために、何度か声を合わせて確認する必要があり、単独録音ではあっても四人で集まって収録する。そのため待ち時間は長くなるのだが、グループ行動に慣れているメンバーからは不満が出たことはない。
まずは悟空の主旋律から録音を始めており、一人でブースに入っている。プロデューサー太上と玉竜が相談しながらブース内の悟空に「もう半拍伸ばしてみようか」、「もうちょっとビブラートかけてみて」などと指示を飛ばしている。
磁路はスタッフやジャニ西の食べ物や飲み物などに気遣いながらスタジオの外と中を忙しく行き来している。
他の三人はスタジオの端に固まって座り、また例の玄奘の相談タイムとなっている。
八戒は菓子のついた手で拍手をした。食べかすが散らかるからやめてほしいと悟浄は思う。
「玄奘もついに抜いたんですね、おめでとうございます。それで何で抜いたんです?」
「何で?」
「だからオカズですよ」
「オカズ?」
まったくわかっていない玄奘に、悟浄は助け舟を出した。
「何かを見て、とか、何かを想像して、とかどんなもので興奮して抜いたのかということだ」
玄奘は首を傾げたまま、説明した。
「別に何も見てはない……、しいて言えば私の前には悟空がいて……抱きしめてくれて、それからその、キスをしてくれて……それが気持ち良くて……前と同じように腰がじんじんしてきて……」
八戒と悟浄は再び顔を見合せてこそこそと確認した。
「ヤッちまったってことかな?」
「いや、玄奘のことだからそれなら肛門の話をするだろう」
「だよな。ヘタレの兄貴がすぐに手を出せるわけねえよなあ」
「ああ……、ついにあの清廉な玄奘が精通を迎えたのか……。まずは心を静めなくては」
青白い顔の悟浄は一旦スタジオの外に出て、コーヒーを買って戻ってきた。もちろん玄奘の好きな砂糖多めのミルクなしである。八戒が自分のもののように勧めた。
「さあ、これでも飲んで落ち着いてください。そしてゆっくり話を聞かせてくださいよ」
「ありがとう」
玄奘はコーヒーを一口飲んだ。
「玄奘、抜いたと仰ってたのは自分で抜いたわけじゃなくて、兄貴がしてくれたんですね?」
「そうだ……。自分ではやり方がよくわからなくて。『腰がじんじんしてる』と言ったら、あの、悟空が……それは普通のことだからって言って、手でさすってくれて……」
「良かったです?」
「うん、とても……悟空はなんでも知っているし、……とても上手だった」
頬を赤らめた玄奘は非常に美しかった。
そろそろ推しの情事のあからさまな内容を聞くのに耐えられなくなってきた悟浄は
「玄奘、そこまで別に他人に報告しなくてもいいのだ」と止めようとするが、八戒はその口を塞ぐ。無論、そっちの方が面白いからである。
玄奘の相談に乗るのとは関係なく、完全に野次馬根性で八戒は聞いた。
「兄貴はどんな感じでした?切羽詰まってた?余裕がありました?」
「えっと……私がいっぱいいっぱいだったから……悟空の様子までを覗う余裕がなくての……あまりわからぬ。ただ……悟空も勃っていて、そうなるのは普通のことだと安心させてくれて……」
「へえ、兄貴も勃ってたんですねえ……。じゃあ、その時は二人とも勃ってたってことですねえ」
八戒は患者の様子を聞く医者のようにさりげなくあいずちをうっているが、口元のにやにやは隠せない。
「私は、あの、……初めてのことだったし、何がなんだかわからなくて……でも、悟空はすごく落ち着いているように見えた……。すごく優しくて……私が痛くないように気遣ってくれて……その……キスもたくさんしてくれて……私は途中、出そうな感じが怖くて……少し泣いてしまったんだが……大丈夫だって抱きしめてくれて……翌朝も……おはようのキスをしてくれたんだが、……そのときに、あの、昨晩勃ったときに皮が剥けたのが初めてだったんだろうから痛くはないかって、そっとさすってくれて……私は朝からまた勃ってしまって……すごく恥ずかしかったのだが、……それも普通のことだから大丈夫って安心させてくれて……その、また……抜いてくれた……」
