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第二部 第五章 初めてのデート
初めてのデート5
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―――――――
参拝を終えた二人が書いていった絵馬を、出歯亀三人が裏返して見る。
「新曲プロジェクトがうまくいきますように、だってさ。普通すぎてつまんねえの」
怒る資格もないくせに八戒は不満たらたらである。
悟空と玄奘は、境内を出て小町通りを移動しながら店の土産物や小物を見始めた。どうやらウィンドウショッピングを楽しむようである。
玉竜は肩をすくめた。
「玄奘を連れてくる場所としてはイマイチな気がするなあ。玄奘は無駄な買い物とか好きじゃないしさ」
八戒はテイクアウトしてきたフルーツサンドを一口で頬張り、大きな口を動かしながら玄奘を指した。
「思いっきり楽しんでるけど」
「うそっ」
玉竜は目を疑った。そこには見たことのない玄奘がいた。
玄奘はにこにこと笑いながら店の奥に入っていき、興味深そうに隅から隅まで眺めている。
時々悟空の袖を引いては顔を近づけ何やらささやく。悟空がそれに答えるのをまたにこにこして聞いている。
こんなに買い物を楽しんでいる玄奘は仏壇仏具売り場でしか見たことがない。玉竜は口をあんぐりと開けた。
「うわぁ……。恋してるって感じだね。僕にはあんな顔見せたことないや」
「仲間に対する表情と、恋人に対するそれでは、また違うのだろう」
悟浄の言葉に、玉竜はなるほどと腕を組んだ。
「玄奘って、ほんとに悟空のこと好きなんだね。なんかやっと納得がいった感じだな」
―――――――
玄奘が見ていたのは、煉瓦でできた大仏の形をしたアロマストーンであった。スティックのような形状でアロマオイルの瓶に刺しておけば、自然に香りが広がるという。人差し指の先ほどの大きさにデフォルメされた大仏の表情がユーモラスである。
「悟空、ほら。いい香りだ。大仏さまのお顔もかわいらしい」
「これが?かわいいですかね?」
悟空は首を傾げるが、玄奘はくすくす笑っている。
悟空のスマホには先程「小町通りで買い物をしながら手をつなげ」という紅害嗣からの指令がきている。
手などつなげば明らかにカップルだとバレてしまう気がするが大丈夫だろうか、と悟空は心許なく思いながらまだ実行できずにいる。
白玉パフェのテイクアウトに並んでいる最中、悟空は用足しでその場を離れた。
急いで戻っては来たものの、玄奘は案の定からまれている。男なら凄んで退散させてやろうと思ったがあいにく相手は女二人である。悟空は女と戦うことを好まない。
「お兄さん、いかつい格好してるのに顔は意外と優し気なんですね」
「この後どこ回る予定です?一緒にどうですか?」
露出が多いわけではないが、華奢な身体つきが良い具合に服の上からわかる絶妙な加減の服装の女二人が玄奘を囲んでいる。丁度列に並んでいた後方の女たちから話しかけられたようだ。
「いや……私は連れが……」
玄奘は逃げ腰になっているが、列に並んでいるために他の場所に逃げることもできない。
「私達も二人だから丁度いいじゃん」
悟空は玄奘と女たちの間に身体を割り込ませるようにして声をかけた。わざと名前は呼ばないようにする。
「待たせましたね」
「悟空……」
女たちは息を呑んだ。玄奘だけでもイケメンだと思っていたのに、またタイプの違うイケメンが来たことで興奮している。
「神経質そうだけどこっちもイケメンじゃん」
「ねえお兄さんも私達と一緒に回りませんか?」
「悪いけど、おれらは二人きりで回る。他をあたってくれ」
取りつく島もない悟空の態度に、二人はぶうぶうと文句をたれる。なかなか諦めないようだ。
「悟空……。少し言い方がきつかったのでは」
「しっ。名前は呼ばないように」
悟空が玄奘の耳元でささやく。その距離の近さに女は目をみはった。
悟空はその視線をひきつけたまま、玄奘の手を握り自分のジャケットのポケットに入れた。何も言わずに女を見て、「ちゃんと見たよな」という意味で片眉を上げておく。
女たちはもう文句を言わなかった。こそこそと耳うちをしている。
そうこうしているうちに玄奘の食べたがった抹茶白玉パフェを購入でき、二人はナンパ女から離れた。
悟空は片手にパフェを持ち、もう片方の手はポケットの中でつないだまま歩いた。
