3 / 10
本編
ep.3 2人分のお弁当
「あれ?シェリルも今からお昼?」
こうして、昼食前に校内でカミユ殿下と顔をあわせたのははじめてかもしれない。
「はい。殿下も今からですか?」
「うん。これから食堂に行くところなんだ。よかったら一緒に食事しない?」
「あ……ごめんなさい、私は、その……」
お誘いは正直、嬉しいと思った。できることなら、二つ返事で応じたいとも思った。
けれど、私は今自分が持っている、そうすることができない元凶が入ったカバンを少しだけ持ち上げてカミユ殿下に見せた。
「あ、そっか、ごめん。シェリルはいつもお弁当なんだっけ」
間違ってはいない、間違ってはいないのだけれど、なぜそれがいつもだとカミユ殿下は知っていらっしゃるのだろう。
私は毎日のように自分でお弁当を作り、いつも1人中庭でそれを食べている。
けれど、そんな話、カミユ殿下にお話した覚えはなかったのに。
「残念。実は急にシェリルにおすすめしたい本を思いついてね、その話もできたらいいなって思ったんだけど」
また、後で話そうか、なんて言いながら離れていく殿下の手を、私は思わず引っ張って引き留めてしまった。
「あ、ごめんなさい。あの、その……」
「どうしたの?何か用があった?」
突然皇子殿下の腕を引っ張るという無礼を働いてしまったのに、カミユ殿下は今日もとてもお優しかった。
「もし、よろしければ、その、これを一緒に、と……」
「え?そのお弁当?でも、それ、シェリルのお昼ご飯でしょう?」
「そうなのですが、いつもその、2人分作ってしまっていて、余ってしまうので、もしよかったら……」
そこまで言ってしまって、ハッとする。
カップケーキを何も考えずに渡してしまった時と、同じことをしてしまっている。
あの時はまだ、調理実習という人目のある場所で作られた分、多少なりとも安全だったかもしれない。
だが、家でどのようにして作られたかわからない、貴族令嬢の手作り弁当なんて、皇子殿下が食べられるはずもないではないか。
「ご、ごめんなさいっ、私ったら何言って……こんなもの、カミユ殿下がお召し上がりになれるわけ……」
考えがあまりにも足りなさすぎて、恥ずかしくてすぎて、もうどうしていいかわからない。
今にもこの場を立ち去ってしまいたい衝動に駆られる。
「待って」
「は、はい……っ」
まだ、さすがに立ち去ろうとしてはいなかったはずだけれど。
それでも、どこへも行かせない、とでもいうように、今度はカミユ殿下が私の腕を掴んでいる。
「それ、シェリルが作ったお弁当なんだよね。僕が食べたいって言ったら、シェリルと一緒に食べてもいいの?」
「えっと、その……」
「食べたら、ダメなの?」
「いえ、決してダメでは……」
「本当?なら、今日のお昼は君とそのお弁当が食べたい!」
「ですが、あの、毒見とか……」
「大丈夫だよ、シェリルが作ったんだもの。でも気になるなら、先に全部シェリルが食べてくれたらいいよ。僕はシェリルが食べて大丈夫だったものだけ、食べるようにするから。ね?」
毒見ってそんなんでよかっただろうか、とか。
皇子がそんな不用心で大丈夫なんだろうか、とか。
きっと言わなければならないことはたくさんあるはずなのだけれど、私の心を埋めつくしたのは、ただカミユ殿下が食べたいと思ってくださったことが嬉しいという気持ちだった。
「カミユ殿下に食べていただけるなら、すごく嬉しいです」
「僕も、シェリルのお弁当が食べられるの、すごく嬉しいっ!待ってて、紹介しようと思ってた本、すぐに取ってくるから」
本当に嬉しそうな表情をしてくださるカミユ殿下を見ているだけで、私もますます嬉しくなる。
私は早く殿下に戻って来て欲しいと思いながら、駆け出して行った殿下を見送っていた。
「おい、どういうつもりだ?」
殿下のお姿が見えなくなった直後、背後からフランツ様が現れた。
またしても、明らかに怒っているということだけは、確かなようである。
「どういう、とは……?」
「その弁当は、俺と食べるために作っていたのだろう?」
今さら、何を言っているのだろう。
そう、確かにかつては、そうだった。
これはまだクレアが入学する前、私たちがこの学園に入学して間もない頃にはじめた事だった。
少しでもフランツ様に何かしたくて、そしてフランツ様と昼食を共にできるよう祈って、私は毎日のように2人分のお弁当を用意した。
けれど、実際に一緒に食べて貰えたのは数えるほどしかなく、クレアが入学してからは1度もなかった。