八戒はにやにやが止まらない。兄貴も結構頑張ったらしいと、上から目線で思いながら、少しからかってやろうと考えた。八戒は片方の唇を上げてにやりとしながら尋ねる。
「兄貴は手で触っただけですか?口ではしてくれなかったんですか?」
「口?あ、……あれを口に入れるということか……?いや、そんなこと、……普通しないだろう?なあ、汚いし、非道徳的だと思うが?悟浄?」
玄奘は、八戒よりも正しい答えをくれそうな悟浄の袖をつかんで動揺した。
「いや……普通しますよ」
平然と答えた悟浄に、玄奘の声は翻った。
「ええっ?本当か?」
「玄奘、静かにして」
スタジオ内で指示を出していた玉竜に叱られ、「すまない」と玄奘は謝罪する。そして八戒と悟浄の袖を掴んで顔を近づけ、小声で念を押して尋ねた。
「本当に本当か?本当に口に入れるのか?汚いだろう?嫌じゃないのか?」
「それが本当に食べてしまいたいくらい好きな人ってことですよ。俺なら一晩の相手であっても、心を込めて全身ありとあらゆる場所を舐め回しますよ。兄貴がそれをしてくれなかったってことはどうなんだろうなあ。抜いてやったのもただの気まぐれなのかなぁ、遊んでるだけなのかなぁ」
みるみる青ざめていく玄奘を、八戒は腹を抱えて笑いたいがここが肝心と生真面目な顔を崩さずに言う。
「兄貴の気持ちはどの辺にあるんでしょうね」
「悟空の……気持ち」
玄奘は呟いた。恋人のふり、という名目で距離を縮めてきたものの、これ以上の行為をするのはやはりおかしいのだろうか。
悟浄は改めて玄奘に問いかける。八戒とは違って、彼は本気で推しの幸せを願っているのだ。相手が悟空であるというのが玉に瑕であるが、推しの玄奘がどうしても悟空が良いのだというのであれば応援する他ない。
「以前に聞いた時はわからぬと言っていたが、今の玄奘は悟空のことが好きなのだな?」
はた、と玄奘は考え込んだ。
「……悟空が傍にいなければいてほしいと思う。隣にいてくれるとふれたくなる。悟空と抱き合っていると、とても心が温かくなってずっと離れたくないと思う。それが好きという気持ちなら、私は悟空のことが好きなのだろう」
おおっと八戒と悟浄はどよめいた。玄奘がついに悟空への恋情を認めたのだ。
「それなら、その気持ちを悟空に伝えればよいぞ」
「……伝えなければならぬか?悟空は私の事を同じように思っているとは限らぬだろう?」
「もっと悟空に近づきたいのなら言うべきでござる」
むむ、と考え込む玄奘に八戒は気楽にった。
「もう恋人のふりじゃなくて本当の恋人になっちゃおうって言えばいいだけじゃん。兄貴が玄奘のこと大好きなのは知ってるでしょうに」
「……でも悟空はいつも私との関係に線を引いて一歩引こうとする。私を推しと尊重する気持ちは恋情とは違うのだ。悟空にとって、私はただの推しに過ぎないのかもしれない。悟空の特別な人に私はなれるのだろうか」
ややこじれてきた二人の関係に悟浄はため息をついた。二人の前世の関係をよく知る磁路からは、前世の二人は師弟関係だとか、恋情は修行の妨げだという建前で、これ以上ないほど互いを強く想いあってはいてもなんだかんだで結ばれなかったと聞いている。今世こそは幸せになってほしい、と悟浄は切に願った。
玄奘のほくほくとした告白に、ほぉ、と反応に困りながら八戒と悟浄は顔を見合せた。
「男性の身体というのは、その、適宜抜いておくことが必要なのだと教えてもらって、抜いたのだが……その……気持ちの良いものだな……」
恥ずかしいのなら別に言わなくてもいいのだが、と悟浄は思うが、推しの玄奘が言いたいのであれば受け入れる。それがオタクの心得である。
