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9話 泉と暴力
5.違和感
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とっさにバラスを取ろうとしたが踏ん張り切れず、しまいには片足が完全に宙に浮いた。
「うわっ…!?」
そのまま後ろに倒れ、あっと思った次の瞬間には泉の中にざぶんと落ちてしまった。
泉の底に体を打ち付けることを恐れ、直前で頭を庇って身構えたが、予想に反し衝撃はない。
(やばっ、この泉、思ったより深い…!)
頭を下にして、一気に一メートル以上水の中に沈む。
手足を振り回しても底に触れる気配がなく、セノンは焦った。
しかも剣を含めたほぼフル装備を身に着けたままだったので、うまく浮けない。
なお焦燥が募り、自分がどっちを向いているのか一瞬分からなくなり、口からごぼりと空気が漏れる。
だが次の瞬間、体が引っ張られて回転し、一気に引き上げられた。
すぐに、水面に顔が出る。
「ぶはっ」
大きく息を吸い込み、セノンは咳き込んだ。
たいして水は飲んでいないが、びっくりして変なところに水が入った。
「大丈夫ですか?セノン様」
「あ、カイオ…!」
真後ろから声を掛けられ振り向くと、水に濡れたカイオの顔がすぐ傍にある。
泉に落ちたセノンに気づき、泳いで助けに来てくれたらしい。
カイオはセノンの脇の下に手を回し、胴を抱えるような形となっている。
そのまま、反対の岸に向かって器用に足だけで泳ぐ。
「ごめん、ありがとう…」
「いえいえ。このあたりなら浅くて足がつきますので、もう大丈夫ですよ」
そう言いながら、カイオはセノンの体から手を放し、離れる。
確かに足がつき、腰より上程度の水深しかない。
改めてお礼を言おうとカイオに向き直ったところで、セノンはあることに気が付いた。
「な、なんでそんな恰好してるんだよ!」
皮鎧越しの接触だったため気が付かなかったが、カイオは裸同然のきわどい格好をしている。
羽織った長袖のシャツは前を止めておらず、胸のさらしも取り去っていた。
しかも白っぽい色のシャツは濡れて肌に張り付き、ところどころその肌を透けさせている。
下はいつものショートパンツ型の下着を身に着けているようだが、当然それも水に濡れていた。
「あんまり脱がないってさっき…!」
「とはいえ、このくらいは脱がないと身を清められませんので」
思わずセノンは顔を背け背を向けるが、相変わらずカイオは平然としている。
「ぼ、僕は水から出てるから!」
「まあまあ。どうせセノン様も濡れてしまったことですし、せっかくですから一緒に水浴びしていきましょうよ」
「いやいいよ…!」
悲鳴に近い声をあげながら、服を掴んでくるカイオから慌てて離れる。
そのまま急いで水から上がり、濡れた髪をかき上げた。
頭を振って水気を切り、濡れた服を脱いで水を絞る。
(あれ、そういえばさっきの足音…)
その最中ふと泉に落ちる前のこと思い出し、耳を澄ませる。
だが今の騒ぎの間に離れてしまったのか、足音はもう一切聞こえてこなかった。
(…まあいいか。こっちには気付いてないだろうし)
足音の正体がただの動物だったのであれば、今の騒ぎに驚いて逃げていったのかもしれない。
セノンはそう考え、懸念を頭から追い出して急ぎ荷物を探った。
比較的暖かいとはいえ、体が濡れたまま放置しては体温が奪われる。
体を休めるために背嚢だけは下ろし、そのおかげで荷物が濡れなかったのは不幸中の幸いだった。
その後体を拭いて乾いた服に着替え、濡れた装備の水気を切っている間にカイオも上がってきた。
背中合わせでカイオも服を着替え、身支度を整える。
濡れた髪や服はカイオの火炎魔法を利用してある程度乾かした。
準備を整え終えると、再びカイオのナビゲーションで目的地向かって歩き出す。
(……なんだろう、なんか…)
しばらく歩いて、セノンは違和感を覚える。
それは先ほどの足音のこと、ではなく…なんとなく、男装しているにも関わらずいつもよりカイオが女性らしく見え、ドギマギしてしまうということだった。
そして気付いた。
今までは、夜にカイオの女性らしい姿を見ても、寝て起きるとカイオはすっかり身支度を終え男装していた。
ある意味、セノンとしても意識を切り替えるスイッチのようなものがあったのだ。
しかし今回は裸同然の姿を見て、その後もすぐそばで着替えられてしまったため、いまいちカイオの女性らしい姿と男装姿を切り離せていない。
どうしても、水浴びしていた時の薄着の姿を思い浮かべてしまっていた。
なんとなく居心地の悪い思いをしながら、セノンはカイオの後ろをついていく。
「どうかしましたか?セノン様」
セノンのその様子に、カイオが声を掛けた。
「いや、別に…」
「…ひょっとして、泉に落ちたことを気にされてますか?」
どことなく気遣わし気なカイオの声に、セノンはより気まずい思いをする。
「気にされないで下さい。誰しもミスはありますよ」
「それは…」
カイオの気遣いに、セノンは情けなくなる。
そのことも気にしていないわけではなかったが、それよりもカイオのことを気にしていたのがなんともバカみたいな話だ。
「それともひょっとして、本当に裸を覗きたかったんですか?」
「…だから、そんなことしないって…だいたい、カイオだって――」
一転してからかってくるカイオに、セノンはあえて普段の不満をぶつけることにした。
失敗したからといって落ち込んだ顔をしていても、カイオにいらぬ心配を与えるだけだ。
それならカイオの軽口に付き合って、じゃれあいのような言い合いをしていた方がまだマシだ。
どうせセノンはカイオに口では勝てないが、少なくとも気分はまぎれる。
失敗してもせめて、カイオに心配はかけないようにしたいと、セノンはそう思った。
「うわっ…!?」
そのまま後ろに倒れ、あっと思った次の瞬間には泉の中にざぶんと落ちてしまった。
泉の底に体を打ち付けることを恐れ、直前で頭を庇って身構えたが、予想に反し衝撃はない。
(やばっ、この泉、思ったより深い…!)
