電波少年と幽霊マネージャーの迷宮探索裏街道

春池 カイト

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1 電波少年の受難

深夜の訪問者

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 ちょっとしたハプニングもあったが、無為な夏休みの一日の刺激としては楽しめた。
 とはいえ、何が変わるわけでもなく、いつものルーティンを過ごして風呂にも入り、後は寝るだけとなった。

 昼間は汗ばむぐらいだったが、日が暮れると涼しくなってきた。
 これは山に住む一番のメリットだよな、と僕は思っている。
 最近は町だとエアコンなしには一日で体調を崩してしまうぐらいの猛暑なのだ。

 いつものように、和室に布団を敷き、蚊帳をセットして蚊取り線香に火をつける。
 縁側の庭に面した部分はちゃんと網戸があるが、この家は構造が古いのでいろいろ隙間があり、虫は入ってきてしまう。
 それでも蚊帳と蚊取り線香があれば、今のところ睡眠中は快適で虫に噛まれることもない。

 寝床に横になる。
 目を閉じると感じられるのはちょっとした雑音のみ。
 日中起きているときはもう気にならない程度だが、こうしていると存在感を増してくる。
 この家は、実はアンテナを立てても地上波テレビの電波が入らないぐらいなので、この聞こえてくる音はAM放送かFM放送だろう。
 一時期廃止という声もあったAM中波放送だが、このような世の中になり、ひとつの基地局から広範囲に情報を届けることができるということで見直された。
 少なくともあと25年、女神たちのいう異世界のかけらの衝突が起こり、世界が滅ぶか世界が続くかはっきりする後まで放送は続けられることに決まっていた。

 僕のスキルに関していえば、放送の電波はそんなにうるさくない。
 波が一定でずっと同じ調子で流れているので、悪臭なんかと一緒で慣れてしまえば気にならないのだ。
 それに対して無線LANとか携帯電話とかは最悪だ。
 細かく相互に信号のやり取りをしているので、頭が揺さぶられるような衝撃が加わってくる。
 それが町中であれば周囲に無数に発生源が存在するわけだから大変だ。
 訓練でやるようなPCとルータ間の一対一通信でつらいとか言っているようでは先が遠い。

「はあ……」

 見通しの暗さに思わずため息がでてしまう。
 だけど、それで体の力が抜けたのか徐々に眠気が押し寄せてくる。
 明日も頑張ろう。
 そんなことを思いながら僕は眠気に身を任せるのだった。


*****


『……』
『……え……』
『……ねえ……』

 夢?
 いや、自分が今見ていたのは丸いカラスに乗って土星に旅立つ夢だったはずだ。
 その夢自体いろいろ疑問もあるけど、まあ夢に脈絡とかリアリティとか求めてもしょうがない。それよりもだ……
 僕は目を開けて、周囲の様子におかしいところがないことを確認して声を出す。

「誰?」

 こんな山奥の民家、一人暮らしの室内で誰かの声が聞こえるというのは異常事態だ。

「この家に盗るものなんかないよ」

 強盗だとしても、効率がいいとは言えないはず。
 現金や金目のものは無く、価値があるのはせいぜい家電やPCぐらいのものだ。

『誰が泥棒よ! こんなちょー美少女がそんなことするわけないじゃない』

 言い返す声は、確かに若い女性の物だったが、何か聞こえ方が変だ。
 だけど、こんな夜中に侵入してくるんだから好ましい人物ではないはずだ。
 僕は言い返す。

「美少女って自分でいう人は微妙な少女、略して『微少女』だと思うんだけど」
『ひどいわね、とにかく起きなさいよ』

 言う通りにするのは癪だが、こうしていても始まらないので肘をついて体を起こす。
 声のした方を見ると、蚊帳を通したからだろうかぼやけた視界の中に、同じようにぼやけた女性が座り込んでいるのが見えた。
 確かに家に不法侵入者が存在する。
 僕はドキドキしながらも、平静を装う。

「ああ、おはよう」
『おはよう……って、なんか冷静ね』
「だって起きたらおはようでしょ?」

 見た感じ夜は明けてないので、外は真っ暗だった。
 僕は寝るときは豆球派なので、室内は薄明りで慣れた目では様子がわかる……って! よく見るとこの女性は……
 僕は慌てて蚊帳をめくって確認する。

「まさか、幽霊⁉」

 そう、目の前の女性はそれ自体透けていた。
 年齢はよくわからないけど10代には見えるが、僕よりは年上な雰囲気。
 髪色は豆球の光でオレンジ色の薄明りなのでよくわからないが明るめの感じがする。
 そして顔立ちは、自分でいう通り整っている……ように見える。
 なにせ全体的にぼやけているので多分そうだろうという雰囲気でしかわからないのだ。

『幽霊……なのかな?』
「そうだよね、自分で幽霊だって証明なんてできないし……」

 そもそも実在が証明されていない。

『あ、でもちゃんと死んだ記憶があるから、多分幽霊。生まれたてぴちぴちの幽霊だよ。ほら、この卵のような肌……』
「ぼやけてしか見えないんで卵肌か卵焼き肌かわからないので、ノーコメントで……」
『そっかあ……』

 話している限り、生者に恨みのあるタイプじゃなさそうなのは助かる。
 幽霊は怖いけど、それは見た目が恐ろしかったり、襲い掛かってきたりするからで、その意味では冷静に会話が成り立つこの相手はそれほど怖くない。

「それで、その幽霊さんがなんでこんなところに?」
『ああ、そうだった。いやあ、こうなってから人と話すのが初めてで、ついついうれしくなっちゃった。いやあ、いろいろ回ったけど、みんな全然気づいてくれないんだもん』
「あれ? でもはっきり……とはいえないか……ぼんやりとだけどちゃんと見えてるよ?」

 少なくとも町中に漂っていたらニュースになるレベルで存在感がある。
 声も……ちょっと聞こえ方が変だけど聞こえる。

『普通の人には見えないみたい。多分、君のスキルとかそんなんじゃないかな?』
「え? ……ああ、そういうことか……」

 電波スキルはモンスターのゴースト相手に有効という話を思い出した。
 現実の幽霊もゴーストと似たようなものだから、電磁波で干渉できてもおかしくなく、このうるさいぐらい主張してくる電波スキルが幽霊と会話する助けになっているのかもしれない。
 ちなみに、ダンジョンのゴーストは普通の人に見えないわけではない。

『あ、やっぱり、心当たりあるんだよね? いやあ、さすがダンジョンのスキル、苦労して甲斐があったよ……』

 ん? 聞き捨てならないことを彼女が口に出したぞ。

「え? それって……」

 ダンジョンを存在など他にはいない。

『私の名前はエリス・ベル。ダンジョンを作った23人の女神の一人よ……生前はね』

 それを聞いて僕は衝撃を受けたが、それより気になることがあった。
 女神って死ぬんだ……
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