「おれがそばを離れたばっかりにいやな目に遭いましたね。すいません」
「大丈夫だ。それにあの人たちだって悪気があったわけではないだろう」
玄奘がパフェを食べるには手を離さないといけない。なんとなく離れがたくて、悟空は
「玄奘、おれが持ってますからどうぞ」と玄奘の前にパフェを差し出した。
玄奘は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこりとして左手のスプーンでクリームを掬って食べた。右手は悟空の手を離さなかった。
「おいしい」
「よかったです」
「悟空もほら」
玄奘がスプーンを口元に近づけてくる。悟空は遠慮がちに口を開けた。ゆっくりとスプーンが入ってくる。
甘い。何もかも甘い。口の中も、にこにこ見つめてくる玄奘の顔も。
「おいしいだろう?」
悟空はこくこくと頷いた。もうここで死んでもいいかもしれない。
―――――――
スマホをいじっていた悟浄が突然動きを止めた。
「これは一大事だ」
背負っていたバックパックからスマホ三台を慌てて取り出したかと思うと、道端に座り込んで、三台を必死に操作し始めた。玉竜が悟浄の腕を引っ張って、邪魔にならぬよう店舗裏の隅に移動させる。
「どうしたんだ?」
八戒が大福で口の周りを真っ白くさせながら問うた。
「Gokujyoを見たかも、というツイートがさきほど鎌倉周辺で呟かれた。このままだと二人がデート中であると拡散されてしまう。拙者、急いで一連のツイートの消滅を図ろう」
「さっきナンパに失敗した二人組か?俺が声かけてツイ消ししてもらうように言ってこようか?ついでに俺とデートしよっかって誘ってこよう」
早速飛び出していこうとした八戒の襟くびを玉竜が掴んで引き止める。
「面倒事が増えるからやめてよね」
「いやGokujyoが手をつないでいる、あーんした、というツイートも数個のアカウントがしておる。おそらく目撃者も増えてきておるのだろう」
「傍迷惑だな、なんでこんな人目のあるところでいちゃつくんだ」
玉竜がイライラしながら頭をかいたが、悟浄はおちついている。
「なんの、このために拙者がここに来たのだ。ツイート関連は拙者に任せろ」
後々、鎌倉でGokujyoを見たとツイートするとなぜかアカウントごとまるっと消されるという都市伝説がまことしやかに流れたことを、悟空と玄奘だけが知らないでいる。
―――――――
開けた天の下に座る大仏を初めて目にした玄奘は手を合わせ、階段でしばし立ち止まる。高徳院の鎌倉大仏である。
敬意を表すためだろうか、キャップもいつの間にか脱いでベルトに吊るしている。
「こんなに遠くから合掌してたんじゃ、日が暮れても近くにたどりつけないですよ」
悟空が笑いながら言うと、玄奘も唇を緩めた。
「そうだな……しかしあまりにも……荘厳だな」
「大きいですし、建物に囲われていない分、迫力ありますね」
「背後にある緑や空の青とも調和していて、美しいな……」
ようやく大仏のすぐそばまで来た二人は揃ってその御顔を見上げた。悟空は感慨深げな玄奘の顔を見て満足する。
「この阿弥陀如来は西方極楽浄土の主だという」
「前世の玄奘ならどこかで会ってるかもしれませんね。見覚えあります?」
「う~ん……」
玄奘はてくてくと左右に歩きながら、あらゆる方向で大仏を眺める。
「今のところ、心当たりはないな……」
半ば冗談で聞いたのに真剣に考え込む玄奘を見て、悟空はくすっと笑った。こういう素直なところがかわいくてたまらない。
紅害嗣からは「手乗り大仏の写真を撮って送れ」と指令が来ている。
「玄奘、手を出してください」
悟空は玄奘の手を取って、角度を調整した後スマホをかざして写真を撮った。大仏が大きすぎて残念なことに玄奘の顔までは映すことができない。
一応紅害嗣には送ったものの、本当に玄奘の手かどうかは判断できないだろう。
それでも玄奘はスマホの画面を見ると、感激の声を上げた。
「私の手の上に大仏様がお乗りではないか。おかわいらしい」
「ちょっと手がピンぼけしてますけどね」
「そうだ。悟空こそ思い出さないか?釈迦如来の手の中でくるくる回っていたという出来事を?」
玄奘が言うのは、西遊記の序盤に出てくるエピソードだ。