頭を下にして、一気に一メートル以上水の中に沈む。
手足を振り回しても底に触れる気配がなく、セノンは焦った。
しかも剣を含めたほぼフル装備を身に着けたままだったので、うまく浮けない。
なお焦燥が募り、自分がどっちを向いているのか一瞬分からなくなり、口からごぼりと空気が漏れる。
だが次の瞬間、体が引っ張られて回転し、一気に引き上げられた。
すぐに、水面に顔が出る。
「ぶはっ」
大きく息を吸い込み、セノンは咳き込んだ。
たいして水は飲んでいないが、びっくりして変なところに水が入った。
「大丈夫ですか?セノン様」
「あ、カイオ…!」
真後ろから声を掛けられ振り向くと、水に濡れたカイオの顔がすぐ傍にある。
泉に落ちたセノンに気づき、泳いで助けに来てくれたらしい。
カイオはセノンの脇の下に手を回し、胴を抱えるような形となっている。
そのまま、反対の岸に向かって器用に足だけで泳ぐ。
「ごめん、ありがとう…」
「いえいえ。このあたりなら浅くて足がつきますので、もう大丈夫ですよ」
そう言いながら、カイオはセノンの体から手を放し、離れる。
確かに足がつき、腰より上程度の水深しかない。
改めてお礼を言おうとカイオに向き直ったところで、セノンはあることに気が付いた。
「な、なんでそんな恰好してるんだよ!」
皮鎧越しの接触だったため気が付かなかったが、カイオは裸同然のきわどい格好をしている。
羽織った長袖のシャツは前を止めておらず、胸のさらしも取り去っていた。
しかも白っぽい色のシャツは濡れて肌に張り付き、ところどころその肌を透けさせている。
下はいつものショートパンツ型の下着を身に着けているようだが、当然それも水に濡れていた。
「あんまり脱がないってさっき…!」
「とはいえ、このくらいは脱がないと身を清められませんので」
思わずセノンは顔を背け背を向けるが、相変わらずカイオは平然としている。
「ぼ、僕は水から出てるから!」
「まあまあ。どうせセノン様も濡れてしまったことですし、せっかくですから一緒に水浴びしていきましょうよ」
「いやいいよ…!」
悲鳴に近い声をあげながら、服を掴んでくるカイオから慌てて離れる。
そのまま急いで水から上がり、濡れた髪をかき上げた。
頭を振って水気を切り、濡れた服を脱いで水を絞る。
(あれ、そういえばさっきの足音…)
その最中ふと泉に落ちる前のこと思い出し、耳を澄ませる。
だが今の騒ぎの間に離れてしまったのか、足音はもう一切聞こえてこなかった。
(…まあいいか。こっちには気付いてないだろうし)
足音の正体がただの動物だったのであれば、今の騒ぎに驚いて逃げていったのかもしれない。
セノンはそう考え、懸念を頭から追い出して急ぎ荷物を探った。
比較的暖かいとはいえ、体が濡れたまま放置しては体温が奪われる。
体を休めるために背嚢だけは下ろし、そのおかげで荷物が濡れなかったのは不幸中の幸いだった。
その後体を拭いて乾いた服に着替え、濡れた装備の水気を切っている間にカイオも上がってきた。
背中合わせでカイオも服を着替え、身支度を整える。
濡れた髪や服はカイオの火炎魔法を利用してある程度乾かした。
準備を整え終えると、再びカイオのナビゲーションで目的地向かって歩き出す。
(……なんだろう、なんか…)
しばらく歩いて、セノンは違和感を覚える。
それは先ほどの足音のこと、ではなく…なんとなく、男装しているにも関わらずいつもよりカイオが女性らしく見え、ドギマギしてしまうということだった。
そして気付いた。
今までは、夜にカイオの女性らしい姿を見ても、寝て起きるとカイオはすっかり身支度を終え男装していた。
ある意味、セノンとしても意識を切り替えるスイッチのようなものがあったのだ。
しかし今回は裸同然の姿を見て、その後もすぐそばで着替えられてしまったため、いまいちカイオの女性らしい姿と男装姿を切り離せていない。
どうしても、水浴びしていた時の薄着の姿を思い浮かべてしまっていた。
なんとなく居心地の悪い思いをしながら、セノンはカイオの後ろをついていく。
「どうかしましたか?セノン様」
セノンのその様子に、カイオが声を掛けた。
「いや、別に…」
「…ひょっとして、泉に落ちたことを気にされてますか?」
どことなく気遣わし気なカイオの声に、セノンはより気まずい思いをする。
「気にされないで下さい。誰しもミスはありますよ」
「それは…」
カイオの気遣いに、セノンは情けなくなる。
そのことも気にしていないわけではなかったが、それよりもカイオのことを気にしていたのがなんともバカみたいな話だ。
「それともひょっとして、本当に裸を覗きたかったんですか?」
「…だから、そんなことしないって…だいたい、カイオだって――」
一転してからかってくるカイオに、セノンはあえて普段の不満をぶつけることにした。
失敗したからといって落ち込んだ顔をしていても、カイオにいらぬ心配を与えるだけだ。
それならカイオの軽口に付き合って、じゃれあいのような言い合いをしていた方がまだマシだ。
どうせセノンはカイオに口では勝てないが、少なくとも気分はまぎれる。
失敗してもせめて、カイオに心配はかけないようにしたいと、セノンはそう思った。
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