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はじまり(2)
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さらに数年後、子供は十歳になった。人狼は本来長寿であるためか十歳を超えたあたりから外見の変化が著しく遅くなる。だからこそ夫婦はこの十年、すくすく成長していく息子の姿を毎日噛み締めるように見守った。
だが問題はヴォルフの方だった。町で暮らし始めてから全くと言っていいほど老いていないのである。町の人も気づいてこそいたが誰一人人狼だとは思っていないだろう。
しかし、同じ場所にずっと居続けることは出来ない、そう夫婦は話し始めていた。
しばらく経ち、家族はこの町を出ることにした。今日は旅立ちの前日、ちょっとした夜祭がありせっかくなので存分に楽しむことにした。
今夜はまさに平和そのもの。遠くで聴こえる歌声。菓子や果物の甘い香り。ランタンの淡い揺らめき。そして――
女性の甲高い悲鳴。
同時に人々が走り出す。さらに続けて複数人の叫び声も聴こえる。皆が皆、どこへ向かえば良いかも分からず逃げ惑う。人々がぶつかり合う。既に家族は散り散りになってしまった。ヴォルフは必死にアリシアと息子を探した。
逃げる人々の内のひとりが、闇が動いた、と叫びながら通り過ぎる。中には人が消えたと叫ぶ者もいる。町の誰もが事態を把握していないのであろう。
だがその時、ヴォルフの目にそれは映った。揺らぐ闇夜に鋭く光る二つの牙を。
ついに追ってが来たのかとヴォルフは思った。だが奴らは人間達を何人か捕まえ飛び去っていった。そしてついでと言わんばかりに数人殺していく。
おそらくヴォルフが人狼である事はバレていないであろう。急ぎ二人を探す。何度も聞いた泣き声、息子のものだ。声の方へと急ぐ。すぐに見つけることは出来た。しかし、泣く息子の傍らには血まみれで横たわるアリシアの姿と、息子を狙う二つの牙。
その時、ヴォルフの頭は考えることをやめていた。
空を切り裂くような獣の叫び声。人狼は駆ける。瞬間、吸血鬼の首が宙を舞った。他の吸血鬼も集まってきた。しかし人狼はその全てを切り裂く。
そうする内に少し冷静さを取り戻したヴォルフは息子を連れ出そうと考えた。だが吸血鬼はまだ増えていた。
ヴォルフは覚悟した。
「大切な者を護れる人になれ」
自分の首にかかっていたロケットを渡し、息子の背を押した。森へ早く行け、そう言うと吸血鬼の集団に飛び込んだ。
息子は父の言う通りに森へ向かった。まだ子供である彼は、今初めて獣となり森を駆ける。後ろを振り返る。父の姿はもう見えない。誰のものかも分からないたくさんの叫び声は途切れることなく聴こえていた。だが走った。止まることなくひたすらに。その首にかかるロケットには家族が描かれた絵とともに『ウルフェン』と文字が掘られていた。
だが問題はヴォルフの方だった。町で暮らし始めてから全くと言っていいほど老いていないのである。町の人も気づいてこそいたが誰一人人狼だとは思っていないだろう。
しかし、同じ場所にずっと居続けることは出来ない、そう夫婦は話し始めていた。
しばらく経ち、家族はこの町を出ることにした。今日は旅立ちの前日、ちょっとした夜祭がありせっかくなので存分に楽しむことにした。
今夜はまさに平和そのもの。遠くで聴こえる歌声。菓子や果物の甘い香り。ランタンの淡い揺らめき。そして――
女性の甲高い悲鳴。
同時に人々が走り出す。さらに続けて複数人の叫び声も聴こえる。皆が皆、どこへ向かえば良いかも分からず逃げ惑う。人々がぶつかり合う。既に家族は散り散りになってしまった。ヴォルフは必死にアリシアと息子を探した。
逃げる人々の内のひとりが、闇が動いた、と叫びながら通り過ぎる。中には人が消えたと叫ぶ者もいる。町の誰もが事態を把握していないのであろう。
だがその時、ヴォルフの目にそれは映った。揺らぐ闇夜に鋭く光る二つの牙を。
ついに追ってが来たのかとヴォルフは思った。だが奴らは人間達を何人か捕まえ飛び去っていった。そしてついでと言わんばかりに数人殺していく。
おそらくヴォルフが人狼である事はバレていないであろう。急ぎ二人を探す。何度も聞いた泣き声、息子のものだ。声の方へと急ぐ。すぐに見つけることは出来た。しかし、泣く息子の傍らには血まみれで横たわるアリシアの姿と、息子を狙う二つの牙。
その時、ヴォルフの頭は考えることをやめていた。
空を切り裂くような獣の叫び声。人狼は駆ける。瞬間、吸血鬼の首が宙を舞った。他の吸血鬼も集まってきた。しかし人狼はその全てを切り裂く。
そうする内に少し冷静さを取り戻したヴォルフは息子を連れ出そうと考えた。だが吸血鬼はまだ増えていた。
ヴォルフは覚悟した。
「大切な者を護れる人になれ」
自分の首にかかっていたロケットを渡し、息子の背を押した。森へ早く行け、そう言うと吸血鬼の集団に飛び込んだ。
息子は父の言う通りに森へ向かった。まだ子供である彼は、今初めて獣となり森を駆ける。後ろを振り返る。父の姿はもう見えない。誰のものかも分からないたくさんの叫び声は途切れることなく聴こえていた。だが走った。止まることなくひたすらに。その首にかかるロケットには家族が描かれた絵とともに『ウルフェン』と文字が掘られていた。
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