悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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9話 泉と暴力

7.最悪

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 貫かれた皮鎧の隙間から血が溢れ出し、雫となって地面に落ちる。

 その痛みと血の滴る感触に、セノンは命を握られていることを急速に実感する。

 セノンの心にじわじわと恐怖が忍び寄り、身がすくんだ。 


「…分かりました。彼を傷つけないで下さい」 


 それを見たカイオは、密かに構築していた幻惑魔法を霧散させ、洋剣を鞘に納める。
 そのまま鞘ごと剣を放ると、次いで指に着けた発動体も男たちに向けて放り投げた。

 魔法の発動には、魔法の種類に関係なく発動体が必要となる。
 魔力を魔法に変換するための発動体を手放してしまえば、もはや魔法を使うことは出来ない。


「どうせ予備とか、非常用に身に着けた発動体がまだあんだろ。全部捨てろ」 
「…ふぅ」 


 カイオは諦めたように溜息をつき、ポケットの中の指輪二つを捨てる。
 さらに、服に隠れる形で身に着けていた腕輪も取り外し、同じように捨てた。

 セノンの予備の発動体も、痩せぎすの男がセノンの体を検めて取り上げている。 

 これでもうセノンもカイオも、魔法による抵抗は一切出来なくなった。


「これで全部です」 
「よし。変なことしたら、すぐにこのガキを殺すからな」 


 そう言いながら男は短刀をセノンの胸から引き抜き、再びセノンの小さな呻き声が上がる。

 短刀をセノンの胸元に突きつけられた状況は変わらないが、それを見てカイオは僅かに安堵の息を吐く。 


「…なんですか?装備や、金目の物狙いですか?あまりいい仕事とは言えませんね」 


 カイオは男たちを刺激しないよう、そう指摘する。

 実際、いち討伐者が持ち運ぶ金品など大したことはない。
 皆稼いだ金は消費したり、預かり処に預けてしまうからだ。 

 しかし男たちはカイオの言葉をせせら笑う。 


「ははっ。それも目的だが、今回のメインじゃねぇ。…なあアンタ、女だろ?それもとびきり上玉の」 


 無精髭男の言葉に、セノンの顔から完全に血の気が引いた。
 カイオの表情も、僅かに硬くなる。 


(カイオの性別が、ばれてる?どうして、いつの間に…!?) 

「何を馬鹿なことを…」 


 セノンの驚愕とカイオの呆れ声に対し、痩せぎすの男がニヤニヤしながら一つの行動で返事を返した。

 荷物の中から一本の筒を取り出し、これ見よがしに手中でもてあそび始める。
 それは、高価で貴重なためあまり一般には出回っていない、望遠鏡だ。 


「こいつで森の中を偵察してたら、泉の傍でアンタらを見かけてな。水浴びを一部始終見させてもらったぜ?いやぁ、あんまりいい女なもんだからつい欲しくなって、待ち伏せして一芝居うっちまったよ」 


 セノンはハッとする。
 あの時感じたわずかな気配は、彼らのものだったのだ。

 望遠鏡で遠くから覗いていただけだったため、気づくことが出来なかった。 


「それにしても坊主、お前には感謝するぜぇ?最初は方向的にいまいち従者さんの姿は見えてなかったんだが、お前が落っこちてくれたおかげで女だと確信できた。お前を助けに、わざわざ見えやすいとこまで出てきてくれたからなぁ」 


 男の嘲る声に、セノンは青ざめる。
 …自分のミスのせいで、カイオの性別がばれた。

 本当に、最悪だ。 


「『希望の勇者』様は弱者に甘いって聞いてたからなぁ。怪我人を装えば欺けるとは思ったが、こうもうまくいくとはな!本っ当に勇者さまさまだぜ!ははは!」 


 続く男のセリフに、セノンはさらに打ちのめされる。
 それを遮るように、カイオは笑い続ける男に話しかけた。 


「…私が目的でしたら、私を無力化できたのですし彼はもういいでしょう。私だけ連れて、あとはどこへでも…」 
「バァカ。このガキを捕まえとけば、あんたは何でも言うこと聞いてくれるだろ?泉に落ちた時慌てて助けに行ってたもんなぁ。大切なんだろ?このガキ」 


 男とカイオの言葉に、いいかげんセノンは死にたくなった。
 いっそ殺してほしい。
 一切身動きが取れないため、自ら命を断つことも出来ない。 


「まあ、俺たちは紳士だから、おとなしく言うこと聞いてくれりゃ殺したりはしねぇよ。噂の勇者様と従者さんにあんまり酷いことすると、あとが怖えぇしな。…とりあえず、あんたはまず服を全部脱いで、裸になりな」 
「…!!」 


 男のカイオに向けた要求に、思わずセノンは刃を突きつけられている恐怖も忘れて暴れようとする。

 だが、大男はびくともしなかった。
 おそらく、強化魔法も事前に使っているのだろう。

 非強化状態のセノンの力では、どうにもならない。 


「…んんーー!!」 
「うるせぇな。これからいいところなんだから、静かにしてろ」 


 せめてもの抵抗に呻くが、すぐに痩せぎす男に顔を殴られて一瞬目の前が暗くなる。
 口の中を切ったらしく、血の味がした。 


「セノン様、お願いですから抵抗しないで下さい。…分かりました、言われた通りにします」 


 カイオはセノンと男たちにそう言葉を投げると、おもむろに装備を外し始めた。

 皮鎧を中心に防具を外し、補強されたブーツを脱ぐ。 
 その姿に、男たちはにわかに盛り上がり始めた。脱げ脱げと、下品な野次を飛ばし始める。 


「そうだそうだ!まずは俺らを目で精一杯楽しませてくれよ!とびきり色っぽい姿を見せてくれりゃ、俺たちも満足して開放してやれるかもしれないぜぇ!?」 


 装備を外し靴下も脱ぐと、カイオは続けてためらうことなく、着ている服に手をかけた。
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