それでも、いつか一緒に食べて貰えるかもしれないと淡い期待を抱き、私は繰り返す人生の中で、毎日毎日2人分のお弁当を作り続けたのだ。
しかし、それも全て昔のことである。
今は、フランツ様と共に、お弁当を食べたいだなんて、微塵も思っていない。
そんな願いは、それこそ4度目の人生にて、捨て去ってしまっている。
それでも今も2人分作り続けてしまっているのは、単に長く続けてきた癖がどうにも抜けなくて、作るとどうしても2人分になってしまうからというだけである。
「かつては、確かにそうでした。でも、今はもう違います。フランツ様は、いつもクレアと食堂で召し上がるではないですか。私のお弁当を召し上がるはずがないと、私もよくわかっていますから」
「それでも、あわよくば俺と食べたいと、期待しているから2人分あるのだろう?」
「いいえ。それもあくまで昔のことです。今はもう2人分作る必要がなくなったけれど、かつて2人分作っていた癖が抜けなくて、不要だとわかっていても2人分作ってしまうだけです」
結局、毎日毎日、半分は捨ててしまうことになってしまって、もったいないと思っている。
それでも、1度目の人生から繰り返し続けて身につけた習慣とは恐ろしいもので、気づいたら翌日もまた2人分のお弁当を作ってしまっているのである。
「意地を張らなくていい。俺と食べたいと、今もそう思っているのはわかっている」
「いえ、そうではないと……」
「そして今、俺に食べてもらえないからゴミになってしまう弁当を、おまえは殿下に押しつけようとしているんだろ?」
「なっ!?決して、そんなつもりは……っ」
「やめておけ、おまえだって不敬罪で捕まりたくないはないだろ?」
確かに、フランツ様に差し上げる気は、フランツ様に召し上がっていただこうなどという気は、さらさらないけれど。
捨ててしまうことになるなら、とカミユ殿下に押し付けてしまっている状況は、否定ができない。
言われてみれば、皇子殿下相手に、とてつもなく失礼なことをしているかもしれない、そう思うと私は反論ができなくなった。
「僕はそんなこと、気にしていないし、不敬罪などと言うつもりもない」
突然、その場に響いた凛とした声に驚いて、私もフランツ様も声の主の方を見た。
私と目が合うや否や、カミユ殿下はとても優しい表情で、微笑んでくださった。
その表情が、大丈夫だと、そう言ってくれているような気がして、私はほっとした。
「彼女のお弁当を食べさせて欲しいと言ったのは僕で、彼女はそんな僕のわがままを聞いてくれただけにすぎない。不敬など、あるはずもないだろう?」
フランツ様にそう声をかけると、カミユ殿下はにっこりと笑って私の手を取った。
「待たせてしまって、ごめんね。今日は暴力は振るわれてない?」
「はい、大丈夫です」
「よかった、では行こうか」
フランツ様はただ呆然とその場に立ち尽くすだけで、今回は私たちを引き留めるようなことはなかった。
けれど、私はフランツ様が言っていたことを、カミユ殿下がどこから聞いていたのかが非常に気になっていた。
たとえ今は違うとしても、元々はフランツ様のために作っていたものだったということは、否定できない。
そして、捨ててしまうものであることも、否定することはできない。
不敬だとは言わないとおっしゃってくださったとはいえ、不快な思いはされているかもしれない。
「あ、あの、カミユ殿下、その、どこからお聞きになって……」
あれやこれやと考えをめぐらせていたためか、中庭にたどり着くのはあっという間だった。
私の横に腰をおろしたカミユ殿下に、私はおそるおそる問いかけた。
「ん?ああ、たぶん、だいたい聞いちゃったかなって思うけど、シェリルが心配するようなことは何もないよ」
「え……?」
「君は僕を不快になんかさせてないし、僕は本当に嬉しいと思っているだけだから」
そう言うと、カミユ殿下は、ほら早く食べようと急かしてくる。
私は慌ててカバンの中からお弁当を取り出した。
そして、それを広げると、カミユ殿下から感嘆の声があがる。
「これ、本当にシェリルが作ったの?」
「はい」
「1人で?」
「はい」
最初のうちは家の使用人たち、主に厨房で働くものたちに少し手助けをしてもらうこともあった。
でも、今ではすっかり慣れていて、1人でだいたいのものは作れるようになってしまった。
とはいえ、手の込んだ料理が入っているわけでは、ないけれど。
「お弁当用の、簡単に作れるようなものばかりで、お恥ずかしいですが……」
「ううん。どれも美味しそうだ。シェリルのおすすめはどれ?」
「そう、ですね……」
