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一
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強い力で押され、裸足のまま家から追い出されてしまった。
「もう、お前の顔見たくないから」
激怒した恋人の祐真が、バターン、とドアを締めて鍵をかける。
「ごめん、祐真。許して」
私はドアの向こうにいる、祐真に許しを請うたが、無視されているのか、ドアはピッタリと閉ざされたままだ。
私達の喧嘩の発端は、私が彼の首につけられた“跡”について、聞いたのが原因だった。
こういうことは何度もあった。シャツに染みついた香水の匂い。にやけた顔でスマホを見続ける彼の姿。休日の急な外出。
軽く聞いてみても、いつも「咲楽には関係ないよ」とだけしか言わなかった。
今回はしつこく聞きすぎたのかもしれない。
私はスマホを取り出して、時間を見た。
時間は、深夜の一時前。当然、終電もない。
それに、この時間に実家に行っても、親に心配をかけることになり、もう二度とこっちには戻ってこれなくなるかもしれない。
ようやく、新しい仕事も始めたばかりで、戻れなくなるのは、祐真のことを置いておくとしても困る。
「私、何してるんだろ。……惨めだな」
そう呟くと、自然と涙が目から溢れそうになる。
ここで泣いちゃ、駄目だ。
私は、自分の頬を強く手で叩いて、勇気づけた。
とりあえず、祐真のほとぼりが冷めるまで、私はここを離れたほうがいい。きっと、いつものように、朝には機嫌がなおっているはずだ。
靴を履いていないのは問題だが、幸い、季節はまだ夏の暑さが残る秋で、薄着でも風邪を引くことはない。
マンションの横に公園があるので、そこの東屋で一夜を明かそうと、出たときであった。
自動扉を出たところで、見知った人物を見つけてしまった。
彼もまた私を見て、足を止める。
まさか、こんなところで会社の上司である、“五月女玲司”に会うことになろうとは。お釈迦様でも想像できなかったに違いない。
「宮木咲楽?」
五月女さんが目をしばたかせる。
「こ、こんばんは。五月女さん。こんな時間にどうしたんですか?」
私はぎこちない笑顔と声で、彼に話しかける。
「どうしたんですか?って。それは、こちらの台詞だが?何で靴も履かずに、女性が一人でこんな時間に外出しようとしてるんです?」
「……これは…………色々ありまして」
うまい言い訳一つ、思いつかないこの状況。
五月女さんが、何かを言いかけて止め、代わりに溜め息を吐いた。
てっきり、このまま黙って去ってくれるのではないかと思っていたが、五月女さんは私の手を掴んだ。そして、そのまま引っ張って、どこかに向かって歩き出す。
「ちょっ、そ、五月女さん?!」
「宮木さん。夜ですよ?静かにしてください」
謎の圧をかけられ、私は小さくなるしかなかった。
「……はい」
全く知らなかったが、五月女さんの住むマンションが、私のマンションから五分ほど離れた所にあり、私はその彼の家まで連れてこられた。
「ここ1RKだから、そんなに広くはないけど、どうぞ」
「お邪魔します」
部屋に上がろうとして、あっ、と気がつく。
ここまで裸足で歩いてきたので、すごく足が汚れている。その汚れた足で、上司の部屋に上がろうなんて、できるはずがない。
玄関で静止していると、五月女さんが首を傾げて、「入らないの?」と言う。
「私はここで大丈夫です。あと、大変図々しいお願いなのですが、一晩ここに置いてもらうことできないでしょうか?」
私は彼にダメ元で交渉に挑んでみる。
「ここって……玄関だけど?」
「はい」
すると、五月女さんは笑顔できっぱりと答えた。
「駄目」
ですよネ。と心の中で落胆していると、五月女さんが私の肩に手を置いて、押し込むように私を部屋に上げた。
「五月女さん!?私の足、汚れてますよ?」
「それが?それと、玄関で寝るのは駄目だけど、“布団の上で”ならいいから」
そんな、布団で寝させてもらえるなんて、申し訳なさ過ぎる。
