悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵森 灯理

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第4章 ホテルの個性的な客達

第88話 決着

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 熱い息が顔にかかる。アデレードは小さく呻いて顔をそむける。すると何か湿ったものが顔をベロベロと舐め回す。

「分かった、分かったわ、ディマ」

 アデレードは観念して上体を起こした。

「散歩に行かないと……ってここは家ではないのだわ」

 見慣れぬ部屋で目覚めたアデレードは一人ごちる。そして昨夜の事を思い出す。

 私いつの間に部屋に……。 いえ、そもそも戻った記憶も無いわ。あれは夢だったのかしら?

 夢か夢でなかったか、明るい朝の陽の中ではもう分からない。それでも、あの抱きしめられたときの熱さ、優しい言葉はアデレードの中に残っている気がした。

 もし、夢でなかったなら伯爵は、最後に何を言っていたような……。それに、アデレードと呼んでくれたわ。いつもそう呼んで下されば良いのに。

 アデレードがそんなことを考えていると、部屋のドアを叩く音がした。

「起きてらっしゃいますか?」

 メイドの声だ。

「は、はい」
「朝食が出来ておりますので、いつでも食堂の方へお越しください」
「分かったわ。ありがとう」

 アデレードは部屋を出て、ディマと一緒に食堂へ入った。食事を取りながら、側に控えていた執事に尋ねる。

「この子を散歩させたいのですけれど……」

 足元で餌を食べているディマにアデレードは視線を送る。

「そうですねぇ、外に出るのは危険ですので庭で遊ばせるくらいなら大丈夫だと思いますよ」
「分かりましたわ。そうさせて頂きます。それと伯爵は……?」
「坊ちゃ……伯爵でしたら、今朝早くから捜索の為に山に入っております」
「そうですか……」

 アデレードは寂しそうに瞼を伏せる。そんな彼女を励ますように執事は微笑む。

「大丈夫、すぐに捕えて戻って来られますよ」



 カールは衛兵達と共に山で暗殺者達を探していた。そこへ1人の兵が駆け寄ってきた。

「伯爵様!」
「どうした?」
「猟犬を連れていた猟師が男達を見つけました」

 カールの部隊の他に有志の猟師達も山に入って捜索に当たっていたが、そこで猟犬が血の匂いに激しく反応したらしい。

「男達は、その、どうやら熊に襲われていたようです」
「死んでいたのか」
「はい」

 報告に来た兵は青い顔で頷く。

「全員か?」
「……はい」

 兵の様子を見れば、現場の凄惨さは想像出来た。カールは仔細を尋ねようとはせず、捜索の終了を宣言した。
 カールは昼過ぎに屋敷へと戻ってきた。大広間に集まっていた兵や猟師達に労いの言葉を掛ける。猟師達は口々に男達の死の件について話し合いながら、屋敷を後にしていく。

「山の主の怒りを買ったんだ」
「不用意に山ん中に入ったから」
「山の神はお許しにならなかったのさ、悪い奴らを」

 大広間にいたアデレードはその話を耳にして、一緒にカール達を待っていたラシッドに尋ねる。

「山には神様がいますの?」
「さぁ、そういう話は聞いたことがありますけど、どうでしょうか? あ、ゲンさん」
 帰ろうとしていたゲアハルトが通りかかったので、ラシッドが呼び止める。

「山に神がいるかどうかは知らねぇが、ここの連中はそう信じてるな。俺も山には不思議な力が宿っているとは思うぜ。それを山の神と言うのか、主と言うのか、人か精霊かは分からんが」
「では、何かの力が彼らを殺したと?」
「さぁな。ただ熊ってのは元来臆病というか慎重な性格だから、人の気配を察したら近づいては来ねぇ。だが、今は冬眠に向けて食いもんを蓄えようって時期だからな、積極的に動き回ってる。気の荒い熊なら出会い頭に襲い掛かるかも知れねぇ。それを山の配剤というなら、そうなんだろうよ」

