強引に婚約させられそうになったので、ちょっと冒険に出てきます~騎士とランプ屋が煌めきを探す旅をした話~

宵森 灯理

文字の大きさ
7 / 9

第7話 炎を見つめて

しおりを挟む
「さて、野営の準備をしようか」

 そうフリッツが提案し、リーネも頷いた。
 退魔のランタンがあるとはいえ、森の中は真っ暗で迷子のなる危険性もあるので、下手に動くよりはここで夜を明かした方が良いだろう。
 二人は火を起こし、持ってきたパンやハムなどを炙って簡単な夕食を取った。
 満天の星空の下、水の流れ、風に葉が擦れる音、狼らしき動物の遠吠え、火の中で木が爆ぜる音、それ以外には何もない静かな夜である。
 どちらともなく、火を見つめながら口を開いて他愛もない話を始める。

「最初から気になってたんですけど、あのご令嬢と何があったんですか?」
 
 リーネはフリッツと出会った日に見たブルネットの着飾った少女のことを思い出し、フリッツに聞く。

「あージェナね……」
 
 彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「親同士が知り合いだから幼い頃から知っててね。どういうわけだか、あの日私との婚約をいきなり発表しようとしたんだ。もちろん、私には寝耳に水だよ」
「貴族社会のことは知りませんが、そういうことはよくあるんですか?」
「まさかっ」

 ないない、とフリッツは手を振った。

「普通はちゃんと両家や当人達で話し合って取り決めを交わすものだけど」
「フリッツさんはあのご令嬢と結婚したくなかった、と」

 リーネの直球の言葉にフリッツは苦笑をひらめかせる。

「まぁね。小さい頃から知ってるし、可愛い子だとは思うよ。でも、そういう気になる相手じゃないんだ。それに、私はこれでも騎士としての自分を結構気に入ってるでね。侯爵家に入るつもりはないよ」

ジェナさんというご令嬢、侯爵家の方だったの? まるで雲の上の話ね。その令嬢と知り合いなのだから、フリッツさんも相当位の高い貴族なんだわ。それなのに、フリッツさんって全然身分を笠に着ない人よね。いくら私が雇い主とはいえ、とても気遣ってもらっているもの。
 ……本当に不思議な人だわ、フリッツさん。

「でも、フリッツさんなら別に領地経営とか社交も上手く出来そうに思えますけど」
「さてね……」

 フリッツは肩をすくめた。
 彼とて別に人付き合いを厭う方ではなかったが、それは仲間内で楽しく飲んだり騒いだりするのが好きなのであって、仕事として領民の陳情を聞くとか、貴族同士の腹の探り合いとしたい、ということではなかった。
 リーネは鼻筋の通った彼の横顔を見つめながら、あの令嬢のことを考える。
 
 幼い頃から、この年上の美しい人が近くにいて、きっと自分はその彼の特別な女の子なんだと思っていてもおかしくないわ。後から出会う他のどんな女の子よりも、幼馴染みの自分が、と。
 けれど、彼は態度こそ柔和で優しいけれど、決して彼女には靡かない。どんなに近くで見つめても振り向いてくれない相手に、とんでもない強硬手段に出てしまうのも、10代の女の子ならあるかもしれない。

 リーネは同じ女性として、その令嬢に少々同情するものがあった。

 だからといって、何の断りもなく結婚させられそうになったフリッツさんも可哀想ではあるけれども。

 美しい、とはそれだけで強い力があるのだ。その美しさに魅入られて、時に人はどんな無茶もやってのけたりする。その逆に、美しさを利用して人や国すらも滅ぼす切欠になることすらある。
 
 まぁ、フリッツさんはそういう人ではなさそうだけど、ご自身の容貌が他の人からどう見られているかは、よくご存知だと思うわ。
 って、何でフリッツさんのことばかり考えているの? もう目的は果たしたのだし、街に戻ったらもう会うこともないでしょうに。精霊祭楽しみにしてると言ってくれたけど、それもきっと社交辞令の範囲だろうし。

「ま、ジェナにはきっと素晴らしい相手が見つかると思うよ。何せ侯爵家の一人娘だし。結婚相手なんて選びたい放題さ。その中の誰かが私よりもずっと彼女を熱烈に愛し、大事にしてくれると思うね」

 フリッツはそう宣ってから、リーネの方を見た。炎に照らされた彼の顔にはありありと好奇心の色が浮かんでいる。

「それより、私はリーネさんの方が気になるね」
「わ、私ですかっ?」

 急に見つめ返されてリーネは動悸が激しくなる。

「私にはフリッツさんみたいに面白エピソードはありませんよっ。田舎から出てきて、錬金術を学んで。それを応用してランプ作ってるだけですから」
「いやいや。嬉々として毒霧吹く女性なんて珍しいと思うよ」
「それはっ、フリッツさんのお知り合いの女性は皆さんお淑やかで、冒険なんてしないからですよ。それに毒霧は深手を負った敵が警戒して出てこなくなるから、よく使うんです!」

 説明しながら、リーネは自分が女性としてまったく魅力がないことを改めて確認した気分になった。

 「もう、そろそろ休みますっ」

 リーネは外套をくるりと体に巻きつけて寝転がる。空には輝く星だけが見えた。

 早く動悸が収まりますように、とリーネは目を閉じた。







「フリッツさん、ありがとうございました」
 
 無事に街まで戻って来たリーネは、待ち合わせに使った騎馬像の前でフリッツに向かって頭を下げる。

「いやいや、こちらこそ。すごく楽しかったよ。新鮮だったし。こういうのも悪くないね。次冒険に出るときにまた誘って?」

 そう言ってフリッツはリーネに向かってウィンクした。

「もう……騎士を雇える身分じゃありませんから」
「……君は、特別だよ」
「すぐそういうこと言って」

 半眼になってリーネはフリッツを睨む。そんなだからあのご令嬢も勘違いしたのでは、と思わずにはいられない。

「ははは。嘘じゃないんだけどねぇ。それじゃ精霊祭楽しみにしてるよ」
「はい」

 彼の姿が見えなくなるまで見送った後、リーネも気を取り直して自分の工房へ歩き出す。

 精霊祭まであと三週間しかないわ。頑張らないと。

 工房に戻り、リーネは手に入れた月煌蝶の鱗粉、硝子の粉、金属片、それに様々な色の釉薬、それらを作業台に並べ、厳かに呟く。

「光と火の精霊よ、どうか祝福を」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...