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6話 雨と隠蔽
4.弱み
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うーんと悩むセノンを、カイオはすぐ傍から眺める。
酒は苦手だけど、非常時にはそんなことを言ってられないのだろうか、などと生真面目に悩んでいる様子だ。
「…多少酔っても、介抱して差し上げますよ」
そんな様子を見て、カイオは何気なくセノンの耳に唇を寄せてそう囁いた。
突如耳をくすぐる吐息に、セノンは雷に打たれたようにびくりと身を跳ねさせる。
反射的に背後のカイオから逃れようとした。
「なっなにして…!?」
「少し身を寄せただけで、何をそんなに驚いているのですか?いいからじっとしていてください」
しかしカイオは離れようとするセノンを素早く捕まえ、逃げられないよう後ろから強く抱きしめた。
そのまま、これまでになく大きな反応を見せたセノンを不思議そうに眺める。
「ちょ、わ、わかったから、もう少し力を緩めて…」
セノンは落ち着かなさそうに声を漏らす。
カイオが力を入れているせいで体が先ほどより密着し、背中に柔らかな感触が押し付けられている。
体が温まったおかげで僅かに訪れていた眠気が、カイオの一連の行為で吹き飛んでしまった。
「これは失礼しました。ただもう逃げないで下さいね、お体を冷やされては困ります」
「…分かったよ」
カイオが力を緩めると、セノンは姿勢を変えて膝を抱えた。
それに対しカイオはおもむろに体を寄せ、再び耳元に囁く。
「…随分と体温が上がってきましたね。良い傾向です」
その囁きにセノンはまたもびくりと身を震わせるが、辛うじて逃げ出さずのを堪えた。
掌で、カイオが顔を近づけたほうの耳を押さえる。
「…カイオ。それ、やめて。なんかすごく耳がぞわぞわする」
苦々しげに言うセノンを、カイオはどこか愉快そうに見る。
「分かりました、すみません」
「本当にやめてね」
言葉とは裏腹に悪びれた様子のないカイオの声に、セノンは釘を刺す。
あんなことを何度もされたら心臓がもちそうにないと感じていた。
それから、しばし場に沈黙が流れる。
眠くなったのであれば、体を休めるために寝てしまえばいい。
だがいつの間にか、黙り込んだセノンがなにやら物憂げな表情をしていた。
カイオはそれにすぐに気が付く。
「どうかしたのですか?」
「…ううん、なんでもない。気にしないで」
すかさず声をかけたカイオに、しかし心配をかけまいと思ったのかセノンは笑ってみせた。
はっきり言って、あんな表情をした後にそんな言葉で取り繕うのは詰めが甘すぎる。
顔が見えていないと勘違いし、油断していたと見える。
「話して下さい。また耳元で囁きますよ」
「それは本当にやめて。分かったよ…」
カイオの脅しに、セノンはあっさりと屈した。嫌な弱みを握られてしまったと、セノンはちょっと憂鬱になる。
「…今日あの人たちを助けようとしたの、間違ってたのかなぁって、ちょっと思って…」
「ふむ」
セノンの独白に、カイオは相槌を打つ。
黙って続きを促すと、セノンは言葉を選ぶようにぽつぽつと話し始めた。
「あのままだと、あの人たちの命が危ないかと思ったんだ。だけど、あの人たちからすれば余計なお世話だったのかもしれない。だから、僕らのことなんか構わず逃げたのかも、って…」
セノンの表情は暗い。
助けた相手に裏切られて逃げられたのが、思いのほかこたえていたらしい。
「私から見れば、余計ではないと思いますよ。彼らがどう思っていたかはさておき、あのままでは全滅していたのは確実です」
それに対しカイオは、いつも通り冷静な声で意見を述べた。
そこに甘やかす声色はない。
