ヨーヨーすくい

夫馬治之丞

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祭り

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いってきます、と心の中でつぶやいて家を出た。鍵を閉め忘れたような気がして、足がもたついたけど、戻るのはめんどうだった。財布がポケットに入っていることだけ確かめて、そのまま駅前の商店街へ向かった。人の集まるところへ出かけるのはこわい。顔を合わせたくないやつに鉢合わせたら最悪だし、人混みだって得意じゃない。だけど、いつもの憂鬱を換気してくれるような高揚がある気がして、お祭りは好きだ。家から遠くないし、毎年この祭りには出かけている。なつの風は夏の匂いがする。太鼓の音が聞こえてきたころ、横断歩道の向こうにマキちゃんがいるのが見えた。信号はもう点滅を始めていたから、僕は足を止めた。渡ってしまいたかったけど、心が身体を引っ張っているから、難しくてやめた。マキちゃんは知らない大人の人と歩いていた。マキちゃんは高校生で、僕は中学生だから、もうあまり話すことはないけれど、家が近いのでよく顔を見かける。少し嘘をついている。マキちゃんが高校生じゃなくて、同い年だったとしても、僕はもう話すことはできないと思う。だって、マキちゃんと僕じゃ、たくさんのことが違っている。お祭りは好きだけど、こうしてまた、心の憂鬱は身体にベタベタと貼り付いて離れない。夏の風が僕をよけて吹き抜けていく。人混みと憂鬱に疲れながら、メイン・イベントにたどり着いた。ヨーヨーすくいの屋台は、祭りの端っこでやっているから、人が少なくて好きだ。屋台のオジサンは気怠げにしていて、それが僕の憂鬱と共振するから、好きなのかもしれない。
「おい」
声をかけられて反射的に振り向いた。
「なにしてんの?」
「ヨーヨーすくいとかガキじゃん。きもちわる!」
薄ら笑いを浮かべたクラスメイトたちがいて、少しばかりの高揚が散っていくのがわかった。
動揺して、言葉を返せなかった。
「それ貸してくれない?割りたいから」
「やば、ひどすぎん?」
「はやく貸せよキモケン!貸すだけならいいじゃん」
「なんか言えよ」
「龍ちゃんそれ、どうすんの?まじ?うわ!」
「キモケンのキモい服が濡れた!キモ!」
奪ったヨーヨーを投げつけて、クラスメイトの集団の薄ら笑いはゲラ笑いになった。それでも僕は何も言えなかった。憂鬱が色を持って、視界を埋め尽くしているようだった。
「おい!ヨーヨーは投げるもんじゃねえぞ。俺にも水がかかってんだよね。どうしてくれんの?」
明らかに水がかかるところでは無い場所から、知らない大人が声を荒げた。
「なにあいつ、やば」
「絶対水かからないじゃん」
「龍ちゃん、いこうぜ」
クラスメイトたちはどこかへ行った。
なんだよ、なんなんだ。ヨーヨーすくいをしていただけなのに、僕は濡れて、知らない大人が入ってきて、クラスメイトはどこかへ行った。状況に戸惑いながら、知らない大人の方へ目をやると、そこにはマキちゃんがいた。
「ケンタくんじゃん。やっぱりいじめられてんの?」
「やっぱりってなんだよ。ていうか知り合い?」
「知り合いっていうか、近所の子。昔はたまに遊んだりしてたの」
声を荒げたのは、横断歩道の向こうでマキちゃんと歩いていた人だった。マキちゃんと親しげに話している。
「童貞が童貞をいじめている。うーん、悲しいねえ」
「そういうこと言わないの。大人でしょ、TPO」
「はいはい、ゴメン!マキちゃん!で、君はいじめられてるわけ。」
突然話を振られた。
「はい、そう、なりますかね」
たどたどしく答えた。声が出たことに驚いたけど、マキちゃんがいたから言葉が出てきたのかもしれない。
「ふーん。それで、やっぱり童貞?」
「ねえ、やめてってば」
知らない大人は少し、子どもっぽい人だった。
「とにかく、しっかりしなよ。男じゃん。ハッキリ言わないからいじめられるんじゃ無いの?」
「そう言うなって。人にはそれぞれ事情があるって、な、健太!」
「はい、まあ」
「で、お腹空いてる?せっかくだし、一緒になんか食べようか」
初めて話すのに、名前を呼び捨てられるのが嫌ではなかった。お腹は空いていたけど、マキちゃんが嫌な顔をしている気がして断った。
「い、いえ、大丈夫です。もう帰ります」
「色々あるもんなぁ。わかった!LINEだけ交換しようか。」
いろいろあるんだ。マキちゃんが、知らない大人の人と一緒にいることも、色々の中のひとつなんだろう。半ば強引に連絡先を交換して、大人の人はマキちゃんと人混みの中へ消えた。 
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