まるで、本のおすすめでも聞くかのように聞かれているのに、その対象がお弁当のおかずというだけで、なんだかとってもドキドキするような気がした。
「私はこれが気に入っているのですが……」
「そうなの?ホントだ、おいしそう!それ、食べたいから、ほら、シェリル早く食べてみて」
ああ、そういえばそうだった。
毒見の代わりに、私が食べて大丈夫だったものを召し上がることにしたんだった。
私が食べないと食べれないのだとわかって、私は慌てておすすめしたおかずを口に入れ、急いで飲み込んだ。
「大丈夫だった?何ともないよね?」
「は、はい、大丈夫です」
急ぎすぎた所為か、それとも緊張のためか、いつもより味がわからなかった以外は、何の問題もないはずだ。
私の返答を聞くとすぐに、カミユ殿下もそのおかずを召し上がった。
「うわぁ、おいしいっ!カップケーキを貰った時も思ったけど、シェリルは本当に料理上手だね。きっといいお嫁さんになるよ」
残念ながら、いいお嫁さんどころか婚約者にまともに振り向いてもらえず、婚約破棄されるような人間なのだけれど。
でも、カミユ殿下が本当に美味しそうに召し上がってくださるので、素直に嬉しいと感じることができた。
「次は、これ!これを食べてみたいなっ!」
「あ、はい、むぐ……っ」
言われたものをすぐに口に入れようとしたが、その前にカミユ殿下に口に押し込まれてしまった。
「おいしい?ねっ、おいしいよね?」
そこは、大丈夫、と聞くところでは?と思ったけれど、口の中がいっぱいの私はただこくこくと頷くことしかできない。
その頷く様子を見て、カミユ殿下はそれもまた召し上がってしまう。
私が飲み込んでしまってから問題ないことが確認できないと、毒見が成立しないのでは、と思ったけれど、にこにこと嬉しそうに笑いながら私の作ったおかずを召し上がる殿下を見ると、何も言えなくなってしまう。
「うん、これもすごくおいしいね!じゃあ、次はこれっ」
「で、殿下……私は自分でっ、むぐっ」
またしても食べたいものを私の口に放り込もうとしている殿下が見えて、慌てて止めようとしたのだけれど、それよりも前に殿下に放り込まれてしまった。
また、飲み込む前においしいか聞かれ、頷けばまた殿下もそれを召し上がる。
そんなやり取りが、全ての料理に対して1度ずつ順番に行われた。
これでカミユ殿下はどれでも自由に食べれられるようになったということで、私はようやく普通にお弁当を食べられるようになってほっとした。
「あー、おいしかった!」
お弁当はあっという間に空っぽになった。
カミユ殿下と食べるお弁当は、いつも通りの中身でしかないのに、いつもより美味しく食べられたような気がする。
「ごめん、僕、たくさん食べちゃったよね。シェリル、足りなかったんじゃない?」
「いえ、そんな。私はおなかいっぱいです。男性の方がたくさん食べると思っていましたし、たくさん食べていただけてとても嬉しいです」
食べた量は確かにカミユ殿下の言う通りお互いに半分とはならず、おそらく三分の二ほどがカミユ殿下のお腹の中におさまった。
けれど、私は足りなかったとは思っていないし、何よりそれほどたくさんおいしいと食べてもらえた事実に満たされている。
フランツ様は一緒に食べても、こんな幸せそうな表情なんて見せてはくださらなかった。
カミユ殿下はきっと、ついお弁当を一緒にとお誘いしてしまった私に惨めな思いをさせないため、付き合ってくださっただけだとわかっている。
きっと、他の貴族令嬢に対しても、同じ反応を見せてくださる、お優しい方なのだ。
それでも、私はこの瞬間幸せだった、こんな風にお弁当を食べてもらえたのははじめてだったから。
だから、それだけで、十分だとそう思った。
「そうだ、はい、これ!今なら、ちょうど、おいしいお弁当のお礼、になるかな?」
カミユ殿下がそう言って差し出してくださったのは、一冊の本だった。
いつも貸してくださるおすすめの本とは違って、それはまだ誰にも読まれていない、一目で新品だとわかるものだ。
「これ、は……」
「実は昨日、本屋で偶然見つけたんだ。以前シェリルがおすすめしてくれた本の中に、この作者の本があったから、もしかしたらこれも気に入るんじゃないかと思って」
表紙に書かれたタイトルと、美しい絵だけで、興味を惹かれるには十分すぎた。
その上、私が大好きな作者が書いた本だなんて、ますます心が踊らさせる。
「これ、新作、ですか?もう、随分書かれていなかったのに……」
「そうみたい、昨日出たばかりみたいだったから、もしかしたらシェリルもまだ持ってないかもって思って」
