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第五章 誰も見ていなくても
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掲示板の前に立ち止まる生徒たちを見ながら、僕は少し複雑な気持ちでいた。
これまでの記事が注目されているのはうれしい。だけど、どこかで「何かを変えるようなこと」ばかりに目を向けていた気がして、胸の奥にひっかかるものが残っていた。
本当に伝えたいことって、もっと静かで、もっと誰にも気づかれないところにあるんじゃないか。
そんなふうに思ったのは、ある朝のことだった。
校舎の裏手。いつも通らない通用口を歩いていたら、一人の男性が黙々と落ち葉を掃いているのが目に入った。
——あの人、毎日同じ時間に、誰よりも早く来て掃除をしてる。
それに気づいた瞬間、僕の中で何かが動き出した。
「……僕、あの人のことを取材してみたい」
思わずこぼれたその言葉に、咲坂先輩は静かにうなずいた。
「いい目の付けどころだね、蓮。
誰も見ていないと思っても、それでも続けてることって、きっと何か大切な理由がある。
そういうものを伝えるのが、本当の“言葉”かもしれないよ」
◇ ◇ ◇
次の日の朝、僕はいつもより一時間早く登校した。
校舎の裏では、昨日と同じように、柴崎さんが掃き掃除をしていた。
僕は一歩踏み出し、大きく息を吸ってから声をかけた。
「おはようございます。新聞部の藤崎蓮です。……少しだけ、お話を聞かせてもらえませんか?」
柴崎さんはほうきを動かしたまま、しばらく沈黙したあと、ふとこちらを見てうなずいた。
「……俺なんかに聞いてどうする」
「誰もが知ってる人のことだけじゃなくて、誰も知らないままになってることも、ちゃんと書きたいんです」
そう言ったら、柴崎さんの口元が少しだけゆるんだ気がした。
「朝早いのはな、ただの癖だよ。昔から、静かな場所の方が落ち着くんだ」
柴崎さんはこの学校の卒業生だった。
卒業後は工場で働き続け、定年退職の少し前に、母校の用務員募集を見つけて、すぐに応募したらしい。
「昔はここ、もっと汚れてたよ。でもさ、朝イチで廊下がピカピカだと、生徒の顔がちょっとだけ明るくなる気がしてな。……それだけ」
その言葉を聞いて、僕は何も言えなかった。
言葉は少なかったけど、ちゃんと届いてきた。
◇ ◇ ◇
一週間後、新聞部の掲示板に新しい記事が貼られた。
『誰も見ていなくても』
毎朝、校舎の裏側に響く、ひとつの足音。
それは、まだ誰も登校していない静かな時間に、黙々と掃除をする柴崎さんの足音だ。
柴崎さんは語る。
「誰も見てなくても、気持ちのいい朝があれば、それでいいんだ」
誰かが歩く前に、その道をきれいにしてくれている人がいる。
それに気づいたとき、僕は思った。
——伝えるべきことは、いつも目立つものばかりじゃない。
静かな思いほど、大事に伝えていきたい。
その日から、生徒たちの中に、柴崎さんへ「おはようございます」と声をかける子が少しずつ増えていった。
咲坂先輩が、記事を読みながら言った。
「伝えるって、誰かに“見てもらう”ためだけじゃない。
自分がちゃんと“見ようとする”ことでもあるんだよ」
僕はうなずいた。
静かで、誰にも見られなくても、そこにある思いを、僕はこれからも言葉にしていきたい。
誰かに届くまで、何度でも。
これまでの記事が注目されているのはうれしい。だけど、どこかで「何かを変えるようなこと」ばかりに目を向けていた気がして、胸の奥にひっかかるものが残っていた。
本当に伝えたいことって、もっと静かで、もっと誰にも気づかれないところにあるんじゃないか。
そんなふうに思ったのは、ある朝のことだった。
校舎の裏手。いつも通らない通用口を歩いていたら、一人の男性が黙々と落ち葉を掃いているのが目に入った。
——あの人、毎日同じ時間に、誰よりも早く来て掃除をしてる。
それに気づいた瞬間、僕の中で何かが動き出した。
「……僕、あの人のことを取材してみたい」
思わずこぼれたその言葉に、咲坂先輩は静かにうなずいた。
「いい目の付けどころだね、蓮。
誰も見ていないと思っても、それでも続けてることって、きっと何か大切な理由がある。
そういうものを伝えるのが、本当の“言葉”かもしれないよ」
◇ ◇ ◇
次の日の朝、僕はいつもより一時間早く登校した。
校舎の裏では、昨日と同じように、柴崎さんが掃き掃除をしていた。
僕は一歩踏み出し、大きく息を吸ってから声をかけた。
「おはようございます。新聞部の藤崎蓮です。……少しだけ、お話を聞かせてもらえませんか?」
柴崎さんはほうきを動かしたまま、しばらく沈黙したあと、ふとこちらを見てうなずいた。
「……俺なんかに聞いてどうする」
「誰もが知ってる人のことだけじゃなくて、誰も知らないままになってることも、ちゃんと書きたいんです」
そう言ったら、柴崎さんの口元が少しだけゆるんだ気がした。
「朝早いのはな、ただの癖だよ。昔から、静かな場所の方が落ち着くんだ」
柴崎さんはこの学校の卒業生だった。
卒業後は工場で働き続け、定年退職の少し前に、母校の用務員募集を見つけて、すぐに応募したらしい。
「昔はここ、もっと汚れてたよ。でもさ、朝イチで廊下がピカピカだと、生徒の顔がちょっとだけ明るくなる気がしてな。……それだけ」
その言葉を聞いて、僕は何も言えなかった。
言葉は少なかったけど、ちゃんと届いてきた。
◇ ◇ ◇
一週間後、新聞部の掲示板に新しい記事が貼られた。
『誰も見ていなくても』
毎朝、校舎の裏側に響く、ひとつの足音。
それは、まだ誰も登校していない静かな時間に、黙々と掃除をする柴崎さんの足音だ。
柴崎さんは語る。
「誰も見てなくても、気持ちのいい朝があれば、それでいいんだ」
誰かが歩く前に、その道をきれいにしてくれている人がいる。
それに気づいたとき、僕は思った。
——伝えるべきことは、いつも目立つものばかりじゃない。
静かな思いほど、大事に伝えていきたい。
その日から、生徒たちの中に、柴崎さんへ「おはようございます」と声をかける子が少しずつ増えていった。
咲坂先輩が、記事を読みながら言った。
「伝えるって、誰かに“見てもらう”ためだけじゃない。
自分がちゃんと“見ようとする”ことでもあるんだよ」
僕はうなずいた。
静かで、誰にも見られなくても、そこにある思いを、僕はこれからも言葉にしていきたい。
誰かに届くまで、何度でも。
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