「五月女さん。この恩は必ずお返しします」
私は平伏すような気持ちで頭を下げた。
「じゃあ、宮木さんはこっちの俺の部屋を使って。俺は台所にいるから何かあったら呼んで」
「ん?」
「は?」
使ってと言われた部屋には、一つのベッドと小さなテーブルだけがあった。テーブルには、彼が晩ご飯として食べていたであろう、カップ麺の空容器が乗っていた。
「あの、布団って、別にもう一つあるんですか?」
「独身の男の一人暮らしに、布団は二つもいらないだろ」
ということは。
「やっぱり、玄関で結構です。私、玄関で寝るのが好きで、玄関じゃないと熟睡できないんです」
早口でそう言う私に、五月女さんは容赦なく頭を平手で叩く。
「駄目だって言っただろうが」
「じゃあ、この部屋以外で寝ます!私が台所で」
「駄目」
「風呂場で」
「さらに駄目」
「トイレで」
「もっと駄目」
「どっかの床で」
「踏み潰す。邪魔」
「……」
私は本当にどこで寝たって、体は壊さないし、丈夫なのだけれど、家主がそこまで許さないのであれば仕方がない。
「じゃあ……一緒に寝ませんか?ベッドで」
「……は?」
五月女さんの目が、正気か?と問うている。
「駄……」
「実は、私、昔っから一人で寝れないタイプなんです!だから、五月女さんが良ければ、その添い寝してください!」
断られる前に、私はヤケ糞で、とんでもないお願いをぶちかましてしまった。
これは絶対に引かれている。やばい女だと思われているに違いない。
そろそろと視線を上げて、彼の顔を見ると、彼は……笑っていた。
笑った顔を見たのは、このときが初めてで、思わず可愛いと胸が弾んだ。
「添い寝してあげてもいいけど。条件がある」
「……ジョウケン?」
まさか、と思うが、その条件は私が思ったものより健全なものであった。
「宮木さんが裸足で、あそこで何をしようとしていたのか。なんかあったんでしょう?」
風呂あがったら聞くから、先に入っておいでと促され、私は一番風呂をいただくことになった。
風呂からあがると、五月女さんは台所で缶ビールを開けていた。
「これ買いに行った帰りに、まさか宮木さんと会うことになるとは思わなかった」
「私も思いませんでした」
私は話に入る前に、もう一度彼にお礼を言った。
「五月女さん。その、色々ありがとうございます。泊めてもらえるだけでなく、服も貸してもらって」
下着はそのままだが、寝間着代わりにと、上下スウェットを出してもらった。サイズは当然、男性物なのでぶかぶかしている。
「で、話は?」
五月女さんが一本新しい缶ビールを渡してくる。
「その、彼氏に家追い出されちゃって、財布もないから、一晩隣の公園で野宿でもしようとしてました」
「野宿って……」
彼が呆れたように呟く。
「お金があれば、ちゃんとホテルとかで泊まりましたよ」
次は、本当か?と疑いの目を向けられる。
「まあ、恋人関係に口出しするつもりはないですけど、この先考え直したほうがいいと思いますよ?」
わかっている。今回のことだって、今日が初めてではない。
でも、祐真がご機嫌なときは、私に優しくしてくれる。私を見てくれる。私は彼に必要とされるならばと、親や友人がいる場所を離れてここまでついてきた。
「俺、風呂に入ってくるので、先に寝ててください」
一気に煽って空になった缶ビールを流しに置く。
「わかりました」
私は風呂場に行く彼を見送って、もらった缶ビールを開けた。
目を覚ますと、ベッドの上に一人だけだった。
彼が隣で寝た跡はない。
「五月女さん!」
部屋から飛び出し、台所に行くと、五月女さんは壁にもたれて眠っていた。
「五月女さん!一緒に寝る約束だったじゃないですか!」
私は彼を揺さぶり起こした。
「酔ってここで寝ちゃったな。宮木さん、一人で寝れたじゃないですか」
「……」
完全にしてやられた。五月女さんは最初から私と寝るつもりはなかったのだ。
「朝ごはん食べますけど、宮木さんもどうです?」
「……いただきます」
私の睨みなどお構いなく、彼は涼しい顔で冷蔵庫を開けに行く。