その昔、誰にも敵わぬ神通力を得て、調子に乗った孫悟空は「おれにできないことはない」と豪語していた。すると釈迦如来から力比べを提案される。「私の掌から飛び出してみよ」と言われた孫悟空は筋斗雲で飛びあがったものの、本当は釈迦如来の掌の中でくるくる回っていただけだったと言う話である。
悟空は妙に気恥ずかしい気持ちで頰をかいた。別に自分がしたことでもないのに、穴に入りたい気さえする。
「こちらは阿弥陀如来ですから、別人ですけどね。……でも、前世のおれはどうしようのない阿呆だったんだな、と思いますよ。師父の玄奘三蔵と出会えなかったらいつまでも猿山の大将気取りだったんでしょうね。まあ、玄奘に会う前の現世のおれも似たようなもんでしたけど……」
「そんなことはないよ」
玄奘は本気で言ってくれているが、荒れ狂って誰の言うことも聞かなかった若い頃の自分は決して玄奘には見せられない、と思う悟空である。
「前世のおれも今世のおれも、玄奘と出会えて良かったということでしょう」
「それならば良かった」
「玄奘、大仏の中に入れるみたいですよ。行きましょう」
悟空が手を出せば、玄奘はとてとてとてとてと近寄ってきてためらわずに手をつないだ。
悟空の頬は緩む。かわいい。かわいすぎる。
―――――――
「かーぁっ、見てらんねえやっ」と八戒がオーガニックのサンドイッチにかぶりつきながら言う。文句ばかり言うわりにしっかり覗き見を続けている辺りは本当に色恋沙汰が好きな豚だからである。
「めちゃくちゃいちゃついてるわけじゃないのに、なんか二人の雰囲気がほっこりしてんだよねえ。雰囲気だけで甘い匂いが漂ってくる感じ」
玉竜も同じ店の栗入りあんぱんを口に運びながら言う。そろそろ小腹が空いてきたらしい。
「おいしいね、これ」と言うと、まだたくさんあるぞ、と八戒は買い物袋からパンをいくらでも出してくる。
「会話が聞こえぬ。盗聴器を仕掛けようか」
悟浄がぼそっと言うのを、玉竜が慌てて止める。
「悟浄には引き続きSNSの監視をお願いするよ。あんなにゆるみきった表情の悟空を見て、ジャニ西のGo-kuだと気づく人もそういないとは思うけどさ」
「そうだよなあ。兄貴があんなにデレデレになるの、俺も初めて見るかも」
「みんなでいるときも、悟空は玄奘にアマアマだと思ってたけど、二人きりだともっと甘くなるんだね。みんなでいるときはあれでも遠慮してた方なのかもしれないね」
玉竜は口をもぐもぐさせながら言った。
参拝を終えた二人が書いていった絵馬を、出歯亀三人が裏返して見る。
「新曲プロジェクトがうまくいきますように、だってさ。普通すぎてつまんねえの」
怒る資格もないくせに八戒は不満たらたらである。
悟空と玄奘は、境内を出て小町通りを移動しながら店の土産物や小物を見始めた。どうやらウィンドウショッピングを楽しむようである。
玉竜は肩をすくめた。
「玄奘を連れてくる場所としてはイマイチな気がするなあ。玄奘は無駄な買い物とか好きじゃないしさ」
八戒はテイクアウトしてきたフルーツサンドを一口で頬張り、大きな口を動かしながら玄奘を指した。
「思いっきり楽しんでるけど」
「うそっ」
玉竜は目を疑った。そこには見たことのない玄奘がいた。
玄奘はにこにこと笑いながら店の奥に入っていき、興味深そうに隅から隅まで眺めている。
時々悟空の袖を引いては顔を近づけ何やらささやく。悟空がそれに答えるのをまたにこにこして聞いている。
こんなに買い物を楽しんでいる玄奘は仏壇仏具売り場でしか見たことがない。玉竜は口をあんぐりと開けた。
「うわぁ……。恋してるって感じだね。僕にはあんな顔見せたことないや」
「仲間に対する表情と、恋人に対するそれでは、また違うのだろう」
悟浄の言葉に、玉竜はなるほどと腕を組んだ。
「玄奘って、ほんとに悟空のこと好きなんだね。なんかやっと納得がいった感じだな」
―――――――
玄奘が見ていたのは、煉瓦でできた大仏の形をしたアロマストーンであった。スティックのような形状でアロマオイルの瓶に刺しておけば、自然に香りが広がるという。人差し指の先ほどの大きさにデフォルメされた大仏の表情がユーモラスである。
「悟空、ほら。いい香りだ。大仏さまのお顔もかわいらしい」
「これが?かわいいですかね?」
悟空は首を傾げるが、玄奘はくすくす笑っている。
悟空のスマホには先程「小町通りで買い物をしながら手をつなげ」という紅害嗣からの指令がきている。
手などつなげば明らかにカップルだとバレてしまう気がするが大丈夫だろうか、と悟空は心許なく思いながらまだ実行できずにいる。
