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吊り橋効果
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「先日、有識のご老人から聞いたのだが吊り橋効果というものがあるらしい」
突然、馬上で三蔵が口を開いた。
先導していた悟空はひらりと宙を舞い、三蔵の側に戻った。もちろん、師の言葉を聞くためだ。
「一体どんな効果なんですか?」
「吊り橋の上は不安定だから、もしや落ちるのではないかとドキドキするだろう?人はそのドキドキを恋愛に因るものだと勘違いしてしまうのだ。だからそういう場所に一緒に居合わせた人に対して、好意を抱きやすいそうだ」
三蔵の説明に、悟浄が頷いた。
「つまり自分の心拍数の上昇や、呼吸の増加を、その場所のせいではなく、一緒にいた人に帰属させてしまうのですね。拙者も本で読んだことがあります」
「へええ、俺も今度かわいこちゃんを吊り橋に連れていってみよう」
まるで聞いていなさそうに見えた八戒が呟く。
悟空は三蔵をふり仰いだ。
「しかし、僧であるお師匠様には恋愛の手練手管など必要ないのでは?」
「もちろん、そうだ」
「ではなぜ、突然吊り橋効果などにご興味を?」
わざわざアホな豚にいらぬ知恵をつけるようなことを口に出さなくてもよいのでは、と思いながら悟空は尋ねた。
「その、私自身が吊り橋効果にかかっているのでは……と思ったのじゃ」
おれの知らぬところでお師匠様が恋愛の毒牙に⁉︎と早合点した悟空は黙っていられない。
「一体どういうことですか?」
「私はよく妖怪にさらわれ、その度に食い殺されるのではないかという恐怖を与えられ、非常に心拍数が上がるのだ。そんな時に悟空が助けに来てくれるだろう?私は安堵し、そなたに対する信頼を厚くする。そのようなことが頻回に繰り返されていれば……吊り橋効果にかかっているのでは、とな」
悟空は黙った。知らず頰が熱くなる。
「い……や、あの……、お師匠様……」
「あーああ、お師匠様、昼間っからのろけ話ですかあ?そういうのは暗くなってから二人きりでやってくださいよ。寂しい独り者を巻き込まんでください」
八戒がのびをしながら茶々を入れるが、三蔵は真面目な顔である。
「いや、私が言いたいのは、私は悟空を非常に信頼しているが、その信頼感も少しは吊り橋効果で通常感じるべきものよりも増幅しているやもしれぬ、ということであって、別に……悟空に対して、れ、恋愛感情を抱いている、とか、そんなようなことは……あの……」
しかし、説明しているうちに恥ずかしくなってきたらしい。三蔵も最後には口籠もってしまった。
「次兄、どうやら飯の匂いがする。一走りいって、先に斎の用意を頼んでおこう」
気を利かせたらしい悟浄が、八戒を連れて駆け出す。「めんどくせえなあ」と言いながらも八戒はおとなしく引きずられていく。
二人きりで取り残された悟空と三蔵は、互いに赤くなった顔を見合わせた。
「誤解してはならぬぞ。私は別に……その……」
「別に誤解はしていないつもりですが、……お師匠様はおれのことを吊り橋効果を疑うくらい、好意を持ってくださってるってこと……ですよね」
悟空は紅頰をぽりぽりと掻きながら、馬上の三蔵をすがるように見上げた。途端、三蔵は頭から湯気が出るのではというほど動揺した。
「いや、今回は吊り橋効果などと口にした私が間違いだったのじゃ。もう……忘れるがいい」
「阿呆な豚とは違いますから、簡単に忘れられませんよ。それともお師匠様、おれへの信頼は吊り橋効果に因るものであって、本当は信頼などしていないんですか?」
「そっ、そんなことは言っていないだろう」
三蔵の答えを聞いて、悟空はにっこりした。
「それならばよいです。今後もお師匠様がさらわれるたびに、ちゃんと助けてあげますからご安心ください」
