電波少年と幽霊マネージャーの迷宮探索裏街道

春池 カイト

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3 騒がしく始まり、静かに終わる

お盆休み(4)

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「あ、来たね」

 今度はエンジン音がする前に気づく。
 誰か携帯の電源つけたままだな。

「あ……そういうことか……」

 父さんが立ち上がり外に出る。
 しばらくして、エンジン音が近づき、車が止まって、電波が止む。

「ごめんね、すっかり忘れていて……」

 言いながら入ってくるのはいとこのサクラ姉さんだ。

「お医者さんがそんなことでいいの?」

 病院も携帯電話の使用に制限があったはずだ。

「まだ学生だから、大目に見てよ」

 サクラ姉さんは医大生で、確か今年で4年目のはずだ。
 医学部だからまだ卒業までは遠い。

「元気そうじゃない。よかったわ」
「本当だな……それにしても結構改築したなあ」

 おじいさんとおばあさんも入ってくる。
 おじいさんはかつて過ごした家の変わりように驚いているようだ。

「寿司、どこに置いたらいい?」
「あ、じゃあ食卓に……」

 三段重ねの寿司桶を抱えておじさんが右往左往しているのを母さんが指示してダイニングに運び込むのを横目に見ながら、僕は全員分の座布団を用意する。
 今日はいつものこたつ机と別の座卓を連結してこちらで食事の予定だ。
 普段一人の家に大勢が集まって一気ににぎやかになった。
 腰を下ろしたおじいさんの向かいに僕も座る。

「ひいおばあちゃんとカズアキは残念だね……」
「そうだなあ、母さんも年だから……カズアキは合宿だしな」

 ひいおばあちゃんは、今入院している。
 この暑さで体調を崩したようで、重い病気とかでは無く、退院すればまた元気になるだろうとのことだったが、もう90が見えている年齢なので心配ではある。
 そしていとこのカズアキは一つ上の高2なのだが、ダンジョンなどには目もくれずサッカーに邁進している。
 そんなわけで、今日は祖父母、おじさん、おばさんといとこのサクラ姉さんが来訪したのだ。

「でもお寿司なんて大丈夫? この暑いのに……」
「ああ、この近くの寿司屋で注文したから問題ない」

 かつての同級生の息子が継いだ寿司屋が集落の方にあるそうだ。
 帰りに寿司桶を返してくれるそうだ。
 確かに、こんなところまで寿司桶を取りに来てもらうのは気の毒だ。

「はい、お茶」
「ありがとう」

 おばさんと母さんが手分けして皆にお茶と羊羹を出してくれる。
 さすがにこの人数が集まるのでエアコンはすでにつけてある。
 熱いお茶の方がいいということなんだろう。

 それからは、互いの、いや僕も含めて三方の近況を話したり、その流れで昼ごはんをみんなで食べることになった。
 父さんとおじさんは運転があるので禁酒だが、おじいさんとサクラ姉さんは気にせず缶ビールを空けていた。ついでにおばさんも我慢できなかったようで飲み始める。
 運転免許自体はおじいさんも維持しているし、サクラ姉さんも持っていたはずだが、どちらも大きい車の運転には難があるということでお役御免だったのだ。

 僕が山にこもっている間に世間ではいろいろ動きもあったようだ。
 ダンジョンにこれまで以上に注力するという雰囲気があって、そのあたりのことをトップ探索者の父さんが聞かれている。
 「女神が焦っている」という話は数日前にエリスから聞いていたけど、実際にもう影響が出ているみたいだ。
 さすがに、月1で4時間というのを増やすのは皆の生活に負担が大きいから、まずは座り込むのではなく探索する人を増やす方向で動くらしい。
 とはいえ、持ち帰ってくるものなどほとんどが各金属のチップだから、それらの買い取り価格を上げるのも経済的には負担になる。
 リソースが抜けきったチップは、全く普通の金属なのだから、相場通りの取引しかできない。
 もちろん奥地の物品は価値が高くなるが、そこまで行けるのは本格的な探索者だけだ。
 入口広間組を探索者に仕立て上げるのには使えない。
 そんなわけで政府の方も苦慮しているようだった。

 ちなみに、おじさんおばさんは二人とも勤め人だ。
 我が家が父母そして最近は僕もダンジョンに深くかかわっているのと対照的で、全く探索とはかかわりがない。

「そういえば、権利はもう書き換えたんだっけ?」
「ああ、もう手続きは終わってるよ」

 父さんとおじいさんの間で話題になっているのは、この家のことらしい。
 名義がおじいさんだったのだが、今回改築して使用するにあたって父さんが買い取ることになったのだ。
 もともと大して価値のある不動産ではないので、査定してもらった結果車一台分ぐらいの値段だったそうだ。
 まあ、下手をすると動産になりかねないからね……


*****


「今は元気でも、病院遠いんだからちょっとおかしいと思ったら早めに連絡するのよ」
「うん、勉強頑張ってね」

 そんなことを洗った寿司桶を抱えたサクラお姉ちゃんと話しているが、おじさん一家はそろそろ帰るようだ。

「じゃあな」
「良くなったらまたこっちに来てね」

 おじいさんやおばあさんとも挨拶して、皆はおじさんの車で帰っていった。

「結構残ったわね……寿司って冷凍できたかしら?」
「冷凍寿司って売っているから大丈夫だと思うぞ」

 ダンジョンの奥で冷凍寿司を解凍して食べる剛の者がいるらしい。
 さすがに桶三つもあったので、3人前ぐらいは残っているだろうか?

「じゃあ大丈夫ね、一度に食べちゃだめだからね、カナくん」
「わかってる」
「ビールは残しておこうか?」
「誰が飲むのよ」
「カナメ」
「飲まないよ」

 ということで、寿司だけ残してもらうことにした。

『私が飲むのに……』

 との幽霊の声は無視だ。

「それじゃ、私たちもそろそろ帰るね」
「次は来月になるかな」
「うん、お父さんも気を付けてね」

 そして、両親の車を外に出て見送った。
 玄関から家の中に入る。
 一気にがらんとした家に、ちょっと寂しい気分になってしまう。

「あれ?」

 食卓に置いてあった寿司が無い。

「まさか!」

 和室に行くと、天狗が寿司を食べていた。
 この短時間でもう半分ぐらいなくなっている。

「一人で食べるつもり?」
「カナメはたくさん食べたじゃないの」
「そもそも食べる必要ないよね? 幽霊だし」
「食べられるときに食べる。世の中の真理よね」

 ということで、3人前の寿司はすべて天狗の腹の中に納まった。

「いやあ、この3日ストレスがたまる日だったわよね」
「別にこの家にいないでダンジョンでゆっくりしていたら良かったのに……」
「それも暇だし、カナメの家族にも興味はあったし……あ、それとあの太バット、隠し忘れてたわよ」
「あ、そうだった」

 もちろんナタや作業服、ヘルメットなどはわからないように元通りにしておいたのだが、あのこん棒だけはごまかしようがない。

「私が隠しておいたわよ、裏のダンジョンのもうちょっと奥」
「あ、ありがとう……」
「感謝してるなら羊羹も切りなさい。まだ残ってるんでしょ?」

 ということで、感謝のしるし(羊羹の残り)も彼女の腹に収まった。僕は一切れだけもらった。
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