グッバイ運命

星羽なま

文字の大きさ
20 / 37

#7.執着-1-

しおりを挟む
 入社して五年経った頃には、悠透は着実に業績を残し、係長まで昇進していた。
 記憶では枕営業をし始めて三年くらいから、ストレスのせいか、はたまた痩せたからか…悠透の発情期はとても不安定な状態になっていた。
 予定通りに来ることはほとんど無くなり、自分で把握することも難しかった。
 その為、社内で発情期が来てしまうことも度々あった。
 とはいえ来た瞬間に気づくことは可能で、急いでトイレなど、一人になれる場所に駆け込み、萩谷課長を呼ぶのが当たり前になっていた。
 萩谷課長は悠透の六つ歳上で、フェロモンにほぼ当てられないベータらしく、青柳さんの付き人も三年ほどやっていたという。
 今では悠透のおりをしてくれている。
 萩谷課長は青柳さんがいた頃は係長だったが、初めからオメガのお守り役として与えられた役職だったのだろうと思う。


 外の空気が生ぬるい五月下旬、この日も仕事中に発情期が来てしまい、萩谷課長に家まで送ってもらった。
 会社を出る前に薬を飲ませてもらったが、家に着いた頃には意識が朦朧としていた。
 発情期が来る度、期間中毎日薬を飲んでいたせいで、気休めにもならない程薬が効かなくなっていた。
 身体がしんどいからではなく、発情期のオメガほど醜いものはないと思い、発情期そのものを受け入れられず、薬を減らすことができずにいる。
 昔から、発情している自分を客観的に想像すると吐き気に襲われ、何とか抑えようと薬を飲み続けた。
 次第に一錠では効かなくなり、数が増えていった。今では一シート六錠全て飲んでも、効き目が一切ないほどだ。
 特にこの日は体調が元々良くないこともあり、家に着いてなんとかスーツを脱ぎ捨てて部屋着に着替えた後、ベッドに横になるとその後はもう起き上がることすらできなかった。
 疲れ果てて眠りについたが、起きても症状は一切良くなっておらず、空腹状態の腹にまた薬を水で流し込んだ。
 しかしそれでも効果は現れず、どれほどの時間が経ったのか、今は何時なのか、それすらも分からず、ただしんどさに耐えるしかなかった。

「おい、ユウト大丈夫か?!」
「…んぇ?」

 意識が朦朧とする中で、悠透の名前を呼ぶ、聞き慣れた声が聞こえた。
 力が入らない体を無理矢理動かし声の方に目をやると、そこにはもちろん琉志の姿があった。
 悠透はこの状況を受け入れたくなかった。絶対に見られたくなかった。
 リュウは発情してたって綺麗で美しい。だけど俺は、絶対に醜いから。
 琉志が優しいことは一番知っている。ベッド横のテーブルにある抑制剤のゴミを見て、状況を理解し心配してくれたのだろう。
 しかしそんな心配すらも、今の悠透にとっては惨めさが増すだけであった。
 琉志は何か必死に声をかけていたが、この状況を受け入れたくない悠透には、どの言葉も耳に届くことはなかった。

「さっ、わんな!!」

 琉志が悠透の顔に手を伸ばしてきたが、悠透は思わず声を荒げ、手も弾いてしまった。

「悪い…おねが、い。見…んな」
「ユウト…」
「かえっ…て…」
「…これ、買ってきたやつ。置いてくから。その、ごめん」

 当たり前だが、琉志は悪いことなど一つもしていない。
 悠透に拒絶された琉志は、酷く傷ついた顔をしていた。
 悠透だって、そんな顔をさせたいわけでも、傷つけたいわけでもない。
 ただ、そのに映して欲しくなかった。その手で触れないで欲しかった。
 リュウは全てが綺麗だから。こんな状態の俺に触れたら、おまえまで汚れてしまう気がしたんだ。


 悠透は自分がオメガである事実を、どれだけ時間が経っても受け入れられない。
 しかし他の人より上に行けるのなら、アルファやベータの男の体にはない、オメガのこの体を武器にして、大嫌いなオメガの底辺までも成り下がった。
 感情を必死に殺して、殺して…自分が選んだ道なのに、琉志といると、罪悪感と劣等感に拍車がかかるようになった。
 それでも琉志のことを愛してしまったから離れることはできない。
 琉志に優しくされる度、悲しい顔をさせてしまう度、
「番になりたい」
 と、叶わぬ夢をまた抱いてしまう。
「幸せにできないなら、いっそのこと、お前が俺の前から"消えてくれたら"…」
 なんてことを、思ってしまったからか?
 ふたりの歯車は一気に狂いだし、崩壊へと勢いよく転げ落ちて行くことになる。



 発情期を見られた後、悠透は自分から連絡をした方がいいのことは分かっていた。
 しかしどんな顔で会えばいいのか、何を話したらいいのか分からず、いくら考えても考えは纏まらない。
 結局向き合うことを後回しにし、今日も接待へと向かう。
 今年で入社して七年目でしかもオメガだが、既に課長への昇進が決まっていた。
 そうなれば現在課長である萩谷課長は係長に降格するらしく、おそらく萩谷課長が悠透へその地位を譲ってくれたのだと思った。
 それでも目標としていた、青柳さんと同じところまでようやく来たのだ。嬉しくないはずはない。
 これまで青柳さんが契約を取った会社との接待も複数あり、どの会社も青柳さんのことをとても気に入っている印象を受けた。
 中には、青柳さんじゃないなら体の接待は要らないと、逆に断られることもあった。
 青柳さんは枕営業ではなく、通常の接待の場も数多く任されていた。
 それほどうまく行っていたのに、なぜ青柳さんは急に辞めてしまったのかと、ふと気になり、瀬名社長に聞いたことがあった。

「あの年、昇進の話をしていたんだ。部長になるというね。青柳くんは十分会社に貢献してくれたから、もう体を使う接待は引退させようと考えているという話も出した。それなのに辞めてしまったよ。あの子はとても優しかったから…色々と思い詰めてしまったのかもしれない」

 その話を聞き、やはり瀬名社長は信用できると思った。
 体を使う接待をオメガにやらせる企業なんて、この世には山ほどとあるだろう。
 その中だとこの会社は、この社長はとても良心的な方だと思う。
 給料だって仕事に見合ってる以上に貰えて、努力を重ねれば昇進して体を使うこともなくなる。
 そこまで頑張れば…今まで昇進しても琉志に言えなかったが、自信を持って伝えられる。
 青柳さんは課長で辞めてしまったが、俺は絶対に辞めない。
 俺はもっと…アルファよりも上に行くんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

徒花伐採 ~巻き戻りΩ、二度目の人生は復讐から始めます~

めがねあざらし
BL
【🕊更新予定/毎日更新(夜21〜22時)】 ※投稿時間は多少前後する場合があります 火刑台の上で、すべてを失った。 愛も、家も、生まれてくるはずだった命さえも。 王太子の婚約者として生きたセラは、裏切りと冤罪の果てに炎へと沈んだΩ。 だが――目を覚ましたとき、時間は巻き戻っていた。 この世界はもう信じない。 この命は、復讐のために使う。 かつて愛した男を自らの手で裁き、滅んだ家を取り戻す。 裏切りの王太子、歪んだ愛、運命を覆す巻き戻りΩ。 “今度こそ、誰も信じない。  ただ、すべてを終わらせるために。”

処理中です...