そんなこと、全然知らなかった。
随分書かれていないから、もう新しい作品を書かれていないだろうと決めつけていて、新作が出ているかどうか確認することさえしていなかったから。
「で、でも、これ……まだ殿下も読まれていないのでは……?」
「うん。それはシェリルにプレゼントしたくて買ったものだから。もし面白かったら、今度僕に貸してくれる?」
「いただいて、よろしいの、ですか……?」
「もちろん。君のために買ったんだから」
「嬉しいです、ありがとうございます」
大好きな作家の新作の小説を手にできたことも、もちろん嬉しかった。
けれど、この本を見つけたカミユ殿下が、私のことを思い出して、私のためにこの本を手に入れてくださったという事実がそれ以上に嬉しすぎて、おかしくなってしまいそうだ。
「大切にします」
私はいただいた本を、宝物のようにぎゅっと抱きしめた。
こうして、昼食前に校内でカミユ殿下と顔をあわせたのははじめてかもしれない。
「はい。殿下も今からですか?」
「うん。これから食堂に行くところなんだ。よかったら一緒に食事しない?」
「あ……ごめんなさい、私は、その……」
お誘いは正直、嬉しいと思った。できることなら、二つ返事で応じたいとも思った。
けれど、私は今自分が持っている、そうすることができない元凶が入ったカバンを少しだけ持ち上げてカミユ殿下に見せた。
「あ、そっか、ごめん。シェリルはいつもお弁当なんだっけ」
間違ってはいない、間違ってはいないのだけれど、なぜそれがいつもだとカミユ殿下は知っていらっしゃるのだろう。
私は毎日のように自分でお弁当を作り、いつも1人中庭でそれを食べている。
けれど、そんな話、カミユ殿下にお話した覚えはなかったのに。
「残念。実は急にシェリルにおすすめしたい本を思いついてね、その話もできたらいいなって思ったんだけど」
また、後で話そうか、なんて言いながら離れていく殿下の手を、私は思わず引っ張って引き留めてしまった。
「あ、ごめんなさい。あの、その……」
「どうしたの?何か用があった?」
突然皇子殿下の腕を引っ張るという無礼を働いてしまったのに、カミユ殿下は今日もとてもお優しかった。
「もし、よろしければ、その、これを一緒に、と……」
「え?そのお弁当?でも、それ、シェリルのお昼ご飯でしょう?」
「そうなのですが、いつもその、2人分作ってしまっていて、余ってしまうので、もしよかったら……」
そこまで言ってしまって、ハッとする。
カップケーキを何も考えずに渡してしまった時と、同じことをしてしまっている。
あの時はまだ、調理実習という人目のある場所で作られた分、多少なりとも安全だったかもしれない。
だが、家でどのようにして作られたかわからない、貴族令嬢の手作り弁当なんて、皇子殿下が食べられるはずもないではないか。
「ご、ごめんなさいっ、私ったら何言って……こんなもの、カミユ殿下がお召し上がりになれるわけ……」
考えがあまりにも足りなさすぎて、恥ずかしくてすぎて、もうどうしていいかわからない。
今にもこの場を立ち去ってしまいたい衝動に駆られる。
「待って」
「は、はい……っ」
まだ、さすがに立ち去ろうとしてはいなかったはずだけれど。
それでも、どこへも行かせない、とでもいうように、今度はカミユ殿下が私の腕を掴んでいる。
「それ、シェリルが作ったお弁当なんだよね。僕が食べたいって言ったら、シェリルと一緒に食べてもいいの?」
「えっと、その……」
「食べたら、ダメなの?」
「いえ、決してダメでは……」
「本当?なら、今日のお昼は君とそのお弁当が食べたい!」
「ですが、あの、毒見とか……」
「大丈夫だよ、シェリルが作ったんだもの。でも気になるなら、先に全部シェリルが食べてくれたらいいよ。僕はシェリルが食べて大丈夫だったものだけ、食べるようにするから。ね?」
毒見ってそんなんでよかっただろうか、とか。
皇子がそんな不用心で大丈夫なんだろうか、とか。
きっと言わなければならないことはたくさんあるはずなのだけれど、私の心を埋めつくしたのは、ただカミユ殿下が食べたいと思ってくださったことが嬉しいという気持ちだった。
「カミユ殿下に食べていただけるなら、すごく嬉しいです」
「僕も、シェリルのお弁当が食べられるの、すごく嬉しいっ!待ってて、紹介しようと思ってた本、すぐに取ってくるから」
本当に嬉しそうな表情をしてくださるカミユ殿下を見ているだけで、私もますます嬉しくなる。
私は早く殿下に戻って来て欲しいと思いながら、駆け出して行った殿下を見送っていた。
