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「……それでね」
夕食が終わり、台所で洗い物をする若葉の隣に立って、水切り籠から重ねられた茶碗を拾う。
「達哉は、優しくて格好良いから。他校の女の子達からも、凄くモテてね。ファンクラブまであったのよ」
「……」
ザーッ……カチャン、
この時間、若葉は決まって僕の父──達哉との思い出話をする。僕には思い出がないから。そのぽっかりとあいた穴に其れ等を埋め込む。
もしも、父が生きていたとしたら──
優しい表情を浮かべる父。穏やかに微笑む母。天気の良い長閑な公園のベンチに並んで座り、まだ幼いアゲハと僕が燥ぎながら追いかけっこをする様子を微笑ましく眺める。……そんな、絵に描いたような平和な家族だったんだろうか。
それとも。母のヒステリックな本質は変わらず。父が家に居ない時は、僕だけを叩いたりしたんだろうか。
そんな不毛な想像をしながら、黙々と洗い終わった食器を布巾で拭く。
「でもね。その規律が、ちょっと可笑しくて。
達哉は皆のアイドルだから……ファンクラブ会員の全員で守り、平等に接し、共有するもの、なんだって。
勿論、抜け駆けは禁止。決して達哉の家族には迷惑を掛けない事。もし達哉と対話をした場合は、その内容を全員に報告。そして、達哉に近付く女は、例え非会員であっても陰湿な制裁を加えていたみたい」
「……」
「でも、ある日──其れ等の規律を破って、僕を踏み台にしようと近付いてきた会員がいたの」
……え……
俄に信じられない。
こんな綺麗な顔立ちをしていて、胸の中を掻き立てるような甘い匂いを放つ若葉でさえ……踏み台にされてしまうなんて。
「丁度、僕が帰宅した時かな。ファンクラブ会員の子達が家の前にズラッと並んで、達哉の居る二階の窓を見上げながら何やら騒がしくしてたのよ。その中の一人が僕に気付いて、媚びるような顔つきで僕に話し掛けてきたの。
その様子を見た会長が、規律違反だって注意したんだけどね。その内、激しい口論になって。……ふふ。二階の窓から、その醜い争いが見えてるなんて思いもしないで」
少しだけ眼を細め、口角を僅かに持ち上げた若葉が微笑む。
「そしたら母が、凄い剣幕で飛び出して。達哉の勉強の邪魔よ!って怒鳴りつけて。彼女達を追い払ったの」
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