「……うむ」
この時三蔵の心臓がどくどくと音を立ててなっていることは、まだ三蔵しか知らないでいる。
突然、馬上で三蔵が口を開いた。
先導していた悟空はひらりと宙を舞い、三蔵の側に戻った。もちろん、師の言葉を聞くためだ。
「一体どんな効果なんですか?」
「吊り橋の上は不安定だから、もしや落ちるのではないかとドキドキするだろう?人はそのドキドキを恋愛に因るものだと勘違いしてしまうのだ。だからそういう場所に一緒に居合わせた人に対して、好意を抱きやすいそうだ」
三蔵の説明に、悟浄が頷いた。
「つまり自分の心拍数の上昇や、呼吸の増加を、その場所のせいではなく、一緒にいた人に帰属させてしまうのですね。拙者も本で読んだことがあります」
「へええ、俺も今度かわいこちゃんを吊り橋に連れていってみよう」
まるで聞いていなさそうに見えた八戒が呟く。
悟空は三蔵をふり仰いだ。
「しかし、僧であるお師匠様には恋愛の手練手管など必要ないのでは?」
「もちろん、そうだ」
「ではなぜ、突然吊り橋効果などにご興味を?」
わざわざアホな豚にいらぬ知恵をつけるようなことを口に出さなくてもよいのでは、と思いながら悟空は尋ねた。
「その、私自身が吊り橋効果にかかっているのでは……と思ったのじゃ」
おれの知らぬところでお師匠様が恋愛の毒牙に⁉︎と早合点した悟空は黙っていられない。
「一体どういうことですか?」
「私はよく妖怪にさらわれ、その度に食い殺されるのではないかという恐怖を与えられ、非常に心拍数が上がるのだ。そんな時に悟空が助けに来てくれるだろう?私は安堵し、そなたに対する信頼を厚くする。そのようなことが頻回に繰り返されていれば……吊り橋効果にかかっているのでは、とな」
悟空は黙った。知らず頰が熱くなる。
「い……や、あの……、お師匠様……」
「あーああ、お師匠様、昼間っからのろけ話ですかあ?そういうのは暗くなってから二人きりでやってくださいよ。寂しい独り者を巻き込まんでください」
八戒がのびをしながら茶々を入れるが、三蔵は真面目な顔である。
「いや、私が言いたいのは、私は悟空を非常に信頼しているが、その信頼感も少しは吊り橋効果で通常感じるべきものよりも増幅しているやもしれぬ、ということであって、別に……悟空に対して、れ、恋愛感情を抱いている、とか、そんなようなことは……あの……」
しかし、説明しているうちに恥ずかしくなってきたらしい。三蔵も最後には口籠もってしまった。
「次兄、どうやら飯の匂いがする。一走りいって、先に斎の用意を頼んでおこう」
気を利かせたらしい悟浄が、八戒を連れて駆け出す。「めんどくせえなあ」と言いながらも八戒はおとなしく引きずられていく。
二人きりで取り残された悟空と三蔵は、互いに赤くなった顔を見合わせた。
「誤解してはならぬぞ。私は別に……その……」
「別に誤解はしていないつもりですが、……お師匠様はおれのことを吊り橋効果を疑うくらい、好意を持ってくださってるってこと……ですよね」
悟空は紅頰をぽりぽりと掻きながら、馬上の三蔵をすがるように見上げた。途端、三蔵は頭から湯気が出るのではというほど動揺した。
「いや、今回は吊り橋効果などと口にした私が間違いだったのじゃ。もう……忘れるがいい」
「阿呆な豚とは違いますから、簡単に忘れられませんよ。それともお師匠様、おれへの信頼は吊り橋効果に因るものであって、本当は信頼などしていないんですか?」
「そっ、そんなことは言っていないだろう」
三蔵の答えを聞いて、悟空はにっこりした。
「それならばよいです。今後もお師匠様がさらわれるたびに、ちゃんと助けてあげますからご安心ください」
「……うむ」
この時三蔵の心臓がどくどくと音を立ててなっていることは、まだ三蔵しか知らないでいる。
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