白玉パフェのテイクアウトに並んでいる最中、悟空は用足しでその場を離れた。
急いで戻っては来たものの、玄奘は案の定からまれている。男なら凄んで退散させてやろうと思ったがあいにく相手は女二人である。悟空は女と戦うことを好まない。
「お兄さん、いかつい格好してるのに顔は意外と優し気なんですね」
「この後どこ回る予定です?一緒にどうですか?」
露出が多いわけではないが、華奢な身体つきが良い具合に服の上からわかる絶妙な加減の服装の女二人が玄奘を囲んでいる。丁度列に並んでいた後方の女たちから話しかけられたようだ。
「いや……私は連れが……」
玄奘は逃げ腰になっているが、列に並んでいるために他の場所に逃げることもできない。
「私達も二人だから丁度いいじゃん」
悟空は玄奘と女たちの間に身体を割り込ませるようにして声をかけた。わざと名前は呼ばないようにする。
「待たせましたね」
「悟空……」
女たちは息を呑んだ。玄奘だけでもイケメンだと思っていたのに、またタイプの違うイケメンが来たことで興奮している。
「神経質そうだけどこっちもイケメンじゃん」
「ねえお兄さんも私達と一緒に回りませんか?」
「悪いけど、おれらは二人きりで回る。他をあたってくれ」
取りつく島もない悟空の態度に、二人はぶうぶうと文句をたれる。なかなか諦めないようだ。
「悟空……。少し言い方がきつかったのでは」
「しっ。名前は呼ばないように」
悟空が玄奘の耳元でささやく。その距離の近さに女は目をみはった。
悟空はその視線をひきつけたまま、玄奘の手を握り自分のジャケットのポケットに入れた。何も言わずに女を見て、「ちゃんと見たよな」という意味で片眉を上げておく。
女たちはもう文句を言わなかった。こそこそと耳うちをしている。
そうこうしているうちに玄奘の食べたがった抹茶白玉パフェを購入でき、二人はナンパ女から離れた。
悟空は片手にパフェを持ち、もう片方の手はポケットの中でつないだまま歩いた。
「おれがそばを離れたばっかりにいやな目に遭いましたね。すいません」
「大丈夫だ。それにあの人たちだって悪気があったわけではないだろう」
玄奘がパフェを食べるには手を離さないといけない。なんとなく離れがたくて、悟空は
「玄奘、おれが持ってますからどうぞ」と玄奘の前にパフェを差し出した。
玄奘は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこりとして左手のスプーンでクリームを掬って食べた。右手は悟空の手を離さなかった。
「おいしい」
「よかったです」
「悟空もほら」
玄奘がスプーンを口元に近づけてくる。悟空は遠慮がちに口を開けた。ゆっくりとスプーンが入ってくる。
甘い。何もかも甘い。口の中も、にこにこ見つめてくる玄奘の顔も。
「おいしいだろう?」
悟空はこくこくと頷いた。もうここで死んでもいいかもしれない。
―――――――
スマホをいじっていた悟浄が突然動きを止めた。
「これは一大事だ」
背負っていたバックパックからスマホ三台を慌てて取り出したかと思うと、道端に座り込んで、三台を必死に操作し始めた。玉竜が悟浄の腕を引っ張って、邪魔にならぬよう店舗裏の隅に移動させる。
「どうしたんだ?」
八戒が大福で口の周りを真っ白くさせながら問うた。
「Gokujyoを見たかも、というツイートがさきほど鎌倉周辺で呟かれた。このままだと二人がデート中であると拡散されてしまう。拙者、急いで一連のツイートの消滅を図ろう」
「さっきナンパに失敗した二人組か?俺が声かけてツイ消ししてもらうように言ってこようか?ついでに俺とデートしよっかって誘ってこよう」
早速飛び出していこうとした八戒の襟くびを玉竜が掴んで引き止める。
「面倒事が増えるからやめてよね」
「いやGokujyoが手をつないでいる、あーんした、というツイートも数個のアカウントがしておる。おそらく目撃者も増えてきておるのだろう」
「傍迷惑だな、なんでこんな人目のあるところでいちゃつくんだ」
玉竜がイライラしながら頭をかいたが、悟浄はおちついている。
「なんの、このために拙者がここに来たのだ。ツイート関連は拙者に任せろ」
後々、鎌倉でGokujyoを見たとツイートするとなぜかアカウントごとまるっと消されるという都市伝説がまことしやかに流れたことを、悟空と玄奘だけが知らないでいる。