「うん…でも余計だったかどうかは、助けられた側がどう感じるかの問題だよ。それに僕が余計なことをしたせいで、今こんな風にカイオにも迷惑かけてるのが申し訳なくて…ごめん」
セノンは小さな声で謝罪の言葉を口にする。
確かに、あの時セノンが彼らを助ける判断を下さなければ、今セノンたちはこんな劣悪な環境に晒されていない。
この状況を引き起こしたのは、間違いなくセノンの判断によるものだ。
「気にされないで下さい。貴方のその優しさは、誇りこそすれ卑下するものではありません。貴方がそのような方だからこそ、私は傍にいるのです」
しかしカイオは、セノンのその優しさを肯定した。
その優しさは、間違っていないと。
カイオのその言葉に、セノンは僅かに頬を緩める。
信頼している従者に賛同されれば、ずいぶんと気持ちも楽になった。
「それに、迷惑などとんでもありません。私は案外、今のこの状況を楽しんでいるのですよ」
ただその後続けられた言葉に、セノンは顔をしかめる。
思わず居心地悪そうに身じろぎをした。
「それ、どういう意味…?」
「さて。どういう意味でしょうね」
カイオはそう返すと、セノンの手を撫でる。話している間に、セノンの体はずいぶんと温まっていた。
「体が温まったら、寝ましょう。起きていても無意味です」
「なんか、カイオの悪戯のせいで目が冴えたんだけど…」
「ではもっと温めないといけないですね」
言いながら、カイオは再び強く体を寄せる。
柔らかな体の感触が強く押し付けられるが、その分温かい。
そういうことするから寝れなくなるんだ、という言葉をセノンは飲みこんだ。
変なことを言うと、またカイオに何を言われるか分かったものではない。
黙ったままセノンはふとカイオの言動を振り返り、ひょっとしてセノンに恥ずかしい思いをさせて体温を上げさせるのが目的だったのだろうか、と疑った。
それなら確かに効果はあったのだが。
自分とカイオの体温が交じり合うの心地よく感じ、再び少しづつ眠気を覚えながら、セノンはそんなことを考えた。
酒は苦手だけど、非常時にはそんなことを言ってられないのだろうか、などと生真面目に悩んでいる様子だ。
「…多少酔っても、介抱して差し上げますよ」
そんな様子を見て、カイオは何気なくセノンの耳に唇を寄せてそう囁いた。
突如耳をくすぐる吐息に、セノンは雷に打たれたようにびくりと身を跳ねさせる。
反射的に背後のカイオから逃れようとした。
「なっなにして…!?」
「少し身を寄せただけで、何をそんなに驚いているのですか?いいからじっとしていてください」
しかしカイオは離れようとするセノンを素早く捕まえ、逃げられないよう後ろから強く抱きしめた。
そのまま、これまでになく大きな反応を見せたセノンを不思議そうに眺める。
「ちょ、わ、わかったから、もう少し力を緩めて…」
セノンは落ち着かなさそうに声を漏らす。
カイオが力を入れているせいで体が先ほどより密着し、背中に柔らかな感触が押し付けられている。
体が温まったおかげで僅かに訪れていた眠気が、カイオの一連の行為で吹き飛んでしまった。
「これは失礼しました。ただもう逃げないで下さいね、お体を冷やされては困ります」
「…分かったよ」
カイオが力を緩めると、セノンは姿勢を変えて膝を抱えた。
それに対しカイオはおもむろに体を寄せ、再び耳元に囁く。
「…随分と体温が上がってきましたね。良い傾向です」
その囁きにセノンはまたもびくりと身を震わせるが、辛うじて逃げ出さずのを堪えた。
掌で、カイオが顔を近づけたほうの耳を押さえる。
「…カイオ。それ、やめて。なんかすごく耳がぞわぞわする」
苦々しげに言うセノンを、カイオはどこか愉快そうに見る。
「分かりました、すみません」
「本当にやめてね」
言葉とは裏腹に悪びれた様子のないカイオの声に、セノンは釘を刺す。