「はい。これ」
そう言って渡されたものは、パックのゼリー飲料であった。
「え?何、これ」
「朝ごはん」
私は五月女さんを押し退け、冷蔵庫を開けて見た。
冷蔵庫の中には、ケチャップとマヨネーズ、数個の卵だけが入っていた。
「なさすぎでは?」
「あっても作らないもん」
そんな可愛く言われても。
私は冷蔵庫から卵とケチャップを取り出した。
「ここって、ご飯あります?」
「レンジで温めるタイプなら」
昼はコンビニ弁当、夜はカップ麺。それでは、体が可哀想だ。材料がないので、量は少ないが、手料理を振る舞ってあげることにする。
「何を作るんです?」
五月女さんは興味津々といった様子で、私の動きをじっと見ている。
「オムライス」
「へー。オムライス。じゃあ、焼き鳥の缶詰があるので、それも入れちゃいません?」
「焼き鳥とケチャップ、合いませんよ」
「試し、試し」
隣で楽しそうにはしゃぐ姿は、職場の彼とギャップがあって可愛い。職場では、誰よりも冷静で、仕事のできる人なのに。
彼の部屋のテーブルに、二つのオムライスが並んだ。
「いただきます」
スプーンを入れて、一口食べる。そして、私たちは顔を見合わせた。
「やっぱり、焼き鳥ではなく、普通のチキンがいいですね」
「同感」
何だか可笑しくなって、笑い合っていると、私のスマホが鳴った。
祐真からのメールだった。
楽しかった気持ちが、一気に底まで落ちる。
「彼氏さんから?」
私は、五月女さんの言葉に頷いた。
「戻ってこいって」
メール文には、その一言だけで、ごめんすらない。
本当に悪かったのは、私の方だったのだろうか。
「戻るんだったら、俺のサンダル貸すよ」
「……ありがとう、ございます」
正直、戻りたくない。もう少しこのまま、五月女さんといたい。
けれど、五月女さんにこれ以上、迷惑をかけてはいけない。かけられない。
「……」
私は一日、有給休暇をとって、祐真と同居している家に戻ることにした。
「これ合鍵。閉めたらポストに入れといて」
仕事に行く五月女さんから、鍵を受け取り、私は玄関まで彼を見送る。
「あの、五月女さん」
「何?」
「その……お世話になりました」
「どういたしまして」
玄関のドアが閉まるまで、ずっと彼の背中を見つめていた。
続
「もう、お前の顔見たくないから」
激怒した恋人の祐真が、バターン、とドアを締めて鍵をかける。
「ごめん、祐真。許して」
私はドアの向こうにいる、祐真に許しを請うたが、無視されているのか、ドアはピッタリと閉ざされたままだ。
私達の喧嘩の発端は、私が彼の首につけられた“跡”について、聞いたのが原因だった。
こういうことは何度もあった。シャツに染みついた香水の匂い。にやけた顔でスマホを見続ける彼の姿。休日の急な外出。
軽く聞いてみても、いつも「咲楽には関係ないよ」とだけしか言わなかった。
今回はしつこく聞きすぎたのかもしれない。
私はスマホを取り出して、時間を見た。
時間は、深夜の一時前。当然、終電もない。
それに、この時間に実家に行っても、親に心配をかけることになり、もう二度とこっちには戻ってこれなくなるかもしれない。
ようやく、新しい仕事も始めたばかりで、戻れなくなるのは、祐真のことを置いておくとしても困る。
「私、何してるんだろ。……惨めだな」
そう呟くと、自然と涙が目から溢れそうになる。
ここで泣いちゃ、駄目だ。
私は、自分の頬を強く手で叩いて、勇気づけた。
とりあえず、祐真のほとぼりが冷めるまで、私はここを離れたほうがいい。きっと、いつものように、朝には機嫌がなおっているはずだ。
靴を履いていないのは問題だが、幸い、季節はまだ夏の暑さが残る秋で、薄着でも風邪を引くことはない。
マンションの横に公園があるので、そこの東屋で一夜を明かそうと、出たときであった。
自動扉を出たところで、見知った人物を見つけてしまった。
彼もまた私を見て、足を止める。
まさか、こんなところで会社の上司である、“五月女玲司”に会うことになろうとは。お釈迦様でも想像できなかったに違いない。
「宮木咲楽?」
