電波少年と幽霊マネージャーの迷宮探索裏街道

春池 カイト

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3 騒がしく始まり、静かに終わる

(幽霊少女語る)マリア

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 振り返る必要があるのは、まだ私が天狗の体だからだ。
 幽霊であれば一瞬なのに、肉体を持つことが煩わしく感じてしまう。あんなに求めていたことだったのに……
 背後にいたのはよく見知った顔、私と共にダンジョンのモンスター担当だったマリア・ドミノだ。
 相変わらず、不健康そうな顔をして、医者のような恰好をしている。

「どこに姿をくらませたかと思っていたら、こんなところで少年を囲っているとは思いませんでした。まさか使命を放り出しているわけではないでしょうね?」

 相変わらず感情の起伏を感じない声。
 昔からそうなので、もう慣れたが最初は冷たい女だと思っていた。
 長年付き合っていれば、実際にはそうでなく、比較的話を聞いてくれるのだとわかるのだが、今は少し責めるような雰囲気がある。

「そんなことはっ!」

 ……いや、まだ敵とも味方ともわからない。
 それに、現在の私の状態をどこまでわかっているのか?
 仮に私を殺した相手だとするなら、私が存在し続けているということに踊るかないのはおかしい。
 姿が違っていることは……そういえば元から自由自在だったわね。自分でも忘れていた。
 ここは、なるべくこちらの情報を伏せつつ相手の情報を得られるように立ち回ろう。

「……いや、使命は忘れていないわ。でも、やり方はそれぞれでしょう? みんなで一致団結なんて私たちのやり方じゃないはずだけど……」

 どう反応する?

「……ふむ、それはそうですね。ですが、ジュリア・ウッドなど、あなたがいなくなってかなり荒れていますよ」

 待て、そうだとするとジュリア・ウッドは白か……だめだ、そのあたりの記憶がはっきりしない。なんだ? 殺された時のこともまだ思い出せないし、その時と似たようなことが……
 確かなことは……そうだ!

「そう、だけど今は合流しない方がいいと思うんだよね。ちょっと物騒なことが起こってるんだ……そっちは把握しているの?」

 そっち……マリア・ドミノは一匹狼の印象が強い。だが、もし彼女が自分を曲げてどこかの派閥に所属しているのだとすると、『そっち』とはその派閥のことだと認識するだろうし、そうでなければ彼女自身のことだと解釈するだろう。
 果たしてどう出るか……

「ふむ、私も世界の安定のために各国を飛び回っていますが、今のところ不穏な空気は感じていません。純粋派と効率派の対立は今まで通りだけど決定的なことにはなっていない認識ですが……何かあったのですか?」

 どうしよう?
 どちらともつながりが無いように思えるし、実はつながりがあっても、私を殺した側ではとりあえずなさそう。
 いっそ、うち開けてみるか……

「えっと、私は殺されたのよ。で、今の体はダンジョンマスターを乗っ取って再現したからだなの。だから……」
「なるほど……」

 彼女はすぐに問題を認識したようだった。
 だが、続く言葉は私の想像の外にあった。

「……そういうことですか……あなたが覚えていない、ということは深刻ですね」

 覚えていない?
 つまり、彼女は私が殺されたことを知っている?
 だとすると、彼女は敵側?
 私は、攻撃態勢をとる。
 手には扇。
 本来もっとリソースがあれば、天狗はこれを武器にして敵を切り裂いたり吹き飛ばしたりする。

「待ってください、そもそもあなたは自分が何を存因としているのか忘れているのですよ」
「存因?」

 そうだ、なんで今まで忘れていたのか……
 私たちのような存在は、それぞれ異なった『この世に居続けることになった原因』を持っている。
 あるものは肉体を維持する働きが過剰であり、年を取らずに永遠に存在する。あるものはデータ上の存在であって、この世からコンピューターが一掃されでもしない限り生き続ける。年に1日しか存在しないことで非常に長い間存在するものもいる。
 そして、私自身は……

「自由に生命を作り出すことができるエリス・ベル。その本体はであって、だからこそあなたを殺せるものは存在しません。だから、私が問題だと言ったのは、あなたの記憶が操作されているということです」
「そう……そうなのね」

 だが、自分ではそういう認識はなかったし、今、もともと自分が幽体だということは確かに実感としてあるが、なぜ今まで思い出せなかったのかはわからない。
 そして肝心の生命を作り出すということに関しては、全然できる気がしない。やり方も覚えていない。
 そのあたりの事情を私はマリアに話す。

「能力の封印……そこまで高度な記憶の操作を行えるとなると……」
「うん、ありがとう、だけどこれは私の問題よ。あなたを巻き込むわけにはいかない」
「そうはいっても……いえ、そうですね。誰の仕業にしても、今こちらから動くのは得策ではない。それは理解できます」

 彼女を巻き込んで大っぴらに犯人捜しをすることで、何が起きるのかは考えたくもない。私以外にも記憶を操作されている者がいるかもしれない……いや、いるだろう。
 そんな状況で今内部の勢力分布がどうなっているのかは不明だし、しばらく裏に潜んで情報を集める必要があるだろう。

「マリアも気を付けてね、何が起きているのか全然わからないから」
「ええ、そうですね。気を付けます」
「とりあえず私の方は放っておいて、もう少ししたらいくらか力をとりもどせると思う。地道に記憶と力を取り戻すように頑張るわ」
「なるほど、今のあなただと確かにいざという時の戦力に不安がありますね……」
「いずれ戦線に復帰するから、それまではマリアも、情報集めをお願いね」
「わかりました。取り合えず定期的に寄らせてもらうことにします」
「ありがとう」
「それと……そこの子、育てているんでしょう?」
「ええ、ちょっと今は町中に下りれない事情があるんだけど……」

 そして私はマリアにカナメの事情について説明した。

「なるほど……では……これを置いていきましょう」

 マリアは虚空から、ひとつの箱を取り出した。

「それは……本気?」
「ええ、使用には問題ないはずですし、危険もありません。もちろん一般に流通させるのにはいろいろ問題があるでしょうが、せっかく作ったものが使われないのは私たちにとっても悲しいことでは?」
「そうなんだよね……」

 だけど、単純な危険性の他に、カナメの体に傷をつけることが私には嫌なことだった。
 何とか非侵襲な形にできないかどうかさんざん研究したが、結局無理だということでボツになったものの一つだ。

「ともかく、これは置いておきます。使用に関してはお任せしますね」
「ええ、ありがとう」

 受け取ったその箱には、『アトシマツ』と読めるアルファベットの略称が記されている。
 日本語でいえば後始末、しかしそれは偶然の一致であり、そのような意味はないのだけれど……

「では私は……」
「ええ、訪ねてくれてありがとう、まりあ、気を付けてね」
「あなたこそ、はしゃぎすぎて目を付けられないようご注意を」

 そして、彼女は部屋を出ていき、後には私と眠るカナメだけが残される。
 手の中の箱に目を落とす。
 どうしよう……
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