聖女の水鏡

七川湖穂 / 掛園湖冬

文字の大きさ
1 / 6

1

しおりを挟む
「ティエサ! 支度は終わってるのよね!?」

 店の奥の机に向かいっぱなしのティエサを一瞥して、母が太い声を飛ばす。お客さんのいない時はいつも勝ち気でせっかちだ。口でティエサをせっつきながら、木桶の切り花を一本ずつ確かめる手は止まらない。

「見ての通り仕上がってるよー」

 裏口では、仕入れた花を仲買人の荷馬車から父が運び込み、兄は店の表に並べる桶を抱えていた。

 ティエサの家は花屋だ。水仕事力仕事だらけだし、時には鉢物の土や、花や葉自体の色が付くこともある。

 そのため、今日は聖女候補選別――通称「水鏡の儀式」に行くための一張羅を汚せない、とティエサは最も忙しい朝の開店準備に一切触らせてもらえない。それで仕方なく、奥の机で仕入台帳をめくっている。父の台帳管理は意外と穴があり、仲買人の検数も甘いので、最近は暇を見てティエサも台帳を見るようになっていた。

「城下町行きの馬車が教会前に来るんだから、乗り遅れたりしたらセリソールさんちに面目立たないよ」
「うん、もう行くわ」

 この町の教会を管理しているセリソール家は、女神に供えたり、祭礼の飾り付けに使ったりする花々をうちの店に発注してくれる、代々のお客さんだ。水鏡の儀式は城下町の大きい教会で行われるため、この辺りの十六歳を迎えた娘たちは、教会が出してくれる乗り合い馬車で行くことになっている。

 家族三人に見送られ、歩いてすぐのセリソール教会へ向かった。教会前の広場は、乗り合い馬車とそれに列を成す女子たちでひしめき合っている。そして馬の臭いが立ち込める教会前広場というのは、年に一回の奇妙な光景だ。

「ティエサー!」

 広場の一角で落ち合う約束をしていた友人たちが、大きく手を振っている。一緒に並んで、同じ馬車に乗るためだ。

「遅くなってごめん」
「まだ全然平気だよ」
「あ、花飾ってる。可愛い!」
「カヤリーだ。ピンク以外の初めて見た~」
「今日入った中にたまたまあったの」

 三人の幼馴染たちは集まるといつも賑やかだ。皆町でそれぞれ商売をやっている家の娘で、同い年で近所のため、教会で読み書きや計算などを習いながら自然と一緒にいるようになった。

 八人乗りの箱馬車に無事四人で乗り込み、二人ずつ向かいで座る。残り半分には二人組が二組座り、道中の雰囲気は気を遣わなくてよさそうになった。

「そういえば、今日キアレン様に会えるかな?」

 出た。うちの町の有名人。

「ね! もう随分大人になられたんじゃない?」
「見たい~!」

 キアレン・セリソール。この馬車が出てきたセリソール教会の息子で、その優秀さから神学校に二年前倒しで入学し、本来神学校を卒業する二十二歳にして既に城下町の大教会での務めに服している――今日ティエサたちが水鏡の儀式を受けに行く、領地内一番の教会に。

 あとは顔がいい方らしく、町にいた頃は教会に佇む姿がよく騒がれていた。

「ね、ティエサ、何か聞いてない?」

 友人グループ間の薄い膜を破って、粉屋の娘が尋ねてきた。イアンヘンの花屋がセリソール教会と懇意なのはよく知れた話だ。

「うーん、特に何も。若いから教会の表じゃなく、裏で仕事してるかも」
「えー、そっかぁ」

 家の使いでセリソール教会を訪ねることはよくあった。神学校に行く前のキアレンは聖堂を掃除したり、花を含む捧げ物の確認をしたり、書庫を整理しながら勉強したりしていた。祭礼の日に祭壇の前に立つのは、彼の父や祖父だった。

 キアレンもまた、イアンヘンの店によくお使いに来ていたが、色褪せた修道服姿で駆け回っているのはあまり知られていないのか。顔がいいというのは理解しがたかったが、頭がいいというのはティエサにも分かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました

九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」 悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。 公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。 「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」 ――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。

聖女クローディアの秘密

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
神託によって選ばれた聖女クローディアは、癒しの力もなく結界も張れず、ただ神殿にこもって祈るだけの虚しい日々を送っていた。自分の存在意義に悩むクローディアにとって、唯一の救いは婚約者である第三王子フィリップの存在だったが、彼は隣国の美しい聖女に一目ぼれしてクローディアを追放してしまう。 しかし聖女クローディアには、本人すら知らない重大な秘密が隠されていた。 これは愚かな王子が聖女を追い出し、国を亡ぼすまでの物語。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

処理中です...