音楽なんかで世界は救えない

春永チセ

文字の大きさ
35 / 64
[-00:16:08]劣等犯

14

しおりを挟む
「───だったら、やめればいいじゃん、音楽」
 躊躇ないその言葉は、まるで空が青いことを語るように淡々としていた。
 にちかはゆっくりと顔を上げ、透花を見る。
 どこまでも純粋で無垢な瞳だった。直視するにはあまりに痛い。にちかはその目の覚めるような青から逃げるように目を背ける。
「どうして辞めないの?」
 にちかは、爪を立てるほど強く、丸まった身体を抱き締めた。
 にちかがずっと向き合うことを避けてきた事実を、透花は容赦なく突き付ける。
「にちかちゃんの目的は、誰かを救うことなんでしょう? 『メル』の言葉で自分が一歩踏み出せたように、にちかちゃん自身がそういう存在に成りたいんでしょう? だったら、音楽に固執する必要なんてないよ」
 その通りだ、とにちかは自らを嘲笑う。
 にちかが『ITSUKA』を始めた理由は、音楽をやろうと思ったきっかけは、『二目メメ』の漫画に出会って自分が救われたように、誰かを救いたいと思ったからだ。
 そのための手段が、音楽だった。歌だった。なぜなら、それがにちかにとって、歌が自分にしかない唯一だったから。しかしその手段は、徐々ににちかの中で形を変えた。
 手段に過ぎなかった歌という行為は、にちかにとっての目的へと成り代わっていた。
『誰かを救う』ではなく、『誰かを救う歌を歌う』へと。
「だって、選択肢は幾らだってあるよ? 医者とか、消防士とか、警察官とか、弁護士とか、それこそ『二目メメ』みたいに物語を描くことだって、誰かを救うことに繋がるかもしれない。歌が歌えないなら、もっと他の方法を探せばいい。他人の目が気になるなら、誰の目にもつかないところで、誰かを救えばいい」
「……」
「人前で歌うのが嫌なんでしょう? 怖いんでしょう? 纏くんに辞めるってメッセージ送って、一方的に『ITSUKA』としての関係切っちゃうくらいに」
「……」
「なのに、どうして?」
「……」
「どうして、にちかちゃんは───歌ってたの?」
 第二音楽室のドアが開かれたその時、『ITSUKA』の曲を歌うにちかの横顔が、透花の頭によぎる。
「そ、れは」
 にちかは言葉を詰まらせた。
 にちかは、初めから分かっていた。遅かれ早かれ、結末は決まっていたことを。
 この恐怖に打ち勝つ術をにちかは何一つ持っていなかった。『mel』という隠れ蓑の後ろで無難に事が進むのを傍観するだけの日々に甘んじていた。
 早々に見切りをつけるべきだった。歌ではない選択肢を選ぶべきだった。ライブ出演の依頼も断るべきだった。趣味にとどめておけばよかった。誰もいない部屋で一人、画面の向こうにいる顔も知らない誰かの救いになることを信じて、歌い続ければよかった。
 全て、間違いだったのだ。
 何もかも、間違いしかなかった。
「あたしは……」
 なのに、どうしてあたしはここにいる? と、にちかは自分自身に問いかける。
 自ら放棄した歌う資格なんて、微塵も残されていないというのに。
 それでも歌う理由は───、と、にちかは考え抜いた答えがあまりに単純すぎて、思わず泣きながら笑いそうになる。
「……あたし、馬鹿だからさ。小難しいこととか何にも考えらんないや」
「うん」
「だから、理由は単純」
 にちかは立ち上がり、透花の方を振り返った。
 ぐしゃぐしゃな酷い泣きっ面に今自分が出来る最高の笑みを浮かべて。
「───歌うのが好きだから! 好きなこととやりたいこと掛け合わせたらさ、それだけでもう、最強じゃん!」
 雑音が多すぎて、一番大切なことをにちかは忘れていた。
 容量悪い癖に許容量を超えて思い悩むのは、自分の性に合わないってことも。
「だから、譲れない。あたしは歌う。あたしが大好きな歌が誰かを救えるって、信じてるから!」
 張り上げた声は、第二音楽室に響き渡る。
 にちかを見上げる透花の瞳が、瞬きする寸前に一番星よりも煌々と輝きを放った。透花は立ち上がり、肩を上下させながら頬を紅潮させるにちかの両手をぎゅうっと握りしめて、満面の笑みで言った。
「わたしに見せて。にちかちゃんの歌が、誰かを救うところを」
「……うん」
「それにね、一番最初に救えるひとはもういるよ」
「え?」
 にちかは顔を上げる。すると、透花は白い頬を柔く緩めて、握りしめた両手をするりとほどき、ゆっくりと人差し指をにちかの胸の前へと向ける。
「にちかちゃん」
「あたし?」
「にちかちゃんが、にちかちゃんの歌で、にちかちゃんを救うところ───わたしに見せて、証明して」
 音楽で世界が救えるって。
 にちかは、力強く頷く。『mel』ではなく、『芦屋にちか』として、証明する。
 逃げる理由を探すのはもう疲れた。だから、次はやれるための方法を探そう。少しくらい挫けても構わない。進む先さえ見失わなければどんな遠回りでも、いつか辿り付けると、にちかは信じることにした。
「任せてよ。最高の歌、聴かせてあげる」
 にちかの手を引いて、透花は進み出す。
 第二音楽室のドアは、開かれた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん! 好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。 ほのぼのラブコメというか日常系小説 オチなどはなく、ただひたすらにまったりします 挿絵や文章にもAIを使用しております。 苦手な方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

地味男はイケメン元総長

緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。 GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。 お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが! 「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」 「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」 ヒミツの関係はじめよう? *野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。 野いちご様 ベリーズカフェ様 エブリスタ様 カクヨム様 にも掲載しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

処理中です...