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第一章

この俺がお兄ちゃん…って!?

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 真っ青に洗い流した空のパレットに、分厚い入道雲が描かれていた。

 夏の到来を歓喜するセミ達の声が小さな駅前のロータリーに木霊する。
 幸村光一は、駅前に並ぶ小さな土産物屋の前を通ると、少しの間、数少ない友人への土産を物色し始める。

 が、財布の中身に余裕がないのを思い出すと、その偽善的行為の続行を断念した。

 ――実家から貰ったもので構わないだろう……

 来る時よりもかなり重さを増したリュックの中身を思い出し、その配分を頭の中でシミュレートすると、納得したように一つ頷き改札口へ向かう。
 観光シーズンには少し早いせいか、駅の改札口には殆ど人はいない。
 幸村はタイメックスの腕時計に目を落とすと、券売機の上にある時刻表を確認する。

 「えっと、まだ早かったみたい……」
 「離せよッ、コノヤロウ!!」

 幸村の小さな呟きをかき消すように、背後で大きな怒鳴り声が轟いた。
 突然に鼓膜を直撃した叫びに肩を跳ね上げると同時に、何が起こったのかと振り返る。

 視界に飛び込んできたのは制服を来た警察官と黒髪の少女であった。
 警察官は図鑑にでも載ってそうなくらい一般的で個性が無かった。いや、幸村自身が男に興味を持てなかったというのが正直なところであろうか……
 興味を持った方――少女は幸村より少し下、高校生くらいに見える。濃いブルーのショートパンツにベージュのサマーパーカーという出で立ちで、長くて艶やかな黒髪がとっても綺麗だった。
 まだ幼さを残していたが顔立ちは整っており、愛らしい唇、長いまつ毛には、数年後にかなりの男を虜にするであろう片鱗がうかがえた。
 真っ黒で澄み切った瞳は、敵意を剥き出しにして国家権力の手先である男を睨みつけている。

 「さっさと手を離さないと、セクハラで訴えてやるんだから!」

 拘束されている手首を自由にするべく、少女は何度も激しく、腕を振り解こうとした。
 が、相手は警察官であり大人の男性である。そう簡単に掴まれた手を離せるはずもなかった。

 「学校はどうしたって聞いてるんだ? まだ夏休みじゃないだろ?」
 「だからぁ、今日は創立記念日で休みなんだよ。何度も同じこと言わせないで!」
 「じゃあどこの学校か教えてもらおうか。今すぐに問い合わせるから」

 そんな嘘などはお見通し、と言わんばかりに警察官――内村洋孝は容赦なく少女を問いつめる。
 だが、少女とて負けてはいない。返す刀で内村の要求を悉く撥ねつけていた。

 「どうしてあんたなんか私の個人情報を教えなきゃいけないの? 悪用されたらどう責任取ってくれるのよ」
 「悪用も何も、俺は警察官だぞ」
 「だから何なの? 悪いことする警察官なんていくらでもいるでしょ? あなたがそうじゃないってどうして言い切れるの? 誰が証明するの?」
 「他の奴は知らんが、俺はずっとこの町の平和と安全を守ってきて……」
 「悪いことする奴はみんなそう言うの。いかにも善人ですっていう顔して。そういうのが一番信用出来ないんだから! 学校を教えたらストーカーになって私を追い掛け回すつもりなんでしょ?」

 警察官に次の言葉を喋らせないように、少女は矢継ぎ早にまくしたてた。
 言葉づかいこそ乱暴であったが、少女の言い分はかなり的確で、的を射ているような気がした。
 同年代のディベート選手権があったら、間違いなく優勝するに違いない。
 幸村は少女の雄弁に感心すると、二人の攻防を観察し続けた。

 「このガキ、さっきから言わせておけば……とにかく交番へ来い、徹底的に絞り上げてやる」

 手詰まりになった内村は最終手段と言わんばかりに、少女の腕を強引に引っ張るという荒技に出た。 当然、少女は必死に抵抗する。

 「何すんだよッ、この変態警察官! いたいけな少女に対して……」
 「どこがいたいけなんだ?」
 「とにかく邪魔しないで! 私にはやらなきゃいけないことがあるの」
 「やらなきゃいけないことって何だ? まさか家出じゃ……」
 「家出なんて時代遅れなこと、何でしなきゃいけないのよ」
 「家出する奴はみんな同じことを言うんだ」

 どこまで行っても平行線で拉致が明かない押し問答を、半ば傍観者の立場で見物していた幸村であったが、次の瞬間――
 ふと少女と目が合ってしまう。
 時間にして一瞬の出来事だったが、何かの電気回路が繋がったみたいに少女の目が見開く。
 そして間髪を入れずに、誰もが予想しなかったひと言を口にしていた。

 「お兄ちゃん!」
 「えッ……?」

 幸村は虚を突かれたように小さく声をあげた。
 それは内村も同じで、一瞬何が起こったのか理解できずにポカンと口を開けた。
 その一瞬の隙を見逃さずに、少女は警察官の腕から強引にすり抜けると、幸村の方に駆け寄ってくる。
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