ここは、新曲「Bite the Peach」のレコーディングスタジオである。アカペラグループであるジャニ西は四人の録音を合わせたときの微調整のために、何度か声を合わせて確認する必要があり、単独録音ではあっても四人で集まって収録する。そのため待ち時間は長くなるのだが、グループ行動に慣れているメンバーからは不満が出たことはない。
まずは悟空の主旋律から録音を始めており、一人でブースに入っている。プロデューサー太上と玉竜が相談しながらブース内の悟空に「もう半拍伸ばしてみようか」、「もうちょっとビブラートかけてみて」などと指示を飛ばしている。
磁路はスタッフやジャニ西の食べ物や飲み物などに気遣いながらスタジオの外と中を忙しく行き来している。
他の三人はスタジオの端に固まって座り、また例の玄奘の相談タイムとなっている。
八戒は菓子のついた手で拍手をした。食べかすが散らかるからやめてほしいと悟浄は思う。
「玄奘もついに抜いたんですね、おめでとうございます。それで何で抜いたんです?」
「何で?」
「だからオカズですよ」
「オカズ?」
まったくわかっていない玄奘に、悟浄は助け舟を出した。
「何かを見て、とか、何かを想像して、とかどんなもので興奮して抜いたのかということだ」
玄奘は首を傾げたまま、説明した。
「別に何も見てはない……、しいて言えば私の前には悟空がいて……抱きしめてくれて、それからその、キスをしてくれて……それが気持ち良くて……前と同じように腰がじんじんしてきて……」
八戒と悟浄は再び顔を見合せてこそこそと確認した。
「ヤッちまったってことかな?」
「いや、玄奘のことだからそれなら肛門の話をするだろう」
「だよな。ヘタレの兄貴がすぐに手を出せるわけねえよなあ」
「ああ……、ついにあの清廉な玄奘が精通を迎えたのか……。まずは心を静めなくては」
青白い顔の悟浄は一旦スタジオの外に出て、コーヒーを買って戻ってきた。もちろん玄奘の好きな砂糖多めのミルクなしである。八戒が自分のもののように勧めた。
「さあ、これでも飲んで落ち着いてください。そしてゆっくり話を聞かせてくださいよ」
「ありがとう」
玄奘はコーヒーを一口飲んだ。
「玄奘、抜いたと仰ってたのは自分で抜いたわけじゃなくて、兄貴がしてくれたんですね?」
「そうだ……。自分ではやり方がよくわからなくて。『腰がじんじんしてる』と言ったら、あの、悟空が……それは普通のことだからって言って、手でさすってくれて……」
「良かったです?」
「うん、とても……悟空はなんでも知っているし、……とても上手だった」
頬を赤らめた玄奘は非常に美しかった。
そろそろ推しの情事のあからさまな内容を聞くのに耐えられなくなってきた悟浄は
「玄奘、そこまで別に他人に報告しなくてもいいのだ」と止めようとするが、八戒はその口を塞ぐ。無論、そっちの方が面白いからである。
玄奘の相談に乗るのとは関係なく、完全に野次馬根性で八戒は聞いた。
「兄貴はどんな感じでした?切羽詰まってた?余裕がありました?」
「えっと……私がいっぱいいっぱいだったから……悟空の様子までを覗う余裕がなくての……あまりわからぬ。ただ……悟空も勃っていて、そうなるのは普通のことだと安心させてくれて……」
「へえ、兄貴も勃ってたんですねえ……。じゃあ、その時は二人とも勃ってたってことですねえ」
八戒は患者の様子を聞く医者のようにさりげなくあいずちをうっているが、口元のにやにやは隠せない。
