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最終章

ホールドアップ!

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 いったい、何本の電車を乗り過ごしたのか――

 想定外の出来事の連続で、当初の予定よりはるかに遅れてしまったが、今度こそ無事に電車に乗ることが出来るだろう。
 サイクリングの出発地点であり、終着地点でもある駅前に戻ってきた二人は、借り物? の自転車を元の場所に返却すると改札口に向かった。
 幸村は改札口の向こうのプラットフォームに目をやり、停車している車両を確認すると沙苗に小さく頷いてみせた。

 「あの電車に乗って帰る、今度は大丈夫みたいだ」
 「ようやく長い冒険が終わるのね」

 冒険の原因を作った張本人が悪びれる風もなくそう言うと、悪戯っぽく微笑んだ。

 「誰のせいだと思ってるんだよ……」
 「いいじゃない。素敵なサイクリングも堪能出来たし、懐かしの虹も見れた。それに……」
 「それに?」
 「素敵な出会いもあったでしょ? 全部私のお陰よ」
 「正しくは二人のお陰……だ」
 「そういうことにしておいてあげる」
 「それに、素敵な出会いになるかどうかは、まだこれから先の話で、それにはお互いの努力が必要だったりして……」
 「わかってるわよ、そんなこと」

 照れ隠しのための講釈を述べだした幸村を、うんざりしたようににらみつける。話の腰を折られた幸村だが、そうなることはある程度予想済みであった。

 「でも……」
 「でも?」

 幸村は小さく吐息をつくと、少年のような眼差しで遠くを見つめ静かに口を開く。

 「忘れられない一日になるんだろうな……この先もずっと」
 「この先もずっと一緒にいれたら、今日のことは、二人の大切な思い出になる。そういうことよね?」
 「そうなるといいな」
 「きっとそうなるわよ

」 二人は小さく頷き合うと、どちらからともなく微笑みを交わし合った。

 「じゃあ、そろそろお別れだな」
 「うん……」

 沙苗が寂しさを隠すこと無く頷く。 瞳を曇らせている少女に、サプライズと言わんばかりに幸村が提案する。

 「来週、こっちに来ないか?」
 「えッ?」

 沙苗が驚きと喜びの入り混じった表情で幸村を見る。

 「ディズニーランドのチケット、余ってるんだろ? 良かったら俺が買い取らせてもらうよ。二人で使ったほうがチケットだって無駄にならずに済むだろ?」
 「でも、いいの……?」
 「その代わり、東京までの電車賃、デートの食事代はワリカンだぞ。なにせ俺は自他共に認める貧乏学生だからな……」

 沙苗は少しの間喜びを噛み締めていたが、ふと何かを思いついたように笑みを潜めると、あえてつれない表情で返事を返した。

 「まあ、考えておくわ……私も色々忙しいしね」
 「何だよ? 喜んで飛びついてくると思ったのに」
 「ここで、お別れのキスしてくれてら、行ってあげてもいいよ」

 少女が魔性の笑みで譲歩案を提示した。

 「ここで?」
 「何か問題でもある?」
 「いや、問題っていうか……」

 幸村は少女から視線を外すと周囲を見回す。
 人通りは多くなかったとはいえ、二人の周りには確実に人が存在していた。
 駅員、すぐそばの饅頭屋、カフェ、パン屋の店員、客……ひょっとしたら知っている顔がいるかもしれない。

 「ここはギャラリーがたくさんいるから、さすがに……」
 「さっきは驚くほど大胆にしてくれたじゃない」
 「さ、さっきはそういう流れだったし、それに二人だけだったから……」
 「私に来て欲しいの、欲しくないの?」

 煮え切らない態度の幸村に、沙苗がピシャリと言い放つ。 

 「欲しいです」
 「じゃあ迷う必要ないわね」

 完全に沙苗の勝ちであった。
 思えば出会ったその瞬間から、彼女に翻弄されっぱなしのような気がする。

 「わかったよ……」

 渋々と敗北を認めると沙苗の両肩を抱き寄せる。
 少女が静かに目を閉じると、やがて訪れるであろう至福の時を待つ。

 が、次の瞬間――

 「お前ら、動くんじゃない!」

 二人の背後で聞き覚えのある――出来れば聞きたくは無い――声が起こった。
 二人は驚きに肩を跳ね上げると、ゆっくりと声の方に目をやる。
 そこには予想通りあの警察官が立っていて、しかも最悪なことに、拳銃を両手で握りしめピタリと二人に狙いを定めていた。

 「両手を上げるんだ! おかしな動きをすれば容赦なく引き金を引くぞ!」

 気迫に満ちた内村の声に逆らうすべもなく、二人はゆっくりと両手を上げる。

 「ちょっと、映画の見過ぎよ」
 「完全に目が血走ってる……逆らわない方がいい」

 強気に抗議に出ようとする沙苗に、幸村が耳打ちする。

 「あの調子じゃ、本当に引き金を引きかねないぞ」
 「わかった……でも、また電車に乗り遅れちゃうね」
 「それくらいで済めばいいんだけど……」
 「どういうこと?」
 沙苗の質問に答えるように、内村が二人の前まで来ると、有無を言わせずに手錠を掛けてしまった。 
 「ちょっと何するの? これじゃまるで犯罪者みたいじゃない?」
 「みたい、じゃなくって完全に犯罪者だろうが!」

 抗議する少女に、内村が迷い無く断定した。

 「ひどーい、ちょっと自転車借りただけなのに。ねえ?」
 「この件に関しては100%こっちに非があるからな……まあ。蜂の巣にされなかっただけ、よしとしよう」
 「なんか納得行かないわね」

 なだめるように言い聞かす幸村に、少女が不満を露わにする。
 内村は手錠で繋がれた二人を満足そうに見ると、刑事ドラマさながらに、お決まりの台詞を口にしていた。

 「手こずらせやがって、まったく……」
 「手こずるも何も、たまたまここを通りかかっただけでしょ? お巡りさん」

 少女の的確な指摘にを無視するように内村が続ける。

 「兄弟だと言ってたかと思えば、公衆の面前で如何わしい行為をしようとしてるし……お前らに関しては、わからないことだらけだ」
 「如何わしいって何よ? 愛を確かめ合おうとしていただけよ」
 「あの、これには深い訳がありまして……」
 「お前ら二人がどんな関係で、一体何が起こったのか……ゆっくり全部聞かせてもらうからな。覚悟しておけよ!」

 凄みをきかせるために放った内村の言葉だったが、二人には全くの逆効果だった。
 目の前の警察官が、今日一日で起こった二人の物語を聞いた時、どんな顔をするのだろう……それを想像すると、二人は今置かれている状況も忘れて、笑いを噛み殺すのに必死になっていた。

 「わかってるのか、お前ら?」

 返事を求める内村に、二人は声を揃えると、場違いとも思える元気いっぱいの明るい声で返事をしていた。

 「はい!」
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