呪われた死神侯爵と美味しいハーブティーを

宵森 灯理

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第15話 舞踏会にて

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 次にエレインが目を覚ましたとき、ソファに寝かされていた。見覚えのある天井を見つめ、はっと何かを思い出した。

 私、のぼせ過ぎて気を失っちゃったんだわ。

「目が覚めましたか、エレインさん」
 ハイラムが安堵したように息を吐くと、エレインの顔を覗き込む。

 近い近いっ……今度こそ心臓発作で死んじゃうわっ。

 エレインは慌てて上体を起こした。
「すみません。エレインさん、気持ちが急いてしまって……」
「い、いえ。良いんです。でも、あの、侯爵……」
「エレインさん、どうかハイラムと、呼んで頂けませんか?」
「えっ……」
 驚くエレインの横にハイラムが遠慮がちに座り、伺うように彼女を見る。仮面の無いハイラムに慣れずエレインの視線が彷徨う。
「えっと……」
「ずっと言えないでいました。呪われた身では、貴女を本当の夫婦になるなど、夢のまた夢だと。でも、呪いは解けました。だから……」
「でも、あの、さっきも言いましたけど、仮面が取れた、ということはもう誰とでも結婚出来るんですよね?」

 侯爵、という身分に合った貴族女性と結婚する方が、リード家にとっても良いのではないだろうか。

「それでも。それでも、私で良いんですか?」
 エレインが上目遣いにハイラムを見つめ返す。琥珀色の瞳に迷いは浮かんでいない。
「勿論。貴女が良いんです。エレインさんでないと駄目なんです」
「侯爵……」
「ハイラムです」
 ハイラムにやや強い口調で訂正された。
「ハイラム、様……これ以上は無理です」
 責めるようにじっと見つめられるが、ハイラムを呼び捨てにするなど、エレインには到底出来ないことだった。
「……分かりました。今はそれで良いです」
「それで言うなら、こう……ハイラム様も私のこと、エレインって呼び捨てで呼んでください」
「えっと、それは……何だか偉そうになってしまうので……」
 出来ない、ということだろう。ハイラムの視線が泳いだ。エレインは何だか可笑しくなって、ほんの少し笑ってしまった。
「ハイラム様、私喉が乾きました。何かすっきりするハーブティーが飲みたいです。一緒に淹れましょう?」



 ******



「で、あのおっかない仮面が取れたのに、何でまだ仮面を着けてるんだよ?」
 アーロンが呆れたように尋ねる。ハイラムは今、顔の上半分を覆う仮面を付けていた。それも煌めく赤や橙、それに金色のスパンコールがこれでもかと縫い付けられた派手派手しい仮面だ。
「私が素顔で人前に出るのは少々気恥ずかしいですねっと言ったら、エレインさんが、それなら見てる人がハッピーな気持ちになれる仮面にしましょうって、職人に頼んで作ってくれたんです。食事はしやすいように口は隠さないタイプにしてもらって」
 嬉しそうに、にこにこと口許を緩めるハイラムにアーロンはげんなりした顔になった。
「……なんだそりゃ。俺は惚気を聞かされてるのか? 勘弁してくれよ。大体、自分からそんなけったいな仮面を被るって、呪われた哀れな侯爵から、ただ物好きで仮面してる変人侯爵に格上げになっただけだからな!」
「何せ人生の半分以上仮面を付けていたので、付けてないと何だか逆に落ち着かなくて」
「難儀だな……まあ、いいけど。それで、何だってこんな衆人環視の前に姿を現したんだよ、ハイラム」
 ハイラムと従弟のアーロンは、国立劇場のボックス席に居た。今日の演目にはアーロンが贔屓にしている歌姫が出演している。だが、まだ出番ではないので、アーロンはハイラムの相手に退屈を紛らわせていた。
「貴方にお願いがありましてね。最近はここに入り浸っていると聞いたので」
 三階のボックス席からは客席がよく見える。それはつまり、他の客席からもハイラム達が見えている、ということだった。瀟洒な椅子に足を組んで座るアーロンがため息を吐く。
「ま、あちこちお前の噂で持ち切りだからな。本当に呪いは解けたのか、お前は本当に”リード侯爵”なのか、とかな。俺に言わせりゃ、何言ってんだって話だが」
 ハイラムの呪いが解けた、という話は社交界の水面下でまことしやかに囁かれ始めている。物見高い人々はそれが事実なのかどうか、気にしているのだった。
「ええ。貴方はそうでも、他の人はそうではありませんから」
「俺も色々聞かれて困ってんだ。どうするつもりだ?」
 アーロンが片眉を上げて、皮肉気な表情を作ってみせる。ハイラムはそんな彼に、”あること”を頼んだ。