あんなことを何度もされたら心臓がもちそうにないと感じていた。
それから、しばし場に沈黙が流れる。
眠くなったのであれば、体を休めるために寝てしまえばいい。
だがいつの間にか、黙り込んだセノンがなにやら物憂げな表情をしていた。
カイオはそれにすぐに気が付く。
「どうかしたのですか?」
「…ううん、なんでもない。気にしないで」
すかさず声をかけたカイオに、しかし心配をかけまいと思ったのかセノンは笑ってみせた。
はっきり言って、あんな表情をした後にそんな言葉で取り繕うのは詰めが甘すぎる。
顔が見えていないと勘違いし、油断していたと見える。
「話して下さい。また耳元で囁きますよ」
「それは本当にやめて。分かったよ…」
カイオの脅しに、セノンはあっさりと屈した。嫌な弱みを握られてしまったと、セノンはちょっと憂鬱になる。
「…今日あの人たちを助けようとしたの、間違ってたのかなぁって、ちょっと思って…」
「ふむ」
セノンの独白に、カイオは相槌を打つ。
黙って続きを促すと、セノンは言葉を選ぶようにぽつぽつと話し始めた。
「あのままだと、あの人たちの命が危ないかと思ったんだ。だけど、あの人たちからすれば余計なお世話だったのかもしれない。だから、僕らのことなんか構わず逃げたのかも、って…」
セノンの表情は暗い。
助けた相手に裏切られて逃げられたのが、思いのほかこたえていたらしい。
「私から見れば、余計ではないと思いますよ。彼らがどう思っていたかはさておき、あのままでは全滅していたのは確実です」
それに対しカイオは、いつも通り冷静な声で意見を述べた。
そこに甘やかす声色はない。
「うん…でも余計だったかどうかは、助けられた側がどう感じるかの問題だよ。それに僕が余計なことをしたせいで、今こんな風にカイオにも迷惑かけてるのが申し訳なくて…ごめん」
セノンは小さな声で謝罪の言葉を口にする。
確かに、あの時セノンが彼らを助ける判断を下さなければ、今セノンたちはこんな劣悪な環境に晒されていない。
この状況を引き起こしたのは、間違いなくセノンの判断によるものだ。
「気にされないで下さい。貴方のその優しさは、誇りこそすれ卑下するものではありません。貴方がそのような方だからこそ、私は傍にいるのです」
しかしカイオは、セノンのその優しさを肯定した。
その優しさは、間違っていないと。
カイオのその言葉に、セノンは僅かに頬を緩める。
信頼している従者に賛同されれば、ずいぶんと気持ちも楽になった。
「それに、迷惑などとんでもありません。私は案外、今のこの状況を楽しんでいるのですよ」
ただその後続けられた言葉に、セノンは顔をしかめる。
思わず居心地悪そうに身じろぎをした。
「それ、どういう意味…?」
「さて。どういう意味でしょうね」
カイオはそう返すと、セノンの手を撫でる。話している間に、セノンの体はずいぶんと温まっていた。
「体が温まったら、寝ましょう。起きていても無意味です」
「なんか、カイオの悪戯のせいで目が冴えたんだけど…」
「ではもっと温めないといけないですね」
言いながら、カイオは再び強く体を寄せる。
柔らかな体の感触が強く押し付けられるが、その分温かい。
そういうことするから寝れなくなるんだ、という言葉をセノンは飲みこんだ。
変なことを言うと、またカイオに何を言われるか分かったものではない。
黙ったままセノンはふとカイオの言動を振り返り、ひょっとしてセノンに恥ずかしい思いをさせて体温を上げさせるのが目的だったのだろうか、と疑った。
それなら確かに効果はあったのだが。
自分とカイオの体温が交じり合うの心地よく感じ、再び少しづつ眠気を覚えながら、セノンはそんなことを考えた。
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