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第3章 アデレードの挑戦
第54話 夜会にて
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アデレードが狐と戯れていた頃、王都のカールはさる貴族の招きで夜会に出ていた。軽やかな音楽に乗せて踊る人々を冷ややかに見ている。
彫りの深い顔立ちに頬に縦に入った傷の所為で女性には恐がられるし、そもそも話の続く話題もない。彼自身、王都の流行に疎いというのもある。だが、一番の問題は結局のところ、本人にその気がないことであった。
早く帰りたいものだ。
カールがそんなことを考えていると、リーフェンシュタール伯と声を掛けられた。彼が振り向くと、黒髪に赤いドレスを着た、妖艶な美女が立っていた。
「フラウ・シュミット、貴女もいらしてたんですか」
カミール・シュミットはカールを恐がらない数少ない女性の一人だった。歳は20代後半、生まれは貴族だが、新興の富豪に嫁いだ。ただし、今は未亡人だ。
「お久しぶりでございます、伯爵。領地の方で可愛いお嬢さんを匿っていらっしゃるそうで」
シュミット夫人の言葉にカールは驚く。
「どうしてそれを? 相変わらずお耳が早いですね」
「商人の情報網を舐めてはいけませんわ」
「とは言え、別に私が保護を申し出たわけではありません。マイヤール家が一族郎党の誰かが建てた別荘に置き去りにしていったのですよ」
「酷いなさりようね。でも、まぁ貴族なら驚くには当たりませんわ」
「王子はどう思っているのだろうな……」
カールがふと呟く。
「王子? 直接拝見したわけではありませんけど、たぶん、それどころではないと思いますわ」
「それどころではない?」
彼の疑問にシュミット夫人は皮肉気に笑う。
「”マイヤール家のご令嬢”という明確な悪役がいなくなれば、次に注目されるのは、婚約破棄の原因になった、その恋人、ではありません?」
「めでたしめでたし、にはならない訳か」
「そうでしょうね。冷静になれば、王子がしたことはとんでもないことだもの。相手の恋人だって一挙手一投足見られるのも仕方のないことよ」
「だから、ここの連中は好きになれんのだ」
カールは肩を竦めた。噂好きで物見高い人々。他人の人生など遊興にしか思っていないのだろう。
「そうそう、山の中には化け物だか悪霊が出るとも伺いました」
悪戯っぽいシュミット夫人の言い方に、カールは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「噂の出所はサウザー家辺りか?」
「今サウザー家と揉めてらっしゃるの?」
「いいえ。あちらの家の者が、用があって少し我が領地へ来ただけですよ」
「それなら、良いですけど」
商人の耳には何か入って来ているのかもしれない。
「今あの公爵に関わるのは得策とは言えませんもの」
「……どこまで悪評が広がっているのです?」
「王都なら知らぬ者はいないでしょうね。まぁ、腐っても王の甥っ子ですもの、誰も表立っては言いませんけど」
シュミット夫人は声を落とし、やや警戒するように囁く。
「これはあくまで商人の間で聞いた噂ですけど、王子の婚約破棄にも絡んでいるという話ですわよ」
「まさか、サウザー家が?」
カールは流石に怪訝な顔になった。
「どういう風に絡んでいるのかは知りませんし、それも単なる噂に過ぎませんわ。ただ充分にお気を付け下さいな。私、伯爵のことは取引相手としても、お人としても気に入っておりますもの」
「それは、どうも」
今は夫人が率いるシュミット商会は、木材や羊毛などの取引でリーフェンシュタール家とは縁が深い。カールもシュミット夫人のことは好ましく思っていた。
もちろん、別に男とか女とかではなく、人として、だ。彼女のはっきりとして物言いや、女の身で一商会を切り盛りするその豪胆さは素直に尊敬出来る。
シュミット夫人と話していると会場がざわざわと騒がしくなった。2人が視線を送ると、入口から誰かが入って来たようだ。
「サウザー公爵……」
カールがその姿を見て苦々し気に呟く。
彫りの深い顔立ちに頬に縦に入った傷の所為で女性には恐がられるし、そもそも話の続く話題もない。彼自身、王都の流行に疎いというのもある。だが、一番の問題は結局のところ、本人にその気がないことであった。
早く帰りたいものだ。
カールがそんなことを考えていると、リーフェンシュタール伯と声を掛けられた。彼が振り向くと、黒髪に赤いドレスを着た、妖艶な美女が立っていた。
「フラウ・シュミット、貴女もいらしてたんですか」
カミール・シュミットはカールを恐がらない数少ない女性の一人だった。歳は20代後半、生まれは貴族だが、新興の富豪に嫁いだ。ただし、今は未亡人だ。
「お久しぶりでございます、伯爵。領地の方で可愛いお嬢さんを匿っていらっしゃるそうで」
シュミット夫人の言葉にカールは驚く。
「どうしてそれを? 相変わらずお耳が早いですね」
「商人の情報網を舐めてはいけませんわ」
「とは言え、別に私が保護を申し出たわけではありません。マイヤール家が一族郎党の誰かが建てた別荘に置き去りにしていったのですよ」
「酷いなさりようね。でも、まぁ貴族なら驚くには当たりませんわ」
「王子はどう思っているのだろうな……」
カールがふと呟く。
「王子? 直接拝見したわけではありませんけど、たぶん、それどころではないと思いますわ」
「それどころではない?」
彼の疑問にシュミット夫人は皮肉気に笑う。
「”マイヤール家のご令嬢”という明確な悪役がいなくなれば、次に注目されるのは、婚約破棄の原因になった、その恋人、ではありません?」
「めでたしめでたし、にはならない訳か」
「そうでしょうね。冷静になれば、王子がしたことはとんでもないことだもの。相手の恋人だって一挙手一投足見られるのも仕方のないことよ」
「だから、ここの連中は好きになれんのだ」
カールは肩を竦めた。噂好きで物見高い人々。他人の人生など遊興にしか思っていないのだろう。
「そうそう、山の中には化け物だか悪霊が出るとも伺いました」
悪戯っぽいシュミット夫人の言い方に、カールは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「噂の出所はサウザー家辺りか?」
「今サウザー家と揉めてらっしゃるの?」
「いいえ。あちらの家の者が、用があって少し我が領地へ来ただけですよ」
「それなら、良いですけど」
商人の耳には何か入って来ているのかもしれない。
「今あの公爵に関わるのは得策とは言えませんもの」
「……どこまで悪評が広がっているのです?」
「王都なら知らぬ者はいないでしょうね。まぁ、腐っても王の甥っ子ですもの、誰も表立っては言いませんけど」
シュミット夫人は声を落とし、やや警戒するように囁く。
「これはあくまで商人の間で聞いた噂ですけど、王子の婚約破棄にも絡んでいるという話ですわよ」
「まさか、サウザー家が?」
カールは流石に怪訝な顔になった。
「どういう風に絡んでいるのかは知りませんし、それも単なる噂に過ぎませんわ。ただ充分にお気を付け下さいな。私、伯爵のことは取引相手としても、お人としても気に入っておりますもの」
「それは、どうも」
今は夫人が率いるシュミット商会は、木材や羊毛などの取引でリーフェンシュタール家とは縁が深い。カールもシュミット夫人のことは好ましく思っていた。
もちろん、別に男とか女とかではなく、人として、だ。彼女のはっきりとして物言いや、女の身で一商会を切り盛りするその豪胆さは素直に尊敬出来る。
シュミット夫人と話していると会場がざわざわと騒がしくなった。2人が視線を送ると、入口から誰かが入って来たようだ。
「サウザー公爵……」
カールがその姿を見て苦々し気に呟く。
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