五月女さんが目をしばたかせる。
「こ、こんばんは。五月女さん。こんな時間にどうしたんですか?」
私はぎこちない笑顔と声で、彼に話しかける。
「どうしたんですか?って。それは、こちらの台詞だが?何で靴も履かずに、女性が一人でこんな時間に外出しようとしてるんです?」
「……これは…………色々ありまして」
うまい言い訳一つ、思いつかないこの状況。
五月女さんが、何かを言いかけて止め、代わりに溜め息を吐いた。
てっきり、このまま黙って去ってくれるのではないかと思っていたが、五月女さんは私の手を掴んだ。そして、そのまま引っ張って、どこかに向かって歩き出す。
「ちょっ、そ、五月女さん?!」
「宮木さん。夜ですよ?静かにしてください」
謎の圧をかけられ、私は小さくなるしかなかった。
「……はい」
全く知らなかったが、五月女さんの住むマンションが、私のマンションから五分ほど離れた所にあり、私はその彼の家まで連れてこられた。
「ここ1RKだから、そんなに広くはないけど、どうぞ」
「お邪魔します」
部屋に上がろうとして、あっ、と気がつく。
ここまで裸足で歩いてきたので、すごく足が汚れている。その汚れた足で、上司の部屋に上がろうなんて、できるはずがない。
玄関で静止していると、五月女さんが首を傾げて、「入らないの?」と言う。
「私はここで大丈夫です。あと、大変図々しいお願いなのですが、一晩ここに置いてもらうことできないでしょうか?」
私は彼にダメ元で交渉に挑んでみる。
「ここって……玄関だけど?」
「はい」
すると、五月女さんは笑顔できっぱりと答えた。
「駄目」
ですよネ。と心の中で落胆していると、五月女さんが私の肩に手を置いて、押し込むように私を部屋に上げた。
「五月女さん!?私の足、汚れてますよ?」
「それが?それと、玄関で寝るのは駄目だけど、“布団の上で”ならいいから」
そんな、布団で寝させてもらえるなんて、申し訳なさ過ぎる。
「五月女さん。この恩は必ずお返しします」
私は平伏すような気持ちで頭を下げた。
「じゃあ、宮木さんはこっちの俺の部屋を使って。俺は台所にいるから何かあったら呼んで」
「ん?」
「は?」
使ってと言われた部屋には、一つのベッドと小さなテーブルだけがあった。テーブルには、彼が晩ご飯として食べていたであろう、カップ麺の空容器が乗っていた。
「あの、布団って、別にもう一つあるんですか?」
「独身の男の一人暮らしに、布団は二つもいらないだろ」
ということは。
「やっぱり、玄関で結構です。私、玄関で寝るのが好きで、玄関じゃないと熟睡できないんです」
早口でそう言う私に、五月女さんは容赦なく頭を平手で叩く。
「駄目だって言っただろうが」
「じゃあ、この部屋以外で寝ます!私が台所で」
「駄目」
「風呂場で」
「さらに駄目」
「トイレで」
「もっと駄目」
「どっかの床で」
「踏み潰す。邪魔」
「……」
私は本当にどこで寝たって、体は壊さないし、丈夫なのだけれど、家主がそこまで許さないのであれば仕方がない。
「じゃあ……一緒に寝ませんか?ベッドで」
「……は?」
五月女さんの目が、正気か?と問うている。
「駄……」
「実は、私、昔っから一人で寝れないタイプなんです!だから、五月女さんが良ければ、その添い寝してください!」
断られる前に、私はヤケ糞で、とんでもないお願いをぶちかましてしまった。
これは絶対に引かれている。やばい女だと思われているに違いない。
そろそろと視線を上げて、彼の顔を見ると、彼は……笑っていた。
笑った顔を見たのは、このときが初めてで、思わず可愛いと胸が弾んだ。
「添い寝してあげてもいいけど。条件がある」
「……ジョウケン?」
まさか、と思うが、その条件は私が思ったものより健全なものであった。
「宮木さんが裸足で、あそこで何をしようとしていたのか。なんかあったんでしょう?」
風呂あがったら聞くから、先に入っておいでと促され、私は一番風呂をいただくことになった。
風呂からあがると、五月女さんは台所で缶ビールを開けていた。
