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最終章:女神への願い。

第35話:魔物の王の主。

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「もう一回言ってくれ……俺の聞き間違いか?」

 ラスカルといろいろ話をしていて宿に戻るのが明け方になってしまった。

 クラマに何も言わずに隣のベッドで寝るとか無理そうだったので叩き起こしたため、彼の頭は今働いていない。

「もうちょっと朝強くなってよ」

「いきなり叩き起こしておいてそれはないだろう……それで? なんだって?」

「僕大魔王になっちゃった」

「そうか……おめでとう。おやすみ」

 ボサボサの頭をボリボリ掻きながらクラマは再び布団にぼふん、と倒れ込む。

「だーかーらーっ! 冗談じゃなくてさ、僕ってば本当に大魔王になっちゃったんだってば!」

「あぁもううるさいな……お前が大魔王だったら俺はクリア後の隠しボスだよ」

「話を聞けーっ!!」

 まったく起きないクラマに腹がたってつい魔力が噴き出してしまった。

 クラマのベッドのすぐ脇から聖女の噴水が立ち上り宿屋の屋根を粉砕。

「な、なんだなんだ何事だ!? 敵襲か!?」

「はぁ……やっと起きた。だからさ、僕は……」

「大丈夫ですか勇者様、聖女様ぁぁっ!!」

 ドタバタと下の階から宿屋の主人が部屋に駆けこんできて話どころではなくなってしまった。


 結果、僕がそりゃもうぺこぺこと頭を下げてなんとか許してもらった。
 許して貰える事がびっくりだけど、「聖女様があけた大穴ならむしろこの閉鎖された街の中でも見物客から金をとれる!」とかで大喜びしてたのがなんだかデジャヴだった。