 ***



「うえっ、吐きそう……」
 石畳を行く馬車に揺られながら、エレインは縮こまった。今夜はさる大公家の舞踏会に夫婦揃って招待されていた。おそらく、相手はハイラムの呪いが本当に解けたのかを確かめる腹積もりなのだろう。
「大丈夫ですよ。そんなに気を張らなくても」
 エレインの隣に座るハイラムが、安心させるように彼女の手を握る。今宵の彼も仮面をしていた。寒色系のスパンコールがついた上品かつ華やかなものだ。
「もうっ、それはハイラム様が侯爵だからですよ!」
 裕福だが、たかが成り上がりの商人の娘が王家にも縁のある大貴族の舞踏会など出られるはずもない。エレインが緊張するのも無理からぬことである。
「では何か気が紛れそうなことを話しましょう。そうですね、ハーブティーのお店を出したい、という話でしたが」
「あ、はい。領地で採れるハーブを、個人の体質や好みに合ったブレンドで提供出来たら喜ばれるんじゃないかって。それにハーブの質の良さも実際に知ってもらえますし」
 ハーブティーが売れているのを知って、パッケージを似せた類似商品が出回っているのだ。勿論質は良くない。エレインの最近の悩みはそれであった。
「店の立地や物件は兄に任せれば大丈夫ですけど、ただ、ハイラム様と同じくらい、とまでは言いませんけど、お店を出すならハーブに詳しくて信頼出来る人が居ないと」
「そこが難儀している、と」
「はい」
 うーん、と二人で頭を悩ませている間に、豪勢な邸宅が見えてきた。華美な門を抜け、整えられた庭を尻目に屋敷の入口へと近付いて、そしてとうとう馬車を降りる番になった。怖々降りようとするエレインにハイラムは優雅に微笑んで手を差し伸べエスコートする。元々気遣いの出来る人に美しさが加わったら、もう完璧では、とエレインは思わずにはいられない。
 大理石の長い廊下に足音が響く。その音を立てている、というだけでエレインは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「何も心配ありませんよ。私に全部任せて下さい」
「は、はぁ……」
 組んだ腕をハイラムが、もう片方の手でポンポンと緊張を解きほぐすように柔らかく叩いた。二人が舞踏会の会場に入ると、ばっと会場にいた人々の視線が集まる。
「ひっ……」
 エレインは思わず小さく悲鳴を上げて、横に立つハイラムの方に身を寄せた。ハイラムは優しく笑って、エレインの耳元で囁く。
「大丈夫ですよ」
 広いホールに硝子が繊細に煌めく大きなシャンデリアの下、着飾った人々が興味津々に見つめてくる中を二人は歩く。ハイラムは大丈夫と言うが、エレインは全く落ち着かない。そんな二人の前に、にこやかに笑う銀髪の初老の男性が現れる。黒の燕尾の中に赤に金の刺繍の入ったベストが目につく。派手な装いだが本人によく似合ってる。
「リード侯爵に侯爵夫人、よく来てくれたね」
 その貴族がハイラム達に話し掛けてきた。
「お招きありがとうございます。ウォーレン大公」
 ハイラムが儀礼的に頭を下げる。

 この方が、陛下の従弟のウォーレン大公!?

 慌ててエレインもハイラムに倣った。
「そう畏まらないで。我らとしても君の呪いが解けたことは喜ばしいことだ。折角ならその仮面を取って、下の顔を見せてくれ給え」
 ウォーレン大公は笑みこそ浮かべていたが、目の奥は鋭い。ここでハイラムが本当に、本物の”リード侯爵”なのかを確かめさせろ、ということであった。

 でも、誰もこの13年間ハイラム様の顔を見ていないのに誰がどうやって確認するつもりなのかしら……?

 エレインは俄かに心配になってきた。ハイラム本人がハイラム本人であると誰が決めるのだろう。
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