暗転、そして

鴨緑 枝垂

文字の大きさ
4 / 4

Ep.4

しおりを挟む



陽が傾き始めた夕暮れ。
雨はどうやら止んだようだ。

彼はキッチンで夕食の準備をしている。

後ろ姿を眺めながら、初めて彼に会ったとき不思議な人だと思った事を思い出した。
綺麗な色の瞳だったけれど、何も見ていないような見たくないようなそんな虚無で出来た何かが彼の瞳には宿っていた。
それがあったからなのだろうか、見ず知らずのましてや男性に縋ってしまったのは。

リズミカルな包丁の音。きっと前から自炊をして居たのだろう。
じくじくと痛む傷口にそっと触れると、何とも言えない安堵感で胸がいっぱいになった。
傷付けられるのも痛め付けられるのも、然程好きなわけではない。
けれど、彼に与えられる痛みは心地好く私の居場所があるような気がした。傷付けられる程ちゃんと生きているんだと実感した。

彼だけは失いたくない。もう、独りは嫌だ。


例え彼が本気で私を見ていなくても、


「黒紅、料理を運んで」

「あ、はい。」

唐突に声を掛けられ、一瞬返事に戸惑いつつもキッチンへと急ぐ。
美味しそうによそられたパスタ。良い香りが部屋に充満する。
テーブルに置き、二人並んで食事をする。
誰かと一緒に食事をするのは本当に久し振りだった。

「青磁さんは、お料理が上手なんですね」

それはお世辞ではなく本心からだった。青磁さんは黙々と食べ続け、あっという間にお皿は空になった。

「ある程度だけどね、」

皮肉そうに笑うと足早にキッチンへ消えてしまった。
私も慌ててパスタを口の中へ放り込む。
流し台へお皿を置いて食器を洗い始めると、後ろから柔らかく抱き締められる。

「青磁、さん……?」

ドキドキと胸が高鳴る。

「明日、僕は仕事だから。良い子にしてて」

心臓の音がうるさい。

「はい、青磁さん」

振り返って青磁さんを見詰める。彼も見詰め返してはくれても、心ここにあらずだ。
その虚無で出来た瞳の理由は分からないけど、何故か考えようとすると胸が痛んだ。
私もこの人の闇をきっと知っている。でも知らない振りをする。
誰にだって、触れられたくない事や知られたくない事の一つや二つある筈だから。

いつか、もしも、話してくれる日が来たら。
受け入れてあげたい。そう思った。

「洗い物有難う。」

彼の言葉は空っぽだ。
彼は空っぽなのかもしれない。

それでも良い。それで良かった。
青磁さんは、青磁さんだ。
見ず知らずの私を匿ってくれた優しい人。

止めていない蛇口の水のように、私の興味は止まらない。

「どういたしまして。青磁さん」


今、どんな顔をしていますか?

今、どんな事を考えていますか?

青磁さん。
貴方の闇を、私も見れたら良いのに。







しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

兄皇帝は妹皇女を深く愛する

青空一夏
恋愛
皇女のエリザベスは正妃ナタリーと王のアンソニーの間に生まれた王女で溺愛されて育った。 兄のアレクサンダーは下層民出身の愛妾サバンナと皇帝の間にうまれた皇子で周りからは冷遇されていた。 エリザベスはアレクサンダーに憧れていたが腹違いの兄妹なのでその気持ちを隠していた。 ある日、旅の魔法使いがこの国に立ち寄りエリザベスが皇帝の子ではないと言ってしまう。 皇帝はショックを受け王妃に辛く当たり、王妃は心労のため病死しエリザベスは皇帝から憎まれる存在になる。 皇帝はだんだんと狂っていき、エリザベスを高級娼館に売るといい、エリザベスは その夜、アレクサンダーの部屋に侍女の助けを借りて忍び込む。 売られる前に兄に抱いてもらったエリザベスは娼館に売られて行くのだが‥‥

うちの執事は最恐です。

里中一叶
恋愛
辺境伯の一人娘シャーロットは、母親を早くに亡くし、父親に甘やかされて育ったお転婆娘。 学園に入学するのに併せて、婚約話が出て来た。せっかくなので候補者を見に行こうとしていることが執事にバレた!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...