「……はぁ、朝からいったいなんだというんだ。いきなり破壊行動とはお前らしくもない……いや、こっちに来てからは割とあるか?」

「クラマが全然話聞いてくれないからでしょ!? もう何言っても無駄っぽいから一緒に来て!」

 クラマの手を取り街を出る。
 見張りの人が何か言ってたけどごめん構ってる場合じゃない。

 後ろから「いってらっしゃいませーっ! お気をつけてーっ!」という声が聞こえてきたのでさすがに悪いと思って軽く振り返って手を振ってあげた。

「おい、俺をいったいどこへ連れていくつもりだ?」

「……魔王のとこ」

「……は?」

 僕は困惑してるクラマを引き摺って例の小屋までやって来た。

「ここに魔王が居るって? なんの冗談だ?」

「冗談なんかじゃないから! ほら早く入る!」

 クラマの背中を蹴り飛ばし小屋の中へと押し込むと、クラマがよろよろ体制を整えつつ……。

「よう勇者様」

 魔王ラスカルと目が合った。

「ゆ、ゆゆユキナ! これはどういう事だ!? 魔王だ、魔王がいるぞ!!」

「だから最初からそう言ってるでしょ? いいから剣をしまって座りなさい」

「しかし魔王が……!」

「おすわりっ!!」

 僕が本気で怒って怒鳴りつけたせいか、クラマだけでなくラスカルまで何かの重力に押し潰されたかのようにその場に崩れ落ちる。

「ぐえーっ! お嬢ちゃん、それはおいらにはキツイ……!」

 どうやら大魔王としてのプレッシャーみたいなのを無意識にかけてしまっていたらしい。
 なんだろうこの謎の力。

「ご、ごめん……」

「ふふ、いいザマだな勇者よ……」

「魔王こそ地面に這いつくばりながら何を偉そうな事を……」

「なんだと貴様!?」
「やるか!?」

「だまらっしゃいっ!!」

 再びの圧力でその場の全員が言葉を失う。

「よっこいしょ……っと。ほら、みんな楽にして?」

 僕の合図で皆への圧力が解かれる。どういう理屈だろうこれ。

「ゆ、ユキナ……納得のいく説明は、してもらえるんだろうな?」

「クラマってば狼狽しすぎー♪ 可愛い奴め♪」

 そう言って頭を撫でてあげた。普段だったら嫌がるのにあまりの出来事にクラマもそれどころじゃないみたい。

「じゃあ改めて紹介するね? 僕らの新しい仲間……っていうか元々仲間だったんだけど、シュラ君改め魔王のラスカル君でっす♪」

「……?」

 クラマがぐっしゃぐしゃに顔を歪めて固まってしまった。こんな酷い顔初めてみたかもしれない。

「おーいクラマー? もしもーし」

 目の前で手を何度か振ってみたけれど反応は鈍い。

「ま、おう……? しゅら……? しゅらがまおう?」

「ダメだこいつ頭バグっちゃった」

 クラマにとっては衝撃が大きすぎたみたい。
 シュラの正体が魔王だったっていうのもそうだろうし、急にこんな小屋の中に魔王が居て僕と仲良さそうにしてるのも重なって頭がショートしたっぽい。

 クラマって頭いい癖に処理しきれなくなるとぶっ壊れるんだなぁ。新発見。

 そこからクラマが立ち直るのにニ十分くらい要した。

「……シュラの正体が魔王だったというのは理解した。だがどうして魔王と分かってもまだ仲間でいるんだこいつは」

「こいつとはなんだ魔王に向かって……! 私が手を貸してやろうと言っているのだありがたく頭を垂れよ!」

「ふざけるな魔物の王が俺達の仲間にだと!?」

「君達、また押しつぶされたいのかね?」

 僕の一言で一触即発の二人は一斉に黙る。

「あのね、クラマ。いろいろ処理が追い付いてないところ本当に申し訳ないんだけどさ」

「なんだまだあるのかよ……もう何がおきても驚かないから安心しろ」

「僕ね、魔王と契約しちゃった」

 クラマの顔が再び歪む。

「馬鹿かお前は!? 魔王の従者になったのか!? なぜそんな馬鹿げた契約を……」

 クラマめっちゃ怒ってる。でもそうじゃない、そうじゃないんだ……。

「ごめんクラマ、違うんだよ……」

「違うも糞もあるか! 聖女が魔王のしもべになるなんて……お前まさか命令されて拒否できない状態なのか!? やはりこの場でこいつを殺すしか……!」

 ちょんちょんとクラマの肩をつつく。

「いったいなんだ!? 今それどころじゃないお前は少し引っ込んでろ!」

「だから違うんだってば……」

「何が違うというんだ!」

 ……うぅ、言い辛い。この雰囲気の中言うの気まず過ぎる。

「あの、ね? 僕が魔王と契約したのは本当なんだけど……」

「だけどなんだ!? はっきり言え!」

「あの、ね? 落ち着いて聞いてね?」

 クラマは物凄い怒りの形相でラスカルを睨んでいる。
 当のラスカルは事情を知ってるのでニタニタ笑っていた。笑いごとじゃないんだよなぁ。

「僕ともっごって契約してるでしょ?」

「それがどうした!?」

「だから、魔王ともそういう事なんだって」

「だから同じような契約を魔王にされたんだろう!?」

「ふん、馬鹿め。その逆だ」

 そこでラスカルさん乱入してくる!?

「なんだと魔王め、いったいユキナに何をした……」

「クラマ、クラマ、いいから落ち着いて僕がこれからいう事をしっかり聞いてね? 僕は魔王と契約しちゃって……」

「……」

 僕が敵にまわるとでも思ったのかクラマは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「あー、えっとね、心配しないで。逆なんだってば」

「……だから、逆って……なんだよ」

「その、昨日の夜からね?」

「……おい、まさか」

「大魔王になっちゃった」

 びだーんっ!!

 勢いよくクラマがその場にひっくり返って気を失った。

 だから大魔王になったって最初から言ってるのに……。

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