「おい、どういうつもりだ?」
殿下のお姿が見えなくなった直後、背後からフランツ様が現れた。
またしても、明らかに怒っているということだけは、確かなようである。
「どういう、とは……?」
「その弁当は、俺と食べるために作っていたのだろう?」
今さら、何を言っているのだろう。
そう、確かにかつては、そうだった。
これはまだクレアが入学する前、私たちがこの学園に入学して間もない頃にはじめた事だった。
少しでもフランツ様に何かしたくて、そしてフランツ様と昼食を共にできるよう祈って、私は毎日のように2人分のお弁当を用意した。
けれど、実際に一緒に食べて貰えたのは数えるほどしかなく、クレアが入学してからは1度もなかった。
それでも、いつか一緒に食べて貰えるかもしれないと淡い期待を抱き、私は繰り返す人生の中で、毎日毎日2人分のお弁当を作り続けたのだ。
しかし、それも全て昔のことである。
今は、フランツ様と共に、お弁当を食べたいだなんて、微塵も思っていない。
そんな願いは、それこそ4度目の人生にて、捨て去ってしまっている。
それでも今も2人分作り続けてしまっているのは、単に長く続けてきた癖がどうにも抜けなくて、作るとどうしても2人分になってしまうからというだけである。
「かつては、確かにそうでした。でも、今はもう違います。フランツ様は、いつもクレアと食堂で召し上がるではないですか。私のお弁当を召し上がるはずがないと、私もよくわかっていますから」
「それでも、あわよくば俺と食べたいと、期待しているから2人分あるのだろう?」
「いいえ。それもあくまで昔のことです。今はもう2人分作る必要がなくなったけれど、かつて2人分作っていた癖が抜けなくて、不要だとわかっていても2人分作ってしまうだけです」
結局、毎日毎日、半分は捨ててしまうことになってしまって、もったいないと思っている。
それでも、1度目の人生から繰り返し続けて身につけた習慣とは恐ろしいもので、気づいたら翌日もまた2人分のお弁当を作ってしまっているのである。
「意地を張らなくていい。俺と食べたいと、今もそう思っているのはわかっている」
「いえ、そうではないと……」
「そして今、俺に食べてもらえないからゴミになってしまう弁当を、おまえは殿下に押しつけようとしているんだろ?」
「なっ!?決して、そんなつもりは……っ」
「やめておけ、おまえだって不敬罪で捕まりたくないはないだろ?」
確かに、フランツ様に差し上げる気は、フランツ様に召し上がっていただこうなどという気は、さらさらないけれど。
捨ててしまうことになるなら、とカミユ殿下に押し付けてしまっている状況は、否定ができない。
言われてみれば、皇子殿下相手に、とてつもなく失礼なことをしているかもしれない、そう思うと私は反論ができなくなった。
「僕はそんなこと、気にしていないし、不敬罪などと言うつもりもない」
突然、その場に響いた凛とした声に驚いて、私もフランツ様も声の主の方を見た。
私と目が合うや否や、カミユ殿下はとても優しい表情で、微笑んでくださった。
その表情が、大丈夫だと、そう言ってくれているような気がして、私はほっとした。
「彼女のお弁当を食べさせて欲しいと言ったのは僕で、彼女はそんな僕のわがままを聞いてくれただけにすぎない。不敬など、あるはずもないだろう?」
フランツ様にそう声をかけると、カミユ殿下はにっこりと笑って私の手を取った。
「待たせてしまって、ごめんね。今日は暴力は振るわれてない?」
「はい、大丈夫です」
「よかった、では行こうか」
フランツ様はただ呆然とその場に立ち尽くすだけで、今回は私たちを引き留めるようなことはなかった。
けれど、私はフランツ様が言っていたことを、カミユ殿下がどこから聞いていたのかが非常に気になっていた。
たとえ今は違うとしても、元々はフランツ様のために作っていたものだったということは、否定できない。
そして、捨ててしまうものであることも、否定することはできない。
不敬だとは言わないとおっしゃってくださったとはいえ、不快な思いはされているかもしれない。
「あ、あの、カミユ殿下、その、どこからお聞きになって……」
あれやこれやと考えをめぐらせていたためか、中庭にたどり着くのはあっという間だった。
私の横に腰をおろしたカミユ殿下に、私はおそるおそる問いかけた。
「ん?ああ、たぶん、だいたい聞いちゃったかなって思うけど、シェリルが心配するようなことは何もないよ」
「え……?」
「君は僕を不快になんかさせてないし、僕は本当に嬉しいと思っているだけだから」