「私は、あの、……初めてのことだったし、何がなんだかわからなくて……でも、悟空はすごく落ち着いているように見えた……。すごく優しくて……私が痛くないように気遣ってくれて……その……キスもたくさんしてくれて……私は途中、出そうな感じが怖くて……少し泣いてしまったんだが……大丈夫だって抱きしめてくれて……翌朝も……おはようのキスをしてくれたんだが、……そのときに、あの、昨晩勃ったときに皮が剥けたのが初めてだったんだろうから痛くはないかって、そっとさすってくれて……私は朝からまた勃ってしまって……すごく恥ずかしかったのだが、……それも普通のことだから大丈夫って安心させてくれて……その、また……抜いてくれた……」
八戒はにやにやが止まらない。兄貴も結構頑張ったらしいと、上から目線で思いながら、少しからかってやろうと考えた。八戒は片方の唇を上げてにやりとしながら尋ねる。
「兄貴は手で触っただけですか?口ではしてくれなかったんですか?」
「口?あ、……あれを口に入れるということか……?いや、そんなこと、……普通しないだろう?なあ、汚いし、非道徳的だと思うが?悟浄?」
玄奘は、八戒よりも正しい答えをくれそうな悟浄の袖をつかんで動揺した。
「いや……普通しますよ」
平然と答えた悟浄に、玄奘の声は翻った。
「ええっ?本当か?」
「玄奘、静かにして」
スタジオ内で指示を出していた玉竜に叱られ、「すまない」と玄奘は謝罪する。そして八戒と悟浄の袖を掴んで顔を近づけ、小声で念を押して尋ねた。
「本当に本当か?本当に口に入れるのか?汚いだろう?嫌じゃないのか?」
「それが本当に食べてしまいたいくらい好きな人ってことですよ。俺なら一晩の相手であっても、心を込めて全身ありとあらゆる場所を舐め回しますよ。兄貴がそれをしてくれなかったってことはどうなんだろうなあ。抜いてやったのもただの気まぐれなのかなぁ、遊んでるだけなのかなぁ」
みるみる青ざめていく玄奘を、八戒は腹を抱えて笑いたいがここが肝心と生真面目な顔を崩さずに言う。
「兄貴の気持ちはどの辺にあるんでしょうね」
「悟空の……気持ち」
玄奘は呟いた。恋人のふり、という名目で距離を縮めてきたものの、これ以上の行為をするのはやはりおかしいのだろうか。
悟浄は改めて玄奘に問いかける。八戒とは違って、彼は本気で推しの幸せを願っているのだ。相手が悟空であるというのが玉に瑕であるが、推しの玄奘がどうしても悟空が良いのだというのであれば応援する他ない。
「以前に聞いた時はわからぬと言っていたが、今の玄奘は悟空のことが好きなのだな?」
はた、と玄奘は考え込んだ。
「……悟空が傍にいなければいてほしいと思う。隣にいてくれるとふれたくなる。悟空と抱き合っていると、とても心が温かくなってずっと離れたくないと思う。それが好きという気持ちなら、私は悟空のことが好きなのだろう」
おおっと八戒と悟浄はどよめいた。玄奘がついに悟空への恋情を認めたのだ。
「それなら、その気持ちを悟空に伝えればよいぞ」
「……伝えなければならぬか?悟空は私の事を同じように思っているとは限らぬだろう?」
「もっと悟空に近づきたいのなら言うべきでござる」
むむ、と考え込む玄奘に八戒は気楽にった。
「もう恋人のふりじゃなくて本当の恋人になっちゃおうって言えばいいだけじゃん。兄貴が玄奘のこと大好きなのは知ってるでしょうに」
「……でも悟空はいつも私との関係に線を引いて一歩引こうとする。私を推しと尊重する気持ちは恋情とは違うのだ。悟空にとって、私はただの推しに過ぎないのかもしれない。悟空の特別な人に私はなれるのだろうか」
ややこじれてきた二人の関係に悟浄はため息をついた。二人の前世の関係をよく知る磁路からは、前世の二人は師弟関係だとか、恋情は修行の妨げだという建前で、これ以上ないほど互いを強く想いあってはいてもなんだかんだで結ばれなかったと聞いている。今世こそは幸せになってほしい、と悟浄は切に願った。
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