悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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9話 泉と暴力

6.治療

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 水浴びを終えてからしばらく、セノンとカイオは何度か鬼人の群れと遭遇し、その中で大型種も発見。
 無事にそのすべてを討伐した。 

 この辺りには複数の大型種いるとの情報もあったが、時間的にも体力的にも二体目を探し出して倒す余裕はない。
 万が一に遭遇したとしても、可能な限り交戦を避けようと事前に話し合って決めていた。

 そのため予定していた討伐を終えたとして森を出ようとし、地図に記載された道を辿り出口に向かう。

 ところが森の出口に近づいてきたところで、セノンの聴覚は人の話し声を捉えた。
 同時に、寝息のようなものも聞こえてくる。 


「カイオ、人が六人くらいいる。たぶん討伐者だと思うけど、なんか寝てる人もいる」 
「休憩中ですかね。一応警戒しましょう」 


 まだ日も高いうちだが、消費した体力や魔力の回復を図っているのかもしれない。
 起きている三人も、たわいのない話をしているのがセノンには分かった。 


「こんにちは」 


 視界が開け六人の姿が視認出来たところで、カイオがそう挨拶をする。

 六人は全員男性で、三人が起き三人が荷物を枕にし寝ていた。

 カイオの声でこちらを見て、失礼だと思ったのか痩せぎすの斥候風の男と槍を持った小柄な男が、慌てて寝ている人を起こす。

 ただ、際立って大柄な体躯をした男は起こされず、一人寝たままだ。 


「ああどうも。すいませんね、こんなところで陣取って。ちょいと事情がありまして…」 


 髪を短く刈り込み、無精髭を生やした壮年の男がそう返す。
 この男がパーティのまとめ役のようだ。 


「別にこちらは構いませんが。どうかしたのですか?」 
「ちょっと前に鬼人の大型種に遭遇したんですが、仲間が一人ヘマしていい一撃を貰っちまいまして。回復役も魔力切れ寸前だったんで、何とか逃げ出してここで魔力回復を待ってたんですよ」 


 無精髭男の説明を聞いて改めて見直してみると、確かに神官風の男はやや血色が悪い。

 残存魔力が乏しい為、やはり寝て回復を図っていたのだろう。
 もう一人起こされた男も、術師らしき風貌をしている。

 またよくよく見ると、寝たままの大男は体に包帯を巻いている。
 どこか骨でも折れているのかもしれない。 


「怪我人は図体がデカいから町まで運ぶのも一苦労で。それなら今すぐ死ぬ怪我でもないし、いくらか魔力が回復するまでここで休憩してから治療しよう、となりまして」 
「…ねえカイオ。それならさ、僕が…」 


 後ろで聞いていたセノンがカイオに声をかける。

 今ほど起きた神官風の男はまだ顔色が良くなく、大男をしっかり治療出来るようになるには、まだ時間が掛かるだろう。

 一方で自分たちはもう討伐を終えて町に戻るところであり、幸いセノンの魔力にまだだいぶ余裕がある。
 怪我人を一人治療するくらいなら、全く問題ない。 

 カイオも、セノンの言わんとすることをすぐに察する。セノンは基本的に人がいい。 


「…まあ、いいでしょう。ちょっと待って下さい」 


 セノンに小声で伝え、再度カイオは無精髭男に向き直る。 


「リーダーさん。幸い、私の仲間が回復魔法を使えます。治療して差し上げましょうか?」 
「えっ、いいのかい?そいつは助かる、ぜひお願いするよ!もちろん謝礼も払う!」 


 無精髭男の嬉しそうな言葉に、セノンは頷く。

 そのまま大男の元に小走りで駆け寄り、治療をしようと腰を下ろす。
 カイオも、歩いてその後ろに従った。 

 しかしセノンが大男の傍に腰を下ろした瞬間、大男は突然勢いよく起き上がり、その太い腕をセノンの首に巻き付けた。

 同時に、傍にいた痩せぎすの男がカイオに向けて投げナイフを放つ。 


「セノン様!」 


 カイオは大男の動きを認めた瞬間に洋剣を抜いて距離を詰めようとしたが、痩せぎすの男が放った投げナイフによりその動きを阻まれた。
 危なげなく躱すが、一瞬足を止めてしまう。 


「動くんじゃねぇ。動いたらこのガキをぶっ殺すぞ」 


 その間に無精髭の男は、引き抜いた短刀をセノンの胸元に突き付けていた。

 それだけで、カイオは動けなくなる。
 その隙に槍を持った男、続いて痩せぎすの男が前に出る。 

 その大男は片腕をセノンの首に回し、カイオの方を向かせた状態でがっちりと首を固定した。

 もう片手は発動体を着けたほうのセノンの腕を掴む。
 さらに膝をつかせたセノンの両ふくらはぎのあたりを自らの足で抑え込んでしまった。 

 神官風の男の魔力が乏しいのは事実だろうが、大男が怪我をしているというのは演技だったようだ。


「ぐっ…うっ…!」 


 セノンはまったく身動きが取れなくなり、首に食い込む太い腕のせいで声もうまく出せない。
 空いた片手で大男の腕を引き剥がそうとするも、ビクともしなかった。 


「とりあえず、持ってる武器と発動体を全部こっちによこしな」 
「カイオ…ダメ、だ…!」 
「坊主は黙ってな」 


 無精髭髭の男の指示で痩せぎすの男はセノンから剣と発動体の指輪を奪い取り、腕を縄で縛りあげた。

 大男が縄の結び目のあたりを掴むと、セノンはもう腕一本動かせない。
 さらに布でセノンの口を塞いでしまい、完全に喋れなくする。 


「…」 


 カイオは洋剣を抜いた姿勢のまま、無言で男たちを見やる。

 複数人を同時に無力化できるか、高速で思考を巡らせていた。
 いくら回復魔法が使えるとはいっても、首を折られたり心臓を貫かれたりすればセノンの命は危うい。

 そのため、少なくとも二人は一瞬で無力化せねばならない。
 かといって警戒している複数の対象に真正面から幻惑魔法をかけるのは、カイオの力量では困難を極める。 


「どうした、早くしろ。でないとこのガキ…『希望の勇者』様だろ?本当に殺すぞ」 
「う゛…!」 


 無精髭男は、セノンとカイオのことに気付いていたらしい。
 言葉の後に無造作に短刀を突き入れ、あっさり皮鎧を貫く。

 刺された胸に鋭い傷みが走り、思わずセノンは呻き声を上げた。
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