―――――――
開けた天の下に座る大仏を初めて目にした玄奘は手を合わせ、階段でしばし立ち止まる。高徳院の鎌倉大仏である。
敬意を表すためだろうか、キャップもいつの間にか脱いでベルトに吊るしている。
「こんなに遠くから合掌してたんじゃ、日が暮れても近くにたどりつけないですよ」
悟空が笑いながら言うと、玄奘も唇を緩めた。
「そうだな……しかしあまりにも……荘厳だな」
「大きいですし、建物に囲われていない分、迫力ありますね」
「背後にある緑や空の青とも調和していて、美しいな……」
ようやく大仏のすぐそばまで来た二人は揃ってその御顔を見上げた。悟空は感慨深げな玄奘の顔を見て満足する。
「この阿弥陀如来は西方極楽浄土の主だという」
「前世の玄奘ならどこかで会ってるかもしれませんね。見覚えあります?」
「う~ん……」
玄奘はてくてくと左右に歩きながら、あらゆる方向で大仏を眺める。
「今のところ、心当たりはないな……」
半ば冗談で聞いたのに真剣に考え込む玄奘を見て、悟空はくすっと笑った。こういう素直なところがかわいくてたまらない。
紅害嗣からは「手乗り大仏の写真を撮って送れ」と指令が来ている。
「玄奘、手を出してください」
悟空は玄奘の手を取って、角度を調整した後スマホをかざして写真を撮った。大仏が大きすぎて残念なことに玄奘の顔までは映すことができない。
一応紅害嗣には送ったものの、本当に玄奘の手かどうかは判断できないだろう。
それでも玄奘はスマホの画面を見ると、感激の声を上げた。
「私の手の上に大仏様がお乗りではないか。おかわいらしい」
「ちょっと手がピンぼけしてますけどね」
「そうだ。悟空こそ思い出さないか?釈迦如来の手の中でくるくる回っていたという出来事を?」
玄奘が言うのは、西遊記の序盤に出てくるエピソードだ。
その昔、誰にも敵わぬ神通力を得て、調子に乗った孫悟空は「おれにできないことはない」と豪語していた。すると釈迦如来から力比べを提案される。「私の掌から飛び出してみよ」と言われた孫悟空は筋斗雲で飛びあがったものの、本当は釈迦如来の掌の中でくるくる回っていただけだったと言う話である。
悟空は妙に気恥ずかしい気持ちで頰をかいた。別に自分がしたことでもないのに、穴に入りたい気さえする。
「こちらは阿弥陀如来ですから、別人ですけどね。……でも、前世のおれはどうしようのない阿呆だったんだな、と思いますよ。師父の玄奘三蔵と出会えなかったらいつまでも猿山の大将気取りだったんでしょうね。まあ、玄奘に会う前の現世のおれも似たようなもんでしたけど……」
「そんなことはないよ」
玄奘は本気で言ってくれているが、荒れ狂って誰の言うことも聞かなかった若い頃の自分は決して玄奘には見せられない、と思う悟空である。
「前世のおれも今世のおれも、玄奘と出会えて良かったということでしょう」
「それならば良かった」
「玄奘、大仏の中に入れるみたいですよ。行きましょう」
悟空が手を出せば、玄奘はとてとてとてとてと近寄ってきてためらわずに手をつないだ。
悟空の頬は緩む。かわいい。かわいすぎる。
―――――――
「かーぁっ、見てらんねえやっ」と八戒がオーガニックのサンドイッチにかぶりつきながら言う。文句ばかり言うわりにしっかり覗き見を続けている辺りは本当に色恋沙汰が好きな豚だからである。
「めちゃくちゃいちゃついてるわけじゃないのに、なんか二人の雰囲気がほっこりしてんだよねえ。雰囲気だけで甘い匂いが漂ってくる感じ」
玉竜も同じ店の栗入りあんぱんを口に運びながら言う。そろそろ小腹が空いてきたらしい。
「おいしいね、これ」と言うと、まだたくさんあるぞ、と八戒は買い物袋からパンをいくらでも出してくる。
「会話が聞こえぬ。盗聴器を仕掛けようか」
悟浄がぼそっと言うのを、玉竜が慌てて止める。
「悟浄には引き続きSNSの監視をお願いするよ。あんなにゆるみきった表情の悟空を見て、ジャニ西のGo-kuだと気づく人もそういないとは思うけどさ」
「そうだよなあ。兄貴があんなにデレデレになるの、俺も初めて見るかも」
「みんなでいるときも、悟空は玄奘にアマアマだと思ってたけど、二人きりだともっと甘くなるんだね。みんなでいるときはあれでも遠慮してた方なのかもしれないね」
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