 ゲアハルトの話を聞いて、アデレードとラシッドは顔を見合わせる。山とは何と不可思議なところだ、と2人は思った。

「ゲアハルト、ご苦労だったな」

 3人のところへ、カールが近づいてきた。

「伯爵さんも、山には何かがあると信じているんでしょう?」
「何だ、急に」

 カールは怪訝な顔をする。

「いや、今そう言う話をしてたんでね」
「そうか。それなら、あると信じている。私が頬の傷を負ったときに、一晩生き残れたのも山の精のお陰だと思っている」
「何です、それ?」
「山の中で崖から落ちて、そこで一晩過ごしたんだ。少年に時分、無茶をしてね。酷い怪我で意識も朦朧していたが、何か暖かいものがずっと私を包んでいたような気がしていたのだ。それで朝まで生きていられた」
「そんなことが……」

 ラシッドはそこで言葉を切り、頭を下げた。

「伯爵、この度は大変なご迷惑をお掛けしました」
「そんなことは気にする必要はないが……」

 アデレード達を見回して、カールは呆れたように言う。

「しかし、揃いも揃って訳ありな者達が集まるとはな。我が領地は呪われているのか」
「まぁ……!」

 彼のあんまりな言い草にアデレードは口を尖らせる。

「俺を一緒にしないで下さいよ。単に傭兵稼業に嫌気が差しただけなんですけどね」
「どうだかな」
「それもこれも、伯爵の人徳とここの皆さんの懐の深さ故ですね」

 ラシッドの言葉にカールは肩を竦めた。

「フロイラインも引き留めて済まなかったな。後味の悪い結末だが、危険は去った。ホテルまで送ろう」
「じゃ、俺も帰るか。あーぁ、とんだタダ働きしちまったぜ」
「それなら、お詫びも兼ねてうちで一杯どうですか?」
「お、良いねぇ」
「それではお二人さん、ごゆっくり」

 ゲアハルトとラシッドは意味深な笑みを見せて屋敷を後にした。

「まったく、何がごゆっくりだ……」

 呆れ気味にカールはため息を吐いた。

「行こうか、フロイライン」
「はい」

 2人はディマを連れて歩き出す。村では農作業に精を出す者もいて、日常が早くも戻りつつあった。アデレードとカールは無言でその中を通り過ぎて行く。

「あの……伯爵」

 アデレードが思い切って話し掛けた。ん、とカールがアデレードの顔を見る。

「昨日の夜のことなのですが」
「どうした?」
「部屋まで運んで下さいました?」
「あぁ。君は泣き疲れて眠ってしまったからな」

 では、やはり夢ではなかったのだわ、とアデレードは嬉しくなった。

「ご迷惑お掛けして申し訳ございませんでした。ご迷惑ついでにお願いがあるのです!」
「何だ?」
「あの、尊称を付けないで、アデレードと呼んで頂けませんか?」

 アデレードはカールに向き合った、彼の顔を真っ直ぐ見つめる。

「フロイライン……」
「助けてくれたときとか、お酒に酔っているときだけではなくて、普通の時もそう呼んで欲しいのです」
「いや、しかし、貴族の女性に向かってそれは……」
「もうっ、そういうのは良いのです!」

 カールは何と返答して良いやら迷っている。

「ですから、そう、お友達としてなら呼び捨てでも問題ありませんわ」
 我ながら無茶苦茶を言っていると思ったが、アデレードとしてはカールが、頷くまでここを動かないつもりだ。そんな彼女の決意を感じ取って、カールはついに折れた。

「……分かった、そうしよう。アデレード。これで良いな?」
「はい!」

 弾ける笑顔でアデレードが返事をする。嬉しさの余り、隣にいたディマの顔をわしゃわしゃと撫で回した。



 それから数日後、捕えられていた暗殺者達はリーフェンシュタール領を去り、シャリーマもその数日後には、兄のラシッドとアデレード達見送られて故郷へと旅立っていった。

 これで一件落着ね。

 アデレードはほっと胸を撫で下ろしたが、更なる危機がリーフェンシュタール伯の身に迫っていることはまだ知る由も無かった。

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