その伯爵、野蛮につき!ー不敵な伯爵と攫われた令嬢の恋模様ー

宵森 灯理

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第2章 父親殺しの伯爵

第11話 親愛の情

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夕方、イングリッドは屋敷へ帰りながら、ミーナに言われたことを考えていた。

 これから夫婦としてやっていく、か……。でも、私、上流貴族の作法も知らないし、務まるとは思えないわ。それに……。

 貴族の奥方として望まれる第一の仕事は、跡継ぎを生むことだ。

 それってつまり、そのっ……。

 イングリッドの頭の中に、この前見た上半身裸のケルンの姿が浮かんでくる。無駄を削ぎ落した端正な体。思い出した途端、イングリッドの顔だけでなく耳まで真っ赤になった。

「やだ、私。何考えてるのっ」

 赤い顔を隠すように両手を頬に当てる。

「イングリッド? 君も屋敷に帰るところか?」

 声のした方にイングリッドが振り向くと、弓を背負い、腰に剣を差したケルンとその従者達が居た。彼らは仕留めた鹿の手足を縛って棒に括り、屋敷まで運んでいる途中だった。

「きゃっ」

 人が居ると思ってなかったイングリッドは驚いて小さく叫んだ。しかも、妙なことを考えていた瞬間だったので、尚更居たたまれない気持ちになった。

「あ、俺達先に帰ってますんで」

 急ぎ足で従者達はケルンとイングリッドの側から離れ、屋敷へ向かっていく。残された2人は何となく居心地が悪そうに身じろぎした。

「……そ、それで猟は上手くいったのね。あんな大きな鹿獲って来るなんてっ」

 イングリッドは恥ずかしさを誤魔化すように、口を開く。

「そう、だな。きっと旨いだろう」
「えぇ、そうね。楽しみだわ」
「……それで、だ。これを」

 ケルンは手に持っていた鈴のような白い小さな花弁が連なって付いている花をイングリッドに差し出す。

「な、なに。どうしたの?」
「とりあえず、受け取れ」
「あ、ありがとう」

 戸惑いながら、イングリッドは花に手を伸ばして受け取る。それは以前、ケルンから貰ったことがある花に似ていた。

「どうしたの、これ?」
「たまたま山で咲いてから……」
「それで私に?」
「あぁ……」
「そう……」

 2人はそれ以上、言葉を紡ぐことが出来ず、時間が止まったかのように沈黙が続いた。

「そ、それでこのお花、名前は何て言うの?」

 イングリッドがこの気恥ずかしい雰囲気を打ち破るように尋ねた。

「これは、ヒメスズランだ」
「ヒメスズラン?」
「あぁ。花の形がスズランに似ているだろう。そこから付いた名だ。今の時期が一番見頃なんだ」
「そうなのね」

 イングリッドはその花を見ながら、かつてケルンが母や自分の為に、この花を摘んで来てくれたことを思い出した。
「昔もこうやって花を摘んで来てくれたわね、ケルン」
「そうだったか?」

 ケルンは照れ隠しのように頬を掻く。

「えぇ、そうよ」

 彼女は彼に言わなければいけないことがあった。

「あの、ケルン。ありがとう、色々と」
「どうしたんだ、急に?」

 怪訝な顔でケルンはイングリッドを見る。

「ミーナから聞いたの。その、ここだって色々大変でしょうに。私の父の借金とかこの前のドレスとか……」
「そんなことか。ま、結納金だと思えば良い」
「でも、持参金も無いし」

 ケルンが灰色の瞳を細めて、じーっとイングリッドを見つめる。

「うちは妻の持参金を当てにしなきゃいけないほど困ってない。幸いと言ったら変だが、父親は贅沢品を買い込むことで、ある意味うちの資産を貯め込んでいたからな」
「でも、多いに越したことはないわ」

 俯くイングリッドにケルンは腰に手を当てて片眉を上げる。

「どうした、イングリッド? もう離縁したくなったか?」
「違うわ。でも、この結婚あまりにも貴方にとって益がないと思うの」

 つまるところ、イングリッドは、この結婚についてケルンがどう思っているのか、納得出来る理由が欲しいのだった。

「益があろうがなかろうが、俺が、君を妻にすると決めたんだ、それで良いだろう?」
「……」

 まだ納得していない様子のイングリッドにケルンはため息を吐く。

 気持ちを示す、ね。

 ケルンはイングリッドの肩をがしっと掴んで顔を近付ける。彼の灰色の瞳に見つめられると、イングリッドは動けなくなる。
 なに?、と彼女が思っている間に、ケルンの唇が彼女の唇を掠める。

「な、なにするのっ!?」

 イングリッドは驚いて、ケルンの腕を振り解く。

「何って、自分の妻に親愛の情を示すのに理由が要るのか?」

 ケルンの言葉にイングリッドは再び顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせた。そんな様子の彼女が面白いのか、ケルンはニヤニヤ笑いながら更に続けた。

「俺としては、いつでも寝室の扉を越える覚悟はあるんだがね」
「な、なっ……開けるわけないでしょっ、ケルンのバカ!」

 まるで捨て台詞のような言葉を言い放って、イングリッドは屋敷の方へ足早に向かう。途中、後ろを振り返って、きっとケルンを睨む。

「付いてこないで!」
「付いてこないでって、同じ屋敷に住んでるんだぞ」
「いいからっ」
「はいはい」

 イングリッドはまたぷいっと前を向いてずんずん歩いていく。その後ろを、苦笑しながら付かず離れずケルンも歩いていく。


 部屋に戻った、イングリッドはケルンから貰った可憐な花を花瓶に差す。自分の為に、摘んできてくれたことが嬉しい。

 それなのに、変なことになっちゃったわ。

 イングリッドは先ほどの口づけのことを思い出し、無意識に唇に指を当てる。ほんの少し、触れた程度のことだったが、イングリッドには強烈な体験だった。

 本当に……ケルンのバカ。

 花を眺めた後、心を落ち着けて彼女は刺繍道具に手を伸ばす。

 彼が示しくれたように私も、しなくちゃ。



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