ウルフェンナイト

姫崎

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silva et bestia《森と獣》

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 ――あれから数百年たった。最初の数年は生きることに必死だった。いくら人狼とはいえ半分は人間の血、純血の人狼のような高い治癒能力は持ち合わせておらず、まだ幼い子供ひとりに外の世界は過酷だった。
 幸か不幸かサバイバル技術は独学だがいくらかは学ぶことが出来た。自分の中にある獣の本能の様なものも味方してくれたのであろう。そうでなければ今頃どこか誰の目にもつかない場所で野垂れ死んでいただろう。
 生きる事に余裕が出来てからは街などに行っては傭兵や用心棒などをしながら自分を鍛えた。それらは全てあの吸血鬼どもに復讐するためだけにあった。
 一度は復讐を諦めたこともあった。しかし、結局今の生活に戻ることになった。
 ――――やはりアイツらだけは根絶やしにするしかない。
 愛した人たちにそう誓ったのだった。
 ウルフェンは今までに何度も吸血鬼に遭遇している。しかしそのほとんどが成りたての雑兵の様でさほど苦戦はしなかった。二度貴族階級の吸血鬼と戦闘があったがその時は死を覚悟したこともあった。
 例外もあるが貴族階級が高いほど能力の高い者が多い傾向にあるらしく、ウルフェンが対峙した二名は男爵でありさほど強くは無かったのが幸いした。
 だがそれでも、半年はまともに吸血鬼など相手に出来る状態ではなかった。
 おそらくウルフェンの追っている相手はそれらより階級の高い相手だろう。正直なところ今のウルフェンでは到底かなう相手ではなく、それは本人が一番よく理解していた。
 それでもウルフェンはあの吸血鬼を追い探し続けていた。
 そして―――

 ウルフェンは森の中を散策していた。吸血鬼たちに関する情報、痕跡はないかと自慢の嗅覚と野生の勘で探し回っていた。
「そろそろ昼飯でも食うか」
 朝から探し回って収穫はゼロ。慣れたものだ。
 丸五年探し回って何の成果も得られなかったこともある。最後に吸血鬼らしき情報を得てからまだ一年しか経っておらず、まだ心に余裕はある。
 午後はどうするか考えながら昼食の準備を進める。慣れた手つきで火を焚き、鹿の干し肉で適当にスープを作る。具材は森で取れた野草だ。腹に入って栄養にさえなれば基本何でもいいと思っているからだ。
 出来上がったスープを飲んでいると――
 パンッ!!
 と、乾いた音が聞こえた。銃声だ。恐らく狩人が獲物を撃った音であろう。
 この森に入った時から時々人間の匂いがしていたのは気付いていた。ただどうやらその痕跡はウルフェンが森に入る前から何かを追うような動きをしているようだった為、特に危険視はしていなかった。
 スープを飲み終わり、当たりを軽く片付け探索を続けようとした時、大丈夫ですか?と声をかけられた。
「もしかしたら森で迷ってしまったのではと思いまして……、私の村までで良ければ案内しますよ」
 先程の狩人であろうその男は猟銃を背負いウサギを何羽か腰にぶら下げていた。
「そう……だな。せっかくだ、案内してもらおう」
 もちろん迷っていた訳では無いし、いつも通り野宿の予定でいた。それに人と関わるのはあまり好きではない。だが、村に行けば何か情報があるかもしれない。
「ウルフェン・ゲラン・メンシスだ、よろしく頼む」
 狩人はビリー・アルコスと名乗り、二人は村へと歩き出した。


 ウルフェンたちはいくつか言葉を交わしながら歩くうちに森をぬけていた。少し遠くだが確かにいくつかの建物が見える。
「あれがあんたの言う村か?」
「ええ、とてもいい場所ですよ。村人同士が協力しながら生活しているんです」
遠目で見ても分かるような立派な畑が複数、村の外に広がっている。今まさに収穫時期なのだろう、小麦の黄金色に染め上がっていた。 
 「この村は土の質が良く、上質な小麦が取れるんです。だからここの小麦で作ったパンはとても美味しいんです」
 ビリーの見る先には作りの良い風車小屋がいくつかあり、それら全てがゆっくりと休むことなく回っていた。
「パンか、俺も小さい頃暮らしていた町のパン屋が大好きだったな……」
「そういえばウルフェンさんの故郷はどちらなんですか?」
「あー……、そうだな、西の方だ」
「西の方ですか……。確か西には人狼伝説がありましたね。森で狩りをしているとそういった話はつい気になってしまうんですよ」
 ビリーは目の前にいる男がその伝説の続きを生き続けている人物だとは思いもしないだろう。
 それよりも驚いていたのはウルフェンの方だ。
 吸血鬼伝説は今まで何度も聞いてきた。その他にも空を飛び回り火炎を口から吐く家ほどの大きさのトカゲがいるらしい、命尽きても灰から蘇る燃え盛る炎の鳥、雪の妖精に三つ首の犬、しまいには人の尻に手を突っ込みよく分からない玉を抜き取る生物がいるなど様々な話を聞いてきた。
 だがその中に人狼伝説は無かったのだ。
 ウルフェンはあの時代を生きた当事者であり、両親の最後の姿は今でも鮮明に覚えている。しかし、約四百年の時を経て、あの頃のことは全て勝者のみが語られる事になったと思っていた。
 だがそれも違うらしい。そうとなれば人狼伝説について聞いてみるしかない。それがもしかしたら吸血鬼を皆殺しにする一歩になるかもしれない。
「なぁ、その人狼伝説について――」
「お父さん!」
「おぉ、ロビンか。ただいま」
 ビリーに尋ねようとした時、村から少年が飛び出してきた。『お父さん』と言ったことからビリーの息子なのであろう。
「遅かったね、何かあったの?」
「ちょっとな。この方は旅をしているようで、村まで案内していたんだ」
 少年はウルフェンを見るや、ロビンです、としっかりとお辞儀をした。
「ウルフェンさん、すみませんが一度家に帰らなくては……。私の家はあちらですのでウルフェンさんの用事が終わった後にでも宜しければお越しください」
 そう言ってビリーは息子と一緒に家へ歩き出した。
 ウルフェンは自分の前に建てられている村のゲートを見た。そこには『シルバラッツ』と書かれていた。
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