「これ買いに行った帰りに、まさか宮木さんと会うことになるとは思わなかった」
「私も思いませんでした」
私は話に入る前に、もう一度彼にお礼を言った。
「五月女さん。その、色々ありがとうございます。泊めてもらえるだけでなく、服も貸してもらって」
下着はそのままだが、寝間着代わりにと、上下スウェットを出してもらった。サイズは当然、男性物なのでぶかぶかしている。
「で、話は?」
五月女さんが一本新しい缶ビールを渡してくる。
「その、彼氏に家追い出されちゃって、財布もないから、一晩隣の公園で野宿でもしようとしてました」
「野宿って……」
彼が呆れたように呟く。
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わかっている。今回のことだって、今日が初めてではない。
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私は風呂場に行く彼を見送って、もらった缶ビールを開けた。
目を覚ますと、ベッドの上に一人だけだった。
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「五月女さん!」
部屋から飛び出し、台所に行くと、五月女さんは壁にもたれて眠っていた。
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私は彼を揺さぶり起こした。
「酔ってここで寝ちゃったな。宮木さん、一人で寝れたじゃないですか」
「……」
完全にしてやられた。五月女さんは最初から私と寝るつもりはなかったのだ。
「朝ごはん食べますけど、宮木さんもどうです?」
「……いただきます」
私の睨みなどお構いなく、彼は涼しい顔で冷蔵庫を開けに行く。
「はい。これ」
そう言って渡されたものは、パックのゼリー飲料であった。
「え?何、これ」
「朝ごはん」
私は五月女さんを押し退け、冷蔵庫を開けて見た。
冷蔵庫の中には、ケチャップとマヨネーズ、数個の卵だけが入っていた。
「なさすぎでは?」
「あっても作らないもん」
そんな可愛く言われても。
私は冷蔵庫から卵とケチャップを取り出した。
「ここって、ご飯あります?」
「レンジで温めるタイプなら」
昼はコンビニ弁当、夜はカップ麺。それでは、体が可哀想だ。材料がないので、量は少ないが、手料理を振る舞ってあげることにする。
「何を作るんです?」
五月女さんは興味津々といった様子で、私の動きをじっと見ている。
「オムライス」
「へー。オムライス。じゃあ、焼き鳥の缶詰があるので、それも入れちゃいません?」
「焼き鳥とケチャップ、合いませんよ」
「試し、試し」
隣で楽しそうにはしゃぐ姿は、職場の彼とギャップがあって可愛い。職場では、誰よりも冷静で、仕事のできる人なのに。
彼の部屋のテーブルに、二つのオムライスが並んだ。
「いただきます」
スプーンを入れて、一口食べる。そして、私たちは顔を見合わせた。
「やっぱり、焼き鳥ではなく、普通のチキンがいいですね」
「同感」
何だか可笑しくなって、笑い合っていると、私のスマホが鳴った。
祐真からのメールだった。
楽しかった気持ちが、一気に底まで落ちる。
「彼氏さんから?」
私は、五月女さんの言葉に頷いた。
「戻ってこいって」
メール文には、その一言だけで、ごめんすらない。
本当に悪かったのは、私の方だったのだろうか。
「戻るんだったら、俺のサンダル貸すよ」
「……ありがとう、ございます」
正直、戻りたくない。もう少しこのまま、五月女さんといたい。
けれど、五月女さんにこれ以上、迷惑をかけてはいけない。かけられない。
「……」
私は一日、有給休暇をとって、祐真と同居している家に戻ることにした。
「これ合鍵。閉めたらポストに入れといて」
仕事に行く五月女さんから、鍵を受け取り、私は玄関まで彼を見送る。
「あの、五月女さん」
「何?」
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