そう言うと、カミユ殿下は、ほら早く食べようと急かしてくる。
私は慌ててカバンの中からお弁当を取り出した。
そして、それを広げると、カミユ殿下から感嘆の声があがる。
「これ、本当にシェリルが作ったの?」
「はい」
「1人で?」
「はい」
最初のうちは家の使用人たち、主に厨房で働くものたちに少し手助けをしてもらうこともあった。
でも、今ではすっかり慣れていて、1人でだいたいのものは作れるようになってしまった。
とはいえ、手の込んだ料理が入っているわけでは、ないけれど。
「お弁当用の、簡単に作れるようなものばかりで、お恥ずかしいですが……」
「ううん。どれも美味しそうだ。シェリルのおすすめはどれ?」
「そう、ですね……」
まるで、本のおすすめでも聞くかのように聞かれているのに、その対象がお弁当のおかずというだけで、なんだかとってもドキドキするような気がした。
「私はこれが気に入っているのですが……」
「そうなの?ホントだ、おいしそう!それ、食べたいから、ほら、シェリル早く食べてみて」
ああ、そういえばそうだった。
毒見の代わりに、私が食べて大丈夫だったものを召し上がることにしたんだった。
私が食べないと食べれないのだとわかって、私は慌てておすすめしたおかずを口に入れ、急いで飲み込んだ。
「大丈夫だった?何ともないよね?」
「は、はい、大丈夫です」
急ぎすぎた所為か、それとも緊張のためか、いつもより味がわからなかった以外は、何の問題もないはずだ。
私の返答を聞くとすぐに、カミユ殿下もそのおかずを召し上がった。
「うわぁ、おいしいっ!カップケーキを貰った時も思ったけど、シェリルは本当に料理上手だね。きっといいお嫁さんになるよ」
残念ながら、いいお嫁さんどころか婚約者にまともに振り向いてもらえず、婚約破棄されるような人間なのだけれど。
でも、カミユ殿下が本当に美味しそうに召し上がってくださるので、素直に嬉しいと感じることができた。
「次は、これ!これを食べてみたいなっ!」
「あ、はい、むぐ……っ」
言われたものをすぐに口に入れようとしたが、その前にカミユ殿下に口に押し込まれてしまった。
「おいしい?ねっ、おいしいよね?」
そこは、大丈夫、と聞くところでは?と思ったけれど、口の中がいっぱいの私はただこくこくと頷くことしかできない。
その頷く様子を見て、カミユ殿下はそれもまた召し上がってしまう。
私が飲み込んでしまってから問題ないことが確認できないと、毒見が成立しないのでは、と思ったけれど、にこにこと嬉しそうに笑いながら私の作ったおかずを召し上がる殿下を見ると、何も言えなくなってしまう。
「うん、これもすごくおいしいね!じゃあ、次はこれっ」
「で、殿下……私は自分でっ、むぐっ」
またしても食べたいものを私の口に放り込もうとしている殿下が見えて、慌てて止めようとしたのだけれど、それよりも前に殿下に放り込まれてしまった。
また、飲み込む前においしいか聞かれ、頷けばまた殿下もそれを召し上がる。
そんなやり取りが、全ての料理に対して1度ずつ順番に行われた。
これでカミユ殿下はどれでも自由に食べれられるようになったということで、私はようやく普通にお弁当を食べられるようになってほっとした。
「あー、おいしかった!」
お弁当はあっという間に空っぽになった。
カミユ殿下と食べるお弁当は、いつも通りの中身でしかないのに、いつもより美味しく食べられたような気がする。
「ごめん、僕、たくさん食べちゃったよね。シェリル、足りなかったんじゃない?」
「いえ、そんな。私はおなかいっぱいです。男性の方がたくさん食べると思っていましたし、たくさん食べていただけてとても嬉しいです」
食べた量は確かにカミユ殿下の言う通りお互いに半分とはならず、おそらく三分の二ほどがカミユ殿下のお腹の中におさまった。
けれど、私は足りなかったとは思っていないし、何よりそれほどたくさんおいしいと食べてもらえた事実に満たされている。
フランツ様は一緒に食べても、こんな幸せそうな表情なんて見せてはくださらなかった。
カミユ殿下はきっと、ついお弁当を一緒にとお誘いしてしまった私に惨めな思いをさせないため、付き合ってくださっただけだとわかっている。
きっと、他の貴族令嬢に対しても、同じ反応を見せてくださる、お優しい方なのだ。
それでも、私はこの瞬間幸せだった、こんな風にお弁当を食べてもらえたのははじめてだったから。
だから、それだけで、十分だとそう思った。
「そうだ、はい、これ!今なら、ちょうど、おいしいお弁当のお礼、になるかな?」
カミユ殿下がそう言って差し出してくださったのは、一冊の本だった。
いつも貸してくださるおすすめの本とは違って、それはまだ誰にも読まれていない、一目で新品だとわかるものだ。
「これ、は……」
「実は昨日、本屋で偶然見つけたんだ。以前シェリルがおすすめしてくれた本の中に、この作者の本があったから、もしかしたらこれも気に入るんじゃないかと思って」
表紙に書かれたタイトルと、美しい絵だけで、興味を惹かれるには十分すぎた。
その上、私が大好きな作者が書いた本だなんて、ますます心が踊らさせる。
「これ、新作、ですか?もう、随分書かれていなかったのに……」
「そうみたい、昨日出たばかりみたいだったから、もしかしたらシェリルもまだ持ってないかもって思って」
そんなこと、全然知らなかった。
随分書かれていないから、もう新しい作品を書かれていないだろうと決めつけていて、新作が出ているかどうか確認することさえしていなかったから。
「で、でも、これ……まだ殿下も読まれていないのでは……?」
「うん。それはシェリルにプレゼントしたくて買ったものだから。もし面白かったら、今度僕に貸してくれる?」
「いただいて、よろしいの、ですか……?」
「もちろん。君のために買ったんだから」
「嬉しいです、ありがとうございます」
大好きな作家の新作の小説を手にできたことも、もちろん嬉しかった。
けれど、この本を見つけたカミユ殿下が、私のことを思い出して、私のためにこの本を手に入れてくださったという事実がそれ以上に嬉しすぎて、おかしくなってしまいそうだ。
「大切にします」
私はいただいた本を、宝物のようにぎゅっと抱きしめた。
あなたにおすすめの小説
好きな人が嬢を身請けするのが辛くて逃げたら捕まりました~黒服の私は執着騎士に囲われる~
こじまき
恋愛
騎士が集う高級酒場「夜香楼」で女性黒服として働くソフィアは、客である寡黙な騎士ゼインに恋していた。けれど彼が指名するのはいつも人気花嬢イサナで、身請けも近いと予想されていた。
ソフィアは、叶わない想いにと嫉妬に耐えきれず、衝動的に店を去る。
もう二度と会うことはないはずだったのに、身請けした嬢と幸せに暮らしているはずの彼が追ってきて――
「お前への愛は焼き印のように刻まれていて、もう消えない」
――失恋したと思い込んで逃げた黒服が、執着系騎士様に捕まって囲われる話。
※小説家になろうにも投稿しています
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます
ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。
前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。
社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。
けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。
家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士――
五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。
遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。
異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。
女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。
悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。
なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。
超ご都合主義のハッピーエンド。
誰も不幸にならない大団円です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
小説家になろう様でも投稿しています。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
本編完結済み。
続きのお話を、掲載中です。
続きのお話も、完結しました。