俺たちに夏はない

カイトの冒険の中の人

文字の大きさ
10 / 10
最終章

ホールドアップ!

しおりを挟む
 いったい、何本の電車を乗り過ごしたのか――

 想定外の出来事の連続で、当初の予定よりはるかに遅れてしまったが、今度こそ無事に電車に乗ることが出来るだろう。
 サイクリングの出発地点であり、終着地点でもある駅前に戻ってきた二人は、借り物? の自転車を元の場所に返却すると改札口に向かった。
 幸村は改札口の向こうのプラットフォームに目をやり、停車している車両を確認すると沙苗に小さく頷いてみせた。

 「あの電車に乗って帰る、今度は大丈夫みたいだ」
 「ようやく長い冒険が終わるのね」

 冒険の原因を作った張本人が悪びれる風もなくそう言うと、悪戯っぽく微笑んだ。

 「誰のせいだと思ってるんだよ……」
 「いいじゃない。素敵なサイクリングも堪能出来たし、懐かしの虹も見れた。それに……」
 「それに?」
 「素敵な出会いもあったでしょ? 全部私のお陰よ」
 「正しくは二人のお陰……だ」
 「そういうことにしておいてあげる」
 「それに、素敵な出会いになるかどうかは、まだこれから先の話で、それにはお互いの努力が必要だったりして……」
 「わかってるわよ、そんなこと」

 照れ隠しのための講釈を述べだした幸村を、うんざりしたようににらみつける。話の腰を折られた幸村だが、そうなることはある程度予想済みであった。

 「でも……」
 「でも?」

 幸村は小さく吐息をつくと、少年のような眼差しで遠くを見つめ静かに口を開く。

 「忘れられない一日になるんだろうな……この先もずっと」
 「この先もずっと一緒にいれたら、今日のことは、二人の大切な思い出になる。そういうことよね?」
 「そうなるといいな」
 「きっとそうなるわよ

」 二人は小さく頷き合うと、どちらからともなく微笑みを交わし合った。

 「じゃあ、そろそろお別れだな」
 「うん……」

 沙苗が寂しさを隠すこと無く頷く。 瞳を曇らせている少女に、サプライズと言わんばかりに幸村が提案する。

 「来週、こっちに来ないか?」
 「えッ?」

 沙苗が驚きと喜びの入り混じった表情で幸村を見る。

 「ディズニーランドのチケット、余ってるんだろ? 良かったら俺が買い取らせてもらうよ。二人で使ったほうがチケットだって無駄にならずに済むだろ?」
 「でも、いいの……?」
 「その代わり、東京までの電車賃、デートの食事代はワリカンだぞ。なにせ俺は自他共に認める貧乏学生だからな……」

 沙苗は少しの間喜びを噛み締めていたが、ふと何かを思いついたように笑みを潜めると、あえてつれない表情で返事を返した。

 「まあ、考えておくわ……私も色々忙しいしね」
 「何だよ? 喜んで飛びついてくると思ったのに」
 「ここで、お別れのキスしてくれてら、行ってあげてもいいよ」

 少女が魔性の笑みで譲歩案を提示した。

 「ここで?」
 「何か問題でもある?」
 「いや、問題っていうか……」

 幸村は少女から視線を外すと周囲を見回す。
 人通りは多くなかったとはいえ、二人の周りには確実に人が存在していた。
 駅員、すぐそばの饅頭屋、カフェ、パン屋の店員、客……ひょっとしたら知っている顔がいるかもしれない。

 「ここはギャラリーがたくさんいるから、さすがに……」
 「さっきは驚くほど大胆にしてくれたじゃない」
 「さ、さっきはそういう流れだったし、それに二人だけだったから……」
 「私に来て欲しいの、欲しくないの?」

 煮え切らない態度の幸村に、沙苗がピシャリと言い放つ。 

 「欲しいです」
 「じゃあ迷う必要ないわね」

 完全に沙苗の勝ちであった。
 思えば出会ったその瞬間から、彼女に翻弄されっぱなしのような気がする。

 「わかったよ……」

 渋々と敗北を認めると沙苗の両肩を抱き寄せる。
 少女が静かに目を閉じると、やがて訪れるであろう至福の時を待つ。

 が、次の瞬間――

 「お前ら、動くんじゃない!」

 二人の背後で聞き覚えのある――出来れば聞きたくは無い――声が起こった。
 二人は驚きに肩を跳ね上げると、ゆっくりと声の方に目をやる。
 そこには予想通りあの警察官が立っていて、しかも最悪なことに、拳銃を両手で握りしめピタリと二人に狙いを定めていた。

 「両手を上げるんだ! おかしな動きをすれば容赦なく引き金を引くぞ!」

 気迫に満ちた内村の声に逆らうすべもなく、二人はゆっくりと両手を上げる。

 「ちょっと、映画の見過ぎよ」
 「完全に目が血走ってる……逆らわない方がいい」

 強気に抗議に出ようとする沙苗に、幸村が耳打ちする。

 「あの調子じゃ、本当に引き金を引きかねないぞ」
 「わかった……でも、また電車に乗り遅れちゃうね」
 「それくらいで済めばいいんだけど……」
 「どういうこと?」
 沙苗の質問に答えるように、内村が二人の前まで来ると、有無を言わせずに手錠を掛けてしまった。 
 「ちょっと何するの? これじゃまるで犯罪者みたいじゃない?」
 「みたい、じゃなくって完全に犯罪者だろうが!」

 抗議する少女に、内村が迷い無く断定した。

 「ひどーい、ちょっと自転車借りただけなのに。ねえ?」
 「この件に関しては100%こっちに非があるからな……まあ。蜂の巣にされなかっただけ、よしとしよう」
 「なんか納得行かないわね」

 なだめるように言い聞かす幸村に、少女が不満を露わにする。
 内村は手錠で繋がれた二人を満足そうに見ると、刑事ドラマさながらに、お決まりの台詞を口にしていた。

 「手こずらせやがって、まったく……」
 「手こずるも何も、たまたまここを通りかかっただけでしょ? お巡りさん」

 少女の的確な指摘にを無視するように内村が続ける。

 「兄弟だと言ってたかと思えば、公衆の面前で如何わしい行為をしようとしてるし……お前らに関しては、わからないことだらけだ」
 「如何わしいって何よ? 愛を確かめ合おうとしていただけよ」
 「あの、これには深い訳がありまして……」
 「お前ら二人がどんな関係で、一体何が起こったのか……ゆっくり全部聞かせてもらうからな。覚悟しておけよ!」

 凄みをきかせるために放った内村の言葉だったが、二人には全くの逆効果だった。
 目の前の警察官が、今日一日で起こった二人の物語を聞いた時、どんな顔をするのだろう……それを想像すると、二人は今置かれている状況も忘れて、笑いを噛み殺すのに必死になっていた。

 「わかってるのか、お前ら?」

 返事を求める内村に、二人は声を揃えると、場違いとも思える元気いっぱいの明るい声で返